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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第十五話

 陽が落ち始め、薄暗い闇が徐々に街を包んでいく。中央大通りには夥しい量の光が灯り始めていく。

 アートの街が賑わい始めるのはこれからだ。

 冒険者達が迷宮から帰還し、今日の幸運に感謝する。そして明日も再び美酒に酔うことが出来るように祈るのだ。

 今日の戦士ギルドはというと、普段とは少々異なる賑わいを見せていた。


「ったく、レンジャーの頭と子分達が雁首揃えて押しかけてきやがって。一体なんだってんだよ」


 ロブがわざとらしく溜息を吐く。カウンターには熊のような大男に、柄の悪そうな若者が三人ほど腰掛けている。

 意外と愉快な奴らなのだが、一見しただけでは盗賊以外の何者でもない。

 熊のような大男の名前はボーガン。レンジャーギルドのマスターを務めるクラウの夫であり、日々主夫稼業に精を出している。

 ボーガンは隠したいらしいが、尻に敷かれているのは周知の事実である。噂によると素足で顔面を踏みつけられているらしいとか。

 本人が幸せならそれで良いだろうと、ロブは生暖かい視線を送る。

 その熊男のボーガンが、聞きたい事があると乗り込んできたのだ。一応は商売敵にあたるが、柄の悪さは戦士ギルドと大して代わりがないため、表立って敵対することもない。


「おう、話は簡単だ。てめぇんとこのエクセルって若い奴に聞きたいことがあるんだ」

「エクセルだぁ? あいつなら賞金首に返り討ちにあって全身ボロボロだぜ。今は女どもに看病されてやがる。全く呑気な馬鹿野郎だ」

「その賞金首との戦いの詳細を知りてぇのさ。どうやらうちの若ぇのが五人ばかりやられたらしくてな。衛兵に聞いても知らんの一言、徒党を率いていた剣士のギルドを尋ねりゃ、生き残りは重態で話せねぇと追い返される始末だ。人を邪険にしやがって、全く頭に来るぜ!」


 ボーガンがテーブルを叩くと、グラスが倒れて酒が零れてしまう。隣の手下が慌ててグラスを直し、布で拭き始める。


「頭、落ち着いてくだせぇ。ここでも話を聞けねぇと、姉御に絞められますぜ」

「お、おう。そ、それはまずい。ロブ、大声出して悪かったな。この通りだ、許してくれ」


 ボーガンが顔を青ざめさせて素直に謝罪する。その顔にはみみず晴れのようなものがあり、治り掛けの青痣もついている。

 恐らく、クラウに余計な一言を言って絞められたのだろう。


「別に気にしなくていいぞ。今エクセルを呼びに行かせるからちょっと待っててくれ」


 ロブが合図を送ると、戦士の一人が返事をして出て行く。迷宮から帰還したエクセルは治療を受けた後、近くの宿で休息している。大した怪我ではないのだが、例の女達に甲斐甲斐しく看病されている。呼び出しても全く問題はない。


「ところでボーガン。ラムジの様子はどうだった。相変わらずか?」

「ああ、剣士ギルドでは見かけなかったな。病気で体調が悪いってのは本当じゃねぇのか」

「そうか、まぁどうでも良いんだが」

「へっ、商売敵の事が気になるのは当然だな。とはいえお前のとこは最近景気が良いみたいじゃねぇか。うちのサルバドを討ち取った有望な新人もいるらしいしよ」

「…………まぁな」


 ロブが様子を尋ねたラムジというのは、剣士ギルドのマスターを務めている男だ。そのラムジが継いだバルカ家の名を知らぬ者は、この大陸にはいないだろう。あの伝説の三勇者の末裔で、結界を構築したアート家以上の歴史があるのだから。ラムジはその名に負けないだけの実力を備えた素晴らしい剣術家でもある。

 ラムジは、勇者ラムサスが開いたバルカ流剣術を完全に習得し継承している。叩き上げのロブとは血筋や家柄が天と地ほどの差がある。剣の腕で負けてるとは思いたくないが、一対一で勝てるとは思えない。相手は勇者譲りの剣術を駆使するのだから。

 ラムジはそれに驕らず向上心を持ち続け、自己鍛錬を続け、後進の育成にも力を注いできた。まさにギルドマスターの鑑ともいえる人間。同世代のロブは尊敬と同時に、激しい嫉妬心を抱いたものだ。こんな完璧な人間がいて良いのかと。

