第八章 女帝 八
さて、反意を抱いているとの報の入った尉遅迥。
その彼に対して伽羅はどうしようというのか。
「尉遅将軍が動くとなると、若き西陽公(宇文温)の乱のときとは規模も違いましょう。
昔から『計を持って敵を撃破すること』に長けておられる老将軍のことですから、玉砕覚悟と言うよりは、勝利への道筋をすでに、ほぼ描いておられると言っても過言ではございませぬ」
伽羅の言葉に楊堅はうなずいた。
「やはりそなたもそう思うか。
これは国を割っての大戦となるであろうな。
尉遅将軍はやはり、孫娘を奪略されたときより……いや、取り戻す方策が無いと悟ったときより、戦の準備を進め、機を窺っていたのであろうか?」
楊堅の問いに、今度は伽羅がうなずく。
「そのように思われまする。
武帝様(皇帝邕)が崩御されたばかりの頃は臣下一同、北周王朝に対してそれでも敬意を抱いておりました。武帝様が節制に励まれましたので、国財も豊富に蓄えられておりました。
いかに尉遅将軍が戦上手といえど、平時であれば、鎮圧できぬということは無かったはずでございます」
楊堅は、ふむ、と顎をさすった。
確かにその通りなのである。
「加えて悪皇帝は、逆らう臣下には容赦を致しません。
その処断の素早さは、目を見張るほどでございました。
太子の御生母であられる帝太后様(朱満月)に対するあまりな扱いを見ても察せられましょう。
祖父が一族を率いて乱などを起こしたら、孫娘はその罪を一身に受けて、それは惨たらしく殺されます。遺骸は市中に晒されることでございましょう。
そこも、尉遅将軍を大きく思い留まらせていた一因と思いまする。
ですが、あなたさまであれば、寡婦となって髪を落とした幼い尉遅氏に、そのような惨いことが出来ましょうか?」
楊堅は想像してみた。
果たしてそのようなことが出来るであろうか。
尉遅熾繁は、王都でも噂になるほどに悲痛な運命をたどった少女である。
しかも今は髪を落とし、十四歳の身の上で『仏尼』になっている。
仕えた皇帝が崩御すると、皇后や生母を除き、妃は皆、髪を落とすと決まっているのだ。
楊堅はやるせなく首を振った。
「私には出来ぬな。
尉遅氏はすでに仏尼。あの幼さ、美しさで髪を落とさせるだけでもむごいことであった。
しかも、尉遅氏……いや、今は法名を『華首』というのであったな。華首様は我が娘、麗華と姉妹の契りを交わしたというではないか。
気の毒な華首様に対し、そんなことが出来ようはずも無い」
「そうでございましょう。
老将軍は、そこまで読んで準備しているに違いありませぬ」
確かにそうであった。
誰にどう思われようと、やりたいことをやる悪皇帝と違って、楊堅にはそこまでのことはできない。
また、それが老将軍に対する一番の脅しとなるにしても、それをやってしまっては国中のそしりを受けるであろう。
「しかしながら、反意を前もって察知できたのは幸いでございました。
尉遅将軍が出撃してからでは遅うございます。
まだ準備が完全に整っていない今なら、この疲弊しきった北周の力でも、工夫次第で『早急の鎮圧』が叶いましょう。
まずは、陛下に尉遅将軍の任地替えを申し出ることでございます」
「はて、任地替えとな?
いや……そうか……なるほど。それは良い手だ。
そなたの考えが読めたぞ」
楊堅は顔を明るくした。
「尉遅将軍の恐ろしさのひとつは、率いる軍の士気の高さにありましょう。
人徳優れたる将軍に接した兵たちは、皆、心酔して命を投げ打ちまする。
また、調練上手で軍を的確に操ることでも有名でございます。
しかし『任地替え』とあらば、せっかく調練した兵士たちを置いて、また一からやりなおさねばなりますまい。少なくとも準備に一年はかかりましょう。
その間に、尉遅将軍の味方につくと考えられる、彼の一族や親しき者を個別懐柔するのです」
楊堅はその言葉にうなずいた。
「なるほど。しかも尉遅将軍ほどの方であれば、急な任地替えは『反意が漏れたからである』と察するであろう。
元々尉遅将軍は朝廷に弓を引くような方ではなく、すべては非道な行いを恥じぬ悪皇帝のせいである。
その悪皇帝もすでに崩じた。
反意が漏れたことを機会に諸々の準備を捨て去り、考え直して下さったなら、一番良いのだが……」
楊堅は言いにくそうに言葉を切った。
「まさしく、その通りでございます。
ですが、老将軍には積もる恨みがございます。
それを捨て去ることが出来ず、あなたさまが危惧なされた通り、準備が整わずとも、すぐさま打って出るということも考えられましょう。
いえ、その可能性の方が大きゅうございます。
ですが、万全の状態でなければ、国を割っての内乱に進む前に撃破することも出来ましょう。
あなたさまは、戦の準備を怠らず、尉遅将軍の『謀反の兆し』のことも秘して、まずは陛下に任地替えを申し出てみてくださいませ。
その程度でしたら、陛下は考えること無く、すぐに勅命をお出しになられることでしょう。
ことは急を要します」
楊堅はうなずき、伽羅の言うとおり『謀反の報』は伏せ、すぐさま任地の移転を皇帝闡に申し出た。
「なるほど。尉遅氏のおじいさまのお話は、朕が後宮に住んでいたときに聞いたことがあるぞ。
優しいおじいさまだったそうだな。
して、任地を替えても、同等の地位を維持できる、と。
うん。よいぞ。
違う場所に行くのも楽しかろう。
良いようにはからえ」
幼帝は、たったそれだけで納得し、勅命を出した。
ところが尉遅迥は勅命に従わず、任地も手放さなかった。
そうしてついに、調練した兵士たちを引き連れて、王都めがけて進軍を開始したのである。




