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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第二十五話

 ――星教会、教皇の執務室。

 エレナは内偵を終えたイコナから報告を受けていた。

 イルガチェフとの接点については不明だが、ビーンズの本性が明らかになったと。

 アートの街を騒がせた変死体の数々。その犯人として手配されていた正体不明の『標本術師』。

 その正体が、人望があり、聖職者としても名高いビーンズとは誰も思わないだろう。思いつくわけがない。

 思わぬ頭痛の種を抱えてしまい、エレナはこめかみを強く押さえる。


「エレナ様、体調が優れぬようですが」


 イコナの問いかけに、エレナは苦笑しながら首を横に振る。


「いや、大丈夫だ。内偵ご苦労だった、イコナ。しかし、まさかビーンズがな」

「私も同じ思いです。実を言うと、ボーガンから報告を受けても半信半疑だったのです。審問官の誰も信じようとしなかった。ですが確かにこの目で、忌まわしい実験の痕跡を確認しました。あれを間近で見た今となっては、嫌でも信じざるを得ません」


 ビーンズの内偵を行なっていたボーガンは、その留守を狙って診療所に忍び込んだのだ。イコナの許可を得ず、独断でだ。

 盗賊さながらの嗅覚で隠し地下室を発見し、得意気な顔でイコナに報告したらしい。

 本人曰くレンジャーの勘が働いたとの事だが、何も出てこなければただの盗人である。それぐらいの危険を覚悟しなければ、重要な情報を手に入れることは出来ないと語っていたそうだ。

 確かに、イコナ達が証拠を掴む事が出来たのは彼の働きがあってこそだ。

 ボーガンを気前良く貸してくれたクラウに、エレナは心の中で礼を言う。


「奴が行なっていた実験の詳細については、後程報告せよ。……それで、ビーンズはどうしているのだ」

「はっ、現在尋問を行なっておりますが、枢機卿との関係については黙秘を貫いております。他の件についても妄言を繰り返すばかりで全く話になりません。……エレナ様、奴に対する拷問の許可を頂きたく」


 イコナが表情を一切変えずに、拷問の許可を求めてくる。

 現在、ビーンズは教会本部に泊り込み、急病人に治療を行なっていることになっている。ビーンズの診療所には代理の聖職者が赴いているため、大きな混乱はない。

 人望のあるビーンズをいきなり拘束したとなれば、教徒達に要らぬ混乱が生じるのは確実。故にまだ真実は公表していない。これはイルガチェフへの牽制でもある。


「……許可する。素直に吐かぬようならどのような手法を用いても構わぬ。あらゆる責め苦を与えて追求するのだ。いずれにせよ奴の罪は許されることではない。異端者には死んでもらわねばならない」

「はっ。罪深き異端に情けなど不要、必ずや己の犯した所業を後悔させてやります」

「任せる。ただし、奴が標本術師であったという事は隠せ。教会の聖職者が異端行為を行なっていたとなれば面倒なことになる。奴には名高き聖職者のまま消えてもらう」

「畏まりました。では、彼の者には王国に招かれたことにして、診療に向かわせることに致しましょう。最近の街道は物騒です。盗賊に襲われ、不慮の最後を迎えることも少なくはありませんので」


 イコナが淡々とした口調で消えるまでの粗筋を説明する。拷問で情報を吐こうが吐くまいが、最早ビーンズの死は確実だ。異端に対しての拷問に情けなどない。精神の限界まで死ぬ事は許されない。発狂するまで口に出すのもおぞましい責苦を与え続ける。

 拷問の後は、屍骸は近くの森にでも捨てられるだろう。切り刻まれ、身元が分からなくなった状態で。最後は獣の餌。

 おぞましい異端者に相応しい最期だと、エレナも頷く。


「よし、全てはお前に一任する。……他に懸念事項はあるか」

「……はっ、実はビーンズを拘束する際、奴めは既にとある冒険者達に追い込まれておりました。それが、かの勇者を名乗る少女です。その左手には預言書に記されている紋章が刻まれておりました」

