スパルタ
それから、数日は魔術や戦闘の練習と手伝いとこの世界についての勉強を続けた。
そんな日々が続き、戦闘の練習に関しては魔物だけでなく、ジャリスさんとの手合わせも交じるようになってきた。というのも、この世界では人と戦う事も多いそうだ。この段階で、俺の進路は『冒険者メインでたまーに音楽家』に決定した。そのため、こうして戦闘訓練をしているのだ。
戦闘の方法として、ジャリスさんから教わったのは、意外なことに近接戦。魔術師のイメージと言ったら後方から攻撃および支援だが、どうやら違う様子。そのことをジャリスさんに聞いてみると、
「近接戦で役に立たぬ魔術師は早死にするわい」
と鼻を鳴らしてそう言った。元王国魔術師がそう言うなら、この世界ではそうなのだろう。
よって、戦い方としては積極的に中近距離での戦闘がメインとなる。近い距離での魔術や武器を使った戦闘を教わった。この際、やはり役に立つのは『レインフォース』だ。身体能力を底上げし、特別運動神経が良くない俺でもこうしてある程度動ける。その際、動き方や目線、細かい動作や姿勢の何もかもまで厳しく注意された。そりゃあもうスパルタでしたとも。
悪い動きをするたびに手加減を止めて殴る、複数回同じミスをしたら殴って蹴る。しばらくは生傷が絶えなかった。それでも、無属性中級魔術『治療』で傷を癒すことが出来たのが幸いだろう。
ちなみにこの『ヒール』、なんとびっくりなことに無属性限定だそうだ。水属性にもそう言った治癒魔術があるのが定番だが、こちらはほんのちょっと自然回復力を高める程度だとか。あ、俺は、無属性魔術は中級まで使えるようになった。
何故これを広めなかったのか不思議だが、曰くとても魔力を消費するため、常人にはまともに使えないそうだ。よって需要はあるが使う者を犠牲にしたら本末転倒、ということで普及しなかったとか。さすが特別な中級魔術だ。魔力切れを起こすと、三日三晩は意識が戻らず、生死の境を彷徨うらしい。確かに、それでは本末転倒だな。
それでも、俺は魔力の量が化け物のごとくある(ジャリスさん談)らしく、ヒールを連発してもまだまだ余裕だ。他の魔術に比べてけた違いと言うのもおこがましいほどに魔力を消費するが、それでもほとんど消費しない。よって、自分の傷だけでなくジャリスさんの傷――途中から俺も成長したみたいで傷を負わせることもあった――まで治せる。毎日訓練が終わったら『ヒール』で治癒をして仲良く食事、というのがここ最近の流れだ。
また、『レインフォース』を筆頭に魔術に頼ってばかりいると問題、という以前ジャリスさんの言った台詞通り、一切魔術を使わない戦闘訓練も行った。こちらは相当きつく、何度も心が折れかけた。休憩中のみ、限定的に疲労は魔術で回復してもいいらしく、何度も疲れ切っては回復からのすぐに訓練開始、という地獄のようなサイクルによって俺は大分体力がついた。これで心も強くなった気がする。いやぁ、本当に頑張ったよ、俺。途中で何回も「そんなのってないよ!」とか「ひどい……ひどすぎるよ……」とか「悔しいです!」とか数々の名台詞を叫んで自分をごまかすしかなかったね。途中から「やろうと思えば……痛みだって消せちゃうんだ……」とか「もう、何も怖くない!」とヤケクソ気味に言っていた気がするな。ちなみに、疲労を回復する魔術も『ヒール』だ。体の疲労というのは体の組織が傷ついているということ、つまり疲労も『ヒール』で回復できるのだ。
そんな厳しいことがあっても、ジャリスさんは良かれと思ってやってくれているので、恨んではいない。ただいつか見返してやろうと静かに闘志を燃やしているだけだ。うん、決して恨んでない。うん。
こうして、今日も戦闘訓練が始まった。
■
「『ハード』!」
俺は中距離にいるジャリスさんに向かって『ハード』で硬くしたそこらに散らばっている小石を『テレキネシス』で飛ばす。『テレキネシス』は無詠唱で使えるようになった。
「『アースガード』」
ジャリスさんは平然と地属性初級魔術『アースガード』で土の壁を作り出し、その攻撃を防ぐ。わざわざ詠唱を、必要もないのにしてくれる余裕っぷりだ。
「っ!」
俺はそのあいだに『レインフォース』で身体能力を強化し、接近戦に移る。向こうは土の壁でこちらが見えていないから有利、
「甘い!」
のはずだが、俺の単純な思考は見破られていたみたいで、ジャリスさんが俺に向かってぴったり蹴りを繰り出す。
「ぐふぉ!」
俺は腹を蹴られる。さらに、無詠唱で放たれた初級風属性魔術『ウィンド』によって少し体勢を崩される。
「こなくそ!」
