第四章 対決 二
「さて、我が妻よ。
あの無念の日……明帝様(宇文毓)が弑逆されてから、十二年の日々が過ぎ去った。
機は熟したのではないだろうか?
宇文護は老い、万事に目を光らせるほどの体力はなくなった。
また、臣に重要な事柄を投げることも多くなった。
武人としての鍛錬も怠って肥え太り、昔より幾分油断しているように見えるのだ」
楊堅は、夜の語らいを今日も行っていた。
夜であれば夫婦の間では甘き囁きのみで占められるはずなのだが、この夫婦に限ってはそうでない。
語りあかしてついに夜明けとなることも多いのだ。
「今のところ、上層部においてのあなたさまの協力者は、ごくわずかとのことでございますね」
伽羅が問えば、楊堅が頷く。
「こちら側に多数の将軍を抱き込むのは難しい。
宇文護から軍権を引き剥がす手っ取り早い方法ではあるが、お義父上様のときのように、内通者が出ぬともかぎらぬからな。
しかしながら、宮中での人心は得た。
赴任していた『隋州』でも信頼を得たし、調練した兵士たちは、この私の命ずるままに従うだろう」
「さすがでございます。
あなたさまであれば、やり遂げられることと思っておりましたわ」
香り立つ華のような笑顔と尊敬に、楊堅はいたく満足したようだ。
しかし伽羅は、その顔を引き締めた。
「でしたら――――。
あなたさまが陛下にお力添えして、宇文護を誅殺するべきは今ですわ。
宇文護は近年の行動によって、評判を落とすばかりでございます。
頭を除いてしまえば、あらかじめこちらに多数を抱き込まずとも、政権はすんなりと陛下のもとに戻りましょう」
「ふむ。……それは、疑うべくもないだろう。
しかし、暗殺のための協力者がいる。
これから暗殺者を募るとなると、事が露見する恐れがあるのだ。
隋州から宮中に兵を引き入れることも不可能だ。
約束など無くとも私に呼応してくれる将軍は多いだろうが、それをしては、先帝様が危惧しておられた『国を割っての騒乱』となる。
失敗すれば、陛下のお命も無い。
一方、暗殺するにしても――――腕利きの護衛を宇文護から引き離し、即座に命を取って、陛下の名のもとに場を納めねば意味が無い」
夫の悩みに、しばらく考え込んでいた伽羅が顔を上げた。
「宮中においても宇文護には、腕利きの護衛がはべっているとか。
確かに難しゅうございますが、一つだけ方法がございます。
……皇太后さまに、ご協力を願うのです」
「ふむ。皇太后さまに、か?」
「そうでございます。
皇太后さまであれば、我が子である陛下を裏切る事はなさいますまい。
お二人の親子仲も良きものとお聞きしております。
きっと、協力して下さることと思います」
その言葉を聞いて、楊堅は難しい顔をして黙り込んだ。
いつも抜かりの無い助言を授けてくれる伽羅だが、今回に限っては、随分と実の無いことを言う。
子を授かったことで、母の盲愛を実力以上に評価してしまったのかといぶかったのだ。
「……しかしあの方には『秘蔵の子飼い』など、居はせぬぞ。
どうやって暗殺者を向かわせるのだ?
そもそも皇太后様は、政務に明るいわけでもなく、武術をたしなんでおられるわけでもない。
なにせ、陛下ご自身が、傀儡用の皇帝であるからな。
その母が切れ者であっては宇文護も困ろう。
女人が皆、そなたのような賢女と思ってはならぬぞ。
皇太后さまがお詳しいのは、お好きでいらっしゃる酒の種類だけであろう」
そこで伽羅が手を打った。
「まさにそれでございます。皇太后さまのお酒好きは宮中でも有名にございます。
それを逆手に取るのです
ただし、皇太后さまのご意思が大切です。
幸いわたくしは、皇后であった姉のご縁で皇太后さまにも少々可愛がっていただいておりました。
重臣の宗婦(本家の正妻)なれば、ご機嫌伺に訪れても不審には思われますまい。
わたくしが密かにお願い申し上げに参りましょう。
叶いますれば、あなた様にも必ずお話しいたしますが、そうでなければお耳汚しとなるばかり。
どうぞ策の詳細は、今は聞かないで下さいまし」
結局、伽羅は策の詳細を語らなかったが、楊堅はそのまま任せることにした。
伽羅であれば、それが成功するかどうかはともかくとして、大きく皇帝の身を危険に晒すような失策は犯さないと信じていたのだ。
さて、伽羅の思いつた秘策とは如何に。




