15. 追手が増えるよ、やったね!(良くない)
「はあ、結構やりがいのある崖だったっスね!」
なんというか、溌剌とした顔でリンダが笑っている。
「そうだな」
と俺は生返事をして、今しがた降りてきた崖を見た。
垂直で九〇度。
だが例の暗渠の出口――というか放水口の位置は少し崖から飛び出していたので、一部の角度は一二〇度くらいになっていた。オーバーハングと言う奴だ。
あの出口を利用するには、オーバーハングで始まる逆クライミングを実行できる実力があることが大前提。
逆に言えば、そんな実力を持っている奴が表玄関を強行突破しないように、とお目こぼししてもらえている部分が少なからずあるんだ、とあのマスターは言っていたが。
まぁ無事に降りることができたんただからいいんじゃないかな、とちらりと俺は傍らを見た。
「無理じゃ無理無理、こんなのダメじゃ、落ちちゃう妾落ちちゃう、そんな強引なのらめぇ……!!」
高所恐怖症系お嬢様が膝を抱えて蹲っている。
いや、高所恐怖症になったのはもしかしたらたった今なのかもしれないが。
「メディナは大丈夫そうかい?」
「いやぁダメですね」
と嬉々としていうラデさん。
えっと、ラデさん?
「うふふ。意気揚々と魔術を行使して降りようとするのに、酩酊状態で魔術制御を失って落ちていくお嬢様のあのお顔といったら……! 助けに入った私に必死でしがみ付くあの顔! あの声! もう、なんて最高なのかしら。録画しておかなかったのが心の底から悔やまれますね!!」
もしもしラデさん。
忠誠心が鼻から出てますよ。
「おっといけません、私としたことが。メイドとは常に瀟洒であるべし……!」
鼻血を拭ったラデさんが正気に戻る。
瀟洒とは(哲学)。
「それで、アレックスさんたちはこれからどうするんスか?」
「……それを聞いてどうする?」
リンダに問われて、俺は問い返した。
結局俺が【皇魔剣】を振るった一撃で、リンダは戦意を喪失した。
それ以上は戦う理由もないので一緒に降りてきたのだが。
「どうってそりゃー、一緒に行くんスよ」
「一緒に行くってお前」
リンダが肩を竦めた。
「アタシが斧引っこ抜いた時に一緒にいた、お貴族の坊ちゃん覚えてるッスか? あいつ、さる公爵家の御曹司なんスけど」
やなよっか――――ん。
「待て。待つんだ、それ以上は聞きたくない。俺たちは関係ない話だろ!?」
「あいつ、見た目の言動の通り我儘なだけで能力も実力も全くないクソ坊ちゃんなんスけど。父親の公爵閣下が子煩悩を人の姿にしたようなお人なんスよ。それで、アタシやアレックスさんが【聖魔八絶】を抜いたと知ったら……ね?」
「『ね?』ぢゃねぇんだよ! それじゃなにか? 俺やお前に対して公爵家から追手がかかるっていうのか!?」
「ははっ。なきにしもあらずってやつッス」
「俺ら関係ねぇだろ!? マジで関係ねぇだろう!?」
リンダは肩を竦めた。
「冒険者ランクを金で買うようなお坊ちゃんと、その金をポンと出す過保護で有力貴族の親。【聖魔八絶】、それも【不動の二振り】が同時に抜けるという珍事が目の前で起きて、はてさてあのお坊ちゃんが『欲しがらない』といいんスけどねぇ……」
「どちくしょう!」
俺が頭を抱えていると、ラデさんが質問してきた。
傍らにはようやく復活したらしいメディナがいる。解毒の魔術でも使ったのかな、幾分かすっきりした顔をしている。
「あの。【聖魔八絶】は、認められた本人にしか扱うことができない、と聞くのですが」
「扱うのはな」
と俺は答え、手を差し出す。
意図を察したラデさんが、【颱嵐刀】を差し出してきた。
俺は半日ぶりに、かつての相棒を手にする。
軽い反発を感じるが、それでも握ることはできた――鞘から抜くことも。
「【聖魔八絶】には、意志がある。だから機能の最大限を引き出すのは、認められた使い手ーー勇者本人じゃなきゃできない。でも状況次第で少しは触らせてもらえるし、何より『希少』だし」
その言葉で、皆察することができたようだ。
「太古の昔より存在し、使い手しかあの大岩から動かすことができぬ希少性……蒐集家垂涎の的、というわけか」
「勇者以外の誰かがずっと持っていたら、いつの間にかあの大岩に戻るらしいんだけどな」
いかなる仕掛けかわからないが、どんなに物理的魔術的な拘束を施しておいても無駄らしい。
「それでも好事家にとって、一時的にでも手元に置いておくことができるというのは価値のあることじゃからの」
ヒュンヒュン、と懐かしい感触とともに俺は【颱嵐刀】を二度、三度と振るった。
これはちょっとした別れの儀式、のようなものだ。
名残惜しさを感じつつ、ついでに腰に吊るす新しい相棒(予定)の嫉妬のような気配を感じつつ、俺はラデさんに鞘に納めた【颱嵐刀】を戻す。
「まあとにかく、いくら【聖魔八絶】が使い手を選ぶと言っても、奪われたり盗まれたりってことは起こりえるワケ」
俺がリンダを見ると、
「あのお坊ちゃんなら、十分にありえるっスね」
畜生。
今日は誰かと出合うたびに厄介事が増えていくな!
「それではリンダ様に公爵家から追手がかかることは確実、と。おそらく、私たちに対しても」
「そうッスよメイドさん」
「リンダとやら。行く当てはあるのかの」
「ええっと。皆さんとあのバーで出会うまでは【大迷界】に逃げ込むつもりでいたんスけど」
その言葉に、俺たち四人の持つ【聖魔八絶】が反応した。
それぞれが固有の魔力を放出し、共鳴する。
「わっ!? なんスか? なんスかこれ!?」
俺はため息をついた。
こいつら【聖魔八絶】には意思らしきものがあり、使い手を自ら選び、そして、
「【大迷界】に用がある、と」
どうせ別行動を提案すると拒絶反応見せるんだろうな。
こうして、リンダも俺たちと同行することが強制的に決定した。
まったく、どうしてこうなった。
「しかし、これで四人か。どうする? お尋ね者四人が全員揃って固まって移動していたら一網打尽にしてくれって言っているようなもんだぞ」
警備兵やそれくらいだったら、俺やラデさんなら殴り倒してどうにかすることができるだろう。
リンダもそこそこの戦闘力を持っている。
そしてもし、本気で殺傷するつもりだったらそれこそ強力な武器がある。
だが本当に警備兵や追手の命を奪うようなことになったら、もうただの追跡劇じゃ済まなくなっちまう。
どうしたものかと俺が唸っていると、
「ふふん。要は妾たち四人が、その四人であると思われなければよいのじゃ」
そう自信満々に、メディナが言い放つ。
「そういうことならば妾に考えがある。豪華客船に乗ったつもりでドンと任せるがよ――げっふ」
と自分でその薄い胸を叩いて、むせた。
大丈夫かなぁ……?
その豪華客船、泥でできていたりしない? 進行方向に氷山が見えていたりしないよね?
大丈夫だよね、ねぇラデさん?
「…………」
無言で目ェ逸らさないでこっち見てくんない?
ねぇ。
ねぇってば。




