67 アレンルードはもう何も期待しない
どうして大人って子供に何も話さないようにするんだろう。子供が知らないままじゃ困るだけってことを分かってなさすぎだよ。
だから僕はネトシル少尉が好きだ。彼はかなり話が分かる大人なんだぜ。子供だからって仲間外れにしないんだ。
まあ、聞いてくれ。
僕の名前は、ウェスギニー・インドウェイ・アレンルード。リンデル村で、勝手に人に眠り薬を飲ませるような男と二人きりだ。
さっきまで賑やかに大勢の人達が入れ代わり立ち代わりしていたけど、早めの夕食とやらで米と肉と野菜を炊きあげた物とサラダを次々と食べていった。あの大鍋スープとパンは本気で夜食だった。
一日何回食べるんだよ。
「リオンさん、大丈夫かなぁ。別に迷彩服とかじゃないんだね。みんな普通の服だった」
「街中だし、一般人に紛れなきゃいけないからね」
「あの人達もそうなんだ」
避難訓練に行っていた人達もシャワー浴びて着替えて合流していた。大型や中型の移動車を回してきた人達はメルニコスの手伝いをして夜食を運びこみ、更には朝食分まで強奪してった。
ネトシル少尉も、自分ならそれなりに貴族の顔も分かるからと頼み込んでついてった。
(リオンさんめっちゃ強いし頼りになるのに。なんであの人達、足手まといだって顔してたかなぁ)
僕も背中押しちゃった立場だから今更心配するのはおかしいけど、ネトシル少尉いじめられちゃうのかな。ホント心配。考えてみたらさ、リオンさんってあのネトシル侯爵家のご令息。妬まれていじめられたっておかしくないよね。
こっちが貴族ってだけで絶え間なく嫌がらせしてくる平民ってどこにでもいるし。
(僕にはみんな優しい。やっぱり父上の子供だから?)
大型移動車の中ってどうなってるのか訊いたら、中を見せてくれた。スーツや作業服とか、靴や小物もかなりコンパクトに仕舞われていてびっくりした。僕も尾行訓練で変装させられたけど、ここの人達、本職にしか見えない細かさだった。
『え? 変装って変装の服と髪ぐらいじゃないの? 僕、身分証までって習わなかったよ』
『そりゃ当たり前って』
『何が? どう違うわけ?』
これでも王子様の護衛をする為の尾行訓練までしたっていうのに、それよりも根性入れた変装グッズ。何が違うのか訊いたら、あくまで尾行だけの僕と、裏も備えたい彼らの差らしい。意味がよく分からなかった。
『裏って?』
『あー、こっちンこった。子供じゃどうしょうもねえ』
『そうそう。ルー君もこっち入りゃどこまでも仕込んだるって』
『・・・生き延びられる自信がないので謹んでお断りします』
二輪や三輪も分解されてた。現地で組み立てるんだって。だから組み立て技術もマスターしておかなきゃいけないそうだ。そんなのレスラ基地じゃ習わなかったよ。ライセンスないから乗れないけど。
ううっ、どうしよう。なんかレベルが違うとか言われたの、そうかもって思えてしまった。
『整備工場じゃないのに組み立てていいの? 大型なんだし、組み立てた状態で持ってった方がすぐに使えて便利じゃない?』
『スペース取りすぎ。こんで二輪と三輪、15台は入ってんだぜ』
『えっ、どうやってっ!?』
あんな大きな移動車使う方が目立ちそうだけど、別に現地であの移動車を使うわけじゃないそうだ。様々なケースに対応できるように持っていこうと思ったらどうしても荷物は増えて、必要に応じて取り出して使っていくらしい。
それならこういう大きな移動車をチェックしておいたら行動が分かっちゃうんじゃないのかなと思ったけど、途中であちこちにある建物に分散していくから大丈夫って言われた。勿論、隠密行動ならこんな大型なんか使わないけど、今回はノーチェックだからそこは大胆に行くそうだ。
そこらへんの判断力も大事なんだって。
『判断力?』
『ああ。情勢とかな、んでどんぐらいまで網張られてっか考えて見極めるんさ』
『どうやって? そんなの習わなかった』
『んー、場数かねぇ』
うちの妹の場合は周囲に王族がいる分、警護側も狙う側も上品なタイプがチェックされて、肉体労働者タイプはまず警戒されないそうだ。無頼の人間に襲わせるってのもよくある話だけど、うちの妹達なら路地裏には近づかないだろうし、変な店にも入らないだろうから考えなくていい。
その上でうちの妹が巻き込まれるケースを想定し、必要なものを揃えて、どの拠点を使うのかをピックアップして人数を分けていくそうだ。
『なんでフィルのことがそこまで知られてるんだろ』
『やだねぇ、ルー君。幼年学校時代に囮ンされてた双子ちゃんじゃねえか』
『それな。おかげで稼がせてもらいました』
『ましてやヴェインがあそこまでいい目見ちまったらな』
『あいつもうまくやったもんさ』
『そうかねぇ。結局逃げきれずにいるっぽくね? あいつぜってぇ要領わりいって』
『しかもフィーちゃんにメロメロ設定、無駄に知られまくって肝心の恋人作れねえでやんのな』
僕と妹の情報はかなり把握されていたらしい。
何を稼いだのかが分からない。
『こないだまで幼年学校生だった子に手ぇ出すような変態野郎、会にかけられて当然だろ。そりゃイニシャルでも掲示されるさ』
『手は出してねえだろ。呼ばれたボスだって、成人しても自分が了承しない限り指一本触れられねえ上での番犬が変態だろうがそうでなかろうが知ったこっちゃねえって言いきったしよ』
『それ庇ってんの? 本来一番取り乱す立場じゃね?』
『証拠提出されたフォト、可愛かったってな』
『何枚もあった時点でギルティ』
『そんでもどうにかすり抜けたってよ』
『要は第二のヴェイン狙いが出ただけじゃねえか』
『あの後、ボスにフィーちゃんの縁談、殺到したってな』
『そン方がやべえだろ』
そんなことを話しながら凄い勢いで食べていったけど、やっぱりオーバリ中尉、変態認定されてた。
結局さ、僕が何も言えなくなるのってこれがあるんだよね。アレナフィルの外見だけで狙ってくる男が増えるのヤなんだよ。
それならあの性格を分かった上で面白がってくれる人の方が幸せなんじゃないかなって考えちゃうんだ。
そう思う気持ちと、だけどまかり間違って殿下と結婚されてしまったら未来の僕ってアレナフィルに対して臣下としての礼を取らなきゃいけなくなるわけで、それはそれでとってもとってもとぉっても嫌なんだよ。なんで僕が手下の臣下にならなきゃいけないのさ。
(会って何だろう。そのフォト、フィルじゃなくて僕なんだよね。上等学校の女の子にしか興味ない変態路線もまずいけど、女装した男の子にしか興味ないってのはもっとまずいんじゃないの?)