「疑わしい預言書のことはどうでも良い。お前の目から見て、その少女はどう映った。邪悪な気配を感じたか?」

「はっ、特に邪な考えを持っているとは感じませんでした。実力は確かなようですが、性格は短気で浅慮。とても世を破滅に追い込むとは思えません」

「……そうか。だがビーンズの件について知りすぎているのは、少々まずかろうな」

「では内々に処理致しますか? ご命令いただければ直ちに――」

「その必要はない。だが、釘を刺しておく必要はある。少し私に考えがあるのだ」


 エレナがその考えを説明すると、イコナは顔色をすぐに一変させて反対する。

 だが、教皇命令だと強く押し切ると、渋々といった様子でようやく納得した。

 エレナの語った案。それは勇者と直接会い、腹を割って対話するというもの。ビーンズの件、それに預言書の件についてだ。

 人の考えを知るには、当人と話をするのが一番早い。案じていても何も変わらない。相手を理解する最短の道は話すことだ。要らぬ誤解も解け、妥協の道を見出す事も出来る。人間は獣ではないのだから。

 クラウに教わったこと。彼女が話す言葉は、星教会の小難しい教えよりもエレナの頭に強く刻み込まれている。

 だがそれを実践するのは難しい。イルガチェフとは何度会話をしても妥協の道を見出す事は出来なかった。通用しない相手もいるということも経験から学ぶ事が出来た。

 勇者を名乗る少女がどうなのかは分からない。出来れば話が通じる相手である事を願い、エレナは祈りを捧げることにした。

 いるかどうかも分からない神に向かって。




 ――ビーンズ事件より二週間後。勇者達は順調に迷宮探索を進め四十八階層を踏破していた。

 今更上に戻りたくないと勇者が主張したため、ビーンズに待ち伏せを受けた場所四十二階から探索を再開したのだ。

 無理をせずに体力を消耗したら脱出、態勢を整えて再挑戦の繰り返し。勇者とエーデルは進行速度をマタリにあわせることにしている。

 現在の目標は主に二つ。マタリの修行と金稼ぎである。勇者は攻撃を牽制程度に留めているので、必然的にマタリが正面を切って戦うことになる。そうなるようにしむけた。

 体力には自信があるマタリも流石に連戦は堪えるらしく、地上に戻るときは常に衰弱してぐったりとしている。

 狂化の反動は大きいようで、体力、気力の消耗も著しいらしい。狂化を自在に使いこなすにはまだまだ遠い。戦闘中は相変わらず話が通じない有様だ。それでも敵味方の識別ができるようになったのは、格段の進歩と言えるだろう

 勇者はそれだけは褒めてやった。マタリが嬉しそうだったので、良しとする。エーデルがニヤニヤしていたが無視してやった。

 出現する魔物の種類は未だ変わりなく、植物が魔物化したものが多い。

 たまに異様に巨大な虫が出現するぐらいだ。狂化前のマタリは必死に悲鳴を堪えていた。マタリは虫が苦手らしい。

 勇者は特に気にする事なく叩き斬ると、虫の体液やら破片が降り注ぐ。今度はエーデルが悲鳴を上げていた。ピンクのローブが緑になるのが嫌なようだった。


「さて、虫も狩り飽きたしそろそろ戻る? 袋も部位で一杯でしょ」

「そうね。ジャッキー君も何だか眠そうだし、帰りましょうか。半日も潜ってれば十分すぎるわねぇ」


 荷物を地面に下ろし、大あくびをして油断しているジャッキー君。勇者がおやつ代わりにパクついていた豆を投げつけてやると、あくびしたままの口に入って激しく咽返る。

 怒り出すかと思ったら、奇声を上げて豆を嬉しそうに咀嚼しはじめた。


『ウキョ、ウキョ!』

「…………お猿?」

『ウッキー! ウッキー!』


 猿のような声を上げるジャッキー君。

 死んでいる癖に、変わった奴だと勇者は思った。魔物だったくせに、全く魔物らしくない。思わず脱力させられてしまう。これ相手には流石に殺意を抱くのは難しい。

 試しに豆をもう一個投げてやると、華麗に飛び跳ねて啄ばんだ。それをしばらく繰り返してるうちに豆はなくなってしまった。

 ジャッキー君はおなかを叩いて満足そうにしている。


「勇者ちゃん、楽しそうねぇ。魔物が死ぬほど嫌いな貴方が珍しいじゃない」

「こいつ、本当に魔物なの? 本当は猿なんじゃないの」

「正真正銘の魔物よぉ。でも愛嬌があって可愛いでしょう」

「……それには同意しかねるわ」


 勇者が視線を逸らすと、座り込んでいるマタリが目に入る。くたびれきって今にも倒れこみそうだ。


「はぁ、はぁ、つ、疲れ、ました。なんだか、私だけしか、戦っていないような」

「あらあら、マタリちゃんはお疲れみたいねぇ。最近頑張ってるから仕方ないけど」

「何甘い事言ってんのよ。牽制、援護だけじゃなく戦闘後に回復までしてあげてるでしょ。私が本気でぶっ殺したら鍛錬にならないからね。習うよりも慣れる、そして死ぬ気で体で覚える。この繰り返しが強くなる一番の近道よ。グダグダ泣き言抜かす前に、一匹でも多くぶち殺せるようになりなさい」

