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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第二十七話

 オークの縄張りとされている地下五十階層。

 オークが出現するまでは、植物と蟲型の魔物が生息していたが、今では姿をみることは殆どない。

 突如として出没したオーク達が、一気に勢力を増して五十階層を牛耳ったのだ。

 階層の広さはそれほどでもなく、単純な二つのルートに分けられる。

 一つは地下階段へと続き、もう一つはオークの巣へと繋がる道である。

 もしオークフラワーを手に入れたいのならば、左に向かって進んでいくと良い。多少の分岐や小部屋は存在するが、やがては目的地、オークの巣へとたどり着く事が出来る。当然ながらオークの妨害は激しいものとなるが。

 迷宮の横壁が崩壊した場所に入り口は築かれており、そこを抜けるとぽっかりと開いた奇妙な空間が待ち受けている。

 どういう原理かは不明だが、一歩踏み入ると洞穴のような構造へと変化しているのだ。まるでオークの巣と強引に連結されたかのようであり、学者達の間でも様々な説が唱えられている。

 その奇妙な空間に巣は存在し、オーク達はそこで生活を営んでいるという訳だ。

 宴の準備中のこの時期には、オークフラワーが畑に咲き乱れている。冒険者達はここまでたどりつく事で、ようやく花を得る事ができるという訳だ。無事に帰還できればだが。

 入り口はオーク精鋭で固められ、巣までの通路には斥候のオークスカウトが配置されている。

 巣の内部は、禁欲中のオークで溢れかえっており、ここに突入するのはどうみても自殺行為としか思えない。

 それでも挑戦するものが絶えないのが、人間の性というものである。

 中央には儀式の為の台座が設置されており、群れを統率するオークキングが、来るべき宴に向けてひたすら祈り続けている。

 巣の端には、捕らえられた冒険者が粗末な檻に入れられていた。

 見張りのオークは、愉悦の表情を浮かべながら彼らを眺めている。

 もうしばらく我慢すれば、本能を爆発させて存分に貪ることが出来る。血と肉の味を想像して、あふれ出る涎を隠そうともしない。 冒険者達に出来るのは、延々と嘆き悲しみ、そしてひたすら神に祈る事だけだった。

 


