第十二章 高熲 一
さてここで、皇帝の出家を思いとどまらせた高熲とはどんな人物であるか改めて説明したいと思う。
生年は不明とされているが、楊堅よりは年下だったと思われる。
それでいて頭脳明晰、大局を見る目もあった。
兵法にも通じて様々な計略を成功させていたので、楊堅は、彼を幕僚に欲しがった。
史書によると、幼帝の僕射(この時代においては宰相と同意)であった頃にわざわざ高熲に使者を送って説得したとある。
高熲は、喜んで楊堅に従った。
「もしも公が失脚するようなことがあったら、私は一族誅殺されてもかまいませぬ」
と、ここまで言いきり、以来楊堅の腹心として道を同じゅうした。
このように彼は、隋建国時に多大な功を持つ重臣であった。
隋王朝が開かれてからは更に出世し、ついに皇帝賢の僕射の位まで登りつめ、それを長く務めていたのだ。
皇帝賢の世になってからも高熲は益々才を見せた。
軍功は数え切れぬほどであったし、内向きにも才を発し、新都造営の際は大綱を統べていた。
国の行財政においても大胆な改革を成功させたので、楊堅や伽羅からの信頼も厚い。
しかし改革を成し遂げるということは、すなわち誰ぞから『既得権』をはく奪するということだ。
敵もまた、多かった。
機を見て足を引っ張り、何とかして追い落とそうとする者たちが虎視眈々と彼を狙っていたのである。
皇后伽羅と高熲の関係は、元々は良きものであった。
高熲の父も優秀な上に伽羅の亡き父・独孤信の直属の部下であったからだ。
もちろん、本人も質素も重んじ、性格も清廉。
それでいて臨機応変に振舞うことが出来る男であった。
高熲の娘はどちらかというと軽薄であったが、太子勇の妃のひとりとしたのには、こういう経緯もある。
ただし清廉なことで知られている高熲には『裏の顔』があった。
叛意があったわけではない。
ひた隠しに隠してはいたが、実はかなりの女好き、贅沢好きであったのだ。
昔からこんな裏表があったわけではない。
高熲も若き日々には真面目一筋であった。
もちろん、妻以外にはまったく無関心で、その妻も中々優秀な文学を好む賢夫人であった。
当時のことである。美女を賄賂に送ろうとする輩は多かったが、高熲は振り向きもしなかった。
楊堅の同類だったのである。
また、逸話としてはこういうものがある。
隋王朝になってから、楊堅は『陳』を平定した。
その際、高熲も出征し、『陳』の皇城を攻め落とした。
陳の皇帝を捕らえたが、傍には二人の美しい后妃が従っていた。
そのうちの一人が陳国一番の美女『張貴妃』である。
「どうぞお助け下さいまし……お望みなら、どんなことでも致します」
『張貴妃』の『命乞いをする姿』は哀れを誘うというよりは媚びを売るよう。
しなを作って己の美貌を最大限に見せつける。
色っぽい上目遣いと妖艶な麗姿に配下の者は皆、息をのみ、ゴクリと喉を鳴らした。
色香に惑わされなかったのは高熲ただ一人だけである。
彼女の『毒婦』としての資質をいち早く見抜いていたのだ。
「古代において、周の武王(姫発)は殷を滅ぼすや、妖婦・妲己を誅殺なされた。
今、我らは陳を平定したが、張貴妃は怪しの術に長け、その術で陳皇帝を魅了したとも聞いている。
張貴妃の質は強欲にして残忍。
今の振る舞いを見ても『狡猾な淫女』であることがよくわかる。
妖婦・張貴妃を生かしておけば、必ずやあの美貌で我が国に災いをもたらすであろう。斬れ!」
そう部下に命じ、当時直属の上部であった第二皇子の判断に逆らって斬らせたのだ。
だがなんとしたことか、目を閉じるたび、彼の瞼に張貴妃の怪しい艶姿が浮かぶようになった。
これこそが彼女の持つ魔力なのであろうか。
白い絹肌、くびれた腰。心をとろかすような淫靡な瞳。
張貴妃が夜ごと夢に現れてまとわりつき、彼を悩ませるのである。
張貴妃は高熲が見抜いた通り、死してすらその面影一つで男を惑わす『天性の妖婦』であった。
そのあたりから、高熲は皇帝夫妻に隠れて妓楼などに通うようになった。
張貴妃の幻影から逃れるために、生身の女に救いを求めたのだ。




