第四章 対決 三
軍権を一手に握っていた宇文護は、すっかり現状に安心しきっていた。
皇帝邕は愚鈍で優柔不断。そして自分の言うことになら、何であろうと頷くのだ。
楊堅ら先帝の旧臣も、宇文護に従順に過ごして早十二年。
仕事を投げ渡しても迅速、確実にこなすので随分と楽になった。
外憂はまだ多いが、国内は全て掌握した。
――――宇文護はそう確信していた。
悩むとすれば、このまま皇帝を傀儡として使っていくか、それとも禅譲を迫って自分が帝位につくか。
そんなところである。
一方、裏では楊堅たちによって宇文護の暗殺計画が進められていた。
もちろん、本人は全く気付かずのままである。
伽羅の策はというと、どうやら成功にこぎつけられそうであった。
翌日の午前には出立した伽羅であるが、数刻後には皇太后の宮殿から戻り、従者の手も借りず、裳裾さばきも鮮やかに軒車から降り立った。
洗沐日(休暇)のため館に待機していた楊堅は、家人からの知らせを聞き、自ら門まで迎えに行った。
伽羅は楊堅を見つけると、
「皇太后様のご協力を取り付けてまいりました」
そう言って、麗しい面に笑みを浮かべた。
こんなときであるのに楊堅はやはり、その笑みに見惚れてしまう。
多くの子を生んではいるが、人を惹きつけずにはいられぬ類稀な美貌なのである。
しかし、詳しい話を聞かされた楊堅は、思わずのけぞりそうになった。
妻が規格外であるのは楊堅もよく承知していたが、そこまでとは思っていなかったのだ。
「いかがでございましょうか?
皇太后様は納得して下さいましたが、あなた様は、下策だと思われましょうか?」
「あ、いや……その策であれば、成功の確率は高いだろう。
しかし『なんと言って』皇太后様を説得したのやら」
「まあ。わたくしも皇太后様も『母親』ですもの。
母は子の幸せのためになら、大抵のことは出来るものですわ。
それに皇太后様は、むしろ乗り気のご様子でしたのよ?
策の細部は、皇太后様のご希望を優先して変更しておきました」
伽羅は益々にっこりと微笑んだ。
結局、楊堅はその策を良しとし、次は楊堅が皇帝邕に冷や汗をかきながら報告することとなった。
邕は楊堅よりもたらされる吉報を心待ちにしていたが、さすがに吃驚したようだ。
長き忍従の果てに、最後を飾る策がこのようなものだとは思ってもいなかったのだ。
しかし、気を取り直すとこう言った。
「いや、宇文護めの最後には、このような場がふさわしいのかも知れぬ。
位を極め、太師(この場合は宰相と同意)にまで成り上がったあ奴が、このような最後を遂げるかと思うと、胸がすくではないか」
そうして『女人の奇想』に苦笑いしながらも、お互いうなずきあったのである。
さて、わが身の危険を知らぬ宇文護が、いよいよ地方巡回より国都・長安に戻ってきた。
翌日には早速、皇帝との謁見を行うべく皇宮に参内した。
形ばかりであっても、まずは皇帝に拝するのがしきたりである。
だが、やはりというべきか、そこかしこに侮りが見える。
豪奢に着飾った姿をことさら強調して、上からものを言うのだ。
皇帝邕はそれを苦々しく思っていたが、面には出さずに宇文護をねぎらった。
そうしていかにも頼りなさそうに、そう、いつものごとく――――宇文護に相談を持ち掛けたのである。




