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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第二十六話

 ――翌日。迷宮に向かう途中で、勇者達はジャバとクランプに声を掛けられる。

 先に呼び止められていたらしい若い冒険者たちは、困惑した顔を浮かべながら街へと引き返していった。

 勇者達だけではなく、不特定多数に片っ端から声掛けしているようだった。


「何か用? 怪しい宗教の勧誘はお断りよ。そういうのは信じないから」

「残念ですが違います。それに星教は別に怪しくはありません。とにかく、詳しくはジャバから聞くと良いでしょう」

「ケケ、怪しいってのは至言だな。あー話ってのは簡単だ。お前達には必要ないのかもしれないが、一応助言ってやつだ。これから数日の間は迷宮の中層にいくのはやめておけ。特に五十階には絶対に近づかない方が良いぜ」


 ジャバが真顔で、重々しい声で忠告してくる。お茶らけた様子はそこにはない。


「あら、オークの宴はもう少し先じゃなかったかしら」

「今年は例年より準備に力を入れているようですね。昨夜、中層で狩りをしていた徒党が半壊したと情報がありまして」


 エーデルの言葉に、クランプが眉間に皺を寄せながら答える。


「宴には豪華なご馳走が必要だからな。奴らの大好物は俺たち人間様だ。捕まった奴らには気の毒だが、挽肉にされた後で、美味しく食べられるだろうよ。やだやだ」

「で、アンタ達はそれを忠告する為にここにいるって訳?」


 勇者が確認すると、得意気に頷く両名。暇な奴らだと思ったが黙っておく。善意からしていることに茶々をいれるほど、性格は悪くないつもりだった。


「その通りだ。慣れてる奴らは自分で判断できるからどうでも良いんだ。だがよ、何も知らずに若いのが豚野郎の餌になるのは忍びねぇだろ? 豚が愉快に騒いでるのを想像するとムカムカしてくるしよ。という訳で、暇なコイツとここで騒いでたって訳だな」

「善行を積むのは素晴らしいことです。ジャバはきっと良い死に方が出来るでしょう。この私が保証します」

「けっ、坊主のお墨付きとは泣けてくるぜ。ま、という訳だから精々気をつけろよ。理解した上で行くなら全く構わねぇ。金の花、オークフラワーを狙うなら今しかねぇしよ」


 大きな欠伸をするとジャバは広場の茂みに寝転んだ。顔はむさくるしい割に、意外とお人好しのようだ。先日も若い貴族達の先導役を務めていた。この古参の戦士に命を救われた者は少なくないだろう。


「うーん、どうするマタリ? 植物の魔物辺りに戻って狩るか、それとも試しに豚野郎を殺しに行くか。私はどっちでも良いけど」

「ええと、そうですね。今のオークはとても凶暴なんですよね」

「そうねぇ。あまり戦いたくはないわねぇ。オークは己の死を恐れずに突っ込んでくるから。そういうのとは相性が悪いし。貴方達が守ってくれるんならついてくけど」


 エーデルがなよなよとしながら呟いているが、勇者は聞かないことにした。オークが突っ込んできても、鼠を盾にして自爆させるに決まっている。


「じゃあ、今日は私の転移石に記憶している三十三階で狩りをしましょう。無理をすることはないですよね!」

 マタリがはっきり宣言すると、聞き耳を立てていたジャバが手を叩いて賞賛する。


「偉いっ! 嬢ちゃんは本当に偉いぜ。流石はロブが目をかけるだけはある。そう、その判断で良いんだ。……それに比べて、エクセルの馬鹿野郎ときたら」

「エクセル? あー、あの種馬野郎がどうかしたの」


 勇者は不愉快な優男の顔を思い出しながら尋ねる。三人の女に手をつけた軟派野郎。剣の腕は立つらしいが、一歩間違えば死んでいた男だ。何故か自分にまで馴れ馴れしく近寄ってくる。印象が良い訳はない。

 自分に対して恋愛感情がある訳ではないだろう。女性的な魅力などないということは分かっている。マタリのような素直さも、エーデルのような妖艶さもない。恐らく、興味本位で手を出してきているだけと勇者は判断している。


「ああ、今朝だったかな。丁度エクセルに会ったんでオークの宴の件を教えてやったら、嬉しそうにお仲間を呼びにいきやがってな。あっと言う間にボンボンやら駆け出しやら、柄の悪そうなのまで百人ぐらいここに大集合さ。そんで石を使って転移していっちまったのさ。俺が何度も止めたのに聞きやしねぇ」


 ジャバが草をむしって、放り投げる。


「人の忠告を聞くというのはとても大事なことです。恐らく、彼らの目的はオークフラワーなのでしょう。去年は全員無事に帰還して大金を手に入れたそうです。ですが今年も上手くいくとは限りません。人間というのは、群れると気が大きくなるものです。それが命取りにならなければ良いのですが」

「まぁ、気持ちは分かるんだよ。普段の狩りだって危険には変わりはねぇ。だったらここで一発冒険して、さっさと引退って考えるのも良く分かる。だがな、豚の餌になってからじゃ遅ぇんだよ。あの馬鹿共にその覚悟があるとは到底思えなかったぜ。旨い儲け話に俺も一口乗ってやろうって感じだったな」


 ジャバがやりきれない様子で舌打ちする。この男は本当に若者達のことを心配しているのだろう。だから何の得にもならないことをしているのだ。勇者は物好きな奴だと思いながら苦笑した。


