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3. 魔王メディナ(解任動議発動中)



 遠くで雷が鳴っているな……と、あくびをしつつ彼女はそんなことを考えた。

 巨大で、豪奢な装飾をされた椅子の上で寝ころびながら。


 長椅子でもないのに寝ころべるのは、彼女が小柄だから……ではない。この椅子の先代の持ち主が見上げるほどの巨体を誇っていたからだ。今でも思う、私は親父様ではなく母親似でよかったと。


「お聞きになっているのですか、魔王様! 魔王メディナ様」


 艶やかな自慢の黒髪をいじりながら、面倒くせぇ……と思いながら少女は階段下に膝をつく魔族の男に視線をやった。


「聞いてる聞いてる。聞いているから、そんな大きな声を出すな……ええと、魔知将ゲーベルト」

「ゲルベルト、です!」

「どうでもいいよ、お前の名前なんて……」


 聞かれないようにぼそりと呟く。

 巨大な柱が何本も並び荘厳な、しかし紫色の炎が揺らめくいくつものシャデリアがつるされた、魔王謁見の間。

 そこには、魔王国の主だった幹部たちが揃って膝をつき、しかし彼女の方に顔を向けていた。

 面をあげよ、なんて言った覚えはないんだけどなぁ。

 というか、魔王玉座の周辺に、メディナ以外の者はいなかった。傍に控えるはずの近衛兵すらいない。


(うーむ末期。これはもうダメかもわからんね)


 そんなことを考える。

 ゲーベトベトは階下で何やらわめいている。

「先代がいなくなってから一〇〇年、一度も人族と戦争をしていない」「真に力がある者が魔王として魔族を導くべき」「魔力は魔術将に及ばず、力は魔獣王に及ばず、知力は……ふふ、この私にも及ばない」「貴女では魔王の椅子は荷が重い」などなど。


 ため息をひとつつくと、メディナはゲーベストの言葉を遮っていった。


「要するに、貴様は妾が魔王にふさわしくない、というのであろう」

「……んっ、」


 魔族は力の信奉者が多い。

 腕力か、魔力か。いずれにしろ強い力を示す者こそトップに相応しいという考えだ。


 それ自体が悪いとは言わない。

 実際先代の父親もまた先々代魔王直系の血筋だったが、他の魔王候補も敵対者も反対者も全員殴り倒して魔王の座についたのだし、文句言う奴らを片っ端から全員殴り倒してこの魔王国を統治していたのだし。

 もっとも、味方や応援者まで張り倒していたのはよくわからないし、リングの上で張り倒されて喜ぶ応援者たちもちょっとわからない。「ワン、ツー、スリー、ダーッ!」じゃないんだよ。


 その先代がいなくなって跡を継ぐのがこんな小娘、しかも一〇〇年経っても『強さ』を示さなかったというのだから文句の一つも出てくるというものだ。むしろ今までまともに反抗もしてこなかったのが魔族として異例ともいえるかもしれない。

 そして今、溜まりに溜まった鬱憤がこうして噴き出している、というわけだ。


 まったく、茶番もいいところだ。

 メディナはため息をついた。

 ゲーストンは高位魔族にしては珍しく頭が回る、策謀タイプだ。

 そのゲーイシンがこうして面と向かって糾弾してくる。それはつまり、全ての準備が終わってクーデターの成功を確信しているからに他ならない。

 魔族社会において力こそが正義。知略も力の一種であり、それを抑える事もまた力の一種だ。つまり、クーデターなんぞ起こされる弱い魔王の方が悪い、というのが魔族社会の考え方である。

 ゲストスがこんな公的な場で演説しているのも他国に対する演出(パフォーマンス)に過ぎない。


『クーデター起こしちゃいましたけど仕方ねーンす。だって今の魔王様って魔王として相応しくないッスもん。このままだと魔族全体で大変な内紛になりかねねースから、それで魔王国全体が荒れるよりマシっしょ? いや俺もね、クーデターまじヤベーとは思うんスけど。だから一応魔王様には魔王様らしいトコ見せてくれって説得してみたんスけどねェ。ダメだったんで、もうしょうがないっしょ?』


 という言い訳だ。

 しょーもな。


「そ、その通りです。ゆえにメディナ様、貴女には魔王位の座を降りていただきたく。これはこの場にいる者たちの総意であり、拒むというならばたとえ力づくであっても……」

「良いぞ。降りる」

「おお魔王様、なんという愚かな選択を。我々としても不本意ではありますが、決別したのであれば仕方が……


……いまなんて?」

「だから降りる、と言った」

「え……降りるの? マジで?」


 混乱するゲーレゲレをよそに、その言葉の通りメディナは玉座を降りた。頭にのせていた小さな王冠と、手にして王笏を椅子に残して。

 そのままトントンと軽やかな音を立てながら階段を降りる。


「次の魔王が誰になるのか知らんが、王位なんて貴様が思っているほど良いもんでもないぞ。魔貴族どもの領土争いに爵位の要求、水利争い、魔獣討伐の戦功比べ。果てはどっちの胸筋がデカイかなんて妾はもう知らぬ」