 その完璧なラムジも近頃は病気に罹り、剣を取ってはいないという話だ。姿を街で見かけることも少ないという。

 それ故かは知らないが、戦士ギルドは勢いを増していき、剣士ギルドは落ちぶれ始めている。


 暫くの間ボーガン達と世間話を交していると、ギルド員がエクセルを連れて戻ってきた。エクセルは頭部と腕に包帯を巻き、足を多少引き摺っている。だが、骨折はしてないようなのですぐに回復するだろうとのことだった。

 運び込まれた際、ロブは生還したエクセルの頭を強く撫で回した。最後の最後で運が良い奴だと。最終的な生死は運がものを言う。三十人の賞金稼ぎのうち戻れたのは九人らしい。怪我の度合いを考えれば、十分に運が良い部類だ。


「休んでるところを悪いなエクセル。こっちのボーガンに、今回の件をもう一度説明してやってくれ」

「俺はレンジャーギルドのボーガンだ。面倒かけてすまねぇと思ってる。だが、うちは身内同士の繋がりが強いんでな。こんな稼業とはいえ、身内の最後くらいはしっかりと知っておきたいんだ。知ってることだけで構わねぇ。教えてくれ」

「は、はい、分かりました。僕の意識があるところまででしたら、お話できます」


 エクセルが頷くと自分達に何が起こったのかを話し始める。

 エクセルが参加した賞金稼ぎの徒党は、剣士ギルドの人間達が中心となっていた。それにレンジャーや魔術師が加わり、賞金首を討ち取って名を上げようと息を巻いていたのだ。つい最近、恐れられていたサルバドが駆け出しに討ち取られるという出来事があった。賞金首、恐れるに足りずという甘い認識が広まっていた。

 戦士のエクセルが参加を許されたのは魔術師を守る壁役としてだ。

 賞金首の情報を集めていたところ、金貨二十枚の大物、ラス・ヌベスが地下迷宮の十階にいるという情報が入った。徒党の面々は鼻息荒く迷宮に乗り込む事を決定した。

 奇襲挟撃は成功したが、賞金稼ぎ徒党は完膚なきまでに叩きのめされてしまった。人形術師ラス・ヌベスの強さは尋常ではなかったのだ。敵う相手では到底なかった。


「なるほど。あの野郎の人形相手じゃ、即席徒党じゃ話にもならんだろうな。ここまで生き残ってきたのは、それだけの腕があるってこったからな」


 死に様を聞かされたボーガンは、気落ちした様子で酒を飲み干した。技術ばかり叩き込んで、生き残る秘訣を叩き込むのを忘れていたと、嘆息しながら呟く。


「意識を失ってからの事は全く覚えていない。そういう事だったな?」

「はい、次に目覚めたときは迷宮広場でした。自分でも訳が分かりませんよ。どうして僕は助かったんでしょうか」


 エクセルが首を捻る。


「俺も詳しい事は分からんが、衛兵から負傷者がいるから引取りにこいと連絡があったんだ。それと、さっき聞いたんだが、どうやらラスは死んだらしいぜ。奴の住処に、教会の奴らが乗り込んでいったって話だからな。攫われていた何人かが助け出されたとか」


「ラスが異端認定を喰らったのかも知れねぇなぁ。異端審問官なら、あのイカれた人形使い相手でも良い勝負が出来ると思うぜ。あいつらも相当イカれてるからな」

「か、頭。いまのはヤバいですぜ。異端審問官の奴が飛んできやす」

「何、ほんの冗談だ」


 手下の言葉に、ボーガンが笑って誤魔化す。


「俺を巻き添えにするなよ。……しかし、異端審問官か。その可能性は高いだろうな。むしろ今まで異端認定されなかったのが不思議なくらいだ」


 人形術師ラスは、その名の通り人形を使役する。数十の統率の取れた軍勢相手に、即席の徒党では荷が重い。

 だが、あの集団ならば可能だろう。標的を完全に叩き潰し、息の根を止めるまで追い続ける狂信者の群れ。奴らは教皇の人形のようなものだから。


「なんでも、特殊な技術を持つ賞金首を庇ってる奴が教会上層部にいるって噂だぜ。あくまで噂だけどな」

「おい、だから俺を巻き添えにするな。異端狩りに遭うのはゴメンだぞ」

「俺だってゴメンだ。これは噂であって、俺の意見じゃねぇ」

「あの狂信者達にそんな言い訳は通らねぇよ」


 ロブが肩を竦めると、ようやくボーガンも口を噤む。


「そういえば、誰かが戦ってたような気がします。あれが異端審問官だったのかな。意識がはっきりしないので、良くは覚えてないんですけど。何だか可愛らしい女の子だったような」