「アンタ、人に物を教える仕事とか向いてるんじゃないの。お人好しにも程があるわよ」

「ハハッ、勘弁してくれ。こうして偉そうに話してるぐらいが丁度いいさ。生憎、俺は堪え性がないんでね」

「とにかく気をつけてください。先の半壊した徒党の生き残りによると、新種のオークを見かけたという話です」

「はいはい、分かったわよ。ほら、新しい獲物が来たみたいよ」

「ん、そうか。じゃあまた説教に行くとするか!」


 勇者が広場に向かってくる冒険者を指差すと、ジャバが面倒くさそうに起き上がり向かっていく。クランプもけだるそうにその後に続いていった。


「新種のオークねぇ。死体を持ち帰れば高く売れるかしら。許可を貰って標本にするの」

「豚の死体なんて持ち運びたくないわよ。あの腐れ野郎じゃあるまいし」


 勇者はビーンズを思いだしてしまった。どうやら審問官の拷問で死んだらしいが、気分は全く晴れない。やはりこの手で殺しておくべきだったと少しだけ後悔する。


「そう? 赤いオークなんて珍しいのに。素敵な肉壁になりそう」

「珍しいのはアンタんとこのへんちくりんだけで間に合ってるわ」

「ジャッキー君をへんちくりんなんて失礼ねぇ」


 お前も十分へんちくりんだと勇者が口にしようとしたとき、マタリに遮られる。

 いつまでたっても埒が開かないと判断したらしい。


「あ、あのう。そろそろ行きますか?」

「そうね、楽しい草刈りにね」

「あの化物相手に草刈りなんて言えるのは勇者ちゃんぐらいでしょうねぇ」


 勇者とエーデルがマタリの肩に手を乗せる。マタリが転移石を掲げると、勇者達は光に包まれた。

 

 

 ――同時刻。

 ジャバが近寄るなと警告した五十階層では、ある集団がオークの群れと絶望的な戦いを繰り広げていたのだが、今の勇者たちには知る由もない。

 ある集団とは『オークフラワー』の採取を目的として集った冒険者達で、その数は百名程の大徒党である。様々な職業、事情を持つ者達が金を目当てにこの徒党へと参加したのだ。

 作戦自体は単純明快。五十階層にあるオークの巣直前に転移、急襲してオークフラワーを奪取。対オーク用の煙幕を張って素早く撤収するというもの。

 前回の少人数での奇襲作戦は大成功を収め、一人の犠牲者も出すことはなかったと説明を受けている。

 味を占めた成功者達が、再び大金を入手する為に、絶対の成功を約束して人を掻き集めたのだった。

 オーク達に混乱をもたらすためには人手が必要不可欠だからだ。――オークに対する生きた撒き餌として。

 前回の作戦の成功には裏がある。対オーク用の煙幕などありはしない。

 奇襲と称して囮役数名を突っ込ませ、予め根回ししている人間達が後から侵入。戦闘の混乱を突いて花を奪取したというのが真相である。当然囮役は全員死んでいる。死人に口なしだ。

 今回は更に大規模の囮を投入し、巣の花を根こそぎ掻き集めるつもりだった。金はいくらあっても困る事はないのだ。

 例え罠に嵌めた事がバレ、生き残った者に恨まれたとしても問題はない。その時には既にこの街から逃げおおせているからだ。


 だが、残念ながら今回“ツキ”は彼らには味方しなかった。

 オーク達もそこまで馬鹿ではない。前回の失敗を糧として、斥候を五十階層の至る所に配置していた。

 オークフラワーの畑には、侵入者を防ぐために最精鋭の者が揃えられた。変異した赤きオークもここに配置された。

 そして宴の食料を集める『人間狩り』徒党を、例年よりも大規模に編成し遊撃部隊としたのだ。人間への復讐を果たすのが最大の目的だ。彼らは五十階だけではなく他の階層にも移動して、獲物を狩る為に行動する。

 普段は本拠地を防衛しているオーク精鋭達が徒党を組み『人間狩り』を始めるのだ。統率の取れたオーク達は、熟練の冒険者でも苦戦する兵となる。それが人間を狩る事を目的に闊歩するのだから危険極まりない。

 よって、宴の開催前は決してオークの縄張りに侵入しないことが不文律となっている。

 故にジャバとクランプはしつこく若い冒険者達に警告し、しばらくは自重することを促したのだ。


 ジャバの忠告を無視した勇敢な冒険者達への報いは直ぐに訪れた。

 騙されて囮とされた冒険者達は、巣の前で待ち受けるオーク部隊の目の前に転移してしまったのだ。まずは四十九階の下り階段の前に転移し、態勢を整えてから乗り込もうと、彼らは説明を受けていた筈なのに。

 いきなり四方をオークに囲まれ、恐慌状態に陥る冒険者達。待ち受けるオークも同様に混乱するが、指揮官の一喝で態勢を立て直すと、すかさず攻撃を仕掛け始めた。

 普段は難なく狩る事が出来る筈のオークだが、宴の前は凶暴性が増しており強敵となる。

 一年間に一度だけ開催されるオークの宴。オークの祖霊を称える為の、彼らにとって欠かせない重要な儀式である。

 一週間前からオークたちは食事と性交を禁忌とし、己の信仰を祖霊に示さなければならないのだ。

 摂取を許されるのは水と、オークフラワーの根のみ。禁欲生活からオークの凶暴性が限界まで高まる。

 更に今回は巣を襲撃されかけたことで、半狂乱と思えるまでに怒り狂っていた。

 

