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第四章 対決 一

 次の傀儡かいらい皇帝は、先帝の推挙通り、皇弟にあたるようとなった。

 後世で有名な、北周王朝・三代目皇帝『武帝』である。

 これまた若く、十七歳の新皇帝であった。


 史書等を紐解くと、中国には同じ名の皇帝が幾人もいる。何故なにゆえか。

 中国では、生きている間も死後も、目上の者を本名で呼ぶことは不敬とされている。

 皇帝などは言うべくもなく、貴人や僧侶などの多くも死後は諡号しごう廟号びょうごうなどの呼称を使うのが当時の常識であった。

 筆記する場合も同様である。


 皇帝が軍事方面に長けていた場合は『武』の字を使って『武帝』、政務に長けていた場合には『文』の字を使って『文帝』という具合につけられる。

 古書である『逸周書いつしゅうしょ』の中の『諡法解しほうかい』を参考に、死後、功績に見合った『おくりな』を選ぶのだ。


 さて皇帝邕はもちろん『武』に優れていた。

 しかし才気を発すると二人の兄同様、逆臣に殺害されることは間違いなし。

 心に恨みを抱えながらも凡庸・無能をよそおい、伏せたる竜のごとく暮らしたのである。


 皇帝邕が即位すると、伽羅の夫である楊堅は彼に仕えた。

 宇文護は憎いが『先帝の弟君』を守れるのはもはや楊堅と数人の官のみである。


 明帝(先帝・いく)は、実弟だけでなく義妹婿にあたる楊堅や数人の腹心にも、事後をあらかじめ託していた。


 いわく、


「人の生死は古来より必然のことである。朕が殺されても乱は起こすでないぞ。

 諸臣が割れて争えば、必ず他国に付け込まれ、大規模な戦が起こるであろう。

 いかなる屈辱を受けようと、臣民の血が多く流されることを朕は望まぬ。

 代りに朕の次に皇帝として立てられるであろう弟のようを守って欲しい。

 そうして機を見て宇文護、もしくはその跡を継いだ者を排除し、どうか国を安らげて欲しい」


 先帝の頼み事はこうであった。

 心優しく聡明で、臣民想いのいくらしい頼み事であった。


 楊堅の落ち込みは激しかったが、そこは伽羅が懸命に支えた。

 若く麗しい妻の献身、そして愛娘・麗華の無邪気な笑みに、楊堅も幾分落ち着いたようである。


 館に謹慎中となれば、考える時間は十分にある。


「宇文護めに報復するにはどのような法方が良いだろう。

 あれほどの権力を蓄えていては、うかつに手を出すことも出来ぬ」


 夫の問いに、伽羅も素早く答える。

 元々腹のうちではもう、答えは定まっていたのだ。


「今は、機が熟すのを待つしかありませぬ。

 宇文護は憎うございますが、その心を隠し、忠実なふりをしながら勤め、ご出世なさるのが良ろしかろうと思います」


 ふむ、と、楊堅は顎に手を置いた。


「やはりそなたもそう思うか。

 冷静になってみると、陛下や義父殿、皇后様の恨みを晴らすとしても、文官を味方につけるだけでは足らぬのだ。

 宇文護が一手に握っている軍権を一部でも引き剥がし、奪わねば打つ手もない」


「仰るとおりですわ。

 かといって、少数の兵で反乱を起こしても、鎮圧されることは目に見えておりまする。

 それでは弑逆しいぎゃくされた陛下の無念を晴らすことも、皇弟殿下をお守りすることも出来ませぬ。

 ですが、軍権ではなく――――人心を引き剥がし、奪うことなら、そう難しいことではありますまい」


「ふむ、人心、か」


 楊堅は頷いた。


「あなたさまであれば、必ず叶えられましょう。

 父やわたくしが見込んだ方でありますもの」


 神秘的なほどに美しい妻に力強くそう言われると、楊堅の顔も、わずかにだがほころんだ。


「まずは身を謹んで、今まで以上に質素に勤め、人には優しく振舞うことが重要でございます。

 古来より賢人は、皆、そうしてきたのでございます。

 宇文護は陛下の深い御心も、強いご意志も見抜けずに『ただの腑抜け』と思ったままでございましょう。

 今なら宇文護は油断しております。

 その間にしっかりと、あなたさまが出世して人心を掴むのです」


 楊堅は、伽羅に支えられながら――――時に、発破もかけられながら益々文武に精を出した。

 左小宮伯となったその後は『隋州刺史』として出向し、結果、それなりの軍を動かすことのできる大将軍となった。

 兵士たちからの人望も厚い。

 

 家庭では長女・麗華に続き、長男ゆう、次男こう、三男しゅん、四男しゅうも生まれ、男としての貫禄も増している。

 その後も出世を遂げ、人心を掌握していったのである。


 そうして時は経ち、皇帝、ようと共に雌伏すること十二年。

 楊堅は慎重に足元を固め、父が病没した後は隋国公としての爵位も嗣いだ。


 一方、宇文護は皇帝邕が凡庸であるので安心しきっていた。

 腰抜けと信じた先帝に彼を重ね、まさか乱は起こすまいと思っていたのだ。


 何事も、とにかく頼りないのが皇帝邕である。

 人事にしろ、臣への褒賞一つにしろ、宇文護に聞かなくては何一つ決められない。


 もちろん、それは演技であり、内に秘めた闘争心は並々ならぬものがあったのだが、彼は、決して表には出すことは無かった。







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