オーバリ中尉は話が分かる人だ。だからちょっと気の毒。それならさっさと他の人と結婚してしまえばいいのにね。
そんな僕の前でメルニコスがどこまでもぶつぶつ文句言いながらご飯を作り続けている。
彼の普段の仕事は東館で、ほとんどそっちに詰めてるって話だったけど、下働きどころか普通に料理人にしか見えない。
この人もう料理店開いた方がいいよ。
「全くさぁ、みんな人をママだと勘違いしすぎだよ。作るけどね」
「そんならメルさん、あっちで作った方がよくない?」
「行ってから足りないものがあると困るし、僕にはやっぱりここが一番使いやすいからね。あいつら、汚れた鍋とか洗わずに放置してるんだぜ」
「いつもは西館じゃなくて東館でお仕事してるんでしょ?」
「そうだよ。東館の厨房も使ってる。そっちはジョルディシアさんが使いやすいもので揃えてるのさ」
「使いやすいものって一緒じゃないの?」
「そうでもない。身長や手の大きさも違うだろ? だから僕には使いやすいサイズがジョルディシアさんには使いにくくて、ジョルディシアさんが使いやすいサイズは僕には使いにくいのさ。お互いにどちらも使えるけど、やっぱり自分のベースは自分サイズになるね」
牛に乗せてくれたジグラシッドさんって人は、ランドリアが変な失言しないようにあっちでまだ留まってるそうだ。あちらから引き揚げてしまった人が多いから、明るいタイプを残しとくらしい。
考えてみればうちの妹が非常識すぎるだけなんだよ。どうしてミディタル大公家の護衛がいて、うちの父まで動員されなきゃいけないのかってね。
(学校ずる休みして出かけたのに先回りされてたってのも凄い。どこまでエリー王子狙われてんだろ。やっぱり王族って旨味があるのかなぁ)
そんなメルニコスと僕は、花畑が広がるスペースとは別区画にある動物達エリアの方へと、後は焼くだけの肉や野菜を持ってこれから出かける予定だ。
そっちでお泊まり会するのさ。
そこに残ってるのは父の部下に当たる人達だし、さっきも少し見せてもらった。
同じ村の中でもここからかなり歩くけど、今度は運搬用移動車で行くんだぜ。ランドリアが教えてくれた近道は子供しか使えない近道だし、荷物なんて持っていけないから却下だった。
「あ、そうだ。音楽家の人もおうちにいたみたいだよ。ランディが変なこと言ったから留守のフリしてくれた」
「ああ、ラナスさんだね。多分、ラナスさんも来るよ。頼めば何か演奏してくれるんじゃないかな」
「なら避難訓練に行った方が喜ばれたのにね。賑やかにやるって言ってたし」
「それが嫌で不参加なんだよ」
大きな蓋つき金属ケースに、出来上がった前菜や下ごしらえした野菜やお肉とかを詰めていくメルニコスの愛車は運搬用移動車だ。毎日がんがん使ってるんだって。
屋根なしの荷台は泥だらけの野菜も沢山積み込めるし、大きな牛乳タンクもぽんぽんと置けるから便利だとメルニコスは笑う。
普通の移動車よりも幅広のタイヤで、多少のぬかるみや段差も楽々乗り越えられるって言われた。
「そういうのって普通のじゃ駄目なの?」
「うーん。経験ないなら分かんないか。舗装されていない道だとタイヤがはまりこんで動かなくなるんだよ。そういう場所を都会のお抱え運転手が通ることはないだろうけどね」
「そうなんだ」
帰ったら運転手のおじさんに聞いてみよう。なんかこの運搬用がカッコよく見えてきた。
運転席と並んだ前の座席なんて普段はダメだからワクワクしちゃうよ。僕が乗りこめば、西館の門もきっちりと閉めて鍵をかけてからメルニコスが運転し始めた。
暗くなった敷地だけど、あちこちにライトがあって夜の散歩もできそうだ。
「明日は搾りたてのミルクが飲めるよ。ミルク搾り体験もできるね」
「もう軍人から農家に転職した方がいいよ。動物ふれあい体験コーナーでお金取るべきだよ」
「観光客の人、乗馬やミルク搾り体験してるよ。料金は看板出してる。ま、あの人達にとってはペット兼非常食だけど、たまには自分達で稼げって感じさ」
「非常食」
「さすがに犬は食べないよ。牛や羊や鶏だ。問題はよく走り回ってるから筋が固くてかなり煮込まなきゃいけないってことだね」
「・・・そういう問題じゃない気がする」
まあ、なんだな。無神経なとこもあるけどメルニコスもいい兄ちゃんだ。
こっそりランドリアに眠り薬を飲ませるような人だけど、よく考えたらうちの父も僕に同じことしてた。
うちは親子だったけど、下働きだというメルニコスがそんなことしてアンジェラディータって人は怒らないのかが気になる。ばれなければいいのかな。
それって、うちならどうなるんだろう。
もしも使用人の誰かが祖父や叔父の許可も得ずに僕やアレナフィルにそんなものを飲ませたら即座に処罰されて解雇される気がする。
そんな疑問がぐるぐるぐるぐる僕の中で永久運動してたけど、さすがに僕はその疑問を本人に言えなかった。
(こういう時にそんな疑問をさらっと口に出せる人ってすごいよね。フィルなら言えたのかな)
これってどう考えるべきなんだろう。
彼が使用人である範疇をわきまえずにランドリアへ勝手な行動をしているのであればそれは許されるべきではない。ランドリアの権利を蔑ろにされてはならない。
だけどランドリアに言えない事情があるだけで、悪者の役をあえて引き受けてくれているのならそれはもっと偉い人、つまり雇い主であるアンジェラディータって人の命令なのかもしれない。
問題は眠り薬の投与、その雇用主は何も知らない状況だったってことだ。
あの時、ランドリアを眠らせたのは、僕のことをはしゃいだランドリアがぽろっと喋ることを防止する為だった。それだけ僕のことを守ろうとしてくれたんだろうか。
分からないよ、ホント。この村の人間関係が全く分かんない。
(アンジェラディータって人と僕との関係を知ってるから? それとも父上に気兼ねした? 先輩達より少し年上って感じだし、そうなると20才ぐらい? 母上のことなんて知るわけないよね)
そんなことを思って運転している横顔を見てたら、メルニコスがにこっと笑った。
「どうした? 疲れた? やっぱり知らない人といると緊張するかい? 気を遣わなくても、うちのランドリアも知らない人ばかりの所に行くと熱出したりするんだ。そういう時は一人で寝てると治る。人疲れってあるんだよ」
「んーと、そうじゃなくて。なんでメルさんってこんなにお仕事するのかなって。だって別にあの人達に雇われてるわけじゃないんだよね? それなのにあれだけご飯作って送り出して、そしてまたこうやって夕食運ぶわけでさ。本当は今日、あっちで宴会だったんだよね?」
多分、僕がいなければメルニコスもランドリア達と楽しく騒いでたんだ。なんか悪い気がしてしまう。
それに調理代金とかどこから出てるんだろう。雇用条件はどうなってるんだろうか。
僕は叔父から子爵邸についても学んでいるけど、アレナフィルは子爵邸で暮らした方がお金がかからないんじゃないかと思ったら、そんなことなかった。アレナフィルを子爵家の令嬢として専任の侍女とメイドを二人ずつつけて生活させるなら、マーサ一人ですむ家政婦代より高くなるんだって。
「あんまりこういう時は顔を出したくなくてね。その方がクールだろ」