「は、はい!」


 勇者が一蹴すると、マタリは言い返せずに、立ち上がって了解する。そのまま敬礼でもしそうな勢いである。

 マタリは基本的に勇者の言葉を素直に聞く。本人も徐々に動きがよくなっているのを自覚しているからだろう。

 言っても分からない奴に教えてやるほど勇者も甘くない。


「うーん、厳しい先生を持つと大変ねぇ。それも愛情の裏返しって奴かしらぁ」


 エーデルが軽口を挟んでくるので、勇者も応戦する。


「フン、後で楽をするための先行投資よ。最低でも後ろを任せられるぐらいにはなってほしいわ」

「が、頑張ります!」

「若いって良いわねぇ。ね、ジャッキー君」


 エーデルが同意を求めると、ジャッキー君はうんうんと頷いていた。やはり変な奴だと勇者は改めて思った。

 主人の影響を受けて、脳がピンク化しているのかもしれない。そのうちエーデルの趣味に同調しはじめて、ピンクの妖精になるのだ。

 妖精の格好をしたピンキーと、ピンクのジャッキー君の群れ。それが勇者を目指して駆け寄ってくるのだ。

 想像してしまった勇者は首をぶんぶんと振って、悪夢を強引に掻き消した。

 

 地上に戻ると、今日はエーデルも戦士ギルドに同行することになった。一番働いたマタリに自分の分の稼ぎをプレゼントするとのことだ。――実際はただの建前で、酒場の体裁を持つ戦士ギルドで軽く一杯ひっかけたいらしい。

 鎧の汚れを洗い落とし、武具の手入れを行なった後、勇者達はカウンターに座って一杯やり始めた。

 乾いた喉に、冷たい酒が染み入ると、勇者はくーっと声を上げた。


「あー美味いッ! やっぱり戦闘の後はこれよね! 乾いた喉に染み渡るわ」

「林檎の果実酒で、そこまで大げさに声をあげるのはお前くらいのもんだろうよ」


 ロブが呆れながらも酒を注ぎ足す。すっかり酒場のマスターが板についてしまっている。そのうち本業にしてもおかしくない。


「何よ。人の好みに何か文句あるわけ」

「別にないさ。俺の出した酒が勇者様のお口に合って、まさに光栄の至りってやつだな」

「フフ、子供には甘い物をあげとけば良いのよ。そうすればぐずらずにご機嫌でいてくれるからねぇ」

「あ、私も林檎の果実酒ください。疲れたときにはやっぱり甘い物が一番です」

「やれやれ、子供ばっかりだな」


 ロブがマタリに果実酒を差し出した後、勇者に向き直る。


「ところで、お前達に少し聞きたい事があるんだが」

「どうやったら勇者になれるかなんて質問には答えられないわよ。勇者は一人で間に合ってるからね。二人も三人もいらないのよ!」


 勇者が多少赤みのかかった表情でケケケと意地悪く笑う。いつもより疲れていたらしく、酔いが回るのが早かった。


「違う。第一、そんなことを俺がいつ言ったんだ!」

「ロブは勇者になりたくないんだ。そっかそっか」

「なりたくない」


 一言で否定されて、勇者は何だか空しくなった。紛らわすために果実酒を一気に飲み干す。


「じゃあ何なのよ」

「……ビーンズ先生のことだ。さっき星教会から発表があってな。ユーズ王国に診療に向かう途中で、盗賊に襲われて非業の死を遂げたと。本当に嫌な世の中だな」

「へぇ」

「…………」


 エーデルが面白そうな表情を浮かべる。マタリは目を逸らして口を横一文字にしている。嘘がつけない人種のようだ。

 勇者はどうでも良い話だと全く興味を示さなかった。


「お前達、この前ビーンズ先生の護衛で迷宮に行ったんだろう? 何かおかしな様子はなかったか?」

「何かって何よ」

「なんでいきなり王国に行くことになったとか、そこらへんの事情だな。ウチのギルドでも世話になった奴が多くてな。少し気になったのさ」


 ロブが真剣な表情で腕組みをする。本当にビーンズの死を悼んでいるのだろう。

 勇者はどう答えるか考える。ビーンズの本性はどうやら闇に葬られることになったらしい。今ここで真相を話したところで、ロブは信じることはないだろう。世の中そういうものだ。偉い人間の言う事は常に正しい。そういう風になっている。


