第六章‐3
「さて、五対一だぜ? それでも、やるかよ?」
にやりと笑いながら、ラングランが問い掛ける。アッシュは油断なく身構え、周囲に視線を走らせた。周りを取り囲むラングランの手下たちに、勝手に頭の中で、手下A、B、C、Dと名付ける。そして、返事の代わりに、コマンドを唱えた。
「『茨の冠』、五連!」
現在のアッシュの魔力で指定可能な最大数の標的に対して、座標指定型の拘束魔法を起動する。ラングランと四人の手下の周りに、それぞれ三つずつの影色の光輪が出現した。さすがにラングランは反応が早い。とんぼ返りをするようにして、その光輪を避けてしまった。だが、不意を打たれて、右斜め後ろの手下Bと左斜め前の手下Cが拘束される。すかさず、右手を伸ばして、射撃魔法を起動した。
「『凶弾の狩人』、ヘッドショット!」
伸ばした右手の先から発射された拳大の影色の光弾が、手下Cの頭を近距離から打ち抜き、気絶させる。しかし、その間に、もう一人の拘束された手下Bは、仲間に助けられてその拘束から抜け出していた。それを横目で確認してから、アッシュは正面のラングランに視線を戻して、ようやく返事をする。
「そうかい? これで、一対四だぜ?」
先制攻撃を仕掛けてきた彼に、一斉に襲い掛かろうとする手下たちを片手を上げて制して、ラングランは笑い声を上げた。
「ははっ。本当にいい度胸してるじゃねぇかよ。おまけに、腕もなかなかみてぇだ。それに、レーナのやつが遺したパートナーだっつうんなら、俺さまが面倒見てやらにゃならんだろ。どうだ、一つトリーをしねぇか?」
「トリー?」
自動翻訳されなかった単語を問い返すアッシュに、ラングランが答える。
「賭けだよ、賭け。おめぇが勝てたら、おとなしくお縄に付いてやらぁ。だが、おめぇが負けたら、今日から、おめぇは俺さまの部下だ」
「この人数差で、かよ。ずいぶん不公平な賭けだな」
「おめぇから吹っ掛けてきた喧嘩だ。それくらいのハンデ、跳ね返してみせろや」
減らず口を返すアッシュに、にやにや笑いながらラングランが言った。
「さて、それじゃあ、始めるぜ」
ラングランはそう言うと、上げていた片手を振り下ろす。それを合図に、手下たちが一斉にコマンドを唱え始めた。
「ちっ。こっちの意思は無視かよ!」
舌打ちをするアッシュの周囲に、拘束魔法の光輪が出現する。だが、それを予想していた彼は上昇して、締まる光輪から逃れた。同時に撃ち込まれてくる光弾を、『黒鉄の城砦』による直径一メートルほどの防御魔法陣を展開して弾き返す。こちらからも攻めようと、コマンドを唱えた。
「『茨の冠』!」
しかし、手下Aを狙ったその座標指定型拘束魔法は、ランダムな機動を始めた手下Aに難なく避けられてしまう。アッシュも狙いを定められないように、ジグザグに飛行し始めた。細かな雨が顔に当たる。眼鏡が濡れて、水滴で前がよく見えない。これでは、かえって視界を悪くするだけだと思い、眼鏡を外してシャツの胸ポケットに仕舞った。濡れた額をシャツの袖で拭う。雨が目に入りでもしたら、小さくない隙になるだろう。それから思い至って、ランダムに体を振って飛ぶ戦闘機動を行いながら、念話魔法を起動する。
「『風の囁き』!」
頭の中で呼び掛けた。
(エリカ! アリーセ! サーニャ! 誰か、起きてるか!?)
すぐに、サーニャ=ストラビニスカヤ伍長からの返答が届く。
(起きてます。なにかありましたか?)
(『彼女』の家に盗賊が侵入した! 数は五人! 現在、『彼女』の家の上空で交戦中! 警察に連絡してくれ!)
アッシュの言葉に、サーニャが応じた。
(了解)
サーニャの短い返事を聞いてから、意識を戦闘中の手下三人に戻す。ラングランは腕を組んで、彼らの様子を眺めていた。どうやら、手下たちがやられるまでは、高みの見物を決め込む気らしい。
(それでも、一対三か……。いや、無理して全員倒す必要はない。警官隊が来るまで保たせれば、こっちの勝ちだ。足止めと時間稼ぎなら、こっちの十八番だぜ)
周囲を取り囲むように飛ぶ手下たちを見る。お互いに戦闘機動を行っているので、座標指定型の『茨の冠』は勿論のこと、範囲指定型の『鋼の顎』でも、彼らを捕らえるのは難しそうに思えた。
(となると、これか!)