 計画通りに囮をオークに差し出した前回成功者たちは、時間差で転移し気配を消しながらオークの巣へと乗り込んだ。

 煙幕を撒き散らし、自らの姿を掻き消しながら。オークの見張り達は咽返って対応出来ないでいる。

 その隙を突いて白い花が咲き乱れる畑へと近寄ると、血相を変えて採取へと取りかかる。

 茎を乱暴にへし折り、袋へと詰め込んでいく。

 だが次の瞬間。白い花に肉片と鮮血が降り注いだ。成功者の一人が、縦一文字に引き裂かれたのだ。悲鳴を上げる事も出来ずに絶命している。


「――な、なに」

「愚カ者ドモメ! 我ラノ祖霊ノ怒リ、ソノ身ニ受ケルガ良イ!!」


 赤き巨大なオークが真紅の大剣を振りかざし、近くにいた三人を叩き潰す。身が竦んで動けない人間の頭部を掴み上げ、掌に力を入れて握りつぶす。周囲にいたオーク達が槍をかざして大きな歓声を上げる。

 前回は成功し、見事大金を掴んだ冒険者達だったが、最期は無残なものとなった。遺骸はオーク達に引き裂かれ、汚物の溜め池へと投げ込まれてしまった。己の迂闊さを後悔する間もなかったことだろう。

 

 一方、騙されて囮とされた冒険者達もまた悲惨な状況だった。

 元々適当に寄せ集められた人間達で、仲間意識など全くない。

 巣を奇襲し、対オーク用煙幕を張って花を奪い、脱出するという手順しか説明を受けていなかった。

 味方同士での連携など取れる訳がない。それでも各自が応戦し、粗末な円陣を組み上げて必死に粘り、転移石で脱出する隙を窺おうとしていた。

 だが、新種の赤い皮膚を持つオークが乱入したことでとどめとなった。赤きオークが冒険者達を一撃で昏倒させていったのだ。円陣はたちまち崩壊し、前に出た冒険者から血祭りに上げられた。

 そしてオークの精鋭達が押しつぶすように攻勢を掛けたことで決着した。追い詰められて、各個撃破されていく。

 完全に優勢と判断したオークキャプテンは、生け捕りにする戦いへと方針を転換する。

 殺さない程度に獲物を痛めつけられ、冒険者達は為す術なく拘束されていく。

 男女を問わず、逃げることが出来ないように足を折られている。転移石は奪われ、武装は剥ぎ取られて男女問わず丸裸にされる。紐で手首を括られた後、家畜のように引き摺られて行く。

 生き残った冒険者の目には絶望だけが浮かんでいる。己の末路を想像してしまい、顔を青ざめさせる者もいる。泣き喚こうとした人間は、オークの拳により強引に沈黙させられた。オークも禁欲生活から気が立っており、家畜を殺すことに何の躊躇いもない。

 不運な者たちの中には、剣士ギルドの者の姿がある。彼らはもう一度ギルドを盛り立てる為に金と名声を得ようとしたのだ。その夢叶わず、剣士としての誇りは完全に砕け散った。

 他には孤児院出身の若者達もいる。孤児院の運営資金を集めるために、危険を省みず依頼を受けてしまったのだ。

 そして、エクセルの姿もあった。自信は完全に砕け散り、己の浅はかさを今更ながらに悔いていた。オークの目につかないように、檻の奥の方へと這いずろうとしている。彼の頭には、愛すべき恋人たちや、生まれてくる子供のことは全くなかった。


「い、いやだ。僕は、こ、こんなところで死にたくない。だ、誰か助けてッ!」


 ――こんなところで豚の餌にされて死にたくない。考えるのは、ただそれだけだった。


 『人間狩り』で生け捕りにされた人間達は、暫くの間はオークの巣で生かされている。新鮮な状態で同胞へ提供するために一応餌は与えられる。普段豚と見下しているオーク達から投げ入れられる食料。まさに豚の餌としか形容できない粗末なものである。それを奪い合うように捕虜達は貪る。オーク達はそれを見て嘲るのだ。

 宴の日にオーク達のご馳走となるまでは、檻にいれられたまま、家畜としての日々を送ることになる。

 大好物の人間達が、無防備な状態で目の前に晒されているのを、オークは必死に耐えるのだ。

 オークたちは必死に欲と戦い続ける。この禁欲行為こそがオーク達の信仰心の表れとなる。

 そして宴の日。溜めに溜めた欲望を解放される事を許されたオーク達は、その本能を全力で爆発させる。

 男は生きたまま貪り食われ、女は散々慰み者とされた後、やはり食い殺される。

 

 若き冒険者達がその無謀の報いを受けるまで、後二日。

 彼らに待ち受けるのは確実な死のみである。人間としての尊厳を悉く砕かれ、喰らい尽くされた後は、見せしめとして骸を晒されるのだ。

 


◆



 間もなく黄昏を迎えようとする頃。教会本部の会議室には、急遽ギルドマスター達が招集されていた。

 教皇エレナが招集命令を発し、臨時会合が開かれることとなったのだ。

 集ったのは、ラムジを除くギルドマスター五名。ロブ、クラウ、ニカラグ。そして魔術師と学者ギルドの二名だ。

 更に異端審問官のイコナ、教会精兵部隊ラフロレンシアを率いるティモールの姿まである。

 空気は重く、誰も口を開こうとはしない。いつもの定例会合とは違い、会議室は異様な雰囲気となっていた。

 その張り詰めた空気を、破ったのは教皇のエレナだった。


「皆の者、このような時刻に集ってもらったのは他でもない。厄介な事態が発生したのだ」


 エレナが一同を見回した後、重々しい口調で告げる。


「それは、一体何事でしょうか。第一、異端審問官のイコナ殿までいらっしゃるとは穏やかではありません。定例会議まではまだ日があります。まさか、総出で異端狩りでも始められるつもりですかな?」