「さあねぇ。なんか迷宮で採取した植物を治療に使うとかなんか言ってたっけ。まぁ、最後まで聖職者として死ねたなら本望じゃないの」

「……そうか。まぁ仕方ないといや仕方ないけどな。実に残念だ。それに、先生のとこで治療を受けてたラムジの奴も未だ戻らん。剣士ギルドを継ごうって奴もいねぇし、あそこはもう終わりかもな」


 ロブの話によると、剣士ギルドの人間はいずこかへの仕官を目指して所属する人間ばかり。ギルド運営を行いたい訳ではないとのこと。星教会の幹部からも、いずれ戦士ギルドと統合することになる可能性を示唆されたらしい。

 一部の血気盛んな連中は、何とか盛り立てようと頑張っているらしいが。マスター不在ではどうにもならないだろう。


「目の敵にしてた剣士ギルドをいよいよ統合出来るんだから、もっと喜んだら良いじゃない」

「馬鹿言え。不戦勝なんかで得意気に大きな顔出来るかってんだ。俺はな、ラムジの奴と正々堂々争いたかったんだよ。それがこんな結果になって拍子抜けだぜ。まったくよ」


 ロブがしかめっ面で吐き捨てる。その言葉が本心かは分からないが、悪くはないと勇者は思った。

 頬杖をつきながら、勇者は薄ら笑いを浮かべて褒めてやる。


「良いこと言うじゃない。ご褒美に奢ってあげる。好きな酒飲んでいいわよ。何でも飲み放題!」

「飲み放題って、俺の酒じゃねぇか。まぁ、気持ちはありがたく貰っておくか。何だかご機嫌みたいだしな」


 ロブが自分で酒を注ごうとしたので、勇者は強引に奪い取る。


「しょぼい入れ方してんじゃないわよ。ほら、一気にやりなさい!」

「お、おい」


 洗ったばかりのジョッキを勝手に取り出して、度数の高い酒をなみなみと注ぐ。そしてドンと景気良くたたきつけた。

 ロブの顔は激しく引き攣っている。


「ゆ、勇者さん。酔ってます? いつもと何だか勢いが――」

「酔ってないわよ! ほら見て、全然酔ってないでしょ!」

「じゅ、十分赤い顔です。しかも凄いお酒臭いです。の、飲んでたのは果実酒だけなのに」

「それだけでこんなに酔えるなんて凄いわ。念のために観察してメモっておきましょう」

「あー、何だか楽しくなってきた。今日は何だか良い日かもしれないわ!」

「意味が分からないです。ど、どういう事なんでしょうか」

「酔っ払いのたわ言を真に受けちゃ駄目よぉ。次の日にはケロっと忘れてるからねぇ。こういう時は、はいはいって流すのが正しいのよぉ」

「フン、お前もたまには良い事を言うな。まさに至言だ」


 ロブとエーデルの言葉は勇者の耳には入らない。完全に出来上がっている

 勇者が上機嫌に酒をあおっていると、ギルドの扉が開く。

 真新しい鎧と立派な剣を身につけた若者、エクセルだ。勇者がそちらを眺めると、笑みを浮かべて近寄ってくる。


「ああ皆さん、本当丁度良いところに! 実は探してたんですよ!」

「おいエクセル。この前紹介してやった仕事はどうしたんだ!」


 ロブが大声で怒鳴りつけるが、エクセルはアハハと誤魔化したように笑う。


「あー、あれは稼ぎが少ないんで辞めました。やっぱり倉庫の番人なんて仕事、僕には似合いません。男たるもの、常に夢は大きく持つべきですよ。折角この迷宮都市にいるんですから。僕は冒険者を辞められません」


