20. ヌユの街 依頼を探そう!
・・・
「おお! これで妾も晴れて立派な冒険者じゃな!」
「おめでとうございますお嬢様!」
立派かどうかはわからんが、冒険者の証であるネックレスを貰い身に着けたメディナが嬉しそうに身を翻す。
「うーむ。よく考えてみたら誰かに身分を保証してもらう証など、初めて手にしかかもしれぬ」
「え? そういえば……そうですね」
メディナの言葉にラデさんが戸惑い半ばに頷いた。
三級以上の一流冒険者の証であるならまだしも、十級や八級の冒険者証なんて受ければ手に入るようなモノ身分証としては殆ど役に立たないのだが。それを言ってメディナの喜びに水を差す必要もないだろう。
「そうなのか。てっきりイイトコのお嬢様だと思っていたから、家紋やそれに類するものとか持っていると思ったんだけど」
「あー、そういうのなら……我が家の家紋入りの……あっやべっ」
「どうしたんですかおお嬢様――あっ」
ポケットを漁り出したメディナに、それをのぞき込むラデさん。
俺とリンダの位置からはよく見えないが――でかい宝石でできた印鑑?
(魔王玉璽持って来てしもうた!)
(持ってきちゃったんですかそれ! 魔王国の王印ですよ!? それが無いと魔王様の名前で命令とかできなくなるやつ……!)
(あー。でも今更戻らぬし戻せぬし。戻した所でロャの奴が喜ぶだけじゃ、別によかろ)
(それもそうですね)
「――わ、ワハハ何でもない。それで、吾輩たちも晴れて冒険者となったのであるからして、早速依頼の一つでも受けてみようと思うでガンス」
「なんか語尾とか自称がおかしくなってないスか?」
「そんなことあらしまへんわぁ。それよりも依頼を受けてみようぜ、リンダ!」
「ちょっ、メディナさん引っ張らないでっス!」
お前さんそんなキャラじゃないだろに。
とにかく妙にハイテンションなメディナの後を追って、俺たちも依頼掲示板の前へと赴いた。
・・・
「ゲルベルト様。もう諦めて別の方法を考えませんか?」
「うるさい! 黙って探せ! あれが、魔王玉璽が無いと……!」
メディナが十級冒険者の証を手に入れてウキウキ気分でいるその頃。
遠く離れた魔王城の一角。魔王の執務室で、ゲルベルトは部下の言葉に叫んでいた。
魔王の執務室に、メディナの後任となった魔王の姿は無い。
だがそれは良い。外ならぬゲルベルト自身がそれを良しとしているのだから。新魔王の男は、今頃は後宮の一室で愛人と惰眠を貪っている事だろう。
そんな主不在の執務室。
高級な調度品で揃えられている室内はまるで強盗が入ったかのように棚の中身も書類もひっくり返された有様だ。
ひっくり返しているのは、現在の魔王国で最高の権力を握っているはずの、そして現在の魔王国で最も追い詰められているゲルベルトだ。
「ない、無い、無い! 魔王玉璽が無い! どこにもない!」
「鞄の中も机の中も探したけれど見つからないのに、まだまだ探す気ですか? それよりも――」
「それよりも、なんだ!? 僕と踊りませんかとでも言うつもりか!?」
部下の男に、ゲルベルトは激昂して叫んだ。
全く、と部下は心の中でため息をついた。
かつては知将とまで呼ばれたゲルベルト。
力が全てとまで言われるこの魔王国においてそれは嫌味の一種、蔑称ではあったが、逆に言えば、そう言われるだけの知性とその鋭さで相手をやり込めて来た実績があったという事。
その頃の面影は既に無く、追い詰められた者特有の焦りと薄っぺらさがそこにはあった。
「ダンスのお誘いは私からではなくて、商会の者からですよ」
「クソ! どいつもこいつも……! しばらく待っていろ、と伝えておけ!」
部下は肩を竦めて見せた。その態度がまたゲルベルトを苛立たせるのだが――そうと分かってもついやってしまう。それが今の彼の、ゲルベルトに対する評価でもあった。
「待っていろと言われた場合、こう伝えるように言付かっております。『既に二ヶ月待っています。これ以上は利子の上乗せを検討せざるを得ません』と」
「くそったれ! 玉璽が無いから新しい法律の発布もできん! 軍の動員もできん!! 借金利息の法律も――!!」
ゲルベルトが頭を掻きむしる。
全てうまくいくはずだったのに、金が無いというだけで、何もかもうまくいかない!
