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第八章 女帝 十

 尉遅迥うっちけいは今でこそ老いているが、若き頃から『猛将』にして『知将』と名を馳せていた。

 独孤信のように『古代中国十三美男』に選ばれているわけではないが、その容貌が美しかったことは史書にも残されている。

 彼は老いてなお美しく、人望も厚かった。


「幼帝を操る楊堅討つべし」


 彼の呼びかけに「おう」と答える者は多く、元から穏やかな気性だった若い宇文温の反乱とは比べ物にもならぬ。


 楊堅は皇帝に大軍を向かわせることを進言したが『尉遅迥うっちけい反乱』の報を聞くや、


「朕は腹が痛くなった」


 と、後宮の奥深くに逃げ込んで出てこない。

 こういうところは悪皇帝そっくりである。


 仕方なく内々に将軍たちに準備を怠らぬよう伝達するが、皇帝の『勅』なしに軍を動かすことなど出来ようはずも無い。

 せっかく用意した策も、状況が刻々と移り変わる中『無用の長物』となっていった。


尉遅迥うっちけいの甥、青州せいしゅう総管の尉遅勤うっちきんが離反いたしました」


 早馬に乗った使者が広間に通される。

 身なりを整える暇さえ惜しまれたのか、丞相である楊堅の前に出るには薄汚れ、不格好なままだがそれをとがめる者は誰もいない。


「やはりそうであるか。

 尉遅きんは、一番に朝廷の懐柔に応じた相手であった。

 尉遅けいから来た激文げきぶんなども自主的に差し出し、盛んに皇帝への忠誠を見せていたが、それは偽りで、やはり尉遅迥につくか……」


 楊堅が腕を組んで考え深げにうなる。

 簡単に懐柔されたこと自体がすでに疑わしく、注意を払って間諜を忍ばせていたのだが、やはり結果はこうである。

 時間をかけて信頼関係を築いていければまた違ったのだろうが、全くの無駄に終わってしまった。

 それほどまでに、今の王朝には『信用』が無い。


「ふむ。尉遅将軍の支配地域はそうれいらくなどの九州。

 甥の尉遅勤の持つ五州と合わせて十四州か。

 一斉に背かれると、相当に手痛いな」


 楊堅はため息をついた。

 そこに使者が追い討ちをかける。


「兵は数十万にも及び、一糸乱れず、連携しながら全軍国都を目指しておりまする。

 兵糧も十分な量を隠し持っていたと見え、村々を略奪することも無く、かえって食料を落としていくので歓迎されながら通り抜ける始末。

 もはや――地方の反乱という規模ではありませぬ」


 使者の顔は蒼白だ。

 民衆を味方につけた将軍は強い。

 この将軍のためならばと、自主的に従軍する者が増えるのだ。

 もちろん、元からいた兵の士気も上がる。

 

 一方、朝廷側はどうであろうか。

 北周は『府兵制ふへいせい』を採っている。

 農民自身に武器を用意させて軍務につかせるのである。

 それだけでも農民にとって負担が大きいが、北周の官庫には十分な穀物がない。

 悪皇帝の浪費を賄うために、ぎりぎりの備蓄を残して売り払われてしまったのだ。

 となると兵糧も貧しいものになる。

 当然、士気も低くなる。

 

 そこに、次々と続報が到着する。


えい州刺史の召公冑しょうこうちゅう申州しんしゅう刺史の李恵りけい、東楚州刺史の費也利進が尉遅迥の賊軍に合流いたしました」


どう州刺史の曹孝遠そうこうえんもでございます」


じょ州総管の席毘羅せきびら、反乱軍に合流致しました。

 コン州にて尉遅迥への同心を表明したもよう」


「東平郡守の前任者であった畢義緒ひつぎおも同じくでございます。

 蘭陵らんりょうの地にて尉遅迥への同心を表明致しました。

 こやつの、既知への影響力は大きく、あなどれませぬ」


 日を置かずして、次々と凶報が舞い込んでくる。これにはさすがの楊堅も弱った。

 もはや内乱は避けられず、首謀者である尉遅迥うっちけいを打ち取るしか手は無いのだ。


 さて、後宮に逃げ込んだ幼帝はどうしたか。

 これがまた、楊堅に大軍を動かす許可を与えなかった。

 どうも、戦を恐れて後宮に逃げ込んだわけではなかったようだ。


 尉遅迥うっちけい尉遅熾繁うっちしょくはんの祖父。

 後宮内で彼女が語る彼は『ただの好々こうこうや』であった。


 皇帝の子らは普通、成人までは自分の宮を持たずに父の後宮で過ごす。

 皇帝せんが後宮を出たのは成人を早め、太子となってからだから、二年ほど前のことであろう。

 当然、後宮にいた頃は、生母である朱満月を気にかける后妃たちとの交流があった。

 麗華と姉妹の契りを結んだ尉遅熾繁も、麗華と共に朱満月のもとに訪れることがそれなりにあったのだ。

 

 後宮に捕らえられた尉遅熾繁は当時十二歳。とりわけ美しく儚げで、年も比較的近い。

 太子は熾繁を一目見て、幼いながらに焦がれた。

 その彼女の『優しい祖父』を討つのはためらわれたのだ。


 確かに尉遅熾繁うっちしょくはんは気の毒な少女である。

 前夫、温も王朝に弓を引いて戦死した。舅殿も同様である。

 実両親もすでに亡く、大将軍である祖父や縁戚を失えば漂泊ひょうはくの身であった。


 それは楊堅にもよくわかっていた。

 だが、尉遅迥うっちけいの乱を早急に鎮圧出来ねば国を割っての内乱が始まる。

 代々の賢帝たちが、あれほどにも恐れた『内乱』が。


 多くの民が巻き込まれるのは、もはや確実であった。

 それは……一人の少女の不幸など、消し飛んでしまう規模で大地に血が流されることを意味するのだ。


 いや、内乱だけで済めばまだ良い。

 愚帝が立った王朝は、それでなくとも諸外国に狙われる。

 伽羅が以前危惧したように、負ければ民は奴隷階級に落される。役に立ちそうな者は捕らえられて奴婢として連れて行かれるのだ。

 美しい女たちもすべて捕らえられ、将兵たちの褒賞として分配されることになる。


 早急に国内をまとめねば、隣国に呑み込まれるは必至。

 楊堅とて心苦しく、断腸の思いであったのだ。

 だがどうだ。国の一大事だというのに、幼帝は頑として頷かない。

 ついに賊軍は黄河を渡り、もはや看過出来ぬところまで来ているというのにだ。


 楊堅はすっかり頭を抱えてしまった。

 もはや打つ手なしの状態である。





 





   

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