「また女の話か。お前は本当に懲りない奴だな」


 ロブが呆れると、周りで聞いていたギルド員達が口を挟んでくる。


「エクセルよ、そいつはきっと戦女神だぜ。お前が死んでれば、極楽へ連れてってくれただろうに。お前は本当に運が悪いな!」

「い、いや、生きてるんだから僕の運は良いですよ!」

「俺はその女はきっと死神だと思うぜ。お前の女癖の悪さに呆れちまったのさ」


 茶々を入れてくるギルド員達を、ロブが睨みつけて追い払う。

 ロブはボーガン達に謝罪する。死人が出ているのに、軽々しく冗談を言って良い場面ではない。

 だが悪気がある訳ではないのだ。ただ生死の感覚が鈍っているだけ。毎日死線を潜り抜けていればそうなるのも仕方がない。


「ボーガン、気に障ったらすまん。ウチのは育ちが悪いもんでな。あいつらも悪気はないんだ」

「育ちの悪さなら、ウチも負けてねぇからな。笑い話にでもしねぇと、ここじゃやっていけねぇ」


 ボーガンが笑い飛ばすと、手下達も頷く。結局は自己責任だ。自分から強敵に挑み、返り討ちに遭って死んだ。それだけの話。

 それを理解しているのか分からない男、エクセルが包帯を弄りながら呟く。


「ところで、人形術師ラスの賞金は誰の手にいくんでしょう? 異端審問官が討ち取ったんですよね。もしかして、誰の物にもならないとか?」

「まぁ多分そうだろうな。異端審問官が賞金を貰うなんて話は聞いたことがない。あいつらが欲しいのは、教皇猊下のお褒めの言葉だけだ」

「勿体ないですね。いらないなら僕が欲しいくらいですよ。折角命を危険に晒したのに、手に入ったのはこの怪我だけですよ」


 エクセルが勝手な事を呟いて溜息をついている。

 自分がどれだけ幸運だったかまだ理解できていないようだ。

 ロブは教育を行なう事を決めた。生まれてくる子供を、いきなり父なし子にするのは少々しのびない。多少痛めつけてでも分からせてやった方が良いだろう。


「お前は生きてることだけ喜んでいろ! これから嫌と言うほど説教してやる。ボーガン、お前も手伝え」

「お、教育か? なに、ギルドが違ってても遠慮することはねぇ。若いのに教育するのは先達の義務みてぇなもんだ!」

「そ、そんな。ちょっと疲れたんで、休ませてください。僕、本当に身体が……」

「女のところに逃げようたってそうはいかねぇぞ! このエロ餓鬼がッ!」






 スラム地区を後にして、勇者達は中央地区へ戻っていた。

 まだ顔色が悪いマタリに、勇者は声をかける。


「もう大丈夫なの? 私一人で行くから、先に帰ってても良いけど」

「いえ、もう大丈夫です。ちょっと驚いただけですから。――うっぷ」


 大丈夫と答えつつ、先ほどの光景を思い出したらしく口元を抑えている。

 吐かないだけ大したものだと思うが、涙目なので褒めるのは止めておいた。


「ゆ、勇者さんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫に決まってるでしょう。アンタとは経験が違うからね」

「……で、でも私より年下ですよね。そ、そんなに睨まないで下さい」


 勇者は特に睨んではいないのに、萎縮しているマタリ。顔に出ていたのだろうか。


「生きてきた年数なんて関係ないわ。人の価値は、どれだけの場数を踏んだか。それが全てよ」

「べ、勉強になります」


 勇者の言葉を胸に刻んでいるマタリ。


「そういえば、何でいきなり私は倒れたんでしょうか」

「私が催眠魔法を掛けたから。アンタ鼾かいてぐーすか寝てたわよ」

「え、ええっ! そ、そんな魔法あるんですか!?」

「ちょっと危ないと思ったから掛けただけ。普通は効かないから安心しなさい」

「そうなんですか? 戦っている最中にそんな魔法掛けられたら大変ですよね」

「元気一杯で動いてる相手を眠らせるのは無理よ。精神がひどく弱っていて、抵抗力が落ちているときしか効かないわ。後近くにいないと駄目ね。近くで目を見ないといけないから。……そうだ、試しに掛けてあげようか?」


 勇者が口元を歪めて尋ねると、マタリがぶんぶんと首を横に振る。


「い、いえ、そのお気持ちだけで結構です! 今は全然眠くないので。夜、眠る前にお願いします!」

「いや、アンタの眠気はどうでも良いんだけどね。……今の私なら催眠魔法に掛かる自信があるわ」

「どうしてですか?」

「お前のせいだ」


 勇者がマタリの頬を抓ろうとすると、慌てて駆け出していった。手を引っ込めた勇者はのんびりとその後を続いて行く。走っていく元気が出ない。

 すると先を行っていたマタリがまた戻ってきた。もう抓らないと手を開いて見せると、安堵したように隣へと戻ってきた。


「アンタってさ、なんだか犬みたいよね」

「勇者さんは猫みたいです。つ、抓るのはやめてください!」


 そんなやりとりを何回か行なっていると、いつの間にか戦士ギルドの前へと到着していた。ちなみにコロンとシルカは大分前に引き返している。ここまでのお礼にお菓子を買い与えると、子供らしい笑みを浮かべて喜んでいた。持って帰って皆で食べるそうだ。