◆ 


 地下五十階に下りて直ぐの小部屋に、斥候を命じられたオークスカウトが、隅にひざまずき気配を殺して警戒にあたっていた。

 小部屋の側壁には松明が掛けられており、ぼんやりとした光が周囲を照らしている。

 オークスカウトの身体には泥が塗りたくられており、この薄明かりで一見しただけでは、判別することは出来ないだろう。

 微妙な照明の灯りと、土埃で汚れた小部屋の内部が、身を隠すのに一役買っていた。

 宴が間近に迫っているということもあり、本拠地周辺の警戒態勢はいつにも増して厳重である。

 巣へと向かう侵入者が現れたら、オークにのみ聞こえる『笛』を鳴らすことで、周辺からオークの兄弟達を呼びよせるのだ。

 近隣の階層については、オークキャプテンが徒党を率いて徘徊している。獲物を捕獲するのは彼らの役目であり、既に数名の不幸な人間が捕らえられていた。

 ――その時、何者かが近寄ってくる足音が聞こえてきた。

 オークスカウトは聴力が異常に発達しており、微妙な物音を察知することができる。

 気配を消したまま、ゆっくりと短弓に矢をつがえる。そして小部屋の入り口の方向へ意識を集中させた。

 暗がりから現れたのは、オークの中でも最精鋭であるオークキャプテン。

 よろよろとふらつきながら、何とか歩を進めているといった様子。

 彼は兄弟を率いて『人間狩り』を行っていたはずだ、とオークスカウトは疑問に思う。それが何故一人で戻ってくるのか。

 やがて、その顔が部屋の明かりで照らされると、オークスカウトに動揺が走る。

 オークキャプテンの顔は血塗れであり、両腕は切り落とされ、背中には斧が突き刺さっている。

 その斧はオークが製造したもので、通常のより一回り大きい物となっている。

 未だ生きているのは奇跡といえるだろう。


「――ガ、グアアッ」

「道案内ご苦労さん。そろそろ楽になって良いわよ。もうすぐアンタ達の棲家なんでしょ?」


 若い女の声が聞こえるのと同時に、オークキャプテンの身体が縦に両断される。

 血飛沫を撒き散らし、悲鳴を上げる事も出来ずに息絶えた。

 後ろから姿を見せたのは、返り血で染まったマントを身に着けた小柄な少女。鎧は白銀だが、赤茶けたものが付着している。

 右手には鋼の剣を装備し、剣呑な表情を浮かべている。

 オークスカウトは、不意を突くことを考えたが、即座に考えを改める。

 この少女の強さは分からないが、鋼の肉体を誇るオークキャプテンを容易く両断出来る膂力の持ち主。


 ――ここは応援を呼ぶのが最善である。無理をすることはない。


 冷静に判断すると、懐から『笛』を取り出し、力いっぱい吹き鳴らそうとした。

 次の瞬間。


「せーのっと!」


 オークキャプテンの死体から素早く斧を引き抜き、少女が投擲する。

 巨大な斧は、気配を殺し、姿を眩ませているオークスカウトの右腕を斬り飛ばした。

 構えていた弓ごとボトリと落ちる。


「グ、グギャアアアッ!!」


 激痛が走り思わず『笛』を落としてしまう。泥に塗れていた身体が、己の血で赤く染まっていく。


「上手く隠れてたつもりなんだろうけど。お前らの臭いは直ぐに分かるのよ。あまり人を舐めないことね」

「人間ゴトキガッ!!」


 罵声を放ち、携えているダガーを左手で抜く。右腕を切断された箇所から夥しい量の血が流れ落ちていく。

 早めに治療しなければ致命傷となるだろう。


「人間如きに腕を斬り飛ばされた癖に。さて、先に逝った仲間が待ってるわよ」

「――ダ、黙レッ! 我ガ同胞達ニ何ヲシタ!!」

「何をしたって、皆殺しにしたに決まってるでしょ。それと、豚が偉そうな口を利くんじゃないわよ」


 少女が駆け始め、凄まじい速さで距離をつめてくる。

 オークスカウトは狙いを定め、全力でダガーナイフを投擲した。

 少女はそれを素手で掴むと、目前まで近づいてから無造作に突き刺した。

 鋭利なダガーナイフがオークスカウトの眼球を貫く。激痛が走り、耐え切れずに悲鳴をあげようとしたが、出来なかった。


「今度は騒がせないわよ」


 喉下を掴まれ、地面へと強引に押し倒された。倒れ伏せたところに鋭い蹴りが加えられ、更に喉元が足で踏みつけられる。

 悲鳴をあげることを許されず、呼吸すら出来ないオークスカウトは、必死にもがいて両足をばたつかせることしかできない。

 だが少女の拘束を解くことが出来ない。体格がこれほど違うというのに。


「――ッッ!」

「さてと、楽にしてやる前に一つだけ聞くわね。この先がアンタ達の巣につながってるの? ちょっとした用事があるんだけど」


 少女がまるで世間話でもするかのように問いかけてくる。

 少しだけ足の力が弱まった為、オークスカウトは呼吸ができるようになった。激しく咳き込んだ後、力を振り絞って恫喝する。誇り高きオークが、ひ弱な人間にひれ伏すなどあってはならないのだ。人間はただの獲物であり、狩人は我らオークなのだから。


「ス、スグニ我ガ同胞ガ駆ケツケルゾ。消エ失セロ、愚カナ人間メ!」

「あっそ。それじゃあ死ね」


 少女は宣告すると、足に力を入れてオークの喉元を踏み潰した。

 首が千切れ、コロコロと転がりながら血を撒き散らしていく。顔面にナイフが刺さっているため、不規則な転がり方をしている。


「まぁ適当に進むとするか。別に私はどうでも良いし」


 やれやれと溜息を吐いた後、少女――勇者は再び歩き始める。


「……しかし、面倒くさい。なんで私はこんなところに来たんだっけ。馬鹿共が何人死のうが別にどうでも良いのに」


 つい独り言が漏れる。一人旅をしていた時に身についてしまった悪癖。

 誰にともなく喋り続ける。答えてくれる者は今はいない。


「……金になるオークフラワーを取りに来た。私は自分の利益の為だけにここに来た。そういうことにしておこう」


 通りすがりにオークの頭部を踏み潰し、勇者は薄暗い通路を一人進み始めた。

 

 



 オーク達が“門”と呼ぶ場所がある。迷宮の壁が崩壊して出来た、巣穴へと繋がるただ一つの通路である。

 守備は万全であり、現在もオーク精鋭達が完全武装で見張りを行っていた。

 警備しているオークスカウトの一人が、前方から足音が近づいてくるのを察知する。

 足音の大きさから、同胞であるオークでないことを識別。侵入者と判断し、周囲の仲間に合図する。


「侵入者ガ来ルゾ。階段付近ノ斥候ハ何ヲシテイル」

「ケケ。丁度良イデハナイカ」

「空腹ヲ紛ラワセルナ」

「愚カナ猿メ。報イヲ受ケルガ良イ」


 オークのソルジャー達が槍を構えて侵入者を待ち受ける。スカウトは後方から弓を構えて、暗い前方に狙いを定める。

 一分程が経っただろうか。聞こえていた足音が消えうせ、それ以来物音は一切しなくなった。


「……ドウイウコトダ?」

「恐レヲ為シテ逃ゲ出シタノダロウ」


 嘲り笑いを浮かべようとしたオークの足元に、何か球体のような物体が投げ込まれる。

 咄嗟にそちらへと視線を送るオーク達。それは恐怖の表情を貼り付けた、同胞の首であった。

 脅えきったその顔には、ナイフが深々と突き刺さっている。オークがこのように脅えるなど普通では有り得ない。


「誰カ来ルゾ!」

「ナ、何者ダッ!」


 動揺しながらも前方に視線を向けるオークソルジャー。

 薄暗い中を、小柄な人影がゆっくりと歩いてくる。威嚇する為に大きく息を吸い込んだ次の瞬間。

 凄まじい閃光が迸り、門を守備していたオーク達は爆発に巻き込まれ即死した。

 肉片がいたるところに千切れ飛び、何の死体か判別できないまでに損傷している。

 