「クール・・・。めっちゃ働いてない? クールじゃなくてホットにハリーだよ?」
「そう? まあ、いい年して下働きかよって馬鹿にはされるね」
「メルさんがいなくなったらみんな困るのに?」
「そこだ。代わりを育てたくても難しい」
そうかもしれないって思った。
だってウェスギニー子爵邸では最初に色々な部署を全部やらされるんだ。新しい人が来たら、まずは一ヶ月ごとにそれぞれの部署を回されていく。
だから厨房勤務の筈が庭師になったり、運転手兼下働きの筈がメイドならぬ従僕になっていたりする。あれこれ一通りやってみたら、思いがけない仕事に適性があったとかで変更する人もいるんだ。
それでも厨房の下働きはみんなが嫌がるって聞いた。マーサはくるくると剥いていくけど、皮むきって難しいよね。それに子爵邸で使う量が多すぎると思う。
「厨房の下働きって根気がある人しかできないって聞いたよ。僕ももっと早く剥けないとダメって言われたもん。皮を洗ってこそげ落とすマシンはあるけど、そういうのは大切なお客様が来る時は使わないんだって」
「あれね、うちは使ってるよ。へこんでる部分とか、あまり綺麗に落とせないけど便利だからさ。普段の食事ならそれでも十分だし。そういうお手伝いもしたことあるんだ?」
「うん。だって叔父上、やったことなくて分かることはないって言うんだ」
シーツとかを回収するカートに乗って廊下をシャーッと走るのは楽しかったし、両手に雑巾手袋をつけて階段の手すりにまたがって滑るのもワクワクしたけど、見つかったら怒られてしまうからお仕事は大変だ。
本当にその仕事をしている人達にしてみれば、僕の手伝いは手伝いじゃない遊びだってムカついちゃうらしいけど、叔父の凄い点は僕の教育だけじゃないってことだと思う。
一度、自分でそういう下働きをしてしまうと、やっぱり汚したら軽く片づけることはしようって思うし、無茶なことは要求しなくなるし、シーツや着た服の回収もしやすいようにって考えて動いてしまうんだけど、あまりにも雇用者がそういうことを考えて動くようになると、今度は使用人の方が図々しくなってしまう。
こっちの都合も考えて動いてくれと、使用人の方が要求し始めてしまうのだ。
(つまりお客様のトラブルに対応できない三流使用人になっちゃうってことなんだよ。貴族の屋敷で働いている以上、使用人の質はとても大事だ)
それならもう専属で雇う必要がなくなる。外注した方がビジネスライクで文句も出ない・・・となってしまったら、結局は自分達の首を絞めることになるのだと、使用人達も理解しなくてはならない。
だから家令やメイド長、そして専属と決まっている侍女達などを除き、ウェスギニー子爵邸の使用人達は一定期間ごとに工場や施設勤務へも振り分けられる。その際の給料はその工場や施設における業務の給与となる。一定期間の出向を過ぎればまた子爵邸に戻ってくるのだが、その際、工場や施設での評価があまりにも悪すぎると子爵邸での雇用は打ち切られてしまうのだ。
「工場とかだと同じ作業を延々としなくちゃいけないし、療養所の下働きだと人が使う度に洗浄して消毒しなくちゃいけないし、事務所だと分類して片づけなきゃいけないし、庭師の手伝いとか、食堂の従業員とか、その作業でもらえるお給料ってそこまで高くないんだって。それより高い給料で働く以上、ある一定以上のお仕事ができなきゃ雇う価値もないって、叔父上言うんだ」
その話をすると、メルニコスは目を丸くして僕をじっと見つめてきた。
「それ、意味、分かってる?」
「え? う、・・・うーん、・・・多分? 前見てないと危ないと思う」
「大丈夫。ちゃんと横目で見てる」
「いやいやっ、危ないから前見てっ、前っ、前っ。運転中は脇見運転ダメだからっ」
こんなところで無理心中なんて嫌だよ。
それぐらいなら僕が運転するよ。これでもフォリ先生に教えてもらったんだから。
「アレン君って真面目だね。それに我慢強い。ランドリアとも仲良くしてくれたみたいだし、正義感が強いのかな。・・・村長に思うことはあるだろうに、ずっと我慢して偉かったね」
前を向いたのはいいけど、そんなことを言ってメルニコスが片手で僕の頭を撫でてきた。
「メルさんは、・・・・・・知ってるんですか?」
「ある程度はね。知らない人もいる。知ってる人も知ってるレベルが違う。だから・・・、君は村長を憎んでいい」
その声はとても穏やかで、少しの間、何を言われたのか分からずに戸惑った。
「君は村長を憎む権利がある。ただ、何をやるにせよ、ランドリアの前ではやらないでほしいけどね。貴族令息という身分がある君と違ってあの子は孤児だ。それも人目を惹く可愛い女の子ときた。今の時点でさえ、大きくなったら愛人にしてやってもいいなんて言う男がいる。村長という庇護がなかったらどうなっていたかも分からない。君よりも激しい憎しみと悲しみを植え付けられたらあの子が哀れすぎるだろう? 村長を殺すならせめて事故に見せかける配慮をお願いしたいね」
「・・・・・・なんで僕が殺さなきゃいけないんですか」
「それをしに来たんじゃなかったわけ? 同行者は君の為に口をつぐんでくれるだろう」
バイゲル少将を思い出す。彼も、妹を殺して構わないと言った。
このメルニコスも、何も知りませんって顔して知ってたんだ。そして彼もアンジェラディータって人が殺されることを仕方がないと見ている。
誰もがアンジェラディータって人を嫌ってるわけじゃない。それどころか・・・。
(そうだ。誰もがそれで終わらせようとしてるんだ。普通ならもっと言い訳して、許してくれって言いそうなのに。だってその人、かなり好かれてるよね?)
何かが引っ掛かる。
ずっと気になっていた。父はどうして僕に何も説明せず、チケットだけ渡したんだろうと。
あの人が中身を見ていなかったってことはない。知った上で僕に渡したんだ。それはどうしてなんだろう。
母を殺した人を父が殺さなかったのは、貴族社会で生きていく僕達のことを考えての選択だと思っていた。けれどもその兄妹は、僕が殺したとしても恨まないと言った。
そのことを父が知らないことがあるだろうか。そのバイゲル少将と二人きりの時間を持っている父が。
アレナフィルが王族に接近しすぎて刺客を送られているくせに、そんなそぶりを全く娘に見せない父が。
――― お前はその人を殺したいのか? ならばいずれ会えばいい。彼女は喜んでお前に殺されてくれるだろう。そういう人だ。
父はなんと言っていただろう。進学前に教えてくれた父は。
――― 何年かけようとお前はいずれ真実に辿り着くだろう。だけどまだ知るには早すぎる。今は何も気づかないフリをしてなさい。
娘が外国人と家族だとかいうおかしなことを言い出した父だけど、その為にずっとアレナフィルにはファレンディア語が分かるバーレンがつけられていた。子供の頃からずっと。
いつも父のことをぷんぷん怒っている祖父だけど、結局は父の意見を尊重している。叔父はそれを、たとえどんなに自由気ままに見えようと未来まで考えた上で動いているからだよって言った。
――― 四人まで大丈夫らしい。好きにしなさい。
父は僕がどうすると考えてチケットをくれたんだろう? 僕がアンジェラディータって人を憎しみのままに殺すことも考えてた? それを見据えて渡してきた?