 ニカラグが坊主頭を撫で回しながらおどけて答える。今は司教ではなく、聖職者ギルドの代表として出席していた。

 聖職者でありながら身体は戦士に匹敵するまで鍛えられており、棍棒術と治癒術を駆使して戦う武闘派でもある。

 最近の異端審問官の活発な動きを快く思っておらず、つい刺々しい物言いになってしまっている。

 保守派のイルガチェフの動向は気がかりではあるが、審問官が強権を行使することを認めるつもりはない。余計な権力は手放し、純然たる宗教団体に戻るべきと、改革派のニカラグは考えている。

 これは必要な武力は保持すべきというエレナの考えとは、完全に相反するものである。

 エレナは中道だが、どちらかというと保守的思想の持ち主である。だが星玉については疑問を呈しており、預言書にも否定的である。それが考えの方向性自体は近いイルガチェフと、袂を分けている最大の要因となっている。


「……聖職者ニカラグ。エレナ様がこれからお話になられるのだ。貴様はただ黙って聞いておれば良い。私語を慎め」


 眼鏡の位置を直しながら、イコナが警告する。

 異端審問官を統率する局長の地位にある男。エレナの忠実な狗のイコナ。

 神経質な顔立ちで、痩せきった体躯の中年男性。同世代のニカラグと比べるとひ弱に見える。

 しかしその外見で侮ったものは、必ず後悔することとなる。

 彼は聖職者の一員ながら、苛烈な攻撃魔法を駆使する魔術師でもあるのだ。何人もの罪深き異端を立件し、完膚なきまでに粉砕してきた狂信者でもある。

 イコナは自ら善悪を判断することは決してしない。命じられた事に対して疑問を抱くこともない。狗は主人の命じるまま動けば良いのだから。そうすることで、イコナは己の信仰の深さを示している。


「イコナ殿は相変わらずですな。恭しく尻尾を振るのなら、ここではなく外でお願いしたい」

「口には気をつけろニカラグ。貴様の今までの言動はエレナ様の慈悲で見逃されているだけだ。それ以上吠えたら私の判断で拘束する」


 ニカラグの奔放な言動は、保守派の教徒達からは顰蹙を買っている。異端として拘束するよう、何度もエレナには陳情が出されているが、全て却下されていた。


「イコナ殿、狗が自分で判断する必要はありませんよ。エレナ様、躾はしっかりとされますように。狂犬は始末におえませんので」


 ニカラグとイコナが剣呑な視線をぶつけあう。


「そこまでにしな、この馬鹿共ッ! ――ったく、話が全然進みやしない。どうしても喧嘩したいってんなら、今すぐ出て行きな!」


 レンジャーギルドのクラウが一喝すると、両者は肩を竦める。


「これは大変失礼しましたクラウ殿、どうかご容赦を。エレナ様、お話を進めてください」

「…………」


 ニカラグが謝罪し、進行を促す。イコナは無言のままニカラグを忌々しそうに睨み続けている。

 両者が犬猿の仲なのは教会では有名な話である。何かがあった訳ではないが、反りがどうしても合わないのだ。


「……話を進める。先程、百名近い冒険者が、オークの縄張りにて消息を絶ったと情報が入った。各々のギルドで、既に状況を把握しているかもしれぬが」

「ああ、オークフラワー狩りの徒党だろう。残念なことに、ウチのギルドが一番多いだろうな。欲に目が眩んだ馬鹿共が。俺の教育が足りなかったようだ」


 ロブが腕を組んで、案の定こうなったかと舌打ちして発言する。戦士ギルドの十数名が、迷宮に向かったまま帰還していないのだ。

 そしてエクセルが行方不明になったという情報も既に入っている。


「時間を掛けて丹念に育て上げた私の可愛い子供達。これからのギルドを背負う才能ある若者達です。それが一瞬にして刈り取られる。運命とは儚いものですわ」


 魔術師ギルドマスターのエメラルド。年齢不詳の女魔術師だ。

 束ねられた銀髪に、露出の高い魔装束を身に纏い、白い肌には様々な刺青が施されている。

 姿は若々しい妖艶な女性であるが、実年齢は誰にも分からない。

 ここ数十年の間、容姿が全く変化していない。実は魔物が化けているのではないかという噂も流れている。

 異端認定されてもおかしくないが、星教会へ多大な貢献をしている為に見逃されているのだ。


「自己責任とはいえ、魔術師の損害は大きいんじゃないか? 戦士とは比べ者にならんだろう」

「また新しい種を植えて育てるだけです。それが私の仕事です」


 薄ら笑いを浮かべるエメラルド。枯れた植物には興味はないようだった。


「ここ最近高騰している『オークフラワー』ですか。一度詳しく研究したいとは思っていましたが。しかし、自分から巣に飛び込むとは、いやいや、若い者は命知らずが多いですな」


 学者ギルドの老人が呟くと、他の代表も頷く。


「それでだ、行方不明となった者の関係者から、救出に向かって欲しいと要請があったのだ」


 エレナの言葉に、集った面々がざわつきだす。極めて異例のことだからだ。冒険者の為に救出部隊を派遣したことなど一度もない。


「俺達にその間抜けなボケ共を助けに行けと? 迷宮でのゴタゴタには不干渉なのが、教会のあり方だった筈だが」


 ロブの指摘にエレナが頷く。


「確かに。迷宮内での出来事に、我々教会は一切関知しない。一々行方不明者を助け出しに行ってなどはいられぬからな。厳しいようだが、それが今までの慣例であり不文律だ」

「じゃあ、私達は何のために集まったんだい? 哀れな冒険者達の冥福を、皆でお祈りする為だなんて言わないでおくれよ。こう見えても私は忙しいんだ」


 クラウが軽口を叩くと、イコナが苦々しい視線を送る。クラウがエレナと親しいのは認識しているが、余りにも礼儀を逸しているように思えたからだ。

 エレナは気にすることなく話を続ける。


「勿論そのようなことで集まったのではない。報告によると、消息を絶った中に、ある国の有力者の子息が混じっていたらしい。どうしても助けて欲しいと泣き付いてきたのだ。何もせず見捨てては、外交上の問題となりうる」