 エクセルの能天気な言葉に、ロブは心から深い溜息を吐く。


「お前は生まれる子供の面倒を見なきゃいけないんだぞ。それもいきなり三人もだ。万が一お前に何かあったらどうするつもりだ。多少我慢してでもだな――」

「僕はね、縛られたくないんですよ。彼女達もそれは分かってくれると思います。とにかく、この剣で僕は生きていきます!」


 馬鹿の言葉が耳に入ってくるので、勇者は段々不機嫌になる。全力でぶん殴ろうかと思ったが、体力がもったいないので止めた。

 自分の人生だし、好きなように生きれば良いだろう。好きに生きて好きに死ねば良いだけだ。子供が不憫だが、それは仕方がない。選ぶ自由のない不幸というのも、世の中にはあるのだから。だから選ぶ事が出来るというのは幸運なことだと勇者は思うのだ。


「もう好きにしろ。俺は本当に知らん。お前の人生、お前の好きなようにやれ」

「勿論です! それでですね、実は凄い儲け話がありまして。皆さんにも教えてあげようと思って来たんです!」


 エクセルが勇者を注視して語りかけてくる。どうしても巻き込みたいらしい。

 一切関わりたくないと強調する為に、勇者はそっぽを向いて酒をちびちびとやりはじめた。


「ど、どんな話なんですか?」


 人の良いマタリがご丁寧にも尋ねてしまった。


「実はですね。もうすぐ迷宮中層部に縄張りを持つ、オーク達の宴の日なんですよ。それで、その間だけしか咲かないというオークフラワーを――」

「馬鹿がッ! 宴の時機にあんな場所に乗り込むなんて正気の沙汰じゃねぇぞ。宴の前はオークの凶暴性が増すんだ。熟練でも近寄るのを躊躇う。悪いことは言わん、命が惜しけりゃ止めとけ!」

「全然心配はいりませんよ。去年の宴の時は、なんと全員無事に生還したそうですよ。オークフラワーを高値で売り払って、一気に大金を手に入れたって話です。何でも上手いやり方があるんだそうで。オークを混乱させるためには頭数が要るらしくて、僕も噛ませて貰えることになったんです。それで、皆さんも宜しければと思って誘いに来たんです!」


 エクセルが口先滑らかに説明してくる。エーデルは特に反応を見せず、マタリは反応に困っている。

 金には困っていないので、参加する理由は全くない。

 だがオークフラワーというものが何なのか分からなかったので、勇者は一応聞いてみた。


「ねぇ、オークフラワーって何」

「えーっとですね。その、なんというか。わ、私からは説明しにくいというか」


 はっきりとしないマタリ。もごもごと言葉を濁している。

 エーデルが待ってましたとばかりに嬉しそうな顔で説明を始める。新しい玩具を見つけた子供のような顔で。


「オークの棲家に咲く白い花よぉ。宴に合わせて花が咲くように、オーク達は調整して栽培してるらしいの。花一つで、金貨一枚。束で持ち帰ったら一気に大金持ちの仲間入りねぇ」

「……へぇ。そんな凄い花なんだ」

「どうしてそんなに高く売れるのか聞きたいんでしょう? 当然聞きたいわよねぇ。たかが花なのに」

「別に、そんなのどうでも――」


 丁重に遠慮しようとした勇者を遮って、エーデルが素早く口を開く。


「オークフラワーはね、オークが宴の際に興奮剤として用いる植物なの。人間が服用すると高揚感を得る事が出来る。でもね、その真価は別にあるのよ。それを使ってから性行為に及ぶと、絶頂した後で更に極楽にイケるって話なのよぉ。脳が焼ける程凄いんですって」


 とても嬉しそうなピンキー。勇者は視線を逸らす。

 こういう話題になると、この女は何故か勇者を標的にしてくるのだ。子供だと思って馬鹿にしているに違いない。

 だが言い返す材料もない。放置して相手にしないのが最善だと判断した。


「……あっそ」


 勇者は知らんと更に顔を背ける。


「あらあら、お顔が赤いわよ勇者ちゃん。貴方みたいなお子様にはまだ早かったかしらねぇ」

「…………」


 反応すれば喜ばせるだけなので、勇者は押し黙る。エーデルはさぞや得意気な顔を浮かべている事だろう。

 ちらりと横目に眺めると、思ったとおりだった。


「ど、どうしてそんなに高く売れるんでしょうか」

「手に入れるのも大変だし、数も出回らないからでしょう。市場のオークフラワーの相場はどんどん上昇しているわ。需要に供給が追いついてないのよ。各国の馬鹿貴族達がこぞって買いあさろうとしてるから。どんだけお盛んなのかしら。ねぇ、勇者ちゃん」