「『藤花の宴』!」
アッシュは距離を詰めて、影色の魔力の鞭を手下Aに向かって振り下ろす。手下Aは光剣を発生させて、魔力の鞭を切り払った。
(それは一度、エリカにやられてるからな。対策済みだぜ!)
アッシュが魔力を流し込んでやると、影色の鞭は切られた箇所からさらに伸びる。再び元の長さまで伸ばした鞭を振り回すと、それは一度切り払って油断した手下Aの足に当たり、しゅるしゅるとその身体に巻き付いて縛り上げた。アッシュは魔力の鞭を手放し、拘束した手下Aに向かって飛びながら、コマンドを唱える。
「『破軍の剣尖』!」
影色の魔剣の抜き打ちから、さらに返す刀でのもう一撃で、手下Aを気絶させた。アッシュは、先日の事件で経験した対集団戦から、一度拘束した相手は少々無理をしてでも早めにスタンさせるべきだ、と学んでいたのだ。そうしないと、拘束をする端から他の仲間に解除されてしまって、いつまで経ってもきりがない。しかし、そうして手下Aを狙う為に読まれやすい軌道を取ったことで、やはり残りの二人が彼に光弾の集中砲火を浴びせ掛けてくる。アッシュは魔剣を消すと、『黒鉄の城砦』の防御魔法陣を展開して、それらの光弾を弾き返しながら離脱した。しかし、防御出来る範囲がそれほど大きくないその防御魔法陣では防ぎ止めきれなかった光弾の一発が、右足に当たる。
「痛ぅっ!」
百六十キロの剛速球をぶつけられたかのような痛みが走った。右足への衝撃でバランスを崩す。だが、この程度の痛みと衝撃なら、まだ昏倒するほどではない。アッシュは体勢を立て直しつつ、牽制に弾幕を張った。眼鏡を外しているので、視界がぼやける。これでは、とても精密射撃は無理だろう。
「『凶弾の狩人』、十発、シュート!」
手下Bが、それらを防御魔法陣を展開して防ぐ。一、二発は当たったようだったが、お互い様だ。一度に大量に生成した為に一発当たりの威力が落ちている魔力弾が手足に当たった程度ではスタンさせられない。アッシュは軌道を読まれないように、牽制の弾幕とは逆方向へ反転して、彼を追うように飛行してきた手下Dに向かって飛ぶ。
「『藤花の宴』!」
影色の魔力の鞭を振り下ろす。しかし、手下Dは、それを切り払うようなことはせずに、距離を取ってかわしてしまった。
(ちぃっ。やっぱり、一度見せたものは通用しないか!)
視界がぼやけて、距離感が上手く掴めない。それ故、深追いはせず、アッシュは魔力の鞭を消して、再び牽制の弾幕を張る。
「『凶弾の狩人』、十一発、シュート!」
撃ち出された光弾の群を、手下Dが高速移動魔法で避けた。
ランダムに飛びまわる戦闘機動を続けつつ、アッシュは考える。切り札の拘束魔法は二つ。しかし、展開している防御魔法陣に拘束魔法を仕込む『聖者の磔刑』は、相手が近接攻撃を仕掛けてきて、なおかつ、多少の隙がないと起動する余裕がない。相手を空間に縫い止めると同時に、大きなダメージも与えられる魔剣を射出する『罪の痛み』は、避けられればそれで終わりだ。それに、出来れば、追加コマンド『罰の重み』で最大十二本の魔剣を無防備な相手に打ち込める、彼の現在使える最強の攻撃魔法でもある『罪の痛み』は、ラングランと戦うまで温存しておきたいところだった。
(もう二つ三つ、拘束魔法が欲しいところだな……!)