「馬鹿馬鹿しいッ。貴族のボンボンを助けるためなら、俺たちみたいなのは何人死んでも良いってのか。悪いがウチは断るぜ」

「実に良い返事で、私も見習いたいところだ。――だが、これは依頼ではなく命令なのだ、ギルドマスターロブ。嫌ならその座を今すぐ降りても構わん。代わりはいくらでもいる」

「――ッ」


 エレナが静かに恫喝すると、ロブは顔を歪ませる。


「……しかし、救出とはいっても宴前のオーク達は非常に危険ですぞ。突破するならば、大規模な戦力を投入する必要があります。更に、その対象がまだ生きているという保証もありません」


 ニカラグが眉間に皺を寄せ、懸念を示す。本気で助けるつもりならば、熟練の面々を多数動員しなければならない。

 オークの巣を落すということは、一つの砦を陥落させるのと同等だ。少数で忍び込んで、素早く救出という訳にはいかない。


「無論それは分かっている。大事なのは、我々が戦力を向けたという事実だ。私の言いたい事が分かるか? ……救出作戦については現場の判断に一切を委ねる。お前達には“証人”としての戦力を出して欲しいのだ。……ティモール、出撃の準備はどうか?」

「はっ、現在鋭意準備を整えております。明朝には突入可能かと。異端審問官、及びラフロレンシア共に最精鋭を選抜しております。どのような不測の事態にも対処できる面々です」

「よろしい。後は各ギルドからも選抜して戦力を出すように。救出作戦の決行は明朝とする。ラフロレンシアと各選抜戦力をオークの巣へと投入。拘束された冒険者を救出、及び生死を確認の後に撤収するように。既に死んでいるのが明白ならば、危険を犯す必要はない。――これで良いな?」


 エレナが概要を説明する。簡単に言うと、巣の前まで向かい、宴の実施を確認して直ちに撤収しろというもの。拘束された生贄達を助け出すつもりは全くない。だが、一応戦力は向けたと弁解することは出来る。それで十分だった。

 本来ならば救出作戦など実行する必要はないが、相手の面子を立て、更に大きな貸しを作る事が出来る。生死の有無は関係ない。

 納得した各ギルドマスター達も同意する。それならば余計な犠牲者を出すことはないと判断したからだ。

 戦士ギルドの面子、特にエクセルのことを考えるとロブは複雑だったが、無言で頷いた。


「念を押すが、決して無理をする必要はない。自分の命を第一として行動するように。撤退の判断は現場に一任する。迷惑を掛けるが、よろしく頼む」


 エレナが軽く頭を下げる。その後作戦内容はすぐに纏まり、会合は短時間で終了した。

 ――作戦は以下の通り。

 救出作戦実行は翌日、早朝。

 ラフロレンシア、及び各ギルド選抜戦力が転移石を用いて五十階層へと移動。

 『オーク』に変装したレンジャー達が、拘束された冒険者の生死を確認後、本隊が突入開始。

 オークの掃討及び、冒険者達の救出にあたる。

 救出対象が既に死亡していると判断出来る場合は、突入せず速やかに撤収することとする。

 

 

◆



 無事に草刈りを終え、迷宮から帰還した勇者達。限界まで戦うことはしなかったので、いつもよりも体力に余裕がある。マタリも今日はへばってはいない。直ぐに極楽亭へと戻ると、まずは食事にしようという流れになった。

 報酬をはたいて酒と料理を大量に注文し、大いに盛り上がる三名。非常に騒がしいのだが、金払いが良いのでマスターも大目に見ている。勇者一行は、極楽亭の名物みたいなものなので、文句を言う者もいない。一緒になって騒ぎ出すのがいつもの光景である。


「ぷはーっ! この一杯の為に稼いでいるようなもんよね! 美味いッ」


 勇者はジョッキに注がれたエールを飲み干し、勢い良くテーブルに叩きつける。

 冷えきった液体が、喉を潤してくれる。その刺激が最高に心地よいのだ。


「親父臭いわよ勇者ちゃん。もうちょっと慎みを持ちなさいな。貴方も一応女性なんだからねぇ」

「うるさいわね。誰にも迷惑掛けてないんだから良いじゃない」

「勇者さんはあまりお酒強くないんですから、無理はダメですよ。また二日酔いになっちゃいますから。後が大変ですからね!」


 マタリが年上ぶって注意してくるが、勇者は聞く耳を持たない。お酒の強さは同程度であり、勇者が落ちるときは大抵マタリも落ちている。最後に残るのはエーデルということが殆どだった。