「私が知るわけないでしょ!」


 勇者が思わず激昂すると、してやったりの顔でエーデルがほくそ笑んでいる。

 マタリが慌てて話しに割り込んでくる。助け舟のつもりらしい。


「も、もしかしたら、純粋に子供が欲しいだけなのでは」

「そうかしらねぇ。ただ猿みたいに腰振ってるだけじゃないのかしら。一度その快楽を味わうと、病み付きになるらしいわ。貴方も気をつけなさいよ、マタリちゃん。悪い男に騙された後で、変な薬を使われたりしないようにねぇ」

「……なんでマタリだけに注意するのよ」

「色々な趣味の人もいるから、“一応”勇者ちゃんも気をつけてねぇ。多分というか、貴方は絶対に大丈夫だと思うけれど」


 勇者の体を上から眺め、胸の辺りで視線が止まったのを見逃さない。溜息を吐いて、同情の視線を送ってきたことも決して忘れない。


「僕は勇者さんみたいな女の人好きですよ。小柄な女性は抱きやすいですから。それに普段強気な女性ほど夜の方は――」


 エクセルの口をロブが慌てて押さえつける。勇者が殺気を篭めて拳を握り締めたのをいち早く察知したらしい。

 勢いを削がれた勇者は、一瞥した後で馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。


「下品でくだらない話はもう結構! 私はそろそろ帰るわよ。色情狂のピンクと腐れ種馬には付き合ってられないからね。アンタ達で好きなだけ語ってなさい!」

「興味があるなら内緒で色々と教えてあげるわよぉ。あんなことやこんなことも。あ、でも私はそっちの趣味はないからね。あくまで一般常識を教えるだけよぉ。オークフラワーが欲しいなら、自分で手に入れて頂戴ねぇ」

「だ、誰がいるか! 私だってそんな趣味はないってのよ、この脳までピンキー女ッ!」

「フフッ、いつものキレがないわねぇ」

「ぐ、ぐぎぎ」


 勇者が歯軋りすると、マタリが宥めてくる。


「お、落ち着いてください勇者さん。さぁ、深呼吸して」

「それじゃあ盛り上がったところで帰りましょうか。私はお先に失礼するわねぇ。今回は縁がなかったということで諦めてねぇ。男は諦めも肝心よぉ」


 エーデルがエクセルの額を指で弾くと、さっさとギルドから出て行く。


「言いたいことだけ言ってとっとと帰りやがったわよあの年増! 追いかけて徹底的にとっちめるわよッ!」


 勇者は椅子を蹴飛ばしてエーデルの後を追いかける。マタリがその後に続こうとして、財布を取り出す。


「ま、待ってください二人共ッ! あ、ロブさんお代は――」

「今度で良い。ツケにしといてやる。それより、さっさと追いかけないと置いていかれるぞ」

「あ、も、もういない!? 二人とも私を置いていかないでくださいッ!」 


 姦しい三人組を見送り、しばらく呆気にとられていたエクセルが呟く。


「相変わらず嵐みたいな人達ですね。賑やかで楽しそうだなぁ」

「煩くてかなわんがな。……だがあいつらの腕は確かだ。この街でも五本の指に入る徒党だろうよ。俺はそう確信している」

「そ、そこまでですか」

「そうだ。後、勇者の嬢ちゃんを怒らせるような真似は絶対に止めとけ。口だけなんかじゃなくあいつは本物だ。舐めた口利いて叩き殺されても知らんぞ」

「大丈夫ですよ。前もなんだかんだで僕は助けてもらいましたし。それに普段は可愛らしい女の子じゃないですか。一度で良いから一緒の徒党を組んでみたいなぁ。どんな戦い方をするのか見てみたいですよ」

「……もう好きにしろ。だが、俺は警告はしたからな。それとオークフラワーをとりにいくつもりなら、家族に遺書は残しておけよ」

「やだなぁ。縁起でもないこと言わないでくださいよ、ロブさん。僕は死んだりしませんよ! まだまだやりたいことが一杯ありますからね!」


 エクセルは笑いながら酒を飲み干す。ロブは嘆息して、勇者達の食べ散らかした後片付けを始めだした。

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