「それじゃあ中に入りましょう。面倒事はさっさと済ませないとね」

「はい!」


 マタリを引き連れて、ギルドへと入っていく。扉を開けた瞬間、溢れんばかりの喧騒が響いてきた。

 どうやら、ギルド総出で酒盛りでもやっているらしい。実に喧しい。騒ぎ声が頭に響く。

 こちらに気付いた酔っ払いの一人が、フラフラと近寄ってきた。


「ゲヘヘ、姉ちゃん達、おいちゃんに酌してくれやって――ゲフッ!」

「邪魔よ」


 腹に軽く拳を入れて昏倒させると、勇者は酔っ払いを押しのけながら先へと進んでいく。

 マタリが心配そうに眺めているが、怪我はしないように加減したので、多分大丈夫である。

 カウンターからロブが手を上げて挨拶をしてくる。カウンター席には熊のような大男と、柄の悪い連中が三人ほど掛けていた。


「勇者様のご帰還だな。ボーガン、こいつがサルバドを討ち取った娘だ。勇者ってこと以外は教えてくれねぇから、好きなように呼んでやってくれ」


 ロブの言葉に、ボーガンと呼ばれた熊男がこちらを品定めするように眺めてくる。子分達も同様だ。


「何か用?」

「……てめぇがサルバドをやった小娘か。俺はレンジャーギルドのボーガンってもんだ。人は俺を『鋼鉄のボーガン』と呼ぶぜ」


 ボーガンが名乗りをあげると、ロブがプッと吹き出す。子分達も天井を眺めて何かを堪えているようだった。


「で、その熊のボーガンさんは一体何の用なのかしら」

「く、くくくく、熊だあッ!? てんめぇ、誰に対して舐めた口を――」


 ボーガンが反論しようとして、勇者を睨みつけてくる。勇者がそれに応えて殺気を篭めて睨み返すと、ボーガンの顔が青ざめていく。身体が震え出し、顔の傷痕を落ち着きなく撫で始めた。