「――って空になっちゃったわよ。ピンキー、ちょっと行ってお酒を沢山注文してきて頂戴。一刻も早くお願いね」

「寝言は寝てから言いなさいよぉ、可愛らしいちびっこ勇者様。ほら、自分で行きなさい」


 エーデルが悪戯っぽく微笑んだ後、勇者のおでこを突いてきた。視界が上下に揺れる。


「ッ、このピンク年増――」


 反撃しようと立ち上がったところで、目の前にお酒やら料理が差し出される。


「はいお待たせしましたー。いつもお世話になってるから、コレは私の奢り。遠慮なく食べて良いからねー」

「どうもありがとう……って、何してんのよアンタは」

「アハハ、楽しそうだから私も混ぜてもらおうと思って。本日の私の仕事は終わり! もう仕事しないから後は宜しくねー」


 店員のリモンシーが自分の酒を持って図々しく混ざってきた。椅子まで用意済みだ。マスターを振り返ると、疲れた顔で悟ったように頷いている。


「飲むならあっちで一人で飲んでなさいよ」

「そうつれない事を言わずにー。なんたって私はエーデルの友達だからね。一緒に飲んだって良いじゃないの」

「そうなの?」

「一応ね。まぁ腐れ縁みたいなものかしら」


 エーデルが呟くと、リモンシーが笑う。


「本当、良かったわねエーデル。こんなに素敵な仲間が出来て。羨ましいわー」

「素敵かどうかは知らないけれど、退屈はしないわ。この子達を見ているだけで、一日時間を潰せるもの。暇つぶしにはもってこいねぇ」

「なるほどー。確かに小動物みたいで可愛いものね。懐かない猫みたいでー」

「食べてる時はリスみたいなのよ。少し生意気なのが珠に瑕ねぇ」

「おい」


 あまりに好き放題言ってるので勇者が突っ込むが、二人とも素知らぬ顔で酒を飲んでいる。


「そうそう、それでね。エーデルに頼まれていたものが見つかったから、見せてあげようと思ってー。探すのに凄い苦労しちゃったのよー。でも、それだけの価値はあったわね。ウフフ」


