竜の撤退
「駄目だ! 剣の悪魔! びくともしない! まるで岩に斬り付けたみたいだ!」
「彼奴は竜の変化よ! 見たままの質量ではないわ。あと、私はお姉さまとお呼び!!」
竜人に斬り付けたアヴァンは、逆に弾かれてしまい、とっさに飛び退いた。
「どうしよう姉ちゃん!!」
そう言いながらも体制を低くして、再び突入を試みようとするアヴァン。
「本当せっかちね! ちょっと待ちな……っと!!」
竜人はアヴァンがあけた間合いを小跳躍で一気に詰め、カギ爪の並ぶ剛腕を熱風を伴って振り下ろした。
アヴァンは一瞬赤盾を構え迎え撃とうとしたが、マルキス・ヴェルキスはとっさに刀身を伸ばして地面に突き立て、それを縮めてアヴァンの体を引っ張り、倒れ込むように退かせた。
『ギギン!!』
マルキス・ヴェルキスの退避行動を上回る速度で打ち下ろされたグアラカンの竜爪は、アヴァンの赤盾を引っ掛け、それでも勢いは落ちないで、そのまま地面の岩盤に突き刺さった。
「その盾……。アトミクラの深銀。昔、ドワロデルフの溶鉱炉王が、我が祖父の竜頭を模して作った物だ」
片膝をついてはじめて、人と同じ高さになったグアラカンの視線が、アヴァンの赤盾に注がれる。
「灼熱!!」
グアラカンの掛け声を合図に、突き立った彼の手は白熱化し、その先で床面の岩盤は煮えたぎった。
先程アヴァンを引き倒すため伸ばされたマルキス・ヴェルキスの剣先は、甲虫の脚のように変形し、それがシャカシャカと全力疾走してアヴァンの体をさらに後方まで引きずった。
「第三階位魔法『冷却!!』」
アヴァンは寝転がったままソシエールの足元まで後退し、最前線となった着膨れ魔女っ娘は……、事態について行けずポカンとしていたが、彼女の手にした杖が冷却魔法を放った。
※※※※※※※※
「冷やしンス!!」
丸眼鏡を光らせたミスランティアが、あらぬ方向を向いて叫ぶ。
「師匠!! 言ってるそばから思い切り介入してますぞ!!」
馬車の客室でデルモンドが声をあげる。
「クープも、使い魔が戦っているみたいなものだろう! 肩入れしすぎだ!!」
腰を浮かせたデルモンドはミスランティアとクープを交互に指さしながら訴える。
「んんんー、良いのだぞデルモンド。おぬしもあの、丸出し坊主に念仏でも唱えて操るが良いだろう」
床に広げた羊皮紙から目を逸らさずに髭老人クープは答える。
「うぬぬ、うぬぬ! うぬぬぬぬ!!」
冬眠し損なった熊が穴蔵を徘徊するかのように、客室内部を唸りながら右往左往していたデルモンドは、
「母様達が先にやったのだからな!!」
そんな捨て台詞を残して馬車を降り、洞穴の口が開く崖を睨み付けた。
「エステルの奴も、ああやってミスランティア様に甘やかされておりましたものなぁ」
少し顔を上げ、走り去るデルモンドの背中を見ながらクープは口の端を少し上げる。
「あらあら。あの子もやっと子供を育てる心労と喜びを知ったのですね」
ミスランティアもクープと同じものを見て、微笑む。
「あ奴は、昔っから物覚えの悪いアホ坊主だったからなぁ。だから、こんな年になるまで独り身なのだ」
「今度お嫁さん探してあげましょうかねぇ。リンドンのフレデイン、旦那さんいましたっけ??」
暗い洞穴にデルモンドが消えていくのを見届けたクープとミスランティアは、再び腰を下ろし、それぞれ羊皮紙と丸眼鏡を覗き込んだ。
※※※※※※※※
ソシエールが。
正確にはソシエールが手にする杖の先っぽのミーちゃんが。
さらに正確に述べると、ミーちゃんを遠隔操作するミスランティアが放った冷却魔法は、グアラカンが一瞬で溶かした岩を、また一瞬で冷やし固めた。
「グヌ?」
溶岩が岩に戻り、グアラカンの腕はそこに飲み込まれたままだったので、彼は床に片膝をついたまま身動きできなくなった。
「アヴァン!! 立ち上がって! あの腕を斬り付けるのよ!!」
マルキス・ヴェルキスに励まされ、飛び上がるように立ち上がったアヴァンは勇躍し、大股四歩でグアラカンの元に駆け寄り、右腕に宿る魔剣を振り上げた。
『バシュ!!』
「通った!」
地面に突き立った手を残し、グアラカンの腕は手首で断ち切られた。
「グオッ!!」
先程の盾の由来を語る理知的な声色とは違い、グアラカンは野獣のような叫び声を発した。
「ヴォのれい! 人間め!! 奥で待つ。竜の姿で相手してやろう」
唸り声と共に、そのような言葉を響かせながら、竜人は副道の奥に退いた。
「やったぜ姉ちゃん!!」
「…………、」
アヴァンはガッツポーズで小躍りをする。
盾と交互に振り上げられながら、マルキス・ヴェルキスは押し黙る。
「アヴァーン。なんか、すごかったねー」
あんまり事態を飲み込めぬままポテポテ歩み寄るソシエールと、いつの間にか黒のキャソック(黒い詰め襟背広)姿に戻っているパストールが合流する。
「アヴァン。敵は横坑道の奥にある縦坑から下層に降りました」
パストールがアヴァンに耳打ちする。
「追いますかアヴァン? 恐らく囚われ人は生きておりますまい。ならばこの先に進むのは、竜を討ちたいという、あなたの意志が有るか無いかに委ねられます」
「追うさパストール! 竜殺しは戦士の誉れ!」
「あ! 待ってよアヴァン」
逡巡すら無く即答したアヴァンは、グアラカンを追って坑道の奥に歩き出した。
ソシエールもそれに続く。
「あの竜はかなり危険ですよ。ここで仕留めることが出来なかったのが悔やまれます」
残念そうにパストールは言ったが、アヴァンは振り返り肩をすくめた。
「いいやパストール。冒険者って冒険するもんだろ?」
「アヴァン……。安定の考え無し加減ですね」
パストールはクスリと笑った。