いや、考えろ。
あの父が何を考えているのか。僕はどうするべきか。
(母上を殺されて何もしないわけにいかない。そう思うのは僕が息子だから? フィルならどうするだろう。大体、母上殺されたショックでフィルおかしくなったって話じゃなかったっけ。そしたらフィルの方がもっと怒っていいんじゃないのかよ)
全てを知っていても、知るべき時があると言って語らない父は、母の名前がつけられた村に部下達を送り込んでいる。
母を殺した人は、母が暮らしていた村を買い取って母の名前をつけた。
そして双子の妹はこの問題にノータッチだ。何故なら・・・。
(そうだ。父上も叔父上も、お祖父様までフィルはどうでもいいって感じで部外者扱いなんだ。母上のことは僕だけで・・・)
それは僕がウェスギニー家を継ぐ子だから?
母を殺されたショックでおかしくなったのはアレナフィルなのに?
父はもう折り合いをつけたとしても、普通は僕とアレナフィルが一緒に扱われる筈なのに、アレナフィルは仲間はずれだ。
そのくせアレナフィルは母が殺された状況を思い出しているのか、それをネタに寮監先生達に脅しをかけて喧嘩を売り、品行方正に過ごしていましたという嘘の書類にしっかりサインさせた。
そして今も第二王子と一緒にニュース沙汰を起こしている。
「なんで、どうして当時のことを何も話さずに、殺していいとか言うんですか? 普通、その時の状況を言ってからって思わないんですか?」
「そういうのは君のお父上に聞いてくれないと。僕は無関係だよ。それでも僕はランドリアの世話があるから把握しておきたいし、それは村長と君のことだ」
「母と結婚してたのはうちの父です。それ、父とその村長さんのことなんじゃないんですか?」
「そっちはもう終わってるって聞いてるよ。君のお父上は、この場所にコスモスの種を蒔いてほしいと言った。村長はコスモスだけじゃなく様々な花を咲かせてみせた。そして君と君の妹は、村長を憎む権利がある」
憎む権利はある。そこまでは分かる。
あの父は何も言わずにチケットだけ渡した。それは僕が復讐する権利があると思っていたから? そんな男だったっけ、僕の父って?
・・・ああ、うん、冷静になれた。なれちゃったよ。だってあの父はどこまでも無責任ライフ。
(誰がそんな馬鹿だっつーんだよ、あのクソ親父が)
こんなのに踊らされる男じゃあの妹にウェスギニー領主持ってかれちまうわ。甘く見やがって。
そうだ、考えろ。
自宅ではふしだらな趣味にはまり、外では金持ちな男達からどこまでも貢がせ、結婚詐欺と密輸と脱税のトリプル犯罪しながら国への貢献というサイン入り文書をゲットしたアレナフィル。
どこに出しても恥ずかしい妹の成績は学年トップ。
一年生なのにクラブ設立したかと思うと、学校長をたぶらかして自分達のおやつを学校予算で食べ放題できるクラブルームを手に入れたアレナフィル。そして自分の目的の為なら速報ニュースもいとわずに王子を道連れにしてやりたい放題。
あの舌足らずに甘えておねだりするアレナフィルが優しくておっとりしたお友達を一人でも作れたらいいけれどと案じていた祖母は、孫娘が初めて作ったお友達が全校生徒の注目を集める王子エインレイドだと知って寝込んだ。
祖父母は、甘えん坊なアレナフィルと付き合えるのは面倒見が良くて人のことをバカになんかしない、とても温和で内向的な女の子だろうと思っていたからだ。
それがよりによって貴族子女にお仕えされるのが当たり前な王族が初めてのお友達。しかもアレナフィル、全然お仕えしてないどころか、王子にお手伝いさせていた。
どこまでもお馬鹿さんなのに、貴族子女街道を泥と土煙を周囲に撒き散らしながらぶっちぎりで爆走するアレナフィル。寮監先生達を敵に回しても自分のしたいことしかやらない妹は、自分の感情こそが世界で一番大切だと思っている。
ここにアレナフィルがいて、そうして同じ状況ならどうしただろう?
――― フィルのこと、フィルが決めるの。知らない人、フィルに命令する前に声かける権利ないんだよ。リーナマミー殺した人、どうするかもフィルが決める。魅力リスト欄外男なんてね、フィルに声かける権利もない。それ、常識。
うん、言うね。それぐらい言う。
自分の不埒な趣味を邪魔されたくないという理由でウェスギニー子爵邸での生活を逃げ回っている妹は、自分が世界で一番可愛くて偉い子だと思っている。他人に何を言われても気にしない面の皮は世界の頂点レベルで分厚い合金製ときた。
誘拐されたら口止め料に高額兵器をカツアゲする妹だからね。その誘拐犯、強そうな男達に囲まれて労働搾取されている少女を助けてあげようと、まずは話を聞こうとしただけだったのに。
そうだ。アレナフィルなら誰かに言われたからって言いなりになって殺すことはないだろう。たとえ母の仇でも。
(そして僕はフィルとは違う判断と行動をしてみせる。その気になればフィルはリオンさんを婿にもらって女領主として立つことができる子だ。それでもお祖父様も、父上と叔父上もフィルを領主にとは考えない。それは成績の良さと子爵家を維持する能力とは違う問題だからだ)
ウェスギニー家の後継者として全体を見るように育てられた僕と自分の趣味に浸って生きていけばいいと育てられた妹。
妹がどれだけ華々しい結果を出そうとも、それで僕に対して嫌味を言うのは親しくない人達だ。妹の近くにいる大人達は、そんな妹に引きずりこまれることなく対応した僕を褒める。
成績が全てじゃない。人脈が全てじゃない。結果が全てじゃないんだ。父は凄い人なんだろうけど祖父が何も期待していないのと同じことだよ。
父の影響を受けまくった妹はルールを守ることができない。
そして叔父が僕に説明することはあっても、妹はもう放置だ。説明すると悪賢い妹はもっと問題を引き起こしちゃうからね。
社会ってね、ルール無視な個人競技じゃないんだよ。
うん、大丈夫。僕は分かってる。そうだろう?
がたごとがたごとと移動車は進んでいるけれど、それはどこかゆっくりで少しずつ思考が落ち着いてくる。
「メルさん。僕、これでも父の跡を継いでウェスギニー家の当主になる予定なんです」
「え? うん、そうだね」
「そのアンジェラディータさんって人が、見た途端に殺意が湧くような嫌な人とかいうならともかく、僕は領主になることも踏まえて勉強中の身です」
「えっと、・・・そりゃ大変、だね?」
「はい。大きさは違っても領地経営する予定の僕はこの国の貴族の一員です。そして軍人の父を持つ息子として、この地域の防衛を担う村長を殺す理由がありません」
「・・・そうきたか」
当たり前だ。
だって父は僕に何も言わなかった。つまり母の死に、今の僕には教えられない何かがあると言うことだ。アレナフィルとあの外国人婚約者との関係性を僕が家族だと見抜いてしまっても、まだ全てを知るには早すぎるから気づかないふりをしておけと言ったように。
ここの村長のことも今の僕が知ってはならない何かがあるんだろう。
その上で、何故か村長と僕との関係にケリをつけなきゃいけない何かがあったということ? だから父は僕にチケットを渡したの?