 睨み付けていた勇者の方が、大男の激しい動揺を見て思わず困惑してしまう。


「ちょ、ちょっと。そんなに脅えなくてもいいじゃないの。何なのよ一体」

「う、こ、こいつ、この目は駄目だ。クラウの奴が俺を叩きのめすときと同じ目してやがる。あ、あぶぶ――」


 脅えきった熊が、カウンターに座りなおし、正面を向いて酒をちびちびと飲み始めた。

 子分が背中を擦りながら励まし始める。


「か、頭。サルバドを討ち取った奴を勧誘するんじゃなかったんですかい」

「ば、馬鹿野郎ッ! これ以上クラウみてぇな阿婆擦れが増えやがったら、俺の身がもたねぇ!」

「あ、阿婆擦れって。姉御に聞かれたらぶっ殺されますぜ」

「うるせぇ! こいつの狂犬みてぇな目見てみろ! あの悪魔より怖ぇクラウそっくりだ! 寒気がしてきた。鞭で打たれた痛みが蘇ってきやがったぜ。ああ寒い寒い」

「か、頭。そりゃあんまりにも情けなくねぇですかい」

「よし、そこまで言うなら、お前が試しに勧誘してみろ」

「わ、わかりやした」


 子分が向き直り、偉そうに声を掛けてくる。


「おい、そこの小娘。特別にレンジャーギルドの一員になる機会をくれてやるぜ。ボーガンの兄貴にまずは頭を下げな」

「何言ってんのよ。面倒だからお断り。それに熊の手下になるなんて、青シャツの手下になるより嫌よ」


 青シャツ呼ばわりされたロブが眉をヘの字にするが、事実なので仕方がない。毎日毎日青シャツを着ているのだから。

 手下は「分かりました」と丁寧な言葉で頷くと、ボーガンに報告する。


「頭、断られましたぜ。ここは男らしく諦めましょう」

「そうだな。諦めよう。二人もクラウみたいなのがいたら大変だからな。主に俺が」

「確かに姉御が二人もいたら大変ですぜ。頭の顔が青から黒に変わっちまう」

「ハハハ、そんで黒が白になったら更に大変だわな。そりゃ死人の顔色だしよ。って誰が死ぬんだ!」


 勇者は面白い連中の相手をするのはやめて、ロブに話しかける。時間と体力を無駄にしてしまった。


「ねぇ、この疲れる連中は何なのよ」

「ボーガンと愉快な仲間達だ。顔は怖いが、中々面白い連中だろう。腕も結構立つぜ」

「確かに、顔は面白いけど。……まぁいいわ。これ、換金よろしく」


 勇者は皮袋を乱暴に放り投げる。持っているだけで気分が悪くなる一品だ。さっさと処理してしまいたい。


「今日はいつもより軽そうじゃないか。この前は兎の爪やら、蝙蝠の羽やらで一杯だったが」

「奥に行こうと思ったら余計な邪魔が入ったのよ」

「ハハ、まぁそういうことはたまにある。とにかく中身を確認させてもらうぞ。終わったら、お前達も一杯やっていけ。今日は特別に奢ってやる」

「何か良いことでもあったの?」

「いや、馬鹿野郎への説教で盛り上がってたのさ。後は、死者への手向けだな。俺たちには騒ぐことぐらいしか出来ないしよ」

「じゃあ一杯だけにしておくわ。今日はちょっと疲れちゃったのよ。ねぇ、マタリ」


 ロブの申し出を遠慮して、勇者はマタリへと顔を向ける。


「は、はい。ごめんなさいロブさん」

「まぁ無理にとは言わんさ。疲れもあるだろうしな。じゃあ、とりあえず駆けつけ一杯でやっとけ」

「ありがとうございます!」


 ロブがグラスに酒を注ぎ、勇者とマタリの前に置いた。それを受け取り飲み干す。冷たさが乾いた喉に心地よかった。


「ではこちらも仕事をさっさと終わらせるとしよう。――って、おい。兎の爪二個と小袋しか入ってないぞ」

「仕方ないでしょう。今日はネズミばっかりだったから。他の魔物が出てこなかったのよ」

「まぁそういう日もあるか。首狩兎の爪二個に、この袋の中身はっと――」


 ロブが爪を取り出し、小さな布袋を開ける。中身を確認した瞬間、顔色を変える。勇者を睨みつけ、声を上げる。


「……おい、これはどういう事だ」

「何が?」

「とぼけるな。今度はどこの誰を殺ったんだ!」


 ロブが袋を逆さにして中身を出す。黒ずんだ左手が姿を現した。手の甲には魔術師の刻印が記されている。


「狂った人形術師。襲い掛かってきたから、ぶっ殺してやった。こうなったのはただの成り行き」


 笑みを浮かべてロブに答える。


「あのラス・ヌベスをお前が倒したとでもいうのか!? 三十人の徒党が手も足も出なかったあの狂人を!」

「鑑定してみればいいんじゃない。この前みたいに」

「……ああ、そうだな。それが一番早いだろうな」


 投げやりになりながら、ロブがベルを鳴らす。奥で抽出作業を行っていた鑑定士が現れる。

 ロブが左手の鑑定を依頼すると、鑑定士は小さく頷いた。精神を集中し、鑑定術を行使する。左手の持ち主は直ぐに分かった。


「賞金首ラス・ヌベスの左手に間違いありません。賞金首討伐と認定します」


 その言葉に、ギルドの中が激しくざわつく。ボーガン達も唖然としている。


「賞金首ラス・ヌベスに間違いないだぁ? 全く信じられない。お前みたいな新入りが討ち取れる奴じゃないだろう。罠師サルバドといい、こんなことは前代未聞だ! 一体どうやったんだ!?」


 ロブがカウンターをたたきつけ怒鳴り声を上げる。


「どうやったか? 人形を叩き潰した後で、本人を串刺しにして殺してやったの。最後は命乞いしてたけど、魔物は殺さないといけないから、肉片一つ残さないようにぶっ殺してやった」

「お前と、マタリだけで? 嘘を言うな!」

「嘘じゃないわよ。間抜けな賞金稼ぎは私達が助けてやったんだし。第一、賞金首を殺して何か問題があるの? 何がいけないの?」


勇者から笑みが消え、殺意を露わにして捲くし立てる。


「――お、おい。落ち着け」

「私みたいな小娘が、恐れられている狂人を殺したのが気に入らないの? ねぇ、そうなの?」

「ゆ、勇者さん!」


 マタリが制止するが、勇者の言葉は止まらない。


「……そうか、アンタも、あいつらと同じなんだ。私を化物扱いしやがって。今度はされるがままにはならないわよ。二回目も許すほど人間が出来ていないから。全員殺してやる。返り討ちにして一人残らずぶっ殺してやる!」


