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6-11

 筆頭公爵家が中心で主導する留学の壮行会及び打ち合わせ会は決着を見た。

 終わってみれば不安材料が新たに発覚しただけのような、責任の所在を押し付けられなかったので引き分け的な敗北だったような。


 思えばドクター・レインの推薦を跳ね除けられず、ホーリエ・ブルハルトの芽を避けるどころかしっかり名前まで呼ばれ、四女様ことアリティエ・ブルハルトは傲慢さを隠し切れないところが外交の場では恐ろしい爆弾なのだと判明した。


(セバスティングの占った『女難』がどれのことか分からんくらい女難すぎるゥ)


 本命の女難全部乗せは過ぎ去った──今日のところは──が、まだ最後の余韻が残っている。

 即ちセトライト伯爵家の召喚。書面上は要請、餞別の形を取りつつもパワハラ社会の貴族的には拒否権無しで避けられない呼び出し。

 諦めて顔を出すしかないのである。


(場所は用意するって書いてたけど、さて、どこなのか)


 今の今に至るまで伯爵家の遣いが接触してきた覚えはなく、通達も受けていない。

 ひょっとすると会議中にセバスティングの元へ届いてるかもしれないと足を向け、


「お、お前、お前が四女様付きの近侍役とはどういうことだ!!!」

「うん?」


 横から浴びせられた無礼な驚愕に顔だけ応じ、うんざりする。今までのプレッシャーに比べればたいしたことの無い小物3本立て、それでも心にストレスが加わるには変わらない。


「なんだ、まだ居たんだあんた達」

「なッ、無礼な!」

「自分を棚に上げるチャンピオンかな?」


 大きな違いは皮肉を叩いても問題視されないくらいか。

 視線の先にはうんざり子爵3人衆ことミギーヒダリーガンスが揃い踏みでわたしを見ていた。

 口の悪いミギー、わたしを逆恨みするソルガンスは感情ましましで睨んでいるが、一応は理知的に該当するだろうヒダリーは呆れ顔で傍観者に徹している。


(……ああ、そういうことか)


 ストレスに反射的対応をしたせいか、状況の理解がやや遅れてやってきた。

 他派閥が中核の国家事業に何故か派閥違いでねじ込まれた下級貴族の子供たち、この立場だけなら彼らとわたしは似た者同士だ。なら申し付けられる役目は自分達と同様、下級に相応しい小間使いのポジションに押し込まれるのを見込まれていたのだろう。

 しかしヒダリーに「参加者リストちゃんと見れば?」と告げた結果、わたしの配属先を理解したのだろう。


(「どういうことだ」に関してだけは同意できるわよ本当に)


 理由は単純、魔術全属性がドクター・レインに情報を売られたから、もとい推挙されたから。決してわたしの意思ではない。

 この辺りの事情を話すのは簡単だ、理知的な相手ならそれでひとまずの納得をするかもしれない。しかしこのバカボンがそれで引き下がるかというと、どう転んでも面倒な口論に発展すること必至の未来が予想される。

 うんざり3割増しで口を開こうとした矢先、


「あんた達に懇切丁寧教える必要は──」

「失礼致します。アルリー・チュートル様はこちらに?」


 心温まらない会話劇が始まる寸前、ひとりの男性が割って入った。ごく簡素なフォーマル着を身に付けた壮年の男性、わたしには見慣れた格好の彼は教会の職員であろう当たりがついた。

 子供とはいえ貴族同士の歓談──別に歓しくないので会話中に割り込むのは地位絶対主義の下ではマナー違反。確固たる理由なければ無礼を咎められる行為に他ならない。

 つまり逆説的に何かしらの要件があると見るべきだ、特にわたしの名前を指名した上での事ゆえに。


「アルリー・チュートルはわたしです」

「こちらアルリー様宛でございます、ご確認を」


 仰々しく差し出されたのは一通の封書。「ああ、直接わたしに来たか……」と憂鬱な気分になるのを避けられない。

 チラリと視線走らせた先の封蝋は予想違わぬセトライト伯家の紋。


「ありがとう、確かに受け取りました」


 恭しく礼を残して去る教会職員を見送り、溜息を噛み殺す。こうして出頭先の指示が出たのだ、バカボン達との無駄な時間を割く余裕はもはや無い。


「ではわたしも所用が出来ましたので失礼を」

「お、おい待てよ!」

「本当ですよ? ほらこの通り」


 口実設けての撤収だと邪推したバカボンが居丈高な声の牽制球を投げて来たので悪球打ちでホームランをかっ飛ばす。方法はバットを振り回すのではなく封書の裏を示すだけ。

 そこに刻まれた封蝋の紋章をかざす、ただそれだけ。


「せ、セトライト伯家の紋!?」

「この通り用事を申し付けられたのです、何か問題が?」


 今日は他人からのパワハラ被害を散々受けたのだ、この瞬間くらいは嫌な奴に他家の威光を振りかざして憂さ晴らしをしてもいいのではあるまいか?