俺は無詠唱で『マギアボール』で魔球を三つ出して投げつける。詠唱ありだと三回唱えなければならないが、無詠唱なら複数をノータイムで出せる。ちなみに、こちらは下級魔術だが、『ハード』よりも早く無詠唱が出来た。イメージのしやすさの差だ。こちらは魔力を圧縮するだけだが、向こうはそれに効果を加えなければならない。『ハード』の方が、ランクが低いのは使う魔力の差だ。
「ようやるのう」
無詠唱の風属性下級魔術『ウィンドガード』による風の障壁で防がれてしまい、さらにジャリスさんが隙だらけの俺に容赦なく、訓練用の木の短剣を構えて接近してくる。
「『ハード』!」
俺はそれを『ハード』で硬くした靴で、空中で一回転して蹴飛ばす。すると、その短剣は折ることができたものの、ジャリスさんにはダメージが与えられなかった。
「『ファイアボール』、『ウォーターボール』、『ウィンドボール』、『アースボール』!」
俺は早口で詠唱し、それぞれ火、水、風、土で出来た野球ボールサイズの球を作り出す。これらはそれぞれ火、水、風、地属性の下級魔術だ。俺はここ最近の修行でほかの四属性も下級魔術まで使えるようになった。想像力が高いうえに、魔力量が多いのをいいことに魔術を練習しまくったのだ。
魔術の練習は魔力の量との折り合いが必要だ。よって一日に練習できる量は決まってくる。しかし、俺の魔力はほぼ無尽蔵なので一日中ずっと魔術の練習をしていても全然余裕だ。俺ぐらいの年齢だと、冒険者の魔術師の平均では一日に下級魔術十五回前後らしい。多くても五十回だとか。その一方で俺は五百回でも千回でもできるので、差はどんどん広がっていく。さらに、想像力も高い自負があるので覚えるのも速い、というわけだ。
ただ、魔術の名前と効果を覚えるのには苦労したがな。概ね、チート万歳というやつだ。それにしてもなんでこんなに魔力の量が多いんだろうな?
そんなことを一瞬で思い出している間に、四つの球がジャリスさんに向かっていく。さらに俺はもう一手加える。
「『加速』!」
対象のものを加速できる無属性下級魔術『アクセル』で四つの球を急加速させる。
「腕を上げたな! 『ウィンドシールド』!」
ここでジャリスさんが風属性中級魔術『ウィンドシールド』で風の盾を作り出す。先ほどの『ウィンドガード』よりも厚みを増した防壁ができる。壁と盾だったら壁の方が強そうだが、下級魔法の『ガード』シリーズは壁というよりも板だったりする。本物の壁は上級魔術の『ウォール』シリーズだろう。
四つの球はすべて弾かれ、散っていく。
「くらえ!」
ここで俺は魔力を多く含めて『マギアボール』を使う。魔力を多く込めるだけで、俺のマギアボールは中級魔術並みの威力が出る。もっと頑張れば上級魔術レベルも可能だろうが、魔力をまだ上手に扱えないのでこれぐらいが今は精々だ。
「『アースウォール』!」
来たか、上級魔術。これは先ほど話した『ウォール』シリーズの一つ、地属性上級魔術『アースウォール』だ。まさに土の壁と形容できるほどの、分厚くて高い壁が出来上がる。その堅牢さも折り紙つきで、俺の渾身の『マギアボール』すら効かない。ならば、
「『魔弾』、『アクセル』!」
俺は無属性中級魔術『マギアバレット』で魔力の塊で弾丸を作り、飛ばす。この形になれば貫通力が増すのだ。さらに、そこに『アクセル』で加速して威力を高める。
その魔弾は貫通こそしなかったものの、半ばまで埋まりこんで、壁にヒビを走らせることができた。
「あああっ!」
俺は気合とともにその部分に向かって全力で殴る。当然、『レインフォース』で強化もしているし、その強化もいつもよりかなり強い。そして、
「よしっ!」
ついに壁が崩れた! 俺はそのままジャリスさんに向かって突進して全力で殴りかかる。
「ここまでじゃ」
ジャリスさんは、俺の拳を横に回避。それに加え、腕を掴んでそのまま俺が向かって行っている方向に『引く』。
「ぎゃあああっ!」
俺は情けない悲鳴を上げて倒れこむ。勢いを利用されて引き倒されたのだ。そして、
「まだ甘いのう」
ジャリスさんがその隙に、這いつくばっている俺の背中に乗り、首筋に二本目の木製の短剣を突きつける。
「くそう、合気道かよ」
俺は文句を言いながら降参を示すべく、地面を三回叩く。
「ふむ、それだけ出来るようになればしばらくは大丈夫じゃろ」
ジャリスさんはそう言って俺の上から離れた。戦闘訓練以外では優しいおじいさんなんだけどなぁ。
■
お世話になり始めてから、早二十日目。ここまで習ったことの中で、意外と重要なのが暦。これがびっくりなことに、どこまでも地球と同じなのだ。