 ロブは完全に気圧されて反応が出来ないようだ。

 勇者が動き出そうとした瞬間、マタリが慌てて仲裁に入る。身体が後ろから押さえつけられ、何かを口へ突っ込まれた。


「ゆ、勇者さん落ちついて下さい!! そんなに興奮すると身体に悪いですよッ! ほら、これを食べていつもの勇者さんに戻って下さい!」

「――ムグッ」


 焼きたてのパイを強引に勇者の口へとグリグリと押し込んでくるマタリ。勇者の顔がソース塗れになり、口はパイで酷い事になっている。というか、息が出来ていない。しかも熱い。苦しみで悶絶する。


「お、美味しいですか?」

「ムグムグッ、グガ!」

「よ、良く噛んで食べないと、身体に――」


 勇者が薄れる意識で何とかマタリの頬を抓って行動不能にし、パイ地獄から逃れる。

 深呼吸した後、両手でマタリの頬を掴みあげると、万力のように本気で力を篭めた。


「わ、私を殺す気かこの猪ッ! 呼吸ができないでしょうが!! しかも熱いわッ!」

「ほ、ほへんははい」

「アンタにも私と同じパイ地獄を味わってもらおうかしらッ!」


 勇者が別のパイを掴んでマタリの口へ押し込む準備を整える。持っているだけでかなり熱い。これをよくもまぁ人の口へと押し込んでくれた物だ。勇者のやりきれない怒りが増していく。顔はソースで赤く染まり、まるで血塗れのようだ。


「ふ、ふひゅひて」

「…………」

「な、なあ。俺も謝るから、か、解放してやってくれ。ほ、ほら、ボーガンも謝れ!」

「な、なんで俺まで! い、いや、この稼業、助け合いも大事だな。ゴホン、ゆ、勇者さん? どうか、俺の顔に免じて、ここは一つ」

「……ロブ」

「お、おう!」

「外道の賞金を頂戴。銅貨一枚もまからないわよ」

「お、おう。金貨二十枚だな。ちょっと金庫いってくるから待っててくれ。それまでは早まった真似はするなよ!」

「……なんだか疲れ果てたわ」


 勇者がマタリを解放すると、哀れな猪はその場に伸びてしまった。機嫌を取ろうとボーガンが酒を差し出してくる。


「ゆ、勇者さん、どうぞお一つ!」

「どうもありがとう。図体はでかいのに気が利くのね」

「ハハ、そりゃもう、慣れてやすから」

「お礼にこのパイをあげるわ」

「あ、ありがとうございます」


 勇者は掴んでいたパイを渡し、受け取った酒を飲み干す。一息ついてから顔の汚れを布でふき取り、マタリを立たせてやる。


「ほら、もう怒ってないから、立ちなさい」

「す、すいません。頬がなんか千切れているような」

「ちょっと赤くなってるだけよ。むしろ私の顔の方が赤いんじゃないの。激熱パイのせいで」

「た、確かに。リンゴみたいな面白いほっぺと鼻に――」

「お前のせいだろうが!」


 勇者の怒鳴り声に、慌ててロブが戻ってくる。


「ま、待たせたな! 金貨二十枚と兎の分だ!」

「……ありがとう。マタリ、帰るわよ!」

「は、はい!」


 勇者が鼻を鳴らして戻ろうとすると、ロブが後ろから声を掛けてくる。


「……悪かったな。俺としたことがつい興奮してしまった。駆け出しが連続で賞金首を狩るなんて、今まで経験がなかったものでな。本当にすまなかった」

「別にそういうの慣れてるから。今回は私も思わず熱くなっちゃったわ。ごめんなさい。もう、化け物でもなんでも好きに呼んでくれて構わないから」


 外道と一戦交えたからだろうか。精神が消耗している。いつもなら笑って流すところを、カッとなってしまった。


「いや、ギルドの仲間を助け出してくれて感謝しているんだ。エクセルはお前のおかげで助かった。今回の事はギルドへの貢献として記録させてもらう」

「…………」

「それと、お前達が都合の良いときに、職業認定試験を行うつもりだ。準備が出来たら俺に言ってくれ」


 勇者は首を傾げる。確か職業を認定してもらうには、実力を認めてもらわなければならなかったはず。ということは、お墨付きをもらったということか。


「こんなに早く試験を受けちゃっていいの?」

「確かに、本来なら三カ月間ぐらいは様子を見てから、許可を出すんだがな。お前達の腕前なら十分だろう。特例って奴だな。さっさと奥に進んでもらった方が、ギルドの評判も高まる」

