第三章 新帝と一人目の独孤皇后 六
「あなたさまのお話では、あの逆臣めは陛下を随分と侮り、無礼を働いていたようでございますね。
それだけでも、実に腹立たしいことでございました」
涙を流し続ける夫の背を撫でながら、伽羅は毅然と言い放った。
その言葉に楊堅が頷く。
「そうだ。実に腹立たしいことであった。
陛下はお若い上にお優し過ぎるご気性だったので、軽んじていたのだ」
皇帝・毓は幼いころから大変穏やかな気性を持つことで有名であった。
その父、先の大冢宰である宇文泰との対比が、益々彼をそう見せていたのかもしれない。
ただし皇帝毓は無能者ではない。
それどころか極めて優秀であった。
武功こそほとんどないが、大変な識者であったのだ。
災害や戦災の処理も見事で、被害にあった者には優しく遇し、迅速に保障を与えるなど、立場上出来ることを最大限に努めることも怠らない。
帝位に驕ることもない。
臣下にも常に優しく礼をもって接していた。
傲慢な宇文護に対する態度でさえも、きわめて柔らかであったのだ。
『優しい』という言葉は『弱い』という言葉と同意であろうか?
いや違う。優しさとはすなわち『強さ』でもあるのだ。
皇帝毓の徳と知が広く臣民に知れ渡るようになると、宇文護は段々と彼に恐怖を感じるようになっていった。
宇文護は、宇文泰より託された嫡子の覚をすでに廃位・弑逆している。
廃帝は現皇帝毓の異母弟にあたる。
皇帝の気性から考えるに、腹違いの弟であっても『心より大切に』思っていたに違いない。
柔和に振る舞っていても――――宇文護を恨んでいないはずがないのだ。
また、宇文護は皇帝の子を孕んでいた皇后をも密かに毒殺している。
確たる証拠は上がっていないものの、宮中ではすでにそのような噂が出回っていた。
そのことを『賢帝』が知らぬはずもない。
「恨まれていたとしても、皇帝に力がなければ問題はない。
しかし『徳』を有する皇帝は、太陽のように忠臣たちを惹き付ける。
今は月の輝きしかないとしても、時が満ちれば太陽のごとく輝き始めるやもしれぬのう……」
宇文護は、夜の自邸で一人呟いた。
折りしも雲間から三日月が顔をのぞかせた。
その光が丸窓から控えめに差し込んで影を作る。
清らかな光に照らされた宇文護の、その表情は苦渋に満ちている。
日頃の疑念はいつしか確信に変わり、ついに宇文護は『皇帝が自分を討つ夢』にうなされるようになった。
古代のことである。夢は重要なお告げと考えられていた。
そこで宇文護は夢を現実に成さしめないよう、毒入りの小餅を密かに用意したのである。