六十秒で一分、六十分で一時間、二四時間で一日、三百六十五日で一年なのだ。なお、月については日本と同様に十二カ月で一年、月ごとに日数が違い、それぞれの日数も地球と同じなのだ。なんとびっくり、閏年も四年に一度あるそうだ。ちなみに曜日の概念は無い。
ここまでくると、やはり年代の積み重ねによる経験の積み重ね、というものの重要さがよくわかる。魔術かなんかで、一生懸命星とかの動きや気候なんかを研究し続けてきたのだろう。科学がなくても、こちらには魔術がある。おかげでトイレは水洗だし、水道的なものもある。……ただ、やはり金持ちじゃないとこれらの設備はないらしい。ジャリスさんはとりあえず有り余る金を、生活を便利にするために使ったそうだ。さすが元王国魔術師だな。
そんなわけで、俺はこの辺りは混乱せずにすんでいる。ただ、俺がこちらに飛ばされたときの日本は十月、しかしこちらは三月だったのだ。そのあたりだけちょっと混乱したが、今は大丈夫だ。
「あと数日でお主ともお別れじゃな」
そんな二十日目の朝、ジャリスさんがこんなことを呟いた。
「あー、もう少しで一か月ですもんね。いやはや、早いですねぇ。あと少しよろしくお願いします」
俺はそれに平坦に返答するが、内心ではちょっと寂しかったりする。この後、また一人になるのかぁ……と思うと、どうもね。
「そろそろ精霊と契約を交わしてもよいころじゃな。よし、今日は精霊と契約を交わすとするかの」
ジャリスさんはそう言うと、椅子に座った。俺も対面に座る。
「まず、精霊と契約を交わすのに場所は関係ない。あるべき場所にある、という感じじゃな。精霊と契約を交わすには、ある道具が必要でな」
そういってジャリスさんは棚の中から拳大の半透明な石を取り出した。
「これは『契約結晶』と言って、契約を交わす際に、精霊が一時的に宿ってこちらとのコミュニケーションを取るための憑代じゃ。契約する者がこれに魔力を流し込むことで、精霊がここに宿るのじゃ。その際、何かしらの条件を求められる場合と求められない場合がある。大体中級精霊のEぐらいまでなら条件は求められんが、中級のDくらいからは条件を求められる。それは様々じゃがな。ちなみに、儂がイフリートと契約を交わした時の条件は『火属性上級魔術を一つ見せる事』じゃった。儂はその契約の前日にぎりぎり、火属性上級魔術『ファイアウォール』を覚えたから、何とか契約できた。思えば、かなり運が良かったのう。十五歳で上級魔術を使えた自分を自分で褒めたいくらいじゃな。といっても、その場で魔力切れぎりぎりになって危なかったがのう」
ジャリスさんは懐かしそうにそう言った。……皆さん、聞きましたか? この人、十五歳で上級魔術が使えたそうですよ。自分が結構チートだと思ってたのですが、違うみたいですわ。この人こそ真のチートですぜ。無理してやったとはいえ、しっかり成功しているし。後で聞いた話だと、ジャリスさんは元王国魔術師隊長だったらしい。つまりこのパーカシス王国で一番強い魔術師だったということだ。そりゃあ年金もがっぽがっぽ貰えますわ。
ちなみに、火属性上級魔術『ファイアウォール』はウォールシリーズだ。分厚い火の壁を起こし、相手の侵入を阻み、侵入するものは焼き尽くされる。他のウォールシリーズに比べて攻撃的だ。
「で、この精霊の属性じゃが、それは契約するものの一番の適正属性の精霊が来る。まぁ、初め限定じゃがの。つまり……お主のおかげでこの世で初めて儂が無属性の精霊を見ることが出来る、というわけじゃ。いや、契約を終えるまでは契約をする者以外の周りの者には精霊は見えないからお主が一番じゃな」
ジャリスさんが心底嬉しそうにそういった。
「噂の人物についてじゃが、こやつは無属性魔術に適性はあったものの、二番目だったそうじゃ。しかし、生涯の中で契約できた精霊は一体、つまり、無属性の精霊とは契約をしておらん。ふむふむ、楽しみじゃのう」
「はぁ……」
この歳になっても知的好奇心は衰えないようだ。俺はその様子を見て曖昧な返事しか出来ない。こう、分かるだろうか。友達が好きなことをノリノリで喋っているのにそれについて自分が知識がない状況。相手に悪いな、とは思いつつも曖昧に「ははっ」、「そうなんだぁ」、「ふぅん」ぐらいしか返せないあの状況。大体あんな感じである。
「ま、とにかくやってみるとしようかの。求められた条件によっては危険じゃから、外でやるとするかの。……いや、せっかくだから雰囲気を出すために夜にやるとするかの。今日は晴れているから月も綺麗じゃろ」
ジャリスさんはそう言って立ち上がり、朝食が入っている鍋を取りに行った。