「マタリ、アンタはそれで良い? 次の機会には認定試験を受けるってことで」

「私は構いません! 私が認定をもらえるかは不安ですけれど」

「俺の見る限り、基礎は出来ているから大丈夫だ。大事なのは戦う心構えだ。腕だけじゃなく精神力も見るからな。まぁ、楽しみにしていろ」

「分かりました!」


 ロブの言葉に、明るく返事をするマタリ。


「それじゃあ今日は帰るわ。騒いで悪かったね。マタリ、宿に戻りましょう」


 金貨の詰まった袋をしまい、勇者は謝罪する。ボーガンに視線を送ると、慌てて顔を逸している。手下達が苦笑しながら頷いているので、勇者は彼らに手を上げておいた。


「調子を整えてから来いよ。別に慌てなくても試験は逃げないからな」

「はい! それではロブさん、皆さん、失礼しますね!」


 再び騒ぎ始めた酔っ払い達を押しのけて、勇者達は出口へと向かう。

 行く手を遮るように、包帯を巻いた若い男が立ちはだかった。

 疲れていた勇者は睨みつけるが、全く動こうとしない。先ほど騒いでしまった手前、蹴り飛ばすのは自重した。

 イライラを押し殺して話しかける。


「……ねぇ、どいてくれる? とっても邪魔なんだけど」


 その言葉に、笑みを浮かべる若い男。馴れ馴れしく勇者の手を取り、握手をしてくる。


「僕の名前はエクセルと言います。この戦士ギルドに所属しています。先ほどからお話を聞いていたんですが、貴方が賞金首ラスを討ち取ったんですよね?」

「……そうだけど、それが何か?」

「実は僕もあの時あの場所にいたんです。あやうく殺されるところを救って頂き、本当にありがとうございました。助かった他の人達も、心から感謝していると思います」


 手を離そうとせず、エクセルは感謝の言葉を述べる。

 勇者は軽く微笑んだ。真正面からの感謝の言葉には慣れていないので、居心地が悪かったこともある。

 だから、エクセルのことをまだ思い出せていなかったのだ。マタリは胡散臭そうにエクセルを眺めているのだが。


「……折角助かったんだから、その命大事にしなさい。次はないかもしれないわよ」

「はい、肝に銘じます。本当にありがとうございました」

「そう。じゃあそろそろどいてくれるかしら? 宿に帰って寝たいのよ。そろそろ精神力が尽きそう」


 勇者がそう告げるが、エクセルは手を離そうとしない。

 両手で勇者の手を掴むと、エクセルが爽やかに微笑む。


「――え、ええと。良ければ、貴方のお名前を教えては頂けませんか?」

「……なんで?」

「命の恩人のお名前を、心に刻むのは当たり前のことです。こんなにも可愛らしいお嬢さんなら尚更です。その機会を逃したなら、僕は死んでも死に切れないでしょう」

「……名前は記憶喪失で忘れたから、思い出すまでは勇者で良いわ。というか、いい加減手を離してくれない?」

「記憶喪失、おお、なんということだ。勇者さん、もし良ければその悲しみを癒す手伝いをさせてください。僕でよければ、貴方達の徒党に参加させて頂きます。僕は剣には少々自信があるので、きっと貴方のお役に立てるでしょう」


 勇者の手を撫で回してくる。マタリが背中をグイグイと警告するかのように引っ張ってくる。言われなくても分かっている。

 勇者の目が細まる。完全に思い出したのだ。この若い男は、徒党の女三人に子供を作った奴だ。それで、賞金稼ぎに参加するとか言っていたような。


「間に合ってるわ。身の程を知らない馬鹿を連れて行くほど、私も暇じゃないのよ」

「いやいや、そう仰らずに。僕はきっとお役に――」

「うるさいわね」


 手を引き剥がし、強引に振り払って出口へと向かう。時間の無駄をしてしまった。

 エクセルは更に食い下がってくる。


「あ、ま、待って――」


 我慢の限界に達した勇者は、無言で裏拳を叩き込んだ。一応加減はしてあるが。

 最初からこうしておくべきだった。崩れ落ちる大馬鹿者をとどめとばかりに足蹴にすると、勇者達はようやくギルドを後にした。

 