それが意味することって何だろう? 事情を教えられはしないけれど、正しく判断しろってことだ。
ホント無茶しかかまさないよね、あのクソ親父。
(父上の判断はいつだって先を見ている。叔父上を子爵代行にしていることもそうだ。父上のしたことで間違っていたとされたのは母上との結婚ぐらいで・・・。それでも叔父上に言わせると、僕達みたいな子ができていて何も間違ってないだろう? ってことになるけどさ)
あの父は身勝手な思考しか持たないけど、いつだって動く時にはみんなが見ている以上の何かを突きつけてくる。
ユウトのことだって僕がアレナフィルの兄だと見抜いたことを褒めてくれたけど、僕が気づかなければ何も言わずに終わりだった。
捨てられていたというランドリア。父の部下達が常駐するこの村。母を殺したという村長。
――― 何年かけようとお前はいずれ真実に辿り着くだろう。だけどまだ知るには早すぎる。今は何も気づかないフリをしてなさい。
ウェスギニー子爵家当主でありながら叔父に全権を渡している父は、他人から見たら無責任の極みらしい。
それでも叔父は、父こそがウェスギニー家存続を誰よりも深く考えていると僕に言う。見えているものだけが全てじゃないよ、いつかお前にも分かるって言うんだ。
僕はこの村の真実に辿り着いているだろうか。
そして父は僕に何ができると思っていたんだろう。
――― お前は勘がいい。あの外国人は気づいていないが、フィルの家族なのさ。・・・・・・だけど彼はまだフィルが家族ってことに気づいていない。フィルは気づいているけど言っていない。お前は彼より先に気づいてしまったんだな。直観力が優れているんだろう。
全てを見通していた父は全員のすれ違いを知っていたくせに何もせず、そして正解に辿り着いた僕を才能があると褒めてくれた。
直観力は理屈ではなく第六感で見抜く才能。
そういう才能を伸ばそうと思ったら、心を柔らかくして感情に振り回されずに冷静な部分で思考しなくちゃいけないんだ。
僕の心はどんな正解へ辿り着こうとしてる? 復讐? 仇討ち?
いいや、そうじゃない。踊らされる操り人形の糸を切り捨てろ。
父は僕に何も命じていない。どうして? それは親の言いなりでは親がいなくなった時に本人の弱さが露呈するからだ。
そして叔父は僕に色々と教えてくれる。今回だってとても心配していた。どうして? それは僕が苦労する人生を歩まないようにと思ってくれているからだ。
祖父母は僕に優しいけれど、一歩引いたところで見守っている。どうして? 僕が何かで心折られてもそれを助ける為だ。
ウェスギニー家の大人達はちゃんと僕を守り、育てている。家族以上に信じられる存在なんていない。
そうだ、他人に踊らされる次の領主がどうしてウェスギニー家を守れるというんだ。
「もう十分じゃないですか。母のことは父がそれで終わらせたんでしょう? 僕も妹も、母との思い出を覚えていません。きっと村長さんは苦しんできた。もう解放されればいいじゃないですか。妹だってそう言うと思います」
「・・・君は、いい子だね。じゃあ、村長に恋人がいて、結婚を視野に入れてるって言ったら?」
「幸せになってほしいです。ランディがいじめられたら可哀想だから、その恋人がいい人だといいなって思います」
幼年学校時代の僕では言えなかっただろう。母を殺した人は同じように殺されればいいとしか考えられなかった。
けれどもランドリアと一緒に遊んで、この村を見て、僕は誰かを殺した時にここまでできるだろうかと考えてしまった。アレナフィルがエインレイド王子の一番近くにいる女子生徒である以上、僕がこの手を汚す可能性はゼロではない。あのプロテクターとサーベルが渡されているのはそういうことだ。
だってアレナフィルの父親がうちの父でなければ、とっくに父は暗殺されていた。アレナフィルが王子の妃になろうとするかもしれないという理由で。
(いや、普通は怪我させられるぐらいかな。素直に怪我なんてしてくれない父上だから、あっちもブチ切れて命を狙ってきたんだろうし)
それなら祖父や叔父は大丈夫なのかなって心配になるけど、多分そっちは脅威じゃないってことなんだろう。父親が亡くなった令嬢は、一気に立場を失って貴族社会から消えていく。
うちのアレナフィルは父が亡くなっても叔父の養女になるだけだけど、普通の家は親族に実権を奪われて政略結婚に使われて追い出されるんだ。
暗殺なんて金で雇った人を使って、命令した人は安全圏にいる。うちの父や妹を殺しても花の一つも手向けはしないだろう。それどころか残った家族、つまり僕や妹を完膚なきまで叩きのめしてくる筈だ。
だからもういい。
どうせ人のことは言えない。僕だって外国で人を殺した。
妹の三年間婚約者も自分がその地を離れる為に数百人殺した。そして妹は人が凍死もしくは餓死しかねない薬を肌身離さず持っている。
(王子妃になるかもしれない妹がいて、情けかけられてるガキのままじゃいられねえよ)
バイゲル少将もメルニコスも、僕のことを子供だと思ってる。だから敵討ちはさせてやるからそれですませろって、そんな扱いしてくるんだ。
おそらくそこには複数の思惑が含まれている。アンジェラディータって人が何かの生き証人で、どうせなら僕を使って始末しておきたいこともあるのかもしれない。下手人にウェスギニー家の跡取りを使えたら尚良しってね。
でも僕はいずれ父を乗り越えてウェスギニー家を背負う男だ。あの身勝手で我が儘な妹も僕が守ってやらなきゃいけない。
こんなところで躓いてなんかいられるかよ。
「けっこうドライなのかな。覚えていないお母さんだから?」
「そうでもないです。これが幼年学校の頃なら分からなかったです。・・・いい子にしてたら帰ってきてくれるかもしれないって、母をずっと待ってました。だけどもう僕も子供じゃないし、自分の感情よりも優先しなきゃいけないことがあるって知ってて、それができなきゃ何も守れないんです。今の僕に、その村長の代わりになるだけの防衛力をここに配置する力はありません」
「そっか。・・・ごめんね。それでも恨みたいよね」
僕は恨んでいるだろうか。
悲しみの気持ちはあるけれど、恋人がいるならもう幸せになっていいって思うんだ。
母は戻ってこないけど、母の名前はここにあるから。
もしかしたら父と結婚した母は、生き残ったからこそこの村で暮らせなかったのかもしれない。名前だけでも故郷に戻れたなら・・・。
(問題は父上だよ。お墓の手配はお祖父様、駅長さんの直通ラインは叔父上、母上の実家はその村長。父上が一番薄情だよ)
掘り下げたくない気持ちもあるんだよね。
これでもしそのアンジェラディータさんとうちの母が恋仲で、うちの父が割り込んで母を横取りしたとか言われたら、なんかもう知らない方が良かったことになっちゃうよ。
なんと言っても父の部下って、女性問題多そうなところが引っかかる。それなら上司にあたる父だって女性問題多くないわけがないよね?
