第十六話
アートの街には星塔と呼ばれる巨大な塔がそびえている。大陸の主教である星教会の本部であり、教皇たるエレナ・エカルラートは最上階にて星を詠み、教徒達を導いている。
初めてこの街を訪れた者は、その巨大さと荘厳さに目を奪われるだろう。
星に少しでも近づくことを目指し、技術の限界まで高く築き上げた星塔。
完成したのは、今から百年ほど前。細部にまで施された美麗な装飾は、著名な芸術家が魂を籠めて作り上げたものである。
塔建築の際に掛かった費用は莫大なものであったが、それを容易く捻出出来るまで、星教会の力は肥大化していた。
「崩壊した嘆きの祠の調査はどうなっているか」
ここは教皇の間。星教会上層部が集められ、懸案事項についての話し合いが行なわれている。
赤い豪奢な装束を纏ったエレナが誰にともなく尋ねる。星教会の教皇は『赤き衣』の血を引く事を示すため、赤色の装束を纏う事が義務づけられている。
司教ニカラグが一歩進み出て答える。
「はっ、現在も瓦礫の除去作業が続いております。未だ内部までは手が届いてはおりません。もう暫くかかるかと」
「預言書の信憑性を確認したいのだ。作業を急がせよ」
「はっ!」
ニカラグが下がると、代わるように進み出た枢機卿のイルガチェフが声を荒げる。
彼は緑の衣の末裔。それを現すために緑の装束を身に着けている。
「なんたることを仰せられるのか! とても教皇猊下の言とは思えませぬ。星教の始祖が書き残し、歴代の赤き衣により受け継がれてきた預言書。それに疑いをもつなど」
「私に洗脳を掛けようとした人間達が残した物など、全く信用ならぬ。私は自分の目と耳で確認したことのみを信じる。イルガチェフ、お前は亡き先代と私、どちらの味方なのだ。今すぐ答えよ」
エレナが鋭くイルガチェフを睨みつける。
「……私はエレナ様の忠実な僕にございます。教皇にお仕えするは最上の悦び」
「ならば良い。――嘆きの祠の封印が解かれし時、世に災厄が降り注ぐ、か。にわかには信じ難いが、備えはしておくに越した事はあるまい」
「はっ、我ら教会精兵部隊ラフロレンシア、どのような敵が相手でも必ずや殲滅してみせます!」
「同じく異端審問局、猊下に逆らう愚かな異端を悉く抹殺してご覧に入れます!」
「よろしい、その調子で戦力の増強に努めるのだ。どのような事態にも対処できるよう万全の態勢を整えよ」
「はっ!」
二名の指揮官が敬意を捧げ、恭しく跪く。
教会の衛兵の中から、特に信仰心に篤い者が選抜され構成される部隊『ラフロレンシア』。
教皇の命には絶対服従、疑問を持つことすらない狂信者だけが集められた『異端審問局』。
この二つが、教皇の忠実な手駒として数々の異端を屠ってきた武闘派集団である。
イルガチェフが再び進言する。先程よりも前へと進み出る。
「エレナ様。今こそ星教会の至宝たる『星玉』を完成させる時です。歴代教皇の悲願であった星玉の完成、それが目前で足踏みとなっております。中断していた魔素注入作業の再開を、直ちに許可して頂きたい!」
「それはなりませんぞエレナ様。あのような禍々しい物を完成させることはなりません。むしろ直ちに魔素を除去する作業を開始するべきです。間もなく準備は整います」
「ニカラグッ! 貴様、何をぬかすのか! 教会の至宝たる星玉を禍々しいとは、異端同然の発言だ! ふざけた準備など即座に中止せよ!」
「私は正直に申し上げているまで。あれは人の手にはあまる代物です。存在自体が危険極まりない。至宝どころか破滅をもたらす魔の塊だ!」
「黙らぬかッ! 異端審問官、直ちにこやつを捕らえよ! 枢機卿たるこのイルガチェフが命じる!」
激昂したイルガチェフが、異端審問局の長に命じる。だが局長のイコナは我関せずの態度を保ったままだ。
「イルガチェフ枢機卿。我ら審問官はエレナ様の命令のみに従う。まずはエレナ様のご判断を仰いでいただきたい」
