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第六章‐2

 それから暫くはチッピィと遊んでいたのだが、昼間の労働で疲れていたのか、やがて睡魔が襲ってくる。わざわざ客用寝室に移動するのも億劫になったので、アッシュは靴を脱いで、そのままソファにごろりと横になった。眼鏡を外してテーブルの上に置く。その姿勢で、腹の上に乗ったチッピィの顔をいじって遊んだりしていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

(アッシュ、誰か、来た)

 そのチッピィの念話で目が覚めた。最初はエリカたちが来たのかと思ったのだが、それにしては、彼に声を掛けてくる様子もない。アッシュは眼鏡を掛けると、ソファから起き上がって靴を履き、忍び足で居間のドアに向かって、薄くドアを開けて廊下を覗いてみた。薄暗い階段の下で、数人の人影がなにかしている。そういえば、この屋敷のセキュリティシステムは切ったままだった、と思い出した。居間の窓は、照明が点くのと連動して遮光モードになっているので、灯りは外に漏れ出ていないはずだ。その為、侵入者たちは、居間に人がいるとは気付いていないのだろう。

(泥棒の家に、泥棒かよ……)

 アッシュは少しおかしくなったが、そんな暢気な感想を抱いている場合ではない、と思い直し、コマンドを唱えた。

「『鋼の(あぎと)』!」

 影色の魔法陣が数人の人影の上下に現れ、バクンッと挟み込み、影色の光輪に変化して、三人ほどの人影をまとめて拘束する。しかし、アッシュには、それを喜んでいる暇はなかった。いつの間にコマンドを唱えたのか、茶色の短髪を逆立てた男が、彼の目の前に高速移動してきていて、しかも、緑の魔力光を放つ光剣をドアの隙間から突き入れ、彼の喉元に突き付けている。障害物のある狭い廊下を高速移動ですり抜けてきて、なおかつ同時に光剣を発生させている手際からして、かなりの手慣れだと判断出来た。

「っ!?」

 光剣を突き付けられたアッシュは、下手に身動き出来ない。

(アッシュ!)

 アッシュの危機に反応したのか、チッピィが飛び出そうとした。

(チッピィはおとなしくしてろ!)

 如何に泥棒とはいえ、安全装置(セイフティ)抜きの攻撃魔法を食らわすのは気が引けたので、アッシュはチッピィに待機を命じる。

 喉元に突き付けられているその緑色の光剣は、『彼女』が使っていた『刀剣(ブレイド)』や、アッシュの『破軍の剣尖』より、かなり短い。ずいぶん極端なカスタマイズをしてあるようだ。茶髪の男はドアを開けると、アッシュを、突き付けた光短剣で押し戻すようにして、居間に入ってくる。アッシュは、おとなしく居間の中へ後ずさるしかない。茶髪の男は細長い身体を少し屈めるようにして、下から緑色の瞳で彼を睨みつけてきた。

「おめぇ、なにもんだ? ここで、なにしてる?」

「てめぇこそ、何者だ? ここに、なにしに来やがった?」

 茶髪の男の問いに、アッシュは答えず、同じことを逆に問い返してやる。彼のその言葉に、男はにやりと笑った。

「はっ。人に名前を聞くときゃ、自分から名乗れってか? この状況で、それを言うかよ。なかなか、いい度胸してんじゃねぇか」

 茶髪緑眼の男はそう言うと、光短剣はアッシュの喉元に突き付けたままで、身体を起こし胸を張る。

「その度胸に免じて、こっちから名乗ってやらぁ。知る人ぞ知る、快盗、『緑風』のラングラン=クレドとは、俺さまのことよ。――なに、レーナのやつが逝っちまったって耳にしたんでな、あいつの溜め込んでたお宝を頂戴しに来たってわけだ」

「盗賊の家に盗みに入るとは、そっちこそ、いい根性してるじゃねぇかよ」

 なんだか、やけに馴れ馴れしく『彼女』の名前を口にする男だ。アッシュは、それが気に入らなくて、減らず口を叩いた。ラングランと名乗った男が、口元を歪める。

「勘違いすんなよ。セトムーがレッスイの後始末をしに来てやったんだ。当然の義務と権利ってやつだろうが」

「セトムー? レッスイ?」

 こんなときになんだが、自動翻訳されなかった単語を、つい聞き返してしまった。ラングランが眉をしかめる。

「あ? あぁ、自動翻訳使ってんのか。師匠が弟子の、だ」

 初出の名詞の翻訳には若干のタイムラグが存在するという自動翻訳アプリの弱点を知っているらしく、もう一度言い直してくれた。案外、親切というか面倒見のいい性格のようだ。それを聞いて、アッシュはまた鸚鵡返しに呟く。