 リモンシーが不気味に微笑みながら、布に包まれた長方形のものを取り出す。どうやら額縁らしいが、肝心の絵は隠されている。


「そうなら早く言いなさいな。フフ、酒のつまみにはもってこいね。是非勇者ちゃんに見てもらいたかったの」

「楽しみねー。さぁて、何が出るかはお楽しみー」


 思わせぶりなエーデル。リモンシーがもったいぶりながら布に手を掛ける。だが、中々開けようとしない。


「見せるならさっさとしなさいよ!」

「焦らないでー。ではいよいよご開帳ーって。――何かしら?」


 リモンシーが布を取り払おうとしたとき、酒場の奥から騒ぎ声が聞こえてくる。受付の方からだろうか。


「ごめんなさい。何やら面倒ごとみたい。悪いけれど、ちょっと待っててねー」


 リモンシーが絵を持って早足で立ち去っていく。騒がしい女だと勇者は呆れながら見送る。

 しかも引っ張るだけ引っ張って絵は見せていかなかった。


「繁盛してるだけあって、リモンシーも忙しそうねぇ。貴方が来てから忙しいって喜んでたわよ」

「私は客寄せ係じゃないっての。あ、それいらないなら頂戴」


 勇者は存分に食料を掻き込む事にした。大皿から肉の塊を取り上げる。

 マタリも負けじと骨付き肉を齧りだした。口には汚れが付着している。


「……見てるだけでお腹が一杯になりそうねぇ」

「美味しいわ。タダなのが美味しさの秘訣かしら。ああ、幸せで胸が一杯」

「呆れた。大金を持ってるくせに、本当にケチ臭いのねぇ」

「それとこれとは話が別よ。ねぇマタリ」

「え、そ、そうですね。勇者さんはケチですよね」


 いきなり話を振られて混乱した猪女が口撃してきた。勇者は目を細めて睨みつける。


「良い度胸してるわねマタリ。後で頬をこねくり回してあげるから、楽しみにしていなさい」

「そ、そんな! 私が一体何を――」


 大声を上げようとするマタリ。勇者が更にからかおうとした所、妙な光景が飛び込んでくる。

 先程揉めていた集団が、ゾロゾロ歩いてきたのだ。どうみてもこの席向かって一直線に進んできているように思える。

 奇妙なのは、酒場に似つかわしくない子供の集団だということだ。その数は十名程度だろうか。

 他の客も何事かとざわつき始めている。

 遠目にリモンシーを見ると、何やら困惑した表情で肩を落としていた。


「……一体何事かしら。勇者ちゃん、何かやらかしたの?」

「知らないわよ。私がガキなんかに関わるわけないでしょうが」

「そうねぇ、例えば子供達のお菓子を取り上げたとか。お腹空いたら貴方やりそうだし。駄目よ、人の物を取ったら」


 エーデルのいい加減な推測に、勇者は思わず声を荒げる。


「ア、アンタね。私を何だと思ってんのよ! ガキのお菓子なんて取る訳ないでしょ!」

「ほらほら、そんなに大声出したら子供達が驚いちゃうわよぉ」

「――げっ」


 そんなやりとりをしている間に、勇者の席は子供の集団に囲まれてしまっていた。

 先頭に立つ、やんちゃな顔をしている子供がリーダーのようだ。

 他は半べそをかいていたり、おどおどとしているのが殆どである。はっきり言って、酒場には完全に場違いの面々である。

 仕方がないので勇者は尋ねてみることにした。

 お小遣いが欲しいとか言ったら、全員お仕置き決定だ。強烈なデコピンで、必ず泣かすと心に決める。


「ゾロゾロと一体何なのよ。ここはガキの遊び場じゃないのよ。探検ならお外でやりなさい」

「探検なんかじゃない。……姉ちゃんは、本当に勇者なのか? ここのおっちゃん達に聞いたら、姉ちゃんがそうだって」

「い、いきなり唐突ね。まぁ良いわ。そうよ、私が勇者で間違いないわ」


 勇者は胸を張る。


「証拠はあるの?」

「証拠なんてないわ。でも、私が勇者。誰が何と言おうとね」

「……うーん」


 やんちゃな子供が疑わしそうな視線を向けてくる。勇者は苛々してくるが、子供を殴るのは大人気ないので我慢する。

 だが心象が悪くなったので、悪ガキに格下げすることとした。


「兄ちゃん、この人にお願いしようよ。それに他にはいないもの」

「でも、こんなにちっちゃいぜ。こんなんで大丈夫かなぁ」

「勇者なんだから大丈夫だよ。多分」


 大人しそうな女の子が、分厚い本を抱きかかえながら悪ガキに告げる。見るからに真面目そうな印象を受ける。


「まぁ、仕方ないか。ちっちゃくても勇者は勇者だもんな!」

「うん、勇者に大きさは関係ないよ。多分」

「こ、この糞ガキ共」


 十もいかないような糞ガキ共に、小さい呼ばわりされる自分。この怒りをどこにぶつけたらよいのか分からず、思わず酒を飲み干す。

 隣のピンキーは口元を押えて笑いを堪えている。マタリはあからさまに目を逸らしているが、顔が紅潮している。

 笑いたいなら、素直に笑えば良いと勇者は睨む。当然その報いは受けさせるが。


「で、結局の所私を馬鹿にしにきた訳? 満足したらさっさと家に帰りなさい。アンタ達に構ってるほど、私も暇じゃないのよ」


 しっしっと追い払う仕草をすると、本を持った女の子が半べそをかく。

 悪ガキはしかめ面をした後、テーブルの上に小さな小袋を差し出す。銅貨が入っているらしく、擦れる音が微かに響いた。


「依頼したい事があるんだ。リモンシーに聞いたら、そんな危ない依頼、受けてくれる人はいないって言われて。だから、勇者の姉ちゃんにお願いしたいんだ」


 厄介ごとだ。今までの経験からして間違いない。勇者は無償で人々の為に尽くさなければならない。

 そんな決まりはないのだが、そういうものらしい。勇者は思わず溜息を吐く。


「……一応聞くだけは聞いてあげるけど。一体何だってのよ」

「うん。実はね――」


 話は簡単だった。

 オークフラワーの採取に向かった冒険者達が戻ってこない。

 その冒険者達の中に、孤児院出身の知り合いが混ざっているらしい。ガキ達と同じ孤児院なので、そいつらは兄や姉みたいなものであると。

 この時期のオークは、人間を殺さずに生け捕りにする。『宴』までは捕虜は生きているので、なんとしてもそれまでに助け出して欲しい。

 でもそんな危険な依頼を受けてくれる物好きは存在しない。そして報酬もこの小袋に詰まった『銅貨百枚』しかないのだと。

 依頼を受けてくれる奴がおらず、切羽詰ったガキ達は『勇者』の噂を聞きつけた。

 『勇者』ならば、困っている人々を助けてくれる。

 そう考えたこいつらは、リモンシーに最後の確認を取った後、勇者の前に現れたと言う訳だ。


「――なるほどなるほど。それでこの銅貨百枚で、オークの巣にちゃちゃっと乗り込んで来いと言う訳ね。凶暴化してるオークの群に、私だけで行って来いと」


 勇者は口元を歪めて、悪ガキの顔をじっと見つめる。それに気圧されたのか、悪ガキは視線を逸らす。


「う、うん。でも勇者ならどんなに危険でも受けてくれるんだろ。困ってる人を助けてくれるって、本にも書いてあったし」


 悪ガキが隣に目を向けると、首を縦に振る本を持った少女。


「うん。勇者は、皆の希望なんだって。だから、困ってる人々を見捨てられないって書いてあるんだよ。ほ、ほら、ここに」


 少女が抱えている本をめくって、勇者に見せようとする。それを手で払うと、冷たい口調で吐き捨てる。


「馬鹿馬鹿しい。そんなふざけた依頼受けるわけないでしょ。自分から危険な場所に突っ込んでいった馬鹿共をなんで助けなきゃいけないのよ。全部自業自得でしょうが」

「で、でも!」

「ゆ、勇者さん、相手はまだ小さいですし。もう少し柔らかく言ってあげても」


 マタリが宥めてくるが、苛々は収まらない。


「勇者だからって、馬鹿を全員助けるほど暇じゃないのよ。勇者は神様じゃない。お願いすれば、何でも聞くと思ったら大間違いよ。そいつらが死のうがどうなろうが知ったことか!」