 侵入者である勇者は、別にオークを纏めて始末しようと狙ったわけではない。

 門を吹っ飛ばす際に、偶然巻き込んでしまっただけだ。例え彼らが無事だったとしても、結果は変わる事はなかっただろうが。 首を投げ込んだのは、面倒な罠がないか調べただけだ。一箇所しかない入り口、前面に罠を仕掛けるにはもってこいのように思えたのだ。サルバドの時のようなギロチンは厄介極まりないし、落とし穴も面倒なことになる。

 だったら確認した後に、一気に吹き飛ばしてしまおうと考えたのだった。


「やれやれ。派手にやりすぎたか。中の連中に、『これから行きます』と教えてあげたようなものよね」


 勇者は髪をかき上げながら、失敗したかと少しだけ反省していた。こっそり潜入して、広範囲魔法で一気にケリをつけるつもりだったのだ。まぁ良いかと思い直し、勇者は門の残骸や瓦礫を蹴り飛ばしながら先へと進む。

 案の定オーク達は待ち構えていた。ローブを着込んだオークメイジ達が、殺気を漲らせながら杖を翳している。彼らは異変を察知し、既に詠唱を終えていた。


「門を破った侵入者だ!」

「オークメイジの同胞達よ。兄弟の恨みを濯げ!」

「これ以上中に入れさせるな! 祖霊に対する冒涜となるぞ!」


 オークメイジ達が口々に怒声を上げる。通常のオークとは違い、たどたどしい口調ではない。

 彼らには知性が備わっているので、人間と同じように会話をすることが出来る。オークキング、オークキャプテンも同様だ。

 勇者が表情を変えずに前進を始めたのが合図となり、オークメイジ達は一斉に火炎魔法を発射した。

 一つ一つは大した威力ではないが、全員がタイミングを合わせて唱える事により、炎の勢いは増し業火となった。

 勇者の体を炎が包み、火花を放ちながら炎の渦は天井目掛けて上っていく。

 『オークの篝火』。オークメイジ達の合体魔法であり、幾人もの侵入者を焼き殺してきた奥義でもある。

 気が立っているオークメイジ達は、それに満足することなく各自が魔法を繰り出し始める。

 勇者が炎に巻かれている地点へと、それらの攻撃も次々に着弾していく。

 轟音と熱風が吹き荒れ、暫くの間、喧騒が止むことはなかった。


「攻撃を止めろっ! もはや跡形もあるまい。猿には十分すぎるほどだ」

「愚かな猿め。魂まで焼かれて呪われるが良い」

「宴の前に同胞の血が流れるとは。この憤怒は、あの猿どもを甚振ることで発散するとしよう」

「猿の死体が万が一残っていたら、見せしめにする」


 口元を歪めると、亡骸を確認しようと目を凝らす。未だに煙が漂っていて視界が悪いのだ。

 煙が晴れたそこには、青白い膜で覆われた少女がいた。対抗呪文を展開したため、“肉体”には全く傷を負っていない。

 驚愕の声を漏らすまもなく、オークメイジ達の体を光の矢が貫く。矢は一本ではない。まさに降り注ぐといった表現が正しい。

 何が起こったのかすら理解できぬまま、オークの魔術師達は光の矢を全身に浴びて力尽きていった。


「流石にアレを喰らったら、服が丸焦げよね。いくらなんでも、裸で戦う趣味はないから」


 穴だらけになったオークメイジの死体を忌々しげに踏みつける。胃液が腹から込上げそうになる。唇を噛み締めて気を紛らわせる。

 勇者は最初から魔法を全力で行使している。白カラスの警告は理解していたが、もう抑えるつもりはない。最初から全力で行くつもりだった。勇者の戦いとは、そうあるべきと結論を出したのだ。