(たとえばアンジェラディータさんは完璧女装の男で、実は母上が僕達を妊娠した時、僕は父上との間の子、フィルはアンジェラディータさんとの間の子で、双子で母親は一緒だけど父親が違うとかいうオチとかさ。あのユウトさんはアンジェラディータさん側の関係者だったとか・・・)
あれ? そうなるとうちの妹、父や叔父と血が繋がっていないことにならない? だからあのパピーパピージェス兄様好き好き言ってるのもいいことになる・・・とか?
でもってそれなら、あのユウトって人がアレナフィルとだけ家族で、父や僕とは無関係の家族ってことにならない?
アレナフィルが汚して捨ててしまったという母の日記にはそれが書かれていて、だからアレナフィルは日記を処分しちゃった。そしてあの外国人を見た時に彼が自分の身内だと悟ってショックで気絶し、そのことを知らなかった彼は何も気づかなかったけれど、二人きりの時間を持った際にそれを知った・・・。
父が僕に対して、アレナフィルに何も問い詰めるなと言うのは、それがあるのかもしれない。
母親そっくりの僕達だけど、実はアレナフィルだけウェスギニー家の子じゃないのかもしれない。
――― ルード。お前達は私とリーナが望んで生まれてきた子達だ。愛してるよ。
それなら分かる。双子なのに、僕だけが祖父と叔父から領主としての教育をされていたことも。
あの父なら、息子と一緒に生まれてきた女の子が自分の血を引いていなくても気にしないだろう。だって僕達を育てるのはローグとマーサで、うちの父、たまに帰ってくるだけの人。
しかも娘の遊び相手になるからってランドリアを養子として引き取ってもいいとか他所で言っちゃう人だ。親子関係に対するデリケートな神経は皆無だって分かりきってる。
(跡継ぎが僕って決まってるからそこらへんはいい加減でも許されるのか。父上、感性おかしいし)
母が殺される直前、アレナフィルはそのアンジェラディータって人に子守りされていたという。たとえ女装していてもアレナフィルの本当の父親ならそれだって納得できる。二人で駆け落ちしようと言われて母が断り、そうして突発的に殺してしまったという流れでも。
(ねえ、父上。もしかしてフィルがあんなに王子様達と仲良くても王子妃にさせようと努力しなかったのってそれがあったの? ウェスギニー家の本当の子じゃないから、もうフィルはうちのペット枠でお婿さんもらって幸せに暮らしてればいいよって思ってたの? バイゲル家にとって完璧女装の息子はトップシークレットで、フィルはその生きた証拠だったの?)
ああ、うん。まだ僕が知っていいことじゃないや。
ランドリアだって外国の血筋とかいう話だし、なんかもう僕が知っちゃいけない何かがあるんだね。そのアンジェラディータって人が外国の貴族令嬢に産ませた子とかさ。サルートス王国の侯爵令嬢だと思って外国のお姫様がアンジェラディータって人と仲良く過ごしていたら実は男で、一夜の過ちが起きちゃったとかさ。
国内のことを考えて、バイゲル家も全ての鍵を握るアンジェラディータって人に亡くなってもらうことで歴史の闇に葬りたい何かがあるのかもしれない。
うちでほけほけしているアレナフィルはもうウェスギニー家の子になってるから問題ないとしても、ランドリアにはまだ生きている人が関与する秘密があるんだろう。
(一人の人間を始末することで真実へ辿り着く道が消えることはある。僕を使って母の敵討ちという言葉で真相を覆い隠してしまえば本当の秘密は守られちゃうよね)
僕は、はあぁっと大きな溜め息をついた。
大人世代、誰も彼もダメダメすぎる。立派なのは僕だけだよ。
「そんなことよりメルさん、僕、あの犬達と一緒にレースするのやってみたい。それなのに危険だからダメって言われたんだ。メルさん、みんなの胃袋掴んでるんでしょ。どうにかしてよ」
「・・・そんなことときたか。君のお母さんのことだよね?」
「んー。・・・そーゆー男と女のアレコレは迷惑だから子供世代に持ち越さないで当事者だけで解決してください。僕は大人に期待せずまともに生きるんです」
うん、これですっきり。
そうだよ。なんで僕がよくわかんない昔の男女トラブルに巻き込まれなきゃいけないんだよ。そりゃ僕の母親だけど、あの無神経な父が絡んでる男女間トライアングルトラブル。
父も亡くなってて過去のトラブルが持ち越されたっていうのなら僕が対応しなくちゃいけないのも分かるけど、うちの父、まだ生きてる。しかも元気。そんならそっちで解決してよ。
僕は叔父が父親代わりだったからまともな感覚を持ってるけど、亡き母だってあのアレナフィルの母親だと考えれば、顔と資産で結婚決めたってのはあるかもしれない。
(恋人は父上、結婚相手は叔父上って平然と言うフィルだもん。母上だって、愛しているのはアンジェラディータさんだけど結婚相手は父上にするわとか言ってたかもしれない。
だってフィル、誘拐被害者だった筈が蓋を開けてみたら企業機密窃盗犯の可能性が高い上、脱税と密輸もセットかました結婚詐欺師な子。その母親なら子爵家の長男を誘惑して妻の座ゲットくらいやらかすよ。
フィルも僕の言うこと聞いていい子にしてたらそんな犯罪者街道行かなかったのに)
これがウェスギニー家の血を引く僕と、あの人の話を聞かないバイゲル家の血を引くアレナフィルの違いなのかもしれない。
僕は家族に対して諦めることを知っているとてもできた上等学校一年生なんだよ。
うん、これ、僕が巻き込まれちゃダメなやつだと思う。叔父だってきっと僕の判断を褒めてくれる。
――― いい子だね、ルード。感情を抑えて最善の結果を選び取れるお前はきっと強くなる。そしてね、女性は嘘をつくけどそれで騙されてあげても問題ない程度に被害をコントロールできる男になりなさい。
叔父のことだ。そう言って僕を抱きしめるだろう。
美人局と結婚詐欺を仕掛けてくる性悪な姪に高級品を貢いでいる叔父は、全てを見通した上で騙されてあげている。
僕はそんな叔父よりも大きな男になるって決めてるんだ。だって僕、あんな妹みたいな悪い子に貢ごうなんて思わないからね。僕の方が叔父よりも女の子を見る目があるってことさ。
何より大人の家族がいない状況下で誰かが何かの選択を迫ってきた時は決してそれに踊らされるなと、祖父も言っていた。
勿論、ここには父の部下達もいる。だから最悪の結果は避けられるだろうけど、大事なのはそこじゃない。後から検証されても問題ない結果を積み重ねないと、僕は何も手にできないんだ。
(あの父上が普通に恋愛したとも思えない。僕だけはまともな生き方をするんだ)
自室で客の男に襲われそうになったからと、女性客用の廊下の天井に犯罪者を展示するのもどうかと思うけど、父がやらかしたのはそれだけではなかったと、今の僕は知っている。
オーバリ中尉は僕に色々と教えてくれた。
そう、父は手品ができると僕は知ってしまった。手品でみんなを楽しませてたのかなと思ったら、変な薬入りの飲み物を他の人のグラスと交換するのに使っていたらしい。
交換されてしまった人が可哀想だよね?