 ポカンとする者たちをよそに、メディナは謁見の間を出て行った。

 その足で大階段を降り、大広間を抜け。壁に仕込んである使用人向けの裏通路に入る。

 いくつかの分岐と曲がり角を迷いなく歩き、メディナは目的の場所にでた。

 魔王城というと厳ついイメージばかりが独り歩きしているし実際表向きはそういう雰囲気なのだが、そこで生活するものがいる以上、裏方で働く者たち向けの出入り口なんかもちゃんと存在している。つまり、勝手口だ。


 魔王国の支配者であり、世界にその威名を轟かせる歴代魔王の居城である魔王城に勝手口。


 使用人のことなど塵芥程度にしか思っていない、プライドの高いゲソなどはそんなものの存在すら考えたこともないだろう。

 そしてそこにいたのは、


「お待ちしておりました。メディナ様」

「うむ。待たせたなラデ」


 楚々としたメイドである。

 頭にカチューシャ、レースをあしらったエプロン、そして足首まで届きそうな紺色のロングスカート。瀟洒にカーテシーを見せたメイドさんは、


「それでラデ。本当についてくるのか?」

「はい。このラデ、魔王の位ではなくメディナ様個人に忠誠を誓った身でございます。メディナ様が赴くのであれば、例え火の中水の中、その傍まではともに参りましょう」

「うむ。……ん? 水の中まではついて来ぬのか?」

「溺れるメディナ様をひとしきり堪能した後でございましたならば」

「火の中は?」

「わが一族秘伝の薬であれば、どんな火傷もたちどころに治ってございます」


 メディナは小首を傾げた。

 このラデ、忠誠心は確かなのだが、微妙に歪んでいる。

 まぁよい、と気を取り直す。


「メディナ様、こちらへ。馬車の用意はすでに」

「うむうむ」


 知将と自らを誇っているゲースケは自身を過大評価し過ぎているところがある。

 ゲベ自身に限ったことではないが、魔族は何か謀略めいた事をする時、自身が謀略の的に掛けられると思わない者が多い。


 二人は勝手口から外に出た。どういう訳か警備兵の一人も見当たらないが、全く計画通り。

 そしてぽつんと馬車が停まっている。その客席に乗り込むメディナ。

 ヒラリと御者席に飛び乗ったラデが、手綱を打つと三頭立ての馬車は静かに走り始めるた。メディナの私物は既に積み込み済みだ。


「それでメディナ様、首尾はいかがでした?」

「全くの計画通りだわい。わはは、気が付いた時のバーの顔が見れないのが残念だわい……はて、ボーだったか?」

「ナーですよ、メディナ様」

「そうだったか? まぁよいわ」


 ナンダッケーが計画したクーデター計画。

 メディナはこれを早期の段階で察知していた。というか、魔王城は曲がりなりにもメディナの城である。その中で謀ごとなど、各部に巡らせた盗聴器・隠しカメラの類でいくらでも察知できるというもの。魔術的防聴ばかり気を割いて、科学的な盗聴器の存在に気が付かない辺り……ええと、あの、何だ、その、ヌー……? ネー? ……アイツの器というか底の浅さというか。


 もしあの場で魔王退位を断っていたら、報酬につられた魔族原理主義者たちとのガチ殺し合いになっていただろう。

 もちろんそうなっていたとしても対策はいくらでも思いつくが。正直魔王位なんてメンドクセェというのも本音である。

 だったらもう、やりたい奴に任せればいい、とこれ幸いに放り出したのだ。


 あのラ何とかは権力志向が強い男だ。

 根回しの末、十中八九アイツの息がかかった誰かが次の魔王位に付くのだろう。そして奴自身は宰相なりなんなり、その実権を握る、と。


「ま。クーデター起こしておいて、そんな簡単に上手くいくと思っているならば大違いよ」


 レーは勘違いしているようだが、メディナの魔力は魔族で随一……それも歴史上稀に見るレベルの魔力量を誇る。

 魔力総量は魔術の威力に直結する。つまりメディナは、技術はともかくとして威力だけでいえば、魔王に相応しい力量の持ち主なのである。先代が後継に指名したのは娘だからではない。それなりの理由あってのことだ。

 だから例えば、メディナが本気を出せば……


「それで、メディナ様。どちらに向かいますか」

「うむ。兼ねてより計画しておった、大迷界に向かおうと思う。あそこであれば魔族の我らがおっても目立たぬし、追手が来ても逃れやすそうだからの」

「かしこまりました」

「あ、でもな。まっ直ぐ向かうのももったいない……そうだ、観光がてら、折角じゃし大神殿に向かってみぬか?」

「大神殿、ですか。あの」

「そう、【聖魔八絶】があるという、あの大神殿じゃ」

「かしこまりました。仰せのままに」


 ラデが手綱をピシリと鳴らす。馬たちは一つ鳴き声を上げると、街道を走っていく。

 巨大な魔王城が見えなくなるころには、メディナはもう、ベーだかシーだかの事はすっかり忘れてしまっていた。






執筆中、あまりに「ベー」だの「バボー」だの書いていたら、本当にコイツの名前が何だったのかわからなくなって来た作者が私です。



ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


ここから間違いなく面白くなっていく物語です。

絶対に損はさせません。是非ともブックマークと評価を頂きますよう、よろしくお願いいたします。

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