 付着した埃を適当に払い、勇者は前進する。阻止しようと出てくるオークを一撃で殲滅しながらゆっくりと進んでいく。

 遠くに檻に入れられた冒険者達を発見するが、今はまだ助けるつもりはない。

 見た感じ手足を叩き折られ、身動きが出来ないように思える。檻を破壊しても、逃げ出す事が出来ないのならば一緒だろう。

 勇者はまずオークの殲滅を実行することにした。

 一匹残らず皆殺し。既に心に決めていた。人間を主食とする種族。魔物は一匹たりとも生かしてはおけない。昔から決めていたことだったから。

 飛び出してくるオークを惨殺しながら、勇者は洞穴を進んでいく。

 最後のオーク指揮官を叩ききったところで、通路は終わりを迎える。

 一気に開いた空間には、白い花がいたるところに咲き乱れている。

 中央台座には、威厳に満ちたオークの王が居丈高に侵入者を見下ろしていた。

 台座の周囲には、怒りに震えるオークの戦士達が得物を構えて隊列を組んでいる。

 厳かな儀式の前に起こった異変に、オーク達は誰もがいきり立っていた。下賎な人間の侵入を再び許してしまったのだ。しかも今回は万全の態勢を整えておきながら。オークキングは恥と怒りで顔を紅潮させる。


「オークの同胞達よ! 厳かなる宴の前に、招かれざる者が入り込んだ! 許しがたいことに、我らの兄弟達に多大な犠牲が出ている有様。直ちに誅殺し、その四肢を切り刻み、彼らの霊への慰みとするのだ!」


 住処全体に轟くほどの凄まじい雄叫びを上げるオークキング。それに続いて、オーク達が怒りの雄叫びを上げる。

 咆哮は洞穴内部に響き渡り、地鳴りを発生させるまでに膨れ上がった。


「皆殺しにしてやるから、まとめて掛かってきなさい。今日で絶滅するんだから、精々悔いのないようにね」


 勇者が剣を向けて挑発すると、オーク達の怒りは頂点へと達する。

 殺せ殺せの大合唱の中、赤い大剣を携えた巨大なオークが進み出てくる。


「待て、兄弟達よ。この私が相手をしよう。たった一人で乗り込んできた勇敢な者に対して、全員で嬲り殺すような真似は恥となる。正面から叩き潰してこそ、誇り高きオークの面目を保てるというもの」


 かなり腕が立つらしいこのオークは、重厚なプレートアーマに身を包み、頭部を包み込むヘルムを装備している。

 特に印象的なのが、その皮膚だ。血の様に赤い皮膚に覆われ、体毛までも赤く染まっている。言うまでもなく、顔面まで真っ赤だ。


「……アンタは?」

「私は偉大な祖霊に祝福されしブラッディオーク。与えられた名はグァテ。王に仕える忠実な僕の一人だ」

「偉大な戦士グァテよ! その小娘を祖霊に捧げる生贄の一人目とするのだ。 必ず殺せ! 我らオークが受けた恥を雪げ!」


 オークキングが命令を与えると、オークの群れも『殺セ!!』と槍を地面に叩き付けて同胞を鼓舞する。

 地響きと怒声が轟く中、グァテは首を縦に振った。


「――承知」


 ブラッディオークのグァテは、背負った大剣を抜き放ち、勇者へと切先を向けてくる。

 その刀身は皮膚と同じく禍々しい紅色をしており、血が常に滴っているかのように見えた。


「アンタが一番の使い手って訳か。良いわ、さっさとやりましょう。私もあまり時間がないから」


 勇者も鋼の剣を構える。


「……名前を聞いておこう、勇敢なる者よ。貴様を殺しても、首を刎ねる以外は辱めを与えることはしない。安心して死ぬが良い」


 オークの顔で、誇り高き武人の如き台詞を吐くグァテ。

 表情とのギャップに勇者は思わず噴出しそうになるが、我慢する。

 こいつらからすれば、自分の顔の方が笑えるものなのかも知れないのだ。

 勇者は鋼の剣を顔の前に翳し、名乗りを上げる。


「私は勇者。全ての魔物を殲滅する為に存在する化物よ。化物に名前はいらないわ」

「人間の勇者。そして自ら化物を名乗るか。実に面白い。――では、いざ勝負!」


 猛々しく唸り声を上げると、グァテは一直線に突進してきた。

 勇者は牽制の為に魔法を放って様子を見ようとした。勢いが止まるようならば、すかさず強烈な一撃をお見舞いするつもりだった。


「燃えつきろッ!」


 掌から迸る火炎がグァテの身体を包み込む。だが、効果は全くないようで、気にすることなく肉薄してくる。


「人間は直ぐに魔法に頼ろうとする! それが命取りだッ!」

「――クッ!!」


 真上から振り下ろされた大剣を、勇者はすんでの所で回避する。

 そのまま真横に逃げて距離をとろうと試みたが、グァテの渾身の蹴りが炸裂する。


「甘いぞ人間がッ!」


 腹部にもろに喰らってしまった勇者は、凄まじい勢いで壁へと打ち付けられる。普通の人間であれば、確実に瀕死の重傷を負っているだろう。


「――ッ」

「あれを喰らって生きているとは。流石にここまでたどり着いただけはある。感心したぞ、人間の戦士よ」


 グァテが徐々に距離を詰めて来る。確実にトドメを刺すつもりなのだろう。王の命令通りに、勇者の首を刎ね飛ばして。


「……アンタ、魔法が効かないの?」


 瀕死を装い、小声で問いかける。魔物の中には、そういう種族もいる。念のための確認だ。


「祖霊の祝福を受け、私は『魔法耐性』を身に着けたのだ。深き知恵、強靭な力、この溢れてくる生命力。私は血の試練に打ち勝ち、この偉大な力を手に入れたのだ!」

「……血の試練?」

「そう。“赤き花”を大量に取り込み、極限状態において自我を保つのだ。前回は私だけしか生き残ることが出来なかった。だが、いずれは何百という同胞が試練を乗り越えるだろう。そしていずれは――」