その薬入りのグラスを父に飲ませようとした女性も、代わりに飲んでしまった無関係な男性も、みんなが幸せになったから問題ないって父は言ってたらしいけど、父の言うところの「問題ない」は普通に「問題ある」だよ、きっと。
しかもあの父ってば決死の勢いで
「結婚してください」
って告白してきた女性に、
「お断りします」
と、間髪入れず返事したこともあるんだって。しかもその理由を聞かせてほしいと縋り付く勢いだった女性に、
「宗教上の理由です」
と、答えたらしい。
そこは亡き妻を今も愛しているからって答えるべきだよ。何が宗教上の理由だよ。
かと思えば、仕事を理由に何かと近寄ってきては二人きりになろうとする女性がいたらしいけど、その人がこっそり父を見ている時に、父は物陰で男の人とキスをしたことがあったらしい。
その芝居に付き合った男性は一人になった時にその女性に声かけられて絡まれそうになったけど、振り向いたその顔は男としての色気も凄かったものだから、その女性はぽうっと見惚れてしまった。
そうして難癖をつけるどころか、父よりもその男性に惚れてしまったその女性はもう父を口説けない。その男性も、その女性が父を狙っていたことを知ってるから本命として考えるわけがない。
父にしてみれば「静かになった。これでよし」だったらしいけど、全然良くないよ。本気であの人、人の心が分かってないよね。そりゃ新しい母親なんて要らないけど容赦ないところが父だよ。
うちの父が優しくする女の人ってマーサとアレナフィルだけなんだよ。
「思ってたよりアレン君がさっぱりしすぎてて僕がびっくりだよ。てっきり正義感から何か行動起こすかと思ってた」
「僕、子供だから親のことはノータッチって決めてるんです。まだアンジェラディータさんって人に何かあるなら、それは父との間でやってください」
素晴らしいね、僕。
妹の家族とかいう外国人のことも、父は教えてくれなかった。だけどいずれ教えてくれると言った。それまでに僕の方が真実に辿り着くかもしれないとも。
(父上は信用できないけど、多分これでいい。父上が殺さなかったならそれだけの意味がある。そしてバイゲル侯爵家の思惑なんかに乗っかったら、僕はそれだけ騙されやすい男ってことになっちまう。うちは子爵家であっちは侯爵家だけど、だからって頭の出来も低いわけじゃねえよ)
祖父だってとっくに父には見切りをつけて僕を育てている。叔父も父からいいように使われていると陰口叩かれてるけど、僕がウェスギニー子爵になったらもう叔父を父上って呼んでやるんだ。そうして誰にも叔父を馬鹿になんてさせない。
アレナフィルは賢いかもしれないけど人間として本質的なものが駄目な子だから、ウェスギニー家を正しく背負えるのは僕しかいないんだ。
(そうだよ。父上と母上と浮気相手の人とフィルがどんだけどうしようもなくても、叔父上が育ててくれた僕だけは正しく生きればいいだけなんだよ)
まあね。双子のよしみでアレナフィルだけは僕の手下にしてあげるけどさ。
いつだって僕は優しさと思いやりを忘れない、とても立派な男なんだ。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
父の部下達が使っている施設はとても広くて、部外者立ち入り禁止だから塀も高い。部外者立ち入り禁止なのに施設外のコテージで生活している人達、平気で夜のバーベキューに参加してたけどね。
(音楽家ってなんでも楽器にできちゃうのかな。ワイン瓶が楽器になっててなんか凄かった。あの人、サーカス団でもやっていける気がする)
客室なんてないからみんなで雑魚寝した。絨毯が敷かれている部屋にマットを敷いて眠ったんだ。僕が眠くなった時、まだ大人達は元気だったけれど、犬達は僕についてきた。
僕と同じお布団の中に入ってきたり、足元で丸くなってしまったり、僕のほっぺた舐めにきたり、左右どころか頭の方にも足の方にも犬がいて完全に壁。
僕ってば犬に好かれる才能もあったんだね。
数十頭の犬に囲まれて寝る日が来るとは思わなかったけど、めっちゃ楽しかった。やっぱり犬飼いたい。それも沢山。一頭だと寂しいよ、十頭ぐらいならいいかな。犬だって寂しくない。
自分で飲む牛乳も自分で搾ったんだ。牛っておめめぱっちりでとっても可愛い。子爵邸の庭で飼えちゃうかな。
焚き火の上にフライパンを置いて、たっぷりバターと十個以上の卵をかき混ぜて作る朝食はとってもワイルドだった。焦げが入ったパンも美味しくて、帰ったら今度は庭でやりたい。叔父にも食べさせてあげるんだ。アレナフィルは、・・・・・・灰とか混じっていたら文句言いそう。
朝ごはんの後は牛の世話をしている僕ってとても働き者だ。
「どの牛も乗れるわけじゃないんだ」
「普通、牛ってな乗るもんじゃないからなぁ。アイアンが特別なだけ」
そんな僕は、せっかくだからと髪をポニーテールにして赤いリボンを結び、ピンクの開襟シャツにデニムの青いズボン姿で赤い長靴を履いている。
誰が見ても可愛い女の子だね。
牛小屋の餌箱だって綺麗にして藁も入れてあげたんだ。まあね、牛も柵を開けてもらったら自分で草を食べに行くらしいけど。
「乗れなくても可愛い。みんな人懐っこいよね」
美味しそうな草を餌箱に入れてあげると嬉しそうにもぉーって鳴くんだ。べろりんって僕の顔を舐めようとするし、牛って本当に可愛い。
牛小屋はとても広くて、屋根がとても張り出ているから雨や風が入り込みにくくなっている。
「お。うん、水も綺麗にしてくれたんだな」
「ちょっと倒して洗ってから入れたんだ。お腹壊したら大変だし。僕、せっかく女装してるのに目撃者出なかったよ」
なんでも牧場エリアに可愛い女の子がいた方が、乳搾り体験とかでも客が入りやすいんだって。女の子が笑顔で参加しているだけで、安全っぽいから体験してみようって思うらしいんだ。
でもさ、肝心の列車が動いているのかどうかが怪しいよね。しかも今日だってまだ避難訓練してるんじゃないの?