しかし、ないものねだりをしても仕方がない。アッシュは駄目元で、手下Bの進行方向に狙いを定め、範囲指定型の拘束魔法を起動した。
「『鋼の顎』!」
二枚の影色の拘束魔法陣が出現するが、それを見た手下Bは進路を変えて、閉じる魔法陣の効果範囲から難なく離脱してしまう。その間に、後ろから追撃してきた手下Dの放つ光弾を、アッシュは振り向きながら上昇してかわした。また光弾の一発が脚を掠める。夜闇と雨で視界が最悪な上に、眼鏡を外した彼の視力では、撃ち込まれる光弾もぼやけてしまってよく見えなかった。また、その視界の悪さの為、少し距離が離れてしまうと、もう正確な座標指定も、精密射撃も出来なくなってしまう。ならば、と思い切って、自分のほうから接近戦を仕掛けてみることにした。
「『破軍の剣尖』!」
アッシュは影色の魔剣を発生させると、追ってくる手下Dに切り掛かる。手下Dもその手に光剣を出現させて、アッシュの魔剣を受け止めた。影色の魔力光の光剣、という夜闇に紛れる優位性を活かして数合は調子よく切り立てたが、所詮は素人剣術、それなりに戦闘経験があるらしい相手に、すぐに押され始めてしまう。受け損ねた光剣が、左肩を掠めた。
(やっぱり、エリカのように華麗に、ってわけにはいかねぇな)
「『魔神の掌』!」
アッシュは多重処理で、影色の防御魔法陣を展開して、手下Dの攻撃を受け止めることにする。魔剣を振るう邪魔にならないように、防御魔法陣は直径一メートルほどに設定した。左手の防御魔法陣で相手の光剣を受け止め、右手の魔剣を振り下ろす。しかし、その攻撃は易々と避けられてしまった。光剣での打ち合いでは分が悪いと見て、アッシュは魔剣を消すと、防御魔法陣は維持したまま、多重処理でコマンドを唱える。
「『聖者の磔刑』!」
いかに彼が、防御と拘束に特化した魔法使いといえども、防御魔法と近接攻撃魔法を維持したまま、さらに拘束魔法を使うなどという真似は出来ない。従って、展開した防御魔法陣に拘束魔法を仕込む『聖者の磔刑』を起動するときは必ず、『魔神の掌』のみを維持しながらコマンドを唱えるということになる。しかし、手下Dは、突然、魔剣を消して、なにかのコマンドを唱えたアッシュの行動に警戒したのだろう。迂闊に打ち込んでくるようなことはせずに、戦闘機動を続けながら、こちらの様子を窺っている。
(ちょっと、見え見え過ぎたか……)
アッシュは、強引な手段に出ることにした。拘束魔法を仕込んだ防御魔法陣を前方に構えたまま手下Dに向かって飛び、体当たりを仕掛ける。手下Dは光剣を構えてその防御魔法陣を止めようとするが、それこそ思う壺だ。押し付けられた防御魔法陣から伸びた影色の鎖が、手下Dの光剣を絡め取り、その腕へと這い登っていく。
「『破軍の剣尖』!」
すかさず、手下Dを縛り付けた拘束魔法陣を手放すと、再び魔剣を発生させて手下Dの頭に切りつけ、失神させた。
(作ったときは、いいアイデアだと思ったんだけどな。こいつは意外と使いづらい……)
頭の片隅でそんなことを考えながら魔剣を消し、残った手下Bに向き直る。戦闘機動を行いながら、雨に濡れた顔をシャツの袖で拭いた。致命的なタイミングで雨が目に入って、隙を作るということは避けたい。雨が降り続いている現状では、焼け石に水だが、やらないよりはマシだろう。
(ともかく、あと、一人!)
「『凶弾の狩人』、十二発、シュート!」
牽制の弾幕を張り、手下B目掛けて飛んだ。手下Bもそれをかわしながら、光弾を撃ってくる。散発的に、お互い、光弾を撃ち合った。先ほどから光弾の弾幕を一発ずつ増やして限界数を探っていたのだが、どうやら、今の彼の魔力では十二発が最大らしい。アッシュはそれを確認すると、このまま互いに牽制し合っていても埒が明かないと判断して、弾幕をかわしながら手下Bに向かって突っ込んでいった。
「『藤花の宴』!」
距離感が上手く掴めない為、近接攻撃の間合いにまで近付いて、影色の魔力の鞭を振り回したが、手下Bはそれを下がって回避してしまう。
「『鋼の顎』!」
しかし、アッシュは、下がったところを狙って、さらに多重処理で範囲指定型の拘束魔法を起動した。右手の影色の魔力の鞭を縦横に振るって、影色の拘束魔法陣が閉じるまでの間、敵の動きを牽制する。この戦法は上手く当たり、手下Bは影色の拘束魔法陣に挟み込まれて、拘束された。
「『破軍の剣尖』!」
魔力の鞭を消し、代わりに魔剣を発生させて、手下Bに止めを刺す。
(これで、ラスト!)
アッシュは魔剣を消して、戦闘機動と続けざまの魔法の使用に乱れた呼吸を整えようと努力しながら、ラングランのほうに向き直った。




