縦坑での攻防
「破邪覇道は縦坑に達し降下中です。竜が魔法妨害を解除したのでしょう。中の様子が走査できるようになりました」
「グアラカンといいましたかの。あの竜の元にたどり着くまでは大した敵もおりますまい。そのうちデルモンドも合流するでしょうから、迷宮捜索はあ奴らに任せて、ワシらは暫し休みましょう」
「そうねクープ」
後述するが、この時の二人の見立ては完全に間違っていた。
日がだいぶん高くなり、影の短くなった荒れ広場に、クープとミスランティアは降り立つ。
もとより降りてきた馬車以外、この辺りに影を落としそうな物はない。
「ちょっと散歩してくる。馬車を五十歩分位ガウシェンの町側に移動させてくれ」
御者台で寝ていた馬丁に一声かけた二人は、破邪覇道とデルモンドが消えた洞穴のある崖とは反対側に有る断崖に足を向けた。
「ねぇクープ、崖上に連れて行って」
ミスランティアはクープを見上げて両腕を伸ばす。
普段は背中を丸め半ば腰を屈めているクープであるが、背筋を伸ばすと、熊のようなデルモンドとほぼ同じくらいの長身である。
クープはミスランティアに顔を寄せ、彼女を引き上げると、止まり木のように肩に座らせた。
小さいとはいえ、ヒョロヒョロの老人が幼女を肩に担ぐ様は、どうしようもなくアンバランスだった。
クープは馬丁が移動のため、馬車に馬をつなぐ作業を始めたことを確認し、気付かれないように崖を上り始めた。
崖上から、まるで見えない階段でも延びているかのように、中空をテクテクと歩いていく。
崖に近づくほど老人と幼女が高く登っていく。
クープの髭白頭を両腕で抱きながら、ミスランティアは遠くアトミクラの山裾に広がる、大森林を臨んでいた。
「皮肉なものですねクープ。ドワーフ隆盛の頃、鋼炉に焼べられるため、デールの木々は打ち倒され、此処はえぐれた荒野が広がるばかりだったのです。ドワロデルフの陥落から千年。人が絶え、森は蘇り、今は見渡す限りの緑です」
崖の上と言っても、そこはアトミクラ山まで稜線の続く、外輪山の中程にある岩棚のような場所だった。
その岩棚で、クープの肩から降りたミスランティアは、谷間の先に広がる緑の海を見下ろしていた。
「クープ。あそこ」
ミスランティアは、山と森の交わる辺りを指さす。
「ほう!」
二人の視線の先、有るか無きかの霞の向こうで煙はたなびき、その筋の元で、緑野は黒く、あるいは土灰色に汚されて、燻っていた。
「ゴブリンが森を焼いているの?」
「さて、どうでしょうかのう」
片眼鏡をクリクリさせながら、クープは遠い染みの仔細を見ている。
「人間の国々の興廃など、正直興味は有りませんがのう。しかし、此度の騒動、どうも我が故地の者が手なり口なり出していそうですな」
「クープ。それはどうして?」
「悪魔は荒れ野に現れ、人間を惑わせる。この森を再び荒廃せしめ、この地に干渉しようという者共があちらにおるのでしょう」
クープはそう言うと、再びミスランティアを担ぎ上げた。
「さて。降りてお茶でもいただき、若者たちの冒険の続きを見るとしましょうか」
「あら。せっかちね、クープ。そんなに気になるの?」
「ワシも意外に思うのですがね、あなた以外の事で、この世界にこだわるいわれなど無いのだと、思っていたのてすがのう」
見えない階段を下りながら、クープは囁くように言葉を続ける。
「しかし今、ワシはこの世界の大枠を揺さぶる者に、寛容ではいられない心持ちですじゃ。愚かしい人間が、下らぬ事に生涯を捧げ、あくせくのたうつ、この世界をワシはそのままにしておきたいのですじゃ」
二人は崖下に降り立ち、移動を終えた馬車に乗り込んだ。
※※※※※※※※
「アヴァン! 増援です! リザードマン十体!!」
「判った! ……ソシエール! さっきから魔法を連発してるけど大丈夫か?」
「ううん。もう少しで魔力はスッカラカンよ! ミーちゃんはまだ、黙ったままだし……」
「私も投げるコインが乏しくなりました。このままでは私のお小遣いがスッカラカン!!」
「坊や、あっち! 回り込もうとしているわ」
「ちいぃ! 転進する! パストール、ソシエールを守ってくれ!!」
「いいえアヴァン、上をご覧なさい!! 縦坑に開いた数々の出入口から続々と魔物が現れております! もはや退路は断たれております。ここは、先に進みましょう。おそらく、あの支柱が左右に立つ大口です!」
撤退した竜人を追い、行き着いた先、
巨大な縦坑の縁にある、木の杭を段違いに突き刺しただけの、スリリングな階段を降り、底に到達した途端、リザードマンの大群から襲撃を受けた破邪覇道の一行。
「コイツはアレか? 『ドワルフ穿ち過ぎて、地獄掘り当てる』ってやつか?」
「当たらずとも遠からじ。この坑道は、ドワロデルフ陥落後、デール候国に逃げ出したドワーフが、ミスリル鋼を探して掘った鉱山の一つでしょう。もしかしたらアトミクラの山体まで続く坑道もどこかに有るのかもしれません。思ったよりも大規模です」
「何でもいいけど帰れるの? 私はもうすぐ店仕舞いよ!」
縦坑の階段の所々にある、横坑との接続部はテラスになっており、そこに現れたリザードマンが、縦坑の底にいる破邪覇道の3人に火球の魔法を上から撃ち下ろす。
「アルム聖教会信仰魔法『魔法防壁』!!」
パストールは防壁を展開する。
燃え上がる防壁に火球は当たり、爆発を起こすが、どこまでが火球の炎でどこまでが防壁の炎なのか判らなかった。
「あちち! 熱ちい!!」
「第一階位魔法『冷却』!!」
やや呆れ気味の声で、剣の悪魔マルキス・ヴェルキスは制熱魔法を発動させる。
「防壁が効いている間に縦坑から出よう!」
魔法の傘に隠れるように、アヴァンはリザードマンを薙ぎ払いながら、縦坑の底の側面に口を開けている大きな坑道を目指す。
「アヴァン! 気を付けて! リザードマンに混じって人化竜が二体!! グアラカンではありませんが、人化出来る竜は総じてAランク越え……!?」
仲間を蹴散らすように掻き分けて、アヴァン達が目指す坑道の先から、リザードマンより一回り大きい二足歩行の竜が現れた。
右手がアンバランスに大きい竜人。
もう一人は左手が大きい。
鉤爪は剣の連なり。
手の甲は悪鬼の顎門。
蟹の外殻のような刺々しい装甲が肩までを覆う左右対称の二竜。
パストールの警告が終わらぬうちに、右手竜がアヴァンをその鉤爪で薙ぎ払った。
「グエ!!」
ヤバい回転数で、アヴァンが錐揉みしながら吹っ飛んでゆく。
マルキス・ヴェルキスが慌てて剣先を伸ばすが間に合わず、どこにも引っ掛けることのできなかった爪が虚しく宙を掻いた。
壁に当たればトマトよろしく赤い内容物をぶちまけることだろう。
「アヴァン!」
ソシエールの悲鳴が響く。




