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第四章 対決 五

 宮女の先導に従って宇文護が皇太后宮内を進むと、早速酒の匂いが漂ってきた。

 謁見の間にたどり着くと、通常の大花瓶の横に、オウと呼ばれる素焼きの大甕が据えられている。

 これは大輪の牡丹を飾った大花瓶よりもふた周りは大きい。

 宮女はそこから金柄杓で酒を汲んでは皇太后の高杯に酒を注ぐのだ。


 さて、噂にたがわず皇太后は酒をかっくらっていた。

 御簾も下げられていないので、丸見えである。


 皇帝邕は皇太后が年を経てからの子であったので、もう齢は六十をとうに超えていた。

 まだ日も高いというのに老体の顔は赤く、体はふらふらと乱れて、確かにこれは尋常ではない。


「実に恥ずかしいことなのだが、最近は常にこのようなありさまなのだ。

 宮女がいさめようとすれば、逆上して手足が出るので、もはや誰も声をかけられぬ。

 何とかならぬものであろうか」


 ようが、そう、頼りなく口にした。


「では臣が皇太后さまに、成王せいおう代の『酒誥しゅこう』の話でも致しましょう」


 宇文護は古代周の『酒誥しゅこう』の話を持ち出すことにしたようである。

 この男も実に博識であった。


『酒誥』とはすなわち、『禁酒令』のことである。

 殷王朝の紂王ちゅうおうや夏王朝の桀王(けつおう)は、酒と女で国を滅ぼした。

 そのため、女はともかくとして、このような禁酒令が古代『周』の時代に出来たのだ。

 この禁酒令は、記録としては、世界最古のものであった。


 宇文護は、まずは皇太后に拝して、それから顔を上げた。

 その時である。

 いきなり背後から、皇帝邕が、笏で突き倒したのだ。


 単に押し倒しただけでも鍛錬を怠った老体には堪えたろう。

 だが、骨も砕けよとばかりに渾身の力で一点を突かれ、宇文護は受け身も取れずに地に伏した。


 そこを、物陰に潜んでいた皇帝の同腹弟・宇文直うぶん ちょくが斬り付けた。

 これは、ひそかに皇太后が呼びつけ、わからぬように隠しておいたのである。

 先帝が亡くなったとき、わずか九才であった宇文直も、十二年の雌伏の間にたくましい青年となっていた。


 背に鮮血が散り、宇文護が声を上げる。

 這いずって逃げようとするが、宇文直が後ろから猛々しく踏みつけた。

 皇帝邕も負けじと、皇太后の宮殿に隠してあった剣を引き抜いてその背に突き立てる。

 

 酒に酔っていたはずの皇太后も立ち上がり、大花瓶の花を引き抜いた。

 そして、


「おのれ、先帝様方を死に追いやりおって。

 我が腹を痛めた邕のことも、いずれ殺すつもりであったろうが」


 そう言うやいなや、皇太后は大花瓶を持ち上げた。

 伽羅の助言により、あらかじめ水は抜かれていたのである。


 そうして恨みを込めて、宇文護の脳天めがけて振り下ろした。

 この叱奴皇太后も、姓から考えて伽羅と同族の騎馬遊牧民を祖に持っている。

 普段は表面に出さぬものの、気性は中々に激しかった。


 長く宮廷を支配した逆臣宇文護は、それであっけなく絶命したのである。


 

四章はこれで終わりです。

お読みくださりありがとうございます!(^^)!


資料に宇文泰うぶんたい(北周1~3代目皇帝の父親)の部下の面白いお話があったので少し。


推挙されて出世し、後に度支尚書(大蔵大臣)にまでなった蘇綽そしゃくという者がいます。

これがまた、伽羅と同タイプの博識かつ質素好き。

宇文泰も質素・博学好きなので蘇綽とは初対面から意気投合し、昼夜語り合ってもまだ話が尽きませんでした。


そんな感じだったので蘇綽は宇文泰に気に入られ、どんどん出世を果たしました。

ついには、宇文泰が王都から離れるときは必ず、蘇綽に白紙委任状を託すまでに……!!

蘇綽が自由に政務をとれるよう、計らったのでです。


宇文泰の信頼に応え、蘇綽は、それはそれは頑張りました。

しかし過労が原因で病気となり、在官のまま亡くなってしまいました。(孔明様タイプ!?)


通鑑記事本末には、彼の葬儀を如何にして執り行うか悩む宇文泰の様子が克明に書かれています。

なにしろ蘇綽はものすご~~く質素好き。

生前のその心を重んじて質素に葬儀を出してやりたいが、薄葬にしたなら、未熟な者共が何を言うやら判らない。


かといって手厚く葬られ、おくりなまで賜るのは、きっと彼の望みではないだろう。

悩んだ宇文泰は部下たちに相談します。

結果、尚書令史の麻瑶の発言に従って、蘇綽の遺体を質素な布車に乗せ、彼の故郷に葬りました。


大蔵大臣になるまでの大出世を果たし、時の宰相に大いに気に入られて、その最後に、


「こう望むだろう」


と、皆から思われたのが、この質素な葬儀。

生前は、よほどの質素好きだったのでしょうね。

でもこういう人、結城は結構好きだったりします。


ではまた五章で!(^^)!

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