「師匠が弟子の後始末、だと?」

「そういうこった。俺さまは、レーナのやつの、この仕事の師匠よ。まぁ、言ってみりゃ、あいつの兄貴みてぇなもんだな。――あいつが溜め込んでたお宝が発見されりゃ、騒ぎになんだろうがよ。そうならねぇように、予めお宝を回収しておくのが師匠の義務で、回収したお宝を頂いちまうのが師匠の権利ってこった」

 ラングランは、そこまで丁寧に説明してくれた。どうやら、本当に面倒見のいい性格のようだ。ラングランは、説明が終わると改めて、アッシュの瞳を睨みつけた。

「さて、こっちゃあ、名乗ったぜ。おめぇはなにもんで、あいつとはどういう関係だ?」

「……俺はアッシュ。『彼女』のパートナーだ」

 アッシュは、そう名乗る。ラングランは怪訝そうな顔をした。

「あいつのパートナー? あいつはソロだぜ? おめぇがホントにあいつのパートナーだってんなら、あいつの面白エピソードの一つぐらい話せんだろうな?」

「……俺の星のレストランで、『彼女』は肉料理を普通に食った後に、これなんの肉?って聞いてきたんだ。なんの肉かわからないのによく食えるな、って言ったら、ここは食べ物を出す店だから食べられないものが出てくるはずない、って答えたよ」

 喉元に光短剣を突き付けられたまま、アッシュは『彼女』とのエピソードの一つを話す。ラングランは、またにやりと笑った。

「確かにそりゃ、食い意地の張ってたあいつらしい話だな。それに、そっちにいる毛むくじゃらはあいつの飼ってた犬コロだし、おめぇの右手の魔装具はあいつのじゃねぇか。どうやら、おめぇさんがあいつのパートナーだってのはホントらしいな」

 話よりも、チッピィを連れていることと、『彼女』の魔装具を着けていることのほうが信用の決め手になったらしい。

(面白エピソード、要らなかったじゃねぇかよ……)

 アッシュは憮然とするが、未だに喉元に光短剣が突き付けられているので、迂闊に文句も言えない。

「――ってこたぁ、なんでぇ、同業者かよ」

 そう言って、ラングランは拍子抜けしたように、ようやく光短剣を消した。

「レーナのやつ、ずっとソロでやってたと思ったが……、そうか。逝っちまう前にパートナーを見付けてたのか……」

 少し感慨深そうに、ラングランが呟く。

「それにしても、レーナのやつ、辺境の未開惑星で、軍の絡みのごたごたなんぞに巻き込まれて命を落とすたぁな。あいつも運がねぇぜ。だから、仕事の下調べはちゃんとやれっつったんだ。――ひょっとして、おめぇさん、その辺境惑星の出身か?」

「……ああ」

 この星の住人はどいつもこいつも、人の星を、辺境だ未開だ、と好き放題に言ってくれるものだ。問い掛けてくるラングランに頷きながらも、アッシュはそんな感想を抱いた。光短剣を突き付けられていた喉を、なんとなく右手でさする。それにしても、『彼女』の危難失踪手続きを済ませたのが、今朝のことだ。それなのに、ラングランは既に、『彼女』が命を落としていること、及びその際の事情についてまで、ある程度わかっているようだった。アッシュは、裏社会の情報の速さに、内心で舌を巻く。ふと、ラングランが、喉をさするアッシュの右手に目を留めた。

「……ん? いや、おめぇの右手。魔装具だけじゃなくて、右手自体もあいつの手じゃねぇのか?」

 さすがに盗賊だ。目敏い。

 気に食わない男でも、『彼女』の数少ない身内だろう。アッシュは、彼には簡単にでも、事情を説明しておくことにした。

「ああ。この右腕は『彼女』の右腕だ。『彼女』は戦艦の砲撃に晒されて、この右腕しか残らなかった。逆に、俺は右腕を失う羽目になっちまったんで、『彼女』の腕を魔法で接合させてもらったんだ」

「そうか……。パートナー同士、一心同体ってわけだな」

 案外ロマンチックなことを言う男だ。そう悪いやつではないのかもしれない。

「お頭!」

 ラングランの手下らしき男が、居間のドアから顔を覗かせて、彼に声を掛けてきた。どうやら、話をしているうちに、拘束から抜け出されてしまったらしい。ラングランが首だけで振り向く。