 誇らしげに語るグァテ。いずれは地上侵攻でも企んでいるのだろう。天井を見上げて、殺意を漲らせている。

 詳細は良く分からないが、放置しておけばこれからもこの赤きオークは増え続けるようだ。

 つまり、ここで確実に滅ぼすのが正解である。

 治癒術を掛け終えた勇者は、弱ったフリをしながら立ち上がる。手を震わせながら、剣を構える。


「……もう一度、勝負よ」

「その気迫、実に見事なり。私が相手をしたのは間違っていなかったようだ。我が全力の一撃で貴様を葬ることにしよう」


 大剣を構え、力を溜めるグァテ。肩に乗せて両手で握り締めると、振り下ろしの態勢を取る。

 目を見開くと、グァテは巨体に似合わぬ爆発的な瞬発力で飛び出した。正面まで接近すると、裂帛の気合と共に、大剣を一閃させる。標的である勇者の細い首筋目掛けて。

 勇者は鋼の剣で受け止めようと、腰を落として防御態勢をとった。だが手に持つのは数打ち物の剣。オークの至宝とされる『ブラッディソード』を受け止めるには強度が不足していた。

 鋼の剣を軽々とへし折りながら、紅い大剣が勇者の右肩に深々と食い込む。

 狙いとは逸れてしまったが、グァテは見事に致命傷を与えることに成功していた。

 赤き刃は心臓部まで達し、勇者の顔が苦悶に歪む。


「今楽にしてやろう。さらばだ、勇敢なる戦士よ」

「――そうね。それじゃ、さようなら」


 あまりに無感情な声に、グァテは怪訝な顔をする。その拍子に、一瞬だけ剣に篭めた力が弱まってしまった。

 勇者はその機を見逃さず、折れた剣の柄を手放し、そのままグァテの腹部に手刀を突き入れた。

 何枚にも重ねられた鋼鉄の鎧がいとも簡単に貫かれ、鍛えぬかれた腹筋は容易く突き破られた。

 一拍遅れて、形容し難い激痛がグァテの脳へと伝達される。


「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 洞穴中に悲鳴が響き渡る。鼓舞の声を上げていたオーク達が絶句して沈黙してしまう。

 勇者は、容赦なくグァテの内臓を抉るように更に突き入れていく。

 暴れ馬のようにグァテがもがき苦しむが、勇者の左手が巨体を完全に押さえ込み、身動きをとる事ができない。

 万力のように恐るべき力で固定されているのだ。


「痛い? でもすぐに楽になるわ。ちょっと試したいことがあっただけだから」

「――ア、アア」


 痛みに耐え切れず、白目を向いて意識を失うグァテ。

 その身体から、白い光が迸る。体内から漏れ出すように溢れる光。


「弾けろッ!」


 勇者が体内で炸裂魔法を放つと、グァテの身体は勢い良く弾け飛んだ。

 血や肉片が勇者だけではなく、オークの群にも降り注ぐ。中身を失ったプレートアーマーは原型を留めていない。


「なるほど、魔法耐性があるのは皮膚なのか。ということは、体内で魔法を使えば、何も問題はないってことか。一つ勉強になった。今後の参考にさせてもらうわ」


 勇者は独り言を呟きながら、墓標の如く突き立っている真紅の大剣を手に取る。

 小柄な勇者には似つかわしくない、ひどく巨大な大剣。それを軽々と振り回し、次の標的を定め始める。


「グ、グァテがやられた? わ、我らオーク一の強者が……。そ、祖霊に祝福された、偉大な戦士が、や、敗れたというのか」


 王は驚愕し、身体を震わせている。オーク達も先程までの士気を失ってしまっている。それだけではなく、恐怖に取り付かれた者まで出始めた。暴力を好むオークは、それを上回る暴力に遭遇すると、本能で恐れを抱いてしまうのだ。

