8. 選ばれた者だけが挑戦できるとかそういうのは別に無い感じの、伝説の武器が突き立つ大岩
神都の大聖堂は、別名【白亜神殿】と呼ばれている。
その呼び名の通り真っ白な外観に多くの彫刻を施された美しい建築物で、それ自体が一つの芸術品ですらある。
長い階段の先にある見上げるほどに大きな正門を潜ると、広い前庭に出た。
正確に言うならばこの前庭の奥にある建物が大聖堂の本堂なのだが、そこに入るには観覧料を払わねばならない。
本堂は本堂で煌びやかな装飾と美しいステンドクラスで彩られた観光名所でもあるのだが、そっちに興味があるのはホンモノの観光客の方だろう。
むしろ、俺たちのような武芸者にとって用事があるのはこの前庭の方。
「……あれが、伝説の」
「そう、【聖魔八絶】って奴だ」
正門から本堂に続く石畳が途中で分かれ、木々に囲まれた前庭の端の方に剝き出しの大岩が鎮座している。
その岩に突き立つ、あるいは絡みつく五つの武器。
一説には大喪失以前からこの地に存在したとまで言われる、超常の力を秘めた伝説の聖剣、あるいは魔剣だ。
「……なんじゃ、なんというか。その……想像していたよりも、うむ……ち、地域密着型……?」
【聖魔八絶】を初めて見たというメディナが、その光景に絶句したように呟く。
ラデさんもまた、似たような感想を持ったようだった。
さもありなん。斯く言う俺も、初見の時はまさしく似たような反応だったからな。
「もっとこう……静謐で、荘厳な雰囲気を予想していました。神秘的な森の奥深くにある池のほとりに、差し込む柔らかな日の光を浴びて、聖剣が台座に突き立ち選ばれしものを今か今かと待つ……みたいな」
「だよね。でもここ、そういうの無いから」
大聖堂は本堂より先に入るには有料だが、この前庭までは無料で誰でも入れる。
そして前庭は花壇と歩道が整備されたちょっとした公園のようになっている。
更に大聖堂は公式的に、【聖魔八絶】への挑戦を推奨している。街でも所々で見かけたよな、『求む若い力! 君も伝説に挑んでみよう』ってポスター。
空腹で二人はそれどころじゃなかったらしいそのポスターが、立て看板で掲示されていた。日に焼けてちょっと色褪せているのがなんというか。
それらが合わさった結果。
二人が見るその先には、近所の住民どもが群がる【聖魔八絶】の姿があった。
「ぐぅぅぅぅ~~! 抜けねぇぇ~~! やっぱ抜けねぇ~~!」
「次俺! 次俺がやる! 俺がやるってもぉぉ!」
ガキんちょどもがむきになって順番を奪い合っている剣があれば、
「ぐぎぎ……ふっ、今日はここまでにしといてやる。明日は覚悟しておくんだな」
「あら、そんなこと言って。昨日も一昨日も先月も去年も五十年前も同じことを言ってらしたじゃないですかおじいさん」
公園に設置された健康増進運動具代わりに扱う老人とそれを眺める老婆がいれば、
「……そんな! 公爵家嫡男であるこのボクが! 公爵家! 嫡男どぅえあるくぉの! ヴォクぐわぁ!! 聖剣の使い手に選ばれないだなんて!? そんなバカな……そんな! ヴァカぬぅわぁああああああああ!!!?」
「はっ。世間知らずのお坊ちゃんはすっこんでそこで見とくっス。アンタが野良犬と哂ったこのアタイが勇者に選ばれる瞬間を……えっ嘘、ほ、ほんとに抜けた……?」
嘆き叫ぶ身なりの良い貴族の青年を尻目に、いかにも路地裏出身の冒険者風の少女が斧槍に挑もうと指を触れーーあっ、抜けた。
すると近くにいた白い僧服の男が、ハンドベルをガランガランと振った。
「勇者! 新たな勇者の誕生だよ!! 【魔剣 炎斧冷矛】の勇者の誕生だよ、皆さん拍手~~ッ!!」
ワァッと歓声が上がり、辺りが拍手に包まれる。
「おおー。新勇者誕生か。めでたいな」
「ありがたやーありがたや……いや、有り難いってほどじゃねぇよな。珍しいけど」
「前回はいつだっけ? 二年? 三年前か?」
「いや半年前に一人いただろ。鞭の勇者が」
「そうだっけ。いやま、勇者ってすぐ入れ替わるからわからなくなるんだよな」
「それな」
近くにいた地元民っぽい冒険者たちが拍手しながらそんな会話をしているのが聞こえてくる。
当の新勇者さんは何が起きたのかよくわかっていない様子で、抜いた斧を掲げて中途半端な笑顔で周囲に「い、いぇーぃ?」とかやってた。
