戦坊主の降臨
モンスターひしめく廃坑。
その迷宮を貫く巨大な縦穴。
リザードマン軍団は既に底部に溢れかえり、上層の横坑から弓やワンドを携えた増援が、今もなお噴出し続けている。
既に退路は断たれていた。
底部まで竜人を追ってきた冒険者ギルド『破邪覇道』は、ここで待ち伏せを受けた。
そして乱戦のさなか、片腕が異様に発達した左右対称の二竜から奇襲を受け、前衛アヴァン・ガルドが吹き飛ばされた。
「ククルカン信仰格闘術『天網恢々』!!」
縦坑の天頂開口部から差し込む陽光が遮られた一瞬に、戦坊主の胴間声が響く。
縦長の空洞に、まるで光の筆で描かれたような、輝く蓮華の群れが無数に沸き立った。
人族に数倍する膂力で吹き飛ばされ、絶賛飛翔中のアヴァン。
彼の脳裏をよぎる走馬灯の映像は、アムルの寒村を飛び出した少年の頃を映していた。
あわや壁に激突しようかという刹那に、無数の蓮華座がアヴァンと壁面に割って入った。
『ドカッ!』
「ぐえっ!」
光の蓮華座が緩衝材となり、トマト化は免れたが、それでもかなりの勢いで壁に激突したアヴァンは、呻き声を上げながら自分が討ち取ったリザードマンの死体の山に突き刺さった。
『シャリーン、シャリーン』
『シャリーン、シャリーン』
「六~根~清~浄~懺悔懺悔!!!」
意味不明の歌を謡ながら、戦僧デルモンドが錫杖を片手に階段を降りてくる。
「グロアアア!!!」
「散華!!(バキッ!!)」
「ブシャャヤヤヤ!!」
「懺悔!!(ドカッ!!)」
闖入者の接近に、迎撃のため慌てて反転したリザードマン達に対し、淀みない動作で拳骨をお見舞いするデルモンド。
失神した後に階段から転げ落ちないように、体を支えて寝かし、その上を踏み越えて降りてくる。
「あ! あ! 兄弟子様ぁ!!」
破邪覇道の中衛、暗黒神父パストールが、まるで天使の降臨を目の当たりにした信者のように、滂沱の涙とともに降りてくるデルモンドを礼拝するが、最底部からローアングルで見上げると、法衣の裾から毛むくじゃらのスネや、白いフンドシがチラチラ見え、ソシエールは「フグっ!」と一撃喰らったような呻き声を発して目をそらした。
「若者達よ、どうだ調子は?」
散歩の途中で知り合いに出逢ったかのような気安さで、転がるリザードマンを踏み分けて、デルモンドは底部まで降りてきた。
「……ん?」
デルモンドの前に、アヴァンを殴り飛ばした二竜が立ちはだかる。
「キサマガ、チチウエノ、オココロヲ、ワズラワス、モノドモノ、シュカイカ?」
「フシュューー!! オレサマ、オマエ、マルカジ……」
「打擲!! (バコン!!)」
何か竜人が口上を述べている最中であったが、デルモンドの『マグナム折檻』が躊躇無く叩き込まれる。
デルモンドが繰り出した鋼鉄のような拳を、重武装した片腕で受けた竜人は大きく傾いたが、辛うじて踏みとどまり、反撃とばかりに軽装の方の腕を振り下ろし、デルモンドの頭部を強襲した。
『ガキン!!』
「お爺ちゃん!!」
ソシエールの悲鳴が響く。
「ククルカン信仰格闘術金剛不壊!!」
人化竜の豪腕鉤爪が生身の人間に激突したとは思えない、硬質なな音が響いた。
「ほう、さすが人化竜。Aランク以上か、しかして魔女っ娘。拙僧は『お爺ちゃん』と呼ばれるほどは老いていない。クープと一緒にするな」
頭に鉤爪を載せたままデルモンドは平然と答える。
彼の禿頭は健在で、竜の攻撃を受けた後もいつもと同じく輝いている。
「フングルアァァア!!」
デルモンドの攻撃を受けなかった方の竜人が、ゴツい側の腕で攻撃する。
地面を削るような振り上げ攻撃がデルモンドの顎の辺りを襲う。
『ガゴン!!』
しかし、それでもデルモンドは動じなかった。
「お前たちは竜の姿に戻り、奥で待っとれ」
デルモンドは、攻撃が不発に終わり狼狽える竜人二人の腕を引っ張り屈ませると、降りてきた竜頭に生える角を掴んで、先ほどこの竜達が出てきた出入り口目掛けて放り投げた。
『ドォォーン』
『ドォォーン』
かなりの速度で飛んでいった竜人が次の部屋の奥の、恐らく壁にぶつかったのであろうくぐもった衝突音が響く。
「…………」
ソシエールは絶句して、デルモンドを見る。
実際にデルモンドが戦う様を見るのは初めてだった。
「弟弟子よ、剣士に回復呪文をかけてやれ」
「はっ、はい!」
パストールは弾かれたように立ち上がり、アヴァンの元に向かう。
「さて、お主ら。竜狩りの前にデルモンドおじさんが攻略法を伝授してやろう。さあさあ、座って一休みし、話を聴くが良い」
竜人が吹き飛ぶのを見たリザードマンの生き残りは、悲鳴を上げながら逃げ出した。
それでもここには、破邪覇道ががむしゃらに討ち取ったリザードマンの死体の数々と、デルモンドが拳骨で失神させたリザードマン達がゴロゴロ転がる地獄のような場所だった。
戦坊主はお構いなしで座り込み、懐から差し入れの弁当を取り出した。