 やってみた、効果は抜群だった。

 わたし達下級貴族の身近な頂点、セトライトの封蝋紋は無礼標準装備のバカボン達の舌を封殺し、完膚なきまでに黙らせたのだ。

 ──そう、黙り込んだのだけど。


(あれ?)


 バカボンとミギーの口が悪い両名は確かに静かになった。何か悔し気にこっちを見ているが、普段の言動からすれば充分に鎮静化されたといえるし、視線の先は威光の源である手紙である。

 でも、普段は理知的な態度を取っているヒダリーが。

 血走ったような目でわたしを見ている。いや、睨みつけているようにも窺えるのはどういったことか。


 ヒダリー、ヒルダルク・セトライト。

 やや低身長低重心なゴーレム体型で気障な振る舞いをしがちなアンバランスキャラ。セトライト伯爵家出身なのは間違いないはずの彼が。

 伯爵家の人間なのに、何故か子爵家のバカボンの御付きをさせられている彼が。


(婿入りでなく近侍、付き人だものねェ)


 詳細は分からないが色々あるだろう事情は推察できる。例えばヒダリーが男子であろうと家内では正統な地位を得られていない。かろうじて家名は名乗れるものの後継者には挙げられてない等。


 家内での確執、わたしには全く関係ない事象は垣間見えるが、それで何故わたしが睨まれる。

 ……まさかとは思うけど伯爵家に目をかけられているなんて誤解されたとかそういう方向か。


(いやそう見えるかもしれないけど逆だからね!?!?)


 貴族間で格下の家に子供を入れる政略結婚の図式は別に珍しい差配ではない。

 しかしそこは上下関係を明確にした意図、「ウチの高貴な血を分け与えて上げるのよ感謝なさいヲホホホ」との上から目線が組み込まれている。

 分かり易く言えば「跡継ぎの嫁か婿にしてウチとの血縁を深めて以降も長久の忠誠を誓いなさいよ」との政治的配慮、或いは関係性を強固に縛る鎖。


 血縁者を裏切るというのは貴族平民を問わず心理的抵抗、そして周囲からの評価を大きく下げる事柄であるが故。そこに体面第一主義なところのある貴族エッセンスを加えたとすれば──ということだが。

 ヒダリーの場合、入り婿ではなく部下の手下同然にされているわけで、控えめにいって立場は相当悪い。

 その心は、


(これ絶対妾の子とかお手付きメイドの庶子とかそういう奴ゥ!!)


 片親の身分が低いとありがちなパワハラ案件、本家の子ならざる扱いから余計な予想が立ってしまった。伯爵家から目をかけられているように誤解されるわたしの構図に憎しみ向けてくる点からも補足。

 だからといって今のわたしには与り知らぬこと、関係ないこと、だからどうしろとって話。気まずさから逃れるのを優先したとして何がおかしかろう?


「では伯爵家の遣いの方を待たせておりますので失礼致しますわホホホ」


 権威の封書をヒラヒラさせつつ実質逃走者に近い心境で離れる。これから尋問タイムで気が滅入る予定なのに何故事前に精神をすり減らさなきゃならんのか。

 今はわたしの危機的余韻中、とても他人の人生を想っている時ではない。

 ──ないのだけど。


(これどっち!? ただの貴族社会あるある醜聞!? それともミギーが隠しキャラでヒダリーがサブキャラ特有のイベントキャラ掘り下げが入ったの!?!?)


 違う方向で悩みの種を追加してきた。

 ゲームならキャラクターに厚みを持たせるべく様々なエピソードがイベントで紹介される。それは攻略キャラやライバルヒロインのみならず、彼ら彼女達の周辺キャラにも及ぶ。


 例えば『大公』ルートのホーリエ・ブルハルトは悪役令嬢らしく取り巻きの貴族子女を率いて有形無形の圧力をヒロインのマリエットに仕掛けるわけだけど、彼女の取り巻きにもスポットが当たるイベントが実装されていた。

 かくかくしかじかな理由で彼女はホーリエに心酔し、魔女の手先として影働きを行うのだ的な設定紹介イベントが。


 そう、ゲームなら特殊背景を与えられるのは主要人物周辺、ストーリーの関係者に限られて設定されている。それが隠しルートのヒントにも成り得ると踏んでいたのに。


(人が生きてる世界なら誰しも人生背負ってて、貴族なら血縁関係や政略関係で色々あるんだから、そのせいでゲーム関連の設定かどうか見分けが難しすぎるゥ!)


 ヒダリーの場合は隠しルートのサブキャラだからこんな伯爵家と確執ありげな設定が与えられたのか、それともクルハやデクナ、ランディやサリーマ様のようにゲームと関係なさそうなところで生きてる人たちなのか判断できない。

 深く関わって問題を解決しつつ距離を詰めるべきか、関係ないと放置しておくのが正解なのか分からないのだ。


「どこまでも隠しルートは祟りよる……」


 フェイクの溢れる情報社会、真贋を見極める目が求められる昨今。

 何が有益で無益、何を優先すべきか後回しかむしすべきか、得られる情報が雑多に多彩で多すぎるのも困りものである。

 本当に。

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