「ッ、エレナ様!」
「星玉については、まだ判断すべき時ではないと考える。恐ろしいまでの力を感じるが、それは逆に脅威にもなり得るということだ」
「エレナ様までそのような事を! 星玉を完成させることは、教皇たる貴方が果たすべき義務だ! 完成の暁には偉大な星神が我らを導いてくださる!」
「私はそのような義務があるなどと全く思っていない。あれは巨大な魔素の塊に過ぎない。星神は我らの頭上に常に輝いているのだから」
そう断言してイルガチェフを一蹴する。だが、内心でエレナは迷っていた。完成間近で中断させている星玉。果たして完成させて良い物かどうか。禍々しいどころか、闇そのものにしかエレナには見えない。本来ならば直ちに破壊すべきであろう。
だが、その強大な力は武器にもなるのだ。あの預言が真実であった場合、星玉の力が必要となるかもしれない。一度魔素の除去に取り掛かれば、もう取り返しはつかない。壊した器に、再び水を満たす事はできないのだ。
保守派の中でも過激な一派を率いるイルガチェフは、直ちに完成させるべしと主張する。改革派のニカラグは、教会に過ぎたる武力は不要と訴える。万が一災厄が降りかかったとしても、全ての人間の知恵と努力で打ち払うべしと唱えているのだ。
現在の所、魔素は魔道具や武具などに練りこむ素材として用いられている
「……星玉は現状維持とする。イルガチェフ、作業の再開はもうしばし待て。ニカラグ、除去作業の準備だけは整えておくように。近いうちに、必ず私が判断する」
「――は、はっ」
「畏まりました。ですが、なるべく早めの対処をお願いいたします」
最後まで魔素の除去を促すニカラグを、イルガチェフが殺意を露わにして睨みつける。
「イコナは少し話があるので残るように。他の者は下がって宜しい。――我らに星の導きがありますよう」
「――我ら星教徒に星の導きを。生きとし生ける者、全ての者に光あれ」
エレナの祝詞に続いて、場にいる全ての人間が祈りを捧げた。
イルガチェフ達が退出すると、場にはエレナと異端審問局局長イコナが残される。
エレナが手招きすると、イコナは至福の表情で近づいていく。恭しくエレナの手をとると、跪き言葉を待つ。
室外に声が漏れない様に細心の注意を払い、エレナは小声で告げる。
「イコナ、緑の衣――イルガチェフ枢機卿を内偵せよ。手駒を用いて私的に魔素を入手しているという情報が入っている。星玉は『緑の衣』の末裔である奴の管轄下。イルガチェフ一派が暴発せぬよう、細心の注意を払え」
「直ちに異端として捕らえ、尋問してはどうでしょうか。罪状はどうにでもなります」
イコナが積極的な懲罰案を提示する。本来ならば教皇から疑いを掛けられた時点で死が確定すると言っても過言ではない。証拠など後からいくらでも作りだせるのだから。
エレナは首を横に振る。教皇とはいえ、全ての教徒を指揮しているという訳ではない。
直属として自由に動かせるのは異端審問官と精鋭部隊ラフロレンシアぐらいだ。
エレナの下に、枢機卿と司教達がおり、そこから枝別れして各支部が連なっている。イルガチェフを潰そうとすれば、連なる保守派の反発を招くのは間違いない。全ての教徒が納得するだけの証拠が必要なのだ。
「それでは内部抗争に繋がりかねない。まだ奴が黒という確たる証拠がないのだ。だが、賞金首を匿い、邪な研究を行なっているという噂もある。我が忠実なる僕イコナよ。奴が異端であるという確かな証拠を掴むのだ」
「我らにお任せを。エレナ様に逆らう者は全てが異端。必ずや証拠を掴んでご覧に入れます」
エレナは頷き、静かに立ち上がる。ふと思い出した事があり、イコナに顔を向ける。
先ほどまでとは違い、どこか悪戯めいたものが浮かんでいる。
「ところでイコナ、この街に勇者を名乗る者が現れたという話は本当か」
