16. 金貨と枯れ葉が持つ貨幣的価値の比較について
街道を、ガタゴトと馬車が一台走っている。
その後ろから騎兵が三騎やって来て馭者の横に並んだ。
「停まれ! 神都から逃げた犯罪者たちを追っている。神国法規に基づきその馬車を改めさせてもらう!」
騎兵隊長の言葉に、馭者は素直に頷き、手綱を引いて馬車を停止させた。
馭者は目深に被っていたフードを脱ぎ、顔を騎兵たちへと向けた。
「金髪の女……いや、手配書には無い顔だな。客車を調べろ!」
隊長の言葉に部下たちが、客車の扉を開いた。
中にいたのは、三人の女性。黒いドレスを着た妙齢の女性、そして二人の冒険者風の女。
「手配書の顔の者たちはいないな」
「いや。あのドレスの女は……?」
「違うくね? ほら、手配書のはぺったんこだし。顔もさ」
「そうだな」
(なんじゃとう!?)
(落ち着けバカ! バレるだろが!)
「? 今なんか言ったか?」
「いやなにも。てかよ、仕事っつーのはわかんだけどよ。あんまジロジロ見ないでくれよ。ほら、依頼主が怯えちまってる」
「お前たちは冒険者か?」
「そうッス。こちらのお嬢様から旅の護衛に雇われたっス」
兵士たちはしばらく訝しんでいたが、馭者の女性が隊長に何か渡して、二、三言話しかけると隊長は頷く。
そして部下に命じた。
「この馬車には手配書の者たちはいないようだ。次に行くぞ!」
そして馭者に渡された何か――金貨のような物――をポケットにねじ込むと、馬に跨り走っていった。
その際に「隊長ばっかりずるいですよ」「ふん、役得というものだ。案ずるな、今夜は奢ってやる」なんて会話が聞こえてきたような。
・・
――騎兵たちが十分に離れてから。馭者台に座るラデさんが手綱を打つと、馬車も再び街道を走り出す。
ガタガタと揺れるその客車の中で俺たちはホッと一息をついたところだった。
「うひぃ。緊張したっス」
「しかしこれで三件目か。全く、凄いなメディナの偽装魔術は」
「本当ッスよ。あの人たち見えてなかったんすね、コレ」
そう言ってリンダが、抱え込んでいたモノを撫でる。
それは言うまでも無く【炎熱の魔剣 炎斧冷矛】である……はずだ。
隠してもいないそれを目の当たりにしていたというのに、あの騎兵たちは全く見えていなかったらしい。
そして俺にも見えていない。まるでリンダが何も無い空中を撫でているように見えるのだ。
「妾の魔術に掛かればこの程度お茶の子さいさいという奴じゃワハハ」
調子に乗って胸を反らすメディナだが、うん、言うだけの事はある。
自分では見えないが、奴らは俺の事も女性に見えていたらしい。
俺から見ても今のメディナはチンチクリンでペッタンコ、白い肌に黒髪の魔族の少女には見えない。
ボン・キュッ・ボンのスタイル抜群の貴族女性のように見える。
「しかし、偽装魔術だけでこんな簡単に疑いを解いてくれるもんかね?」
「まさか」
とメディナが答えてくれた。
「妾らに掛けた偽装魔術に加えて、解疑魔術と信用魔術も掛けてやったからの」
「なんだそれ? 聞いたことないんだが」
「何かを疑ったり調べようとする気持ちが弱くなる魔術に、言われた言葉を簡単に信じ込んでしまう魔術じゃよ」
「いつの間に掛けたんスか!?」
リンダが驚く。俺も驚いていた。
これだけ傍にいたというのに、俺もリンダも、メディナがその二つの魔術を使用したことに気が付かなかったからだ。
「ふふん。魔術を隠蔽する魔術を使用しておるからの。宮廷魔術師でもよっぽど近くで魔力の起こりが無いか気を張っていなければ、まず気が付くまいよ」
「へえ、凄いっスねメディナさんは……って、魔術を四つも同時に使用を!?」
偽装、解疑、信用、魔術隠蔽。
魔力の精密操作なんてレベルの話じゃない。
魔術の同時使用なんて一流の魔術士でも二つがなんとか、だと聞く。
普通の魔術士なら事前に入念な仕込みをしておくとか魔道具を使うとか、そんな準備をしておいてようやくだ。
ここで初めて俺は、メディナという魔族の少女の事を、ちゃんと――正しい意味で、ちゃんと見た。
考えてみたらメディナとラデさん。ついでにリンダもだが。
出会ってまだ一日も経ってない。
俺は彼女たちのことを、何も知らないに等しい。
この馬車も、そして馬車を牽く馬もそうだ。
馬車はメディナが空間収納魔術で収納していたという。
では馬はどうしたのかというと、まさかの召喚魔術である。
「収納の魔術は便利じゃが、中では息ができぬ。故に馬までは収納できぬから召喚ぶことにしたわい」
メディナは軽く笑っていたが、見ていた俺とリンダはあまりの驚きに凄い顔をしていたはずだ。
これでメディナは俺の目の前で、
重力軽減、空間、召喚、精神作用、魔力隠蔽と全く違う属性の魔術を五つも行使して見せたことになる。
普通魔術士にとって自らの手練手管を明らかにするのは、相手に対策を練ってくださいという行為に等しい。
少なくともチリカやディラスは同じパーティだった俺やバイルートにも見せていない魔術的な奥の手を持っていたはずだ。 それは味方を信用しないというのではなく、当然の準備である。
なのにメディナは――
『この程度ならまだまだ見せ札でしかない』
そういうのか。
「そっか……ただの行き倒れではなかったのか……」
「うむアレックスよ。お主が妾らの事をどう思っていたのかについて、ちょっと膝を突き合わせて腹を割って話し合うべきではないかと思うがどうかの」
「どうといわれてもな?」
俺たちがそんな会話を繰り広げている横で、リンダが小窓を開いて馭者台のラデさんに問いかけていた。
「ラデさんさっきの隊長さんに何か渡してたッスけど、なんスか? 本当に金貨でも渡したんスか?」
「まさか」
とそっけなく、しかしどこか得意げなラデさんが答える。
「古の昔から化かす相手に金銭を渡す時には、その正体は落ち葉だと相場が決まっているものですよ」
・・・
その日の晩、神都警備兵の詰め所に居酒屋の店主たち数人が押し掛けた。
彼ら店主たちは口を揃えて同じことを訴えた。
曰く、
「臨時収入だと部下に酒を奢った上司が、支払いに渡してきたのが枯れ葉だった。確かに金貨のはずなのにと言っているが、取り締まる側の警備兵が無銭飲食とはどういうことだ」
同じ事件を起こして降格処分を受けた警備兵騎兵隊小隊長は、六人もの数にのぼったという。