 恐慌状態に陥った一人のオークソルジャーが、勇者の背後からおもむろに槍を突きたてようとする。

 勇気からではない。恐怖から逃れるための行為である。

 その一撃に目をくれることもなく、勇者は軽く大剣を一振りする。


「ギャアアアアア!!」


 オークの身体は上半身と下半身の二つに綺麗に分割された。切断面からは内臓が溢れだし、異臭が漂い始める。


「切れ味は良いみたいね。戦利品として、これは貰っておこうかしら。別に武器は何でも良いんだけど、これ紅くて結構格好良いものね。豚には勿体ないでしょ」

「オ、オークの至宝である『ブラッディソード』を人間如きが触れるなど! 同胞達よ、今すぐに取り返し、そ奴を血祭りにあげるのだ!」


 オークキングの号令が掛かるが、それに応えようとするものは少ない。目の前の化け物の強さに、オーク達は怯んでしまっているのだ。


「貴様ら、それでも誇り高きオーク族なのか! 一人で敵わぬならば、三人で掛かれ! 三人で駄目なら十人で取り囲め! 十人で突破されるなら百人で一斉に押しつぶせ! たかが猿一匹に敗北するなどあってはならぬのだ!」


 オークキングは檄を飛ばすと同時に、精神作用をもたらす魔法を同胞達に掛ける。本来は気休め程度だが、オークフラワーの根を齧っていたオーク達に対しては効果は覿面となった。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 オークキングの檄に、オークの群れが士気を取り戻す。強者とはいえ、たかが人間一匹。

 このオークの巣には千を越える兄弟達がいる。例え相手が一騎当千の強者でも、全員で掛かれば負ける要素など何もないのだから。


「小娘の腸を食い尽くせ! その瞬間から宴の開始とする! 生け捕りにした奴等も好きにして構わぬ! 思うが侭に喰らいつくし、同胞への手向けとするのだ!」


 手にした錫杖を興奮気味に振り回し、オークキングは咆哮をあげ続ける。オーク達の興奮は最高潮に達し、既に爆発寸前である。

 故に、彼らは気付く事ができなかった。彼らの頭上に構成された光球が、凄まじい速さで膨張していることに。


 王の号令により、騒がしくなったオークの群。勇者はそれをどうでも良いと言わんばかりに、一瞥する。

 全員を一匹ずつ殺していくのは時間の無駄だ。そんな事をしていては日が昇り、また暮れてしまうだろう。

 だから、もう一度試してみる事にした。魔王城を陥落させた際に使用した、大広域魔法を。

 紅い大剣を地面に突き刺し、勇者は目を見開いて呪文を唱える。

 前回と同じく光の球を三つイメージし、洞穴内の天井付近に練り上げる。

 小さな光が三つ生じると同時に、心臓を締め付けられるような圧迫感が襲い掛かる。

 魔法行使の反動に耐え切れず、三つのうち、二つは弾けて霧散してしまった。

 残りの一つが勇者の力を糧として、異常な勢いで膨れ上がっている。一面を照らす光が強まり、一部のオークが頭上の異変に気付き始める。

 だが、大多数のオークが、小娘を血祭りに上げようと四方から殺到し始めているのだ。もう止まる事は出来ない。

 命令を下したオークキングでさえも止められない。

 それはまるで雪崩のようであり、数秒後に勇者が飲み込まれてしまうのは確実だった。

 だが、オークキングは同胞ではなく別の物に目を奪われていた。


「――なんだ、あの光は。……あれは、あれこそが太陽、なのか?」


 オークキングは眩さを堪えつつ、光の球を直視していた。目に激しい痛みを覚えるが、目を離す事が出来ないでいる。

 懐かしさを覚える、強烈な光。オークキングは思わず両手を頭上へと翳した。光を追い求めるかのように。

 

 ――そして、巨大な光の球が弾けとんだ。閃光が唸りをあげて迸り、地に向かって放射されていく。それは魔物を浄化するかの如く、分け隔てなく彼らへと降り注いだ。





 勇者は完全に静まり返った巣の内部を、ゆっくりと歩き始める。

 隅に設置された檻へと向かうと、傷ついた全裸の冒険者達が押し込められていた。

 冒険者達の顔に、安堵と恐怖が入り混じった物が浮かんでいる。

 助かったという感情と、たった一人でオークを殲滅した勇者への恐怖。故に、彼らは言葉を発する事が出来ない。


「…………」


 勇者は袋から転移石を取り出す。オーク達が人間から奪い取ったものが一箇所に纏められていたのだ。

 手足をへし折られているらしいので自力で逃げる事は出来ないだろう。だが、治療してやる気などはさらさらない。

 だから石を無造作に投げ入れる事にした。逃げたければ好きにしろと吐き捨てて。


「あ、ああ、ありがとう。た、助かった」

「こ、この礼はいずれ、そ、それより石を!」

「そうだ、は、はやく石を寄越してくれ!」


 冒険者達は一応の礼を述べるが、直ぐに我先にと転移石に近寄り、各自が掲げて脱出していく。置いていかれてはたまらないと、這いずりながらも転移石に群がる彼らは、獣や蟲となんら変わりなく見えた。慌てずにお互いが助け合い、全員で脱出することも可能だというのに。