「なんでぇ?」

「へい。お頭の言った通り、地下室はありやしたが、中は空っぽでさぁ。お宝の一つもありゃしやせん」

 手下の言葉に、ラングランは再びアッシュに向き直った。

「そういうことかよ。パートナーの権利として、おめぇさんが一足先にお宝を運び出しちまったってわけだ」

 アッシュはそれには答えない。『彼女』の数少ない身内といえども、やはり相手は盗賊だ。このまま見過ごすというわけにはいかないだろう。一度は『彼女』と共に盗賊稼業に就こうと思った身ではあったが、現在の彼の立場は陸軍辺境警備隊の協力員だ。ここで盗賊団を見逃すのは、少々怠惰に過ぎると思われた。アッシュは緊張を持続させて、仕掛けるタイミングを計る。一方、そんな彼の様子を特に気にした風もなく、ラングランは一つ肩をすくめると、踵を返した。

「とんだ無駄足踏んじまったな。……おぅ、おめぇら、帰るぞ」

 手下たちにそう声を掛けて歩き出したラングランの背に向かって、アッシュはコマンドを唱える。

「『茨の冠』!」

 ラングランの周囲に、影色の光輪が三つ出現した。

「『ダガー』」

 低く呟くようなコマンドと共に、ラングランの手の中に、先ほどの短い光剣が現れる。その緑色の光短剣を手の中で回すようにして一閃させると、影色の光輪は三つとも切り裂かれて霧散した。

「……おいおい。どういうつもりだ?」

 背を向けたままで、ラングランが問う。声が先ほどまでより低く、凄みを増していた。アッシュは内心で舌打ちする。どうやら、彼の緊張した様子から、なにか仕掛けてくると予測されてしまっていたらしい。戦闘経験のなさが露呈してしまった。アッシュは開き直って、その背に向かって言う。

「どうもこうもねぇ。てめぇらが盗賊だっていうんなら、まとめてふん縛って警察に突き出してやるってだけだ」

「おめぇ、あいつのパートナーじゃなかったのか?」

 振り向きもせずに発せられたラングランの問いに、アッシュは答えた。

「『彼女』のパートナーだとは名乗ったが、盗賊だって言った覚えはねぇぜ?」

 ラングランは背を向けたまま、苦笑したようだ。

「どういうことだかよくわからねぇが、レーナのやつめ、面倒なのをパートナーに選んじまったみてぇだな」

 ラングランが言葉を続ける。

「それにしても、この人数相手に喧嘩吹っ掛けるたぁ、ますます、いい度胸じゃねぇかよ。気に入ったぜ」

「そうかい、ありがとよ。だが、俺は、てめぇが気に食わねぇ」

 ラングランの言葉に、アッシュが応じた。もう一度、コマンドを唱える。

「『茨の冠』!」

 しかし、ラングランの周囲に現れたその影色の光輪は、出現と同時に閃いた緑色の光短剣に切り裂かれて消えてしまった。

(ちぃっ。やっぱり、拘束魔法は不意打ち用か……)

 アッシュはそれを痛感する。

「いいぜ。ちょいと遊んでやらぁ。身の程知らずのガキに礼儀を叩き込んでやるのも、大人の務めってもんだ。来な!」

 そう言って、ラングランは手下を引き連れて外へと飛び出した。アッシュも、その後を追って外へと駆け出す。

(アッシュ?)

 チッピィが念話で声を掛けてきた。

「チッピィは、そこで待ってろ! 『金鵄(きんし)の翼』!」

 こんな市街地で、巨大化したチッピィを暴れさせるわけにはいかない。それに、チッピィの攻撃魔法には安全装置(セイフティ)が掛かっていないのだ。如何に相手が盗賊とはいえ、殺傷するのは気が引けた。アッシュは、チッピィに引き続き待機を命じると、飛行魔法を起動して、『彼女』の屋敷の庭から飛び立つ。空は立ち込める雲で星明かりすらなく、既に深夜を過ぎた時間ということで、周囲の屋敷から漏れる灯りもない。そもそも、このセレストラル星系の家では照明が点くのと連動して窓が遮光モードになるので、街灯りというものはないのかもしれない。頼りになるのは、街灯の灯りだけだ。おまけに細かい雨が降り始めていた。視界は最悪と言っていいだろう。

「ちっ。サーニャの話じゃ、降水確率十パーセント未満ってことだったんだがな」

 それとも、夜になって降水確率が上がったのだろうか。

 アッシュは、広い庭に立派な屋敷が立ち並ぶ高級住宅地の上空で待ち構えるラングランに向かって飛びながら、続けて常駐魔法の防御陣も起動した。

「『黒鉄(くろがね)の城砦』!」

 ラングランを正面に見据えて空中に静止したアッシュの周囲を、ラングランの手下四人が取り囲んだ。

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