 テーブルに拳を打ち付けると、皿の上の料理が散らばってしまう。

 エーデルが無言で、それらを拾い集め始める。


「姉ちゃんは勇者なんだろ!? なんで助けに行ってくれないんだよ! このままじゃ皆食われて死んじゃうよ!」


 悪ガキが涙を浮かべて叫び声を上げる。


「そいつらが自分で選んだんでしょ。私の知ったことじゃないわ。分かったら諦めなさい。そうやって泣き叫んでても、誰も助けてくれないわよ。世の中そういうもんだしね」


 泣き叫んでも誰も助けてはくれない。身体を串刺しにされ、喉元を貫かれても救いの手は差し伸べられなかった。

 だから勇者は強くなった。一人でも戦えるまでに。魔物を殺して殺して殺しつくせるまで。


「――じゃない」


 悪ガキが何かを呟く。声が小さいので聞き取れない。


「何? 声が小さくて聞こえないわ。男ならもっとハッキリ話しなさいよ」

「お前なんか、勇者じゃない」

「勇者よ。誰が何を言おうと、私は勇者」

「――ッ! お前なんか、お前なんか勇者じゃない!」


 悪ガキはエールのジョッキを取ると、勇者目掛けてぶっかけてきた。

 身体はエール塗れ。髪から全身ずぶぬれになってしまった。

 避けようと思えば出来たが、勇者はそうしなかった。


「……それで、気は済んだ?」

「クソっ、みんな帰るぞ! こんな偽者に頼んだって仕方ない! 他の人にお願いしてみよう!」


 囲んでいた子供連中が、先頭の悪ガキの後に続いて酒場から出て行く。

 本を抱えた少女は何か言いたそうにこちらを眺めていたが、しばらくすると後を追っていった。


「……大変だったわねぇ勇者ちゃん。これも有名税ってやつかしら」


 エーデルがわざと茶化して話し始める。気を遣っているらしい。

 マタリは綺麗な布を出すと、勇者の身体を拭き始めた。自分で出来るのにお節介な奴だと勇者は思った。


「臭いが残っちゃいます。後で洗わないとダメですね。とりあえず、着替えてしまった方が良いかもしれません」

「……そうね」

「でも、本当に助けにいかないんですか? な、なんだか子供達が可哀想でしたし」


 マタリが小さな声で呟く。勇者は首を横に振る。


「受けた方が良かった? 仲間を危険に晒す依頼よね。助ける義理もないし。それともちっぽけな自己満足と僅かな報酬の為に、行くべきだったかしら」

「可哀想だけど、勇者ちゃんの判断が正しいわ。現に他の冒険者達も、何件か出されている救出依頼を受けていないし。自殺願望があるなら、行っても良いかもしれないけれど。私だったら丁重にお断りするけどねぇ」

「…………」


 何も言い返せず、視線を落とすマタリ。


「納得がいってないみたいね。逆に聞くけど、アンタがリーダーだったら受けるの? 私とエーデルを巻き添えにしてまで、安い報酬で依頼を受けるかどうか。それを聞かせてくれる?」

「わ、私ですか?」

「そうよ。偶には自分の頭で考える事も重要よ。私はアンタの意見を聞きたい」


 腕を組んで考え始めるマタリ。暫くしてから自分の考えを述べ始める。


「……すみませんでした、勇者さん。エーデルさん。やっぱり、私も断ると思います。仲間を巻き込む訳にはいきませんから」

「そう、それが正解よ。後先考えず、何でも引き受けてたら身がもたない。誰でも少し考えれば分かることよ」

「……は、はい。そうですよね」

「残念だけど、それが大人の判断って奴ね。仕方ないって言葉はあまり好きじゃないけど、仕方ないわねぇ」


 エーデルが呟く。勇者は布で顔を拭った後で、小さく頷いた。

 その後、勇者は一足先に戻り、着替えた後でベッドに入る。

 マタリとエーデルもやがて戻ってきて、部屋の明かりが消される。

 嫌な事も寝れば、全て忘れてしまうだろう。今までもそうしてきた。

 ――だから、今日は大人しく寝よう。それで良いはずだ。

 勇者はゆっくりと目を瞑った。



◆



 夜も更け、閑散としている極楽亭。いつもは騒がしい酒場も今日は静まり返っている。マスターは既に仕込み作業に取り掛かっており、代わりの番となるはずのリモンシーは既に夢の世界へと旅立っている。店員がいない酒場に、意味もなく居座る客は多くはなかった。

 周囲の気配を窺い、物音を立てないように外へ出ると、少女はゆっくりと扉を閉める。姿が分からないようにマントで顔を覆っている。


「…………よし、行くか」

『こんな夜に、一人でお出かけ?』


 いきなり声を掛けられて、少女は思わず剣へと手を掛ける。相手が誰だか分かると、舌打ちしてその手を離す。


「……驚かせるんじゃないわよ。ちょっと酔い覚ましに散歩するだけ」

『そんな完全武装で? この街は随分と物騒なんだね』

「フン、一々うるさいのよ。何をしようと私の勝手でしょ、この鳥頭」


 マントを乱暴に外すと、少女――勇者は舌打ちする。

 目の前にいるのは白いカラス。暗闇の中で一際目立つ色。微妙に光を放っているのかもしれない。


『久しぶりだね。こうして話すのは何年ぶりだろう』

「私はあまり久しぶりって感じがしないけど。アンタはずっと元気にしてたみたいね」

『まーね。ずーっとお気楽に生きてたから。他のは野生に戻ったり、消滅したり、発狂して死んだりかな。祟りを為す化け物になったのも沢山いるよ』

「あっそ」


 勇者が素っ気無く答えると、白いカラスが肩に飛び移ってくる。


『――ねぇ、名前で呼んだ方が良い?』

「……多分、私って感じがしないからいいわ。それに、本当に忘れちゃったしね」

『そっか。それは悲しいね。で、勇者はこれからどこかへお出かけなんだ』

「そう、ちょっと散歩にね。夜の風に当ると気持ち良いから」

『相変わらず、甘いね。本当に甘すぎる。あの頃と全く変わらない。そんなんだから――』


 鳥が忙しなく羽ばたくと、白い羽根が舞い落ちる。


「鳥は黙ってなさい。じゃ、私は忙しいから行くわ」

『……ねぇ、もうやめなよ。そろそろ、危ないよ』

「知ってるわ。でも仕方ないでしょ」

『それは、やっぱり勇者だから?』

「そうよ」


 勇者は一言だけ呟き、マントを被って再び走り始める。

 自分でも馬鹿だと思う。だが、仕方がない。今更変えられない。別に甘い訳じゃない。

 この選択をしないほうが、後悔しそうな気がしたから。

 鳥が道案内でもするかのように、先を飛び始める。

 相変わらずお気楽で飄々とした性格。変わらないのはお互い様だと勇者は思った。

 変わらないのか、それとも変われないのか。どっちが正解なのか考えながら、勇者はひたすら走り続けた。

 

 

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