「コテージ借りとる人はいつ来るか分からんのよ。荷造りすんのが面倒だからって一年借りっぱなしで、休みになったら来るって人もおるしな」
「一人で来るんじゃないんだね。リオンさんのお兄さんとか、音楽家の人とかみたいに」
「ああ、一人で借りとって休みン度に違う女連れてくる男もおるけどな、家族を連れて泊まりに来るのもいるんよ。ここなら遊ばせといて親ものんびりできるってんでな」
「そうなんだ。お兄さん、怪我してるように見えないけどやっぱり療養中? 休んでなくていいの?」
「療養中ってのは趣味に没頭する時間だかんなぁ。自分で家造ったりとか」
「・・・おうちづくり趣味でしちゃうんだ」
この辺りはコテージを借りている人も事務所で管理されているし、父の部下達も療養中と称して散歩したりのんびり過ごしたりしているから、コテージ滞在客と分かっている子供にはちょくちょくと声をかける。
子供達は砂場や花壇がある野原で遊ぶことが多いけど、囲いの中で山羊が草を食べている様子を眺めたり、犬達がはしゃいでいるのを見たりして楽しんでいるそうだ。
「そんでも誰も見てない時に誘拐されたら分からなくなるからな。人がいないとこには近付かんことさ。それはコテージ客にも言ってんだが、事務所近くの広場なら遊具もあるし、花壇もあるし、図書館もあるってんで誰も聞いちゃいねえ。俺らも見回りしとるから安全っちゃ安全なんだが、事件や事故はいつ起きるか分からんしなぁ」
「図書館もあるの?」
「私設がある。みんなが読み終わった本を持ち寄って作った図書館だから娯楽用の本しかねえ。ああ、大人専用と大人と子供兼用があって、大人専用は子供立ち入り禁止だかんな」
「そうなんだ」
子供が入っちゃいけない大人専用図書館って何なの。難しい言葉は辞書を引けばいいんだよ、当たり前だろ。
考えてみればたしかにコテージって事務所から近い位置に多かった。離れている場所にあるコテージもあるけど、それは音楽家だから庭で音を立てても騒音にならない為なのかな。
これでも下町に馴染んでるからね。家が密集しているとお隣の痴話喧嘩まで聞こえてくることをよく知ってるのさ。
いくら素敵な音楽でも寝ている時に聞こえてきたら眠れないし、だからちょっと離れた所にあるコテージを選ぶのは仕方ないって分かる。
「さ、ホームに帰ろう」
「うん」
施設にはいくつもの門があるけど、どれも太くて頑丈な鉄柵を開閉するタイプだ。今は門が開け放されているけど、牧場からはさりげなく崖とか木々とかで門の存在が気づきにくくされている。
事務所からかなり離れた所にこの施設はあって、施設の手前に大きな体験牧場とかがあるからのんびりした感じに思えるけど、門をくぐったらとんでもなく凄い訓練施設だ。
僕は父の息子だから特別に入れてもらえたけど、こっちの門の中、本来は部外者立ち入り禁止。
「なんか基地の訓練施設よりこっちの方が岩山とかダイナミック」
「そいつぁよそで言っちゃ駄目だぞ? ここは俺らの好きにしてるからな。基地にゃ予算とスペースと汎用性って縛りがあるのさ」
「そうなんだ。大人の事情なんだね」
「ははっ、その通りだ。あ、ルー君はあっち近づくなよ? あっちは死角も多い。一人で近づくのは絶対駄目だ。あっちから先、二輪で走る奴多いからよ」
「え? あの岩ばかりのとこ?」
「そう」
施設内道路の片側は大きな岩が連なっていて、地形そのものもガタガタだ。ちょっと登ってみたいなと思ったけど、危険だから近づかないように言われてしまった。
「あんなゴツゴツしてても二輪で走れるもん? 落っこちない? そういえば僕、二輪とか三輪をばらしたの見たよ。みんなアレ組み立てられるの?」
「時間内に組み立てる訓練ならあるが、ルー君はなぁ。も少し体が育たねえと引き起こせんだろ。あそこは二輪や三輪を一輪で乗っても難しいとこだ。二輪も乗れん子は立ち入り禁止な」
「やっぱり言われた。四輪は教えてもらったのに、みんな二輪はダメって言うんだ。お兄さんはいつから訓練した?」
「あー、・・・まあ、俺らは上等出てすぐ軍に入ってんかんな。焦んなって。ルー君だってこれからさ」
あ、これ多分、ライセンス取る前に乗ってたね。
僕を連れてきてくれたメルニコスは夜遅くまでみんなにお酒を出していたらしくて、今朝はお寝坊さんだ。
もうそろそろお昼になるから起こした方がいいのかな。なんかまだ半分以上の人が寝てるんだよ。どれだけ起きてたんだろう。
「お兄さん達は酔い潰れてなかったんだよね」
「飲んでねえし。折角だから一緒に見回り行くか?」
「行くっ」
「よしよし。小っちゃくっても女の子がいる方が俺も嬉しい」
「僕、ホントの女の子じゃないんだけど」
「気にすんなって」
名乗ってくれた人もいたけど、そうじゃない人もいたから一律に僕はお兄さんと呼んでいる。おじさんでいいと言われたらおじさんと呼ぶ感じだ。
みんな父の部下なのかと思ったらそうでもないらしくて、制服組とか言われてる男の人もいた。お仕事は基地の事務職員なんだって。父とは会ったこともないらしい。
先生って呼ばれていたお爺さんは軍医をしていたけど、引退して今は学校の先生をしているって話していた。
「部外者立ち入り禁止ってなってるけど色んな人が遊びに来てるよね」
「大なり小なり関係者だかんな。それは構わんのさ。ここは別に軍事基地でもなんでもねえ。村長の別荘にすぎねえわけだし」
「・・・は? 何それ」
別荘っていうのは休日をのんびり過ごす為にあるおうちだよ。爆発物実験場とかある建物のことじゃないよ。武器が取り付けられた二輪を走らせる設備とかあって、それを別荘って呼んだら駄目でしょ。
「いや、だってこの村そのものが村長の私有地だからよ。花畑や牧場とかは観光地として運営しちゃいるが、ここの施設は俺らん為に建てさせてくれたもんなのさ。まあ、水道光熱費や家賃は払っちゃいるが、それもあって制服組が来るのを断れねえ。俺らは反乱を企ててるわけじゃねえからよ」
「こんな僻地で反乱起こしても意味なくない?」
お城に行く前に疲れちゃうよ。何よりこの村の住民って何人なのさ。反乱起こす前に人数が足りな過ぎ。
父の部下達だって自宅は別にあるだろうし、住民登録はそっちだと思う。
「その通り。私兵かと言いがかりをつけられてもおかしくねえ状態だが場所が場所だ。国としては僻地に戦力を割けねえが、個人的な戦力が常にある程度維持されているとなりゃ目こぼしするってことさ。俺らは別に休暇を楽しんでるだけだからな」
「はあ・・・。あれだけの大型移動車とか持ってて?」
「どこも車庫の確保には苦労しててな」
「・・・世知辛いんだね」
「世の中そんなもんさ」
見回りは馬に乗ってのんびりと行くんだって。
不審人物がいたら声をかけているから、かなり治安はいいらしい。
今日は避難訓練しているからあまり人はいないだろうとその人は言った。
「ついでに魚釣り行くか? 釣りっつーか、網で捕まえたりもするんだ」
「やりたいっ」
「よし来た。魚もバターでステーキすると美味いんだ。自分で釣ったってのはそれだけで楽しい」
「うんっ」
そんならあのアレナフィルが持ち帰ってきた水泳補助装置持ってくればよかったよ。
そう思いながら釣竿とか置いてある倉庫に行こうとした時、ドドドドッ、グヮングヮン、ガガガガッという二輪が何台も走っているかのような音が遠くから響いてきた。
「ん? あの音は・・・」
音で誰の乗り物なのか分かったのか、門の方を振り返った彼が少し考えるような顔になる。
しばらくするとウィーンウィーンというサイレンが空を揺らすかのように、そして村全体に知らせようとばかりに大きく鳴り響いた。