 周りの人間を押しのけ、小さな石に殺到する冒険者。傷ついた者同士が助け合うことなどはない。

 その中にはエクセルも混じっていたが、特に思う事はなかった。

 人間とは多分こういうものなのだと改めて思う。助け合いなどというのは、自分に余裕がある時だけしか行われない。

 では、マタリやエーデルもそうなのだろうか。勇者は頭に浮かんだ疑問に、答えを出す事は出来なかった。想像したくはなかった。

 ――ふと気配を感じて背後を振り返ると、慌てた様子で横穴へと逃げていくオーク達がいた。


「……まだ生き残りがいたか。禍根は完全に絶っておくべきよね」


 勇者は小さく呟いた後、そちらへと向かうことにした。

 

 オークの巣は、横に掘られた穴が多数存在しており、そこがオーク達の居住地となっていたようだ。

 勇者は端から順に探索を行ない、隠れていた生き残りを悉く屠っていく。一切の情けをかけず、淡々と皆殺し。躊躇いなどはない。

 やがて、最後の横穴へとたどり着く。中からざわつく声が聞こえてくる。

 警戒することもなく木製の扉を蹴破ると、影から斧が振り下ろされてきた。


「バ、化ケ物メ!」

「豚の化け物が良く言うわ。仲間が地獄で待ってるわよ」


 斧を素手で叩き落した勇者は、オークの太い首を片手で掴み上げる。

 大剣は背中に携えたままだ。雑魚相手に、こんなものを振り回す必要はなかった。


「――ッ!?」

「死ね」


 首を容易くへし折ると、ゴミを捨てるように放り投げる。中は小部屋で、奥には更に扉が設けられており、即席で築かれたと思われるバリケードが行く手を遮る。炸裂魔法で一瞬で吹き飛ばし、勇者は内部へと踏み込んでいった。

 扉の奥は、赤い花が栽培されている広場となっていた。白いオークフラワーとはまた別の品種のようだ。

 オークの生き残りと思われる連中もそこにいた。

 非戦闘員らしき雌や、年老いたオーク達のようである。つぶらな瞳をした、幼い子供も数多くいる。

 勇者の姿を見ると脅えきった表情で、外敵から子供を守ろうとしっかりと抱きかかえる。

 今はまだ可愛らしい姿形だ。これが成長すると、あの醜悪な魔物になるのだから驚きである。

 血塗れ姿の勇者が、さてどうするかと考え始めたとき、群れの中から一匹のオークが進み出てくる。

 杖をつき、立っているのもやっとといった年老いたオーク。皺が目立ち、自慢の体躯は干乾びて今にも折れそうだ。


「……お主が、我等の同胞を殺したのか?」

「そうよ」

「お主、一人で、あの場にいた我らの同胞全てを?」

「その通りよ。あの場所にいた奴は全員殲滅した。運が良ければ、まだ息がある奴もいるかもしれないけどね。でも、確実に致命傷を与えたから、そのうち死ぬ。私が保障してあげる」


 残酷な答えに、老オークは目を瞑った後、重々しく言葉を発した。


「……取引がしたい」

「魔物とは取引をしないの。悪いわね」


 勇者は即座に拒否する。魔物とは取引をしない。人間と魔物は相容れないのだから、取引など成立する訳がない。

 それはそうだろう。こいつら魔物は、人間を主食としているのだから。獲物との契約を守る狩人など存在しない。

 それは、陥れるための罠に過ぎないのだ。


「我等を殺せば、オークフラワーは二度と手に入らぬ。あの花を求めて、宴の前になるとお主たちはここを目指すのだろう。あれの栽培技術は、ここにいる者達しか知らないのだ」

 オークの群れの何匹かが、松明に火を翳している。交渉が決裂すれば、すかさず花を燃やすつもりなのだろう。

 彼らからすると、それぐらいしか交渉の材料がないのだ。


「……それで?」

「最早、我等に戦う力は残されてはいない。ここにいる者は、女子供ばかり。どうか、見逃して欲しい。人間の勇者よ。絶滅だけは何としても避けたいのだ。是非、取引に応じてもらいたい」


 花畑にいるオーク達が、勇者に対し頭を下げ、必死に慈悲を乞う。子供達まで、意味も分からずに頭を下げている。


「…………」

「見逃してくれるのならば、この畑にある、新種のオークフラワーを全て提供する。赤きこの花は、通常よりも効能が高いのだ」


 老オークが赤き花について説明を始める。

 ブラッディオークを生み出す為に作り出された新種らしい。その効果は先のグァテを見れば一目瞭然とのこと。僅かな量で、オークフラワー一束分の効力を発揮するらしい。

 これを大量生産し、オークの勢力を拡大するつもりだったが、その野望は潰えたと老オークは静かに語った。


「人間には二度と手を出さない。オークの祖霊に誓おう。決して約束は違えない」

「普段から人間を餌にしてる奴らが、我慢出来るとは思えないけど」

「絶滅するくらいならば、他の食料を探す。我らは別の棲家を探し、静かに暮らすことを望むだけだ」


 老オークは言いたい事は全て語ったと告げ、群れの中に戻っていく。

 

