第三章 新帝と一人目の独孤皇后 三
それからしばらくが経ったが、結局、伽羅の姉が赤子を産むことはなかった。
懐妊自体は真実であったようだが、公にされる前に皇后自身が謎の死を遂げてしまったからである。
その夜の楊家の邸宅は、悲しみに包まれていた。
伽羅は自室に引きこもって、灯明もつけさせなかった。
月明かりが時折、丸窓より差し込むだけである。
義母もそんな伽羅を好きなようにさせていた。
一人で泣きたい時とてあるものだと、理解していたからである。
夫の楊堅は、今は居ない。
皇后の突然の死去により、宮中に詰めっぱなしとなっていたのだ。
それは皇宮勤めである限り、仕方の無いことなのでである。
「お父様に続いて、お姉様まで亡くなられるなんて。
お姉さまには特段の持病はなかったのに。
まだお若くて……お元気で……それなのにどうしてこのようなことに」
伽羅の嘆きようは、大変なものであった。
国で一番尊い女人となったのに、何故か儚げに見えた姉。
それは、この予兆だったのか。
伽羅は姉を思い出しては涙し、自害させられた父を思い出してはまた涙した。
そうして泣くだけ泣いた後、顔を上げた。
懐妊していたとはいえ、年若く健康な姉が、ある日突然亡くなったのはいったい何故なのか。
それは皇后が『独孤信』の娘であったことと、かかわりがあるのではないだろうか。
姉の死は、懐妊の兆し有りとの噂が広がって間もなくのことであったのだから。
皇帝には、岐州刺史時代に娶った先妻が生んだ男児が三人いた。
しかし、どれもまだ幼い。
また、先妻はすでに亡くなっており、子らの後ろ盾となるはずだった先妻の両親も没している。
宇文護はあの後、皇帝の意思などはお構いなしで、無理やり後宮に数人の妃を押し込んだ。
どの妃も名門出身の美女ではあったが、皇后に叶うほど美しいかと問われれば否である。
お側付きの宮女に美しい娘たちを選んでも、皇帝は手も出さない。
帝寵は皇后ただ一人に注がれていた。
ならば皇后独孤氏に長子が――――それも、男児が生まれれば、次代の皇帝となることは間違いなしだろう。
「きっとお姉さまの懐妊を都合悪く思った宇文護に、毒でも飲まされたのですわ。
もし、お姉さまに男児が生まれて帝位にでも就いたなら、祖父を自害に追い込んだ宇文護は新帝にとって仇となりますもの」
伽羅はぽつりと呟いた。
そうだ、独孤信の長女である皇后に吹き込まれつつ、独孤信のように美しく勇猛な男に育ち、帝位に就かれてはたまらない。
宇文護はきっと、後々の憂いを摘んだのだ。
あの狡猾な男なら、そのぐらいのことは易々とやってのける。
少なくとも伽羅はそう思っていたし、宮中の人々の間でも長くそうささやかれたのである。