エレナがある筋より入手した情報。勇者を自称し、地下迷宮へ挑み始めたという。
「はい、確かに勇者を称する少女が、賞金首サルバド、及びラス・ヌベスを討ち取ったようです。真偽は分かりませんが、かなりの実力を持つのは間違いないかと。お気に召さないのであれば、直ちに拘束し対処しますが」
イコナの提案を、エレナは苦笑しながら却下する。
「その必要はない。むしろ興味があるのだ。恐るべき災厄を払うのは、星玉などよりも勇者の方が夢があって良いとは思わんか。……機会があれば、一度会ってみたいな」
エレナが歳相応の穏やかなものを浮かべる。そこには威厳ある教皇の表情はない。
「エ、エレナ様、そのような素性の知れぬ者を――」
「ではイコナ局長。その者の素性を調べて、安全と分かったら報告せよ。良いな」
「は、はっ!」
エレナは何か言いたげなイコナを残し、教皇の間を後にする。
勇者については後日の楽しみにするとして、預言書について考えを巡らすことにした。
預言書には別の文言も残されている。『魔素を集め、星玉を完成させるべし。さすれば星神は舞い降りる。偉大な神の導きにより、人々には大いなる救いが訪れる。闇は必ずや退くだろう』と。
星教を開いた初代赤き衣は、地下迷宮より現れた魔物の死体から、魔力の結晶体――魔素を抽出できることを発見した。
更に赤き衣は、魔素を凝縮し神の依り代を作り上げる事で、星神を現世に降ろす事が出来ると告げた。神から大いなる使命を託されたのだと。果たす事が出来れば、我々は必ず救われると教徒達に説いたのだ。
神降ろしを実現させる為、星教会は全力を挙げて取り組み始めた。魔素を効率よく集める為にギルド制度を構築し、封じていた地下迷宮を開放、探索活動を奨励しはじめたのだ。
報酬を出すことで多数の冒険者達に迷宮に挑ませ、ギルドを通して魔素を掻き集める。教会は冒険者を管理することで、魔素の流出を出来る限り抑えることが出来る。その制度を立案し構築したのも、創設者である『赤き衣』だ。
赤き衣の血を受け継ぐエレナも、当初は預言書に疑問を抱くことはなかった。教皇である父や、側近達から幼少時より教えを叩き込まれ、それが当たり前だと思っていた。自分もやがては教えを遵守し、人々に救いをもたらすのだと、そう信じきっていた。
だが父が急死すると環境は一変する。エレナは若くして教皇の座を継ぐことを強いられた。まだ教育が途中だったのに継ぐ事になってしまったのだ。
エレナが教皇になると、イルガチェフとニカラグの二名が教育を引き継ぐこととなった。
イルガチェフは先代教皇の葬儀や、混乱収拾の為に多忙であり、まだ改革的思想を隠していたニカラグが主な担当となる。
ニカラグは待ってましたとばかりに改革的思考を植えつけ始める。広い視野をもった考え方の重要性を説き、エレナの妄信的思考に大きなひびを入れてしまった。
エレナが独自の思考を持ち始めるようになると、先代の側近達は多いに慌てた。最早一刻の猶予もならぬと、代々秘密裏に行われてきた儀式を強行したのだ。
不穏な空気を感じていたエレナは予め保険を掛けていた。自分の居場所を常に把握しておくよう、ニカラグに申し入れておいたのだ。
察知したニガラグと依頼を受けたレンジャー達が儀式に乱入し、エレナを救出した。
先代の側近達はエレナの指示により、異端の烙印を押されて処刑された。洗脳の儀式は未遂に終わったのだ。
この儀式は、初代赤き衣の死から必ず行なわれており、彼の者の遺志を忠実に宿すことが出来るものだった。
当人の意思、思考を強引に掻き消し、初代の魂を受け継いでいく呪われた儀式。エレナは寸前の所で難を逃れる事ができた。
エレナはそれ以来、星教会に対し疑問を抱くようになった。代々受け継がれてきた預言書に対し、強い疑心を抱くようになったのだ。
