甘いケーキのお礼
私は、誰も居ない公園で泣き止んだ。
何の思い出もない公園にいると、落ち着いてきた。
隼人は何故嘘をつくのだろう。
やはり、関係を保つために?
考えたくなかった。
体だけを隼人に捧ぐなんてとてもじゃないけど私は我慢できない。 隼人の心は親友の陽子だけを見ているのだ。
きっと私と結合しても、頭の中では陽子に置き換えているに違いない。
陽子とは随分距離をとっている気がする。あのレズな夢からだと思う。
このままではいけない。
“もう嘘をつかなくていいよ”
私はそう隼人に言ったのだ。全てを知っている発言で、もう戻れないのだ。
私は、それからスーパーに向かった。
*
翌日、眠たい体を無理矢理起こしてキッチンへ向かった。
お母さんはパートで、弟は彼女の元で、今はキッチンを占領できる。
昨日、スーパーで買った物はケーキの材料だ。今の時代は便利なもので、105円でお菓子作りの器具が買えたりする。
本屋で、“はじめてのケーキ作り”を購入した。お菓子作りの器具とは対照的に1000円と、お高い出費となった。
さっそく、本や材料を広げて、エプロンを着用した。
そして、いつしか隼人に貰ったハートのネックレスを首に下げた。
私は本と闘いながら、ケーキ作りをした。
大嫌いな甘いものを、自分の手から生み出すなんて思いもしなかった。
甘いものが好きな隼人に、ケーキを渡して、さよならをしようと昨日の公園で心に決めた。
もう引きずらないように、ケーキを渡して今までの愛を伝えるつもりだった。
大嫌いなケーキを渡せば、私の愛は伝わると確信した。
それだけ、“私は”本気だったよって──。
ケーキ作りは難しいと感じた。
不味いので見たくもなかった物を、書いてある通りに書くということは安易ではなかった。
完成して、ラッピングまで終わったのは開始から4時間後だった。ハートのネックレスも、付けるのは今日限らだ。
私は、変わる。就職もしようと思った。
ボールを洗おうとしたら、手元にあった砂糖入っているの瓶が手に当たって倒れた。
床に白い粉が降りかかった。
まるで雪みたいだなと心の中で微笑したが、すぐに面倒だなと思った。
濡れた布で床を拭いた。
雑巾が、砂糖に染み込んだ。
それは私の今までのように思えた。こぼした砂糖を片付け終えて、私はラッピングする際、余ったスポンジを口に運んでみた。
隼人へのお別れのケーキはどんな味なのだろう──。
甘かった。
いつかに食べた、お母さんのホットケーキが甘くないように思える。
その瞬間、ひどい苦しみが襲ってきた。
走馬灯のように、何かが流れる。
隼人と付き合った時のこと。
守と心配しあった時のこと。
陽子と菜々子の写真が隼人の家にあったこと。
胸が苦しいくらいに隼人を愛したこと。
遊園地で見てしまった陽子と隼人のやり取り、菜々子と誠司くんのキス。
──あれは、事故だったのかな…菜々子が誘ったのかな──。
初めて、隼人が浮気をしていると知った時のこと。
ドア越しに、必死で盗み聞きしたこと。
誠司くんの告白。
そして、隼人の嘘──
色々なことがあった人生悪くなかったと思う。
隼人に出会えたから
もう一度、最期に会いたかったけど、どうか良い子を守ってあげて…
今すぐメールにして送りたかったが、体が動かない。
あぁ、本当にサヨナラのケーキになっちゃったな──そんなことを思えるのも一瞬だった。
──隼人ありがとう
すぐに、苦しみが消えた。
そして全てが終わった。
*
「…カンナ?」
隼人は、昨夜の事について謝ろうと思い、カンナの家を訪れた。電話が繋がらないからだ。
ドアを回すと、鍵が開いていた。インターホンを押しても反応がない。焦る気持ちを抑え、部屋に入った。
カンナの家に入るのは数ヶ月ぶりだった。そう──、陽子に惚れる前に──。
彼は、カンナに別れを告げにくるつもりだった。昨夜のケンカ未遂で決意した。
前、カンナとケンカした時、隼人は陽子に相談したときに、大人な陽子に一発で惚れた。
でも別れ話をすると、カンナは自殺をしかねないと隼人は思った。この女は誰よりも自分を愛していると分かっていたからだ。
菜々子の件は謝るが、陽子は譲れない。今までカンナを傷つけると、カンナを愛すフリをしていたがもう彼女は気づいているのだ。大丈夫だろう。
カンナは可愛かった。ちょっと、素敵だった──。
そんなカンナが、キッチンで倒れているではないか。
色んな感情が脳内を流れる。
とりあえずカンナに近寄って、手を触れてみた。デートの時と繋ぐ手とは比べものにならないくらい、冷たかった。
「…カン…ナ…」
隼人は絶望に満ちた。
俺のせいかも知れない──
いや、ほぼ俺が原因だ、そう考えた。
ふと、台の上にある、可愛くラッピングされているケーキが目についた。
ショートケーキだった。
何やら、メモが添えられている。
“今までありがとう さようなら”
カンナ、と記されていた。
隼人はカンナの上に覆い被さった。自分があげたハートのネックレスをつけていたカンナの顔は安らかだった。
「…ゴメンな…」
《カンナは就職が出来なかった。心臓病を患っていたからだ。
そのため、甘い物は控えるように医者から言われていた。心臓に負担がかかるからである。死因は心臓発作──》
*
誰かの、涙が頬に零れている。
ねぇ、陽子──
甘いのも、良いかもね
END
クリック有り難う御座いました。
皆様のおかげで、この「砂糖と雑巾」をとても楽しく打つことができました。
まだまだ未熟ですが、これからも頑張っていきたいです!
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