ゲルベルトのちっぽけな背中を一瞥して、部下の男は執務室を後にした。
商会の使いを待たせている。どうせ商会も、今のゲルベルトを当てにはしていないのだろう。
最初は魔王一族の御用商人になれるとすり寄ってきたアイツラも、どこかで魔王国の国庫が文字通り空っぽになっている事に気づいたのだろう。
どうにか借金のカタに搾り上げて魔王一族の宝玉でも掠め取ろうとでも思っているに違いない。
そんなハゲタカの使いをどうあしらおうかと思いを巡らせながら、部下はハタと気が付いた。
「……仮にこの場を凌いで使いを追い返した所で、事態は何も好転しないな」
あれだけゲルベルトが探したというのに玉璽が見つからないという事は、先代――一応先代という事になる――魔王のメディナが持ち出している可能性が高い。
玉璽が無いと魔王は魔王として命令を下すことができない。正確にはその命令書に正当性が無いとみなされる。
だからゲルベルトが多くの商会にしている借金をチャラにする法律も、発行命令は出すことができたとしても、誰も従う理由が存在しない。だって魔王の命令であると証明できないのだから。
部下の男はため息を一つつくと、商会の使いが待つ待合室を通り過ぎて、魔王城を出て行ってしまった。
こうしてもう何人もの者たちがゲルベルトの元を去っている事に、ゲルベルト自身は気づいていないか、気づいていても重要な事だと思っていなかった。
砂上の楼閣の上に一人でいるのに、その砂の城が少しづつ崩れつつある事に全力で目を背け続けていた。
・・・
「ううむ、無いのう」
昼も少し過ぎた時刻という事で、冒険者ギルドの依頼掲示板の前に人は少ない。
たいていの冒険者は朝一に張り出される新しい依頼に、自分の適性や練度にあった仕事を受けるもんだからな。
その日のうちに準備して、翌日から動き出す――大体そんなサイクルだ。簡単な依頼なら即日で終わらせるけど。
そんな掲示板の前でメディナが何かを探していた。
「無いって、どんな依頼を探しているんだ? っていうかそこは三級以上じゃないと受ける事ができない上級冒険者向けの掲示板だぞ」
「そうなのか? いやな、せっかく妾とラデ、冒険者として初仕事じゃからの。ここは一発、古龍を退治して鮮烈なデビューを飾りたいなと」
「あるかそんなモン!」
上級どころかS級依頼、しかも達成できれば歴史に残るような出来事だ。
「そもそも古龍自体がそこら辺にいるワケじゃないっス。遠くを飛んでいるのを見たら幸運が訪れるとかそんなんスよ」
「人の街の近くに住んでいる事もあるらしいが、その場合大体街を守護する契約とか何かがあったりするだろ。そんなん退治したら街どころか国から追いかけまわされるぞ」
俺とリンダの説得に、メディナがしゅんとなった。
「ち、父上が言うには『古龍と喧嘩して張っ倒す事ができれば戦士として一人前』、母上が言うには『飛んでる古龍を堕とす事が出来て魔術士として半人前』じゃと……」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
お前の父ちゃんと母ちゃん、それマジで言ってる?
俺がラデさんを見ると、
「私もまだ古龍には挑んだことがございません。メイドとしての未熟を恥じるばかりです。ですがこの【颱嵐刀】があれば、いずれは……!」
マジで言ってんのかい。
あと結構武闘派だぞこのメイドさん。
「メディナさんの地元、過激なんスね……」
「過激で済むんかソレ?」
とにかく、気を取り直して。
「十級だったらま、街の外の草原とかで薬草採取とか、矮鬼族退治とか。そんなんからだよ」
「あっ。でも、うちらが引率でつくんで、五級までの依頼だったら一応受ける事ができるっス!」
冒険者は基本的にパーティを組んで動く。
そしてそのパーティに入れ替わりがあったとして、常に新人に合わせて下級依頼ばかりを受けていては誰も得をしない。なので冒険者なり立ての者がいても、バーティで受ける仕事はちょっと高いランクを受ける事ができるのだ。
もっとも、だからと言って難易度を高くしすぎれば新人が足を引っ張ったりで依頼の失敗に繋がりやすい。連携不足で思わぬ怪我や装備品の損失なども在りうるので、その辺り難易度のバランスは考えなきゃならない。
そんなわけで、俺たちは中級難易度と初級難易度の掲示板を見ていたのだが……。
「妙に、下水探索の依頼が多いように思えるのですが?」
「っス」
ラデさんの言葉にリンダが頷く。
下水探索は、中・下級向けでよく見かける依頼だ。俺もバイルート達と組んでいた頃、よく受けていたが。
「あのう」
と、掲示板の前に立つ俺たち四人に、背後から声が掛けられた。
「下水探索の依頼を受けられるのでしたら、よければご説明させて頂きますよ」
冒険者ギルドの制服を着た初男がそこにいた。
「もし今受けていただけるのでしたら特別大サービス! 今だけ依頼達成料がまさかの五割増しです!」
「ほう! それはそれは!」
メディナが食いつき。
俺とリンダは警戒を最大限に引き上げた。
冒険者ギルドは仕事の依頼を冒険者に斡旋する、いわば人材派遣業である。
その儲けの多くは依頼者と冒険者の両社に対する仲介手数料だ。ピンハネと言えば聞こえは悪いが、悪徳業者というほどあくどいわけではないのでそこはまぁ納得できるし納得するしかない。
ギルドが無数の依頼人と無数の冒険者の間に入って仕事の仲介をしてくれないと、それこそ古龍退治の依頼に、剣の構え方も知らない成りたてド新人がやってくるなんてこともあり得るからだ。だからそれはいい、そこは良い。
問題は、こっちの交渉も何もない内から依頼達成料を割り増ししたことだ。
ギルドの儲けが出ないどころか、完全な赤字だろう。
リンダが俺を肘で突いてきた。
俺も無言で頷く。
「……これ、ヤバい奴ッスよね」
「ああ。しかも断れない奴だ」
依頼達成料を割り増ししないとマズいほどの緊急事態。
しかも、それを先に言い出した以上、受けない時点で罰則が発生する可能性がある。
男の視線は成りたて冒険者のメディナではなく、俺とリンダの方に向けられている。
「ではこちらへ」
ギルドの建物の奥へと―ー個室へと案内される。
衝立で仕切られただけの依頼カウンターではない時点で内密な話。
なんとか穏便に断れないかと算段を立てようとしているが。
ルンルン気分で職員についていくメディナの背中を見て、俺はため息をついた。
ヤバい依頼だというのに、メディナが成りたてのド新人であると知った上で俺たちに声を掛けている。
その時点で、ギルドがかなり切羽詰まった状態になっていると気づいてしまった。
「おい、メディナ」
俺はメディナを呼んだ。
「うむ、なんじゃ?」
「ちょっといいか、実は――」
断れそうにない、のであるならば。
精々なんとか、依頼料の更なる増額でも狙ってみる事にするとしよう。