「……お前、口説くにしても相手を見たほうが良いぞ。さっきの俺とのやりとりを見てただろう。一筋縄で行く相手じゃないだろうが」


 ロブが倒れこんでいるエクセルに声を掛ける。勿論、呆れ顔でだ。


「い、いや、流石に口説くつもりはなかったですよ。僕には妻が三人いますからね! でも、僕も仲間に入れてほしかったなぁ。勇者さん、強いし、格好良いし、凄い好みです」


 頬を押さえながら、ブツブツ独り言を呟くエクセル。ロブもその根性だけは認めるが、鼻からは血が流れている。

 というか、妻が三人もいることを少しは疑問に思えと突っ込みたくなる。貴族ならともかく、ただの冒険者なのだから。


「……お前が死ぬとしたら、多分魔物じゃなくて痴情のもつれなんだろうなぁ」


 ロブが呟くと、周囲の酔っ払いも心から同意するように頷いている。


「ど、どういう意味です?」

「そのままだ」


 ロブとエクセルの情けないやりとりを見て、ボーガンが呟く。


「あの若いの、クラウが見てたら確実に鞭打ち百の刑だったな」

「間違いないですね。姉御が大嫌いな腑抜けた性格ですし。多分、性根を徹底的に叩き直されやすぜ」

「俺もな、昔は、あんな感じだったんだ。ここだけの話だが」

「またまた頭、ご冗談を。頭ほどの男前が、あんな腑抜けた人間の訳が――」

「…………」

「ほ、本当だったんですかい」

「……手を出す相手を、間違えた」





「それにしても、この街に温泉があったなんてね。本当に気分爽快ね」


 極楽亭への帰り道。マタリの提案で大浴場へと寄り道をしたのだ。

 それがまた、実に素晴らしい湯加減。身体をホカホカさせながら、勇者は満面の笑みを浮かべる。

 人もそんなに多くはなく、実に快適に過ごすことが出来たのだ。

 血の臭いやら、腐臭やらがすっかり取れてご機嫌である。


「はい、この街は魔物が出てくるまでは温泉で有名だったそうですよ。今は迷宮の街としか認識されてないですけど」

「そっかそっか。とにかくまた来るとしましょう。あー、これで気分良く寝れそうだわ」


 温泉上がりに酒を飲み、ほろ酔い気分になってしまった。後は着替えて寝るだけ。勇者は小さな幸せで一杯である。


「そんなに喜んでもらえて良かったです! 勇者さん、なんだか疲れて元気がなさそうでしたから」

「今はもうすっかり元気よ。ありがとうね、マタリ」


 勇者は素直に感謝を伝えた。マタリは見慣れないものを見たかのように、妙な顔をしている。


「い、いえ。こちらこそ」

「何それ。意味が分からないわ」

「いえ! 本当に何でもないんです」

「ふーん。まぁ良いけど。じゃ、帰りましょう!」

「はい!」


 極楽亭へと到着すると、客がジロジロと眺めてくる。恐らくラス・ヌベス討ち取りの件が伝わったのだろう。

 マスターが声を掛けてくるが、疲れてるからまた明日とやり過ごす。

 階段を上り始めると、下からリモンシーが話しかけてくる。


「あ、勇者ちゃーん。ちょっと大事なお話があるんだけどー」

「また明日聞くわ。今日はもう寝たいのよ。誰にも邪魔をさせないわ」

「あそう? じゃあいいわ。ま、仲良くやってねー」

「何よそれ」


 勇者の問いかけに、リモンシーが意味ありげに微笑んで受付へと戻っていった。

 理解できないが、どうでも良いかと判断し自室へとたどり着く。

 鍵を開け、勢い良くドアを開けると。


「はぁい、お帰りなさい。また随分と遅かったのねぇ。あまりに暇すぎて、自分のベッド用意しちゃったわよ。今度はもう少し広い部屋にしてほしいわねぇ」


 二個であった質素なベッドは端に押し付けられ、センスの悪いピンク色のベッドが、中央で激しく自己主張をしている。

 カーテンまでピンクに変化している。テーブルクロスもピンク。ピンクピンクピンク。いわゆるピンキー。寝転がって本を読んでいる人間の服もピンキーだ。

 目が痛くなり、勇者は思わず目の付け根を押さえる。


「? どうしたんですか、勇者さん。早く入りましょうよ」


 中の惨状は、勇者の身体が邪魔してマタリには見えていない。


「私ね、自分のベッドと枕じゃないと寝れないのよ。繊細だから仕方ないんだけど。ああ、それにしても狭くてセンスの悪い部屋ねぇ」

「……失礼しました」

「ちょ、ちょっと――」


 そっとドアを閉めると、勇者は今の光景を見なかったことにした。例えそれが現実逃避だとしても、誰も責めることは出来ないだろう。

 勇者はドアを背に思わず座り込んでしまった。

 中からは、誰かが文句を言っているような騒ぎ声がする。

 マタリが心配そうに身体を押さえている。

 突如として世界が暗転すると、勇者の意識はそこで途絶えた。

 ――どうやらピンクのせいで、温泉で回復したばかりの精神力が尽きてしまったようだ。

若き日のボーガンさんは自称イケメンでした。

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