星教会の教え自体に問題はない。決して邪だとは思わない。だが、星玉に対する入れ込みようは尋常ではない。遺志を受け継がせ、確実に完成へと導こうとする狂った思考。それを疑問に思わなかった先代側近達。
イルガチェフの執着も異常に思える。そもそも、何故このような仕組みを作り上げねばならない。これではまるで、星玉を作り上げる為だけに教会が存在しているかのように思える。
エレナの問いに答える者はいない。星玉を完成させるべきか、破壊するべきか。若き教皇、エレナの葛藤は続く。
(作るべきか、壊すべきか。……よりにもよって、私の代で嘆きの祠が崩れてしまうとは。預言書を信じる訳ではないが、災厄の訪れを放置する訳にもいかない)
伝説の三勇者のお伽噺を思いだしたエレナは苦笑する。
(例の勇者が本物ならば助かるのだけれど。災厄を振り払う為に現れた救世主。……それはあまりに都合が良すぎるか)
◆
「ああ、焼きたてのパンが美味しい。こっちのスープも絶品ね。これはかぼちゃかしら。マスターの料理は本当に美味しいわ」
勇者はパンを貪りながら、スープを口へと運ぶ。滑らかでコクのある味わいが口内に広がる。
続いての獲物を定める。目玉焼きも捨てがたいが、ここは赤く熟したトマトを頂く事にした。
フォークを突き刺して、汁が垂れないように注意しながら齧りつく。
「あ、あのー」
「こっちのトマトも最高ね。あ、マタリ、その苺いらないならもらっちゃうわよ」
「そ、それは私が楽しみにしていた――」
「嘘よ。人のを取ったりしないわよ。まだ私の苺は残ってるしね」
「いや、そうじゃなくて。あのう」
マタリが何か言いたそうな顔をしている。その隣ではピンキーがニヤニヤとした表情を浮かべている。
勇者は敢えて無視したまま人参ステイックを噛み砕く。
「ふふ、そうやってると小動物みたいねぇ。はい、この炒めた向日葵の種をあげましょう。甘味があって美味しいわよぉ」
勇者に植物の種を差し出してた。無言で奪い取り、口に放り投げる。音を立ててバリボリと噛み砕くと、ペッと薄皮を吐き捨てる。
「アンタね、昨日も勝手に入り込んでたみたいだけど。とっとと自分の家に帰りなさいよ」
勇者が疲労でぶっ倒れた後、目を覚ましたらピンキーがいた。ピンクは夢ではなかったらしい。
「仲間に冷たいとそのうち酷い目に会うわよ。ねぇ、マタリちゃん」
「え、ええと。は、はいそうですね」
「ほら、マタリちゃんもこう言ってるわよぉ」
語尾を延ばして得意気な顔のエーデル。
勇者がジト目でマタリを睨むと、明後日の方向を向いた。
「一体いつの間に私達の仲間になったのよ。意味が分からないわ。第一、アンタには死体のお仲間がいるじゃない。勝手に仲良くやってなさいよ。私の目が届かない場所でね」
「あらあら、つれないわねぇ。魔術師はどこでも引く手あまたなのよ。それを無下にするなんて信じられないわぁ」
「だって、アンタピンクだし。目が痛いのよ。服もピンク。帽子もピンク。ベッドもピンク。夢の中までピンク尽くしだったのよ!」
勇者の寝起きは最悪だった。ピンクの悪夢が精神を蝕んでいたのだ。夢の最後にはピンクの衣装まで着せられていた。それを見たマタリが爆笑して転げ回っていた。勿論夢の話だが。全く意味が分からなかった。
「ピンクの何が悪いのかしら。明るくて優しいでしょう。心が温かくなる素敵な色なのに」
「ものには加減ってものがあるでしょうが。魔術師って単色が好みなの? 前は黒尽くめの偏屈な奴だったけど」
勇者がひよっこ黒帽子を思い浮かべる。外道人形術師は緑色だった。
「そうねぇ。そういわれると、統一した色を好む人が多いわねぇ」
「後、魔術師って性格が捻じ曲がってる奴が多いわよね。今まで会った奴全部変人だったし」
勇者が語ると、エーデルが不満そうな顔をする。