直ぐに本堂の方からやってきた僧侶さんたちから案内されて向こうの方に連れていかれたけど。
「商店街のガラポンみたいだの!?」
「あー。俺の時もあんな感じだったなぁ。抜けると思わずにスポッって抜けちゃって。で、『ヤッベどうしよ』って思ってるうちに係りの人がやってきて、向こうの建物で説明と講習を受けるんだよね」
「講習て」
「そ。『勇者の心得講習』。勇者の自覚をもって行動しましょうとか。あなたが勇者となったことで知らない親戚が増えるとか。不動産や投資に興味がないかと持ち掛けてくる人には注意しましょう、とか」
「宝くじの高額当選者みたいですね?」
「否定はしない」
騎士や傭兵、冒険者。
どんな職業の人間が【聖魔八絶】の持ち主になるのかは誰にもわからない。それこそ、当の【八絶】それぞれの思し召し次第だ。
だが【聖魔八絶】は全て武器である。
すなわち、勇者に選ばれる者は荒事に関する職業であるのはまず確実なワケで、そうなると強い武器を得ることは大金を稼ぐチャンスに直結するようなもんだ。
実際、【聖魔八絶】は武器として隔絶した性能を誇っている。
俺が【聖剣 颱嵐刀】を得てもう三年近くなるが、未だにその性能の全てを引き出しているとは思えない。
だというのに、バイルート達が距離を置きたくなるくらい、それ程の力を俺にもたらしてくれている。
お陰で生命の危機を回避できたこともあれば、依頼を達成して大金を得たこともある。
俺も初めて会う兄とか初めて会う祖母の姉の子とか遠縁近縁増えたしな。
「貴方の母の叔母の旦那の弟の兄の嫁の姪の息子です」ってお前誰だよ知らねーよってか来た道辿って戻ってね? それ俺じゃね? 馬鹿にしてる?
「初めてお会いしまします! 父の隠し子で貴方の妹です!」って俺より年上のオッサンに言われた時は有無を言わさずブン殴ったのは許されると今でも思っている。
投資の誘いもあったし。募金のお誘いもあったし。全部無視したけど。
あ。いやでも、募金しませんかって誘ってきたオネーサマ。もうちょっとオペェが大きければ危なかったかもしれない。「募金してくれると、素敵な事が起きるかもしれないわ……ふふ、ベッドに行きましょ?」って前かがみで言われた時はドキドキした。たたたた、谷間が! 谷間が見えてますよオネーサマ! 素敵な事って何ですかオネーサマ!?
あの時はディラスが冷静に止めてくれたから目が覚めたできたんだっけか。その直後オネーサマは結婚詐欺と投資詐欺と募金詐欺で捕まったんだよな。
なんでも勇者になった直後の田舎者丸出しな俺をカモろうと余計な時間を食ったせいで、憲兵さんの捜査から逃げられず逮捕に至ったのだと担当捜査官さんから教えてもらった。
あと実は彼女がオネーサマじゃなくてオニーサマだったということも。ご立派様が本当にご立派様だったということも教えてもらったその日の夜、俺はちょっと泣いた。
……ありがとうディラス。あの頃はまだ金が無かったから礼を言うだけだったけど、もし次に会うことがあったら一杯奢るよ。代わりにちょっと、ちょっとだけでいいから、愚痴を聞いてくれないかな……。
「なな、なんじゃどうした? 急に涙をこぼしたりして?」
「いや。なんでもない気にしないでくれ」
「お主がそういうなら……。と、とにかく勇者に選ばれる者は滅多にはいないが、裏を返せば稀にはいる、ということか」
「その通り。ここの神官の人たちにとってはたまにあるお仕事って感じで。俺たちみたいなおのぼりさんがその場面に出くわすって滅多にないだろうけどな」
「でしたら私たちはその瞬間に立ち会えて幸運でしたね。後でくじでも引きに行きましょうか」
そんな会話を三人でしていると、飽きたらしいガキんちょどもが走って行って、じーさんばーさんが散歩の続きを始め、未だ嘆き悲しんでいる貴族の坊ちゃんが執事さんに引きずられて居なくなり(執事さん、もうちょっとその「クソめんどくせぇ……」って顔は繕った方がいいですよ)、俺たちの前に誰もいなくなった。
後ろに並んでいた冒険者の人たちが、「お嬢さんたち、挑むの? 挑まないなら先に俺たち良いかな?」と話しかけられる。
「おっとすまぬの。では折角だし我らも挑んでみようか、【聖魔八絶】に」