 ――勇者は考える。

 見逃せば、勇者は大金を得る事が出来るだろう。オークを殲滅し、囚われていた冒険者を助け出したという名誉つき。戦利品として新種のオークフラワーを得たということになる。こいつらがどこかで発見されたとしても、はぐれオークと見做されるはずだ。

 この老オークは嘘をついていないように見える。本気で別の棲家を探し、人間には手を出さないつもりなのだ。

 何の代償もなく、莫大な利益だけを享受できる。こんなに美味しい話はないだろう。

 但し、こいつらは、いずれは人間を再び襲うようになる。そう、必ずだ。勇者には確信がある。

 なぜならば、こいつらは魔物だから。魔物は人間を襲い、喰らうのが本能なのだ。決してやめることは出来ない。

 身を隠し、数十年掛けて戦力を整えた後、再び人間狩りを始める。その頃には老オークと勇者はこの世に存在しないという訳だ。

 老オークは自分の寿命と、勇者の年齢を考慮した上で提案してきている。約束を交わした者同士が死んでしまえば、祖霊とやらの誓いを破る事にはならないのだろう。

 

 では皆殺しにしたらどうか。

 戦う意志のない魔物達。これを虐殺するのだ。大層後味が悪いだろう。流石に無抵抗の魔物の子供を殺した経験はない。

 勇者に挑んでくるのは成長した者ばかりだからだ。

 泣き叫ぶ彼らの悲鳴に、自分の精神は耐えられるのか。良く分からない。

 既に壊れかけているから、問題はないような気もする。

 利点としては、二度とオークが人間を襲うことはなくなる。はぐれオークは残るだろうが、種としては絶滅する。

 だが、例え滅ぼしたとしても、オークの縄張りが、別の魔物に取って代わられるだけだ。滅ぼしても何も変わりはしない。オークフラワーが手に入らなくなること以外は。

 どうせ同じならば、見逃しても構わないのかもしれない。それが賢い生き方のはずだ。


 一度目を瞑り、大きく息を吐いた後、勇者は決断する。

 出した答えは――。





 “作業”を終えた勇者は、転移石を掲げて地上へと戻る。

 空を見上げると、太陽は既に昇りきっており、迷宮に入ってからかなりの時間が経過しているようだった。

 強い日差しをもろに受けた勇者は、激しい眩暈を覚えて崩れ落ちそうになる。持ち帰った赤い大剣を使って何とか身体を支えるが、消耗が著しい。精神と肉体が疲弊を訴えている。今まで覚えたことのない倦怠感に、魔法を駆使したことに僅かの後悔を覚える。


(とにかくだるい、眠い、疲れた。今すぐ寝たい)


 迷宮広場は、脱出に成功した冒険者たちで溢れており、応急治療にあたる聖職者や、事情を聴取している教団兵の姿が見受けられた。

 各々が九死に一生を得たことへの安堵に浸っていた。痛みを訴える者や、今回の計画を立てた者へ罵声を上げる者もいる。

 勇者はその騒ぎに巻き込まれないようマントで顔を隠しながら、こっそり端を歩いていく。


「待て、そんな血塗れの格好で大通りに出て行くな!」

「……うるさいわね、直ぐに洗い流すわよ」

「それはともかく、あいつらの事なんだが、お前――っておい!」


 門にはいつもの横柄な門番がおり、制止の声を掛けられるが、勇者は軽く手を上げるだけで通り過ぎていく。


「疲れてるから、また今度」

「お、おい! ったく、せめてこれを被っていけ!」


 諦めた門番が、足元の籠から白いローブを取り出し放り投げてくる。

 勇者はありがたく受け取り、血塗れの姿を隠すために鎧の上から羽織る。

 白い布地に赤が染み込み、汚れていく。二度と落す事が出来ない汚れだ。

 勇者は、素直に「ありがとう」と礼を言うと、重い足取りで歩き始めた。

 振り返ると、門番が困惑した様子でこちらを眺めていた。勇者は乾いた唇を歪めて、苦笑する。



 この日以降、オークフラワーは幻の花となり、相場は急上昇を続けることとなる。

 味を覚えてしまった貴族達からの需要は高まる一方だが、肝心の供給は全くのゼロなのだ。

 街には大金目当ての偽造品も出回り始め、ついには品物を巡っての殺傷事件まで発生してしまう。

 事態を重く見た星教会から取り扱い禁止の命令が出されると、オークフラワーは名実共に幻の一品となった。

 禁断症状に苦しむある者は、全財産を投じてまで手に入れようとしたが、その努力が報われる事は遂になかった。

 

 ――本物のオークフラワーが出回ることは、もう二度とない。


次回はちょっと間隔があきます。申し訳ありません。ちょっと推敲が甘いので、誤字があるかもしれません。見直して都度修正します。

オークさんで燃料が尽きたので、少し充填します!

次は空を飛ぶ変な奴の話です。

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