「それは偏見よ。そういうことを言うなら、私だって小生意気な勇者を知ってるわ。からかうと結構面白い小娘なんだけど」
エーデルがいきなり指で突いてきたので、勇者の血圧が上がる。だが挑発に乗っては思う壺と、勇者は平静を保とうと努める。
「……ふふん、私はそんなことで怒ったりはしないわ。大人だからね」
「あらそう。じゃあこの苺はもらっちゃうわね」
エーデルが勇者の皿から苺をつまんで、食べてしまった。勇者が最後の楽しみに残しておいた大粒で甘そうな苺。
「こ、こんのクソ女! わ、私の大切な苺をよくも! 食べ物の恨みは大きいわよ!」
「はいどうぞ」
エーデルが掌から食べたはずの苺を取り出した。顔にはしてやったりというものが浮かんでいる。
勇者は無言でそれを奪い取り、顔を逸らす。
エーデルは一度姿勢を正すと、正面から頭を下げた。
「……ごめんなさい、からかうつもりはなかったの。改めてお願いするわ。私を、貴方達の仲間に入れて欲しい。必ず役に立って見せるわ」
「……はぁ。もう、分かったわ。私は来るもの拒まず、去るもの追わずだからね。マタリが良いって言ったら仲間に加えるわ」
「え、ええっ! 私ですか!」
「そう。アンタに任せた」
勇者は全部マタリに丸投げした。答えは分かっているから、もうそのつもりではある。
「え、ええと。魔術師の方に来てもらえればとても心強いです。どうかよろしくお願いします!」
即断するマタリ。決断が早い女である。もう少し考えるフリをしても良いだろうにと勇者は思ったが、口には出さなかった。
「どうもありがとう。……素直で良いわねぇ。どっかの捻くれ小娘と大違い。それじゃあこれから末永く宜しくね」
「こちらこそ、色々教えて下さい! エーデルさんは迷宮に慣れてるみたいですし。よろしくお願いします!」
マタリより年上が入ったという訳だ。勇者が十七、マタリが二十。エーデルの正確な年齢はわからないが、肌の艶や、喋り方から推測するに三十前半から半ばといったところか。
勇者の不躾な視線に気付いたのか、エーデルがこちらを睨んでくる。
「貴方、今失礼なこと考えてなかった? そう、例えば私の年齢についてとか」
「ううん、全然そんなことない」
勇者はすっとぼけた。
「私はまだ二十九だから。貴方達とあまり変わらないのよ」
「私は十七だから全然違うわね」
「全然変わらないわね」
気まずい妙な沈黙が卓を包む。マタリが手を叩いて話しを変え始める。
「じゃあ、もう一度ちゃんと自己紹介をしましょう! 私はマタリといいます。立派な戦士になる為に修行中です!」
「私は魔術師エーデル・ワイス。死霊術師よ。死にそうになったらいつでも連絡してね。有効活用してあげるから」
「……アンタ、笑顔で何言ってんのよ」
「わ、私は遠慮しておきます」
エーデルの冗談にマタリが顔を青ざめさせて答える。
後一歩でそうなるはずだったと言ったら、さぞかし顔が白くなることだろう。
「あー、私は、勇者をやってるわ。名前は……。名前、あーなんだっけ」
勇者は困ったように頭を掻く。余に長い事勇者を名乗ってきたので、すんなりと本名が出てこなかった。頭を捻って考える。
「えーと、ゆ、勇者さん?」
「記憶喪失で、名前が思い出せない? ……あれ、そうだったっけ? まぁ、何でも良いわ。アンタ達の好きなように呼んで」
勇者が目を泳がせながら苦笑する。
「……貴方、大丈夫? 何だか顔色が」
「勿論大丈夫よ。お腹も一杯だし」
「……で、名前は?」
「勇者で良いわ。思い出したらすぐに言うから。別に隠す必要もないでしょ」
「…………」
「何よ。私の顔に何か付いてる?」
「ううん、分かったわ。いつか聞かせて頂戴ね。楽しみに待ってるから」
エーデルが素直に引き下がると、マタリもそのまま押し黙った。
勇者はなんとなく居心地が悪くなり、エーデルに話題を振る。
「で、結局アンタは何が目的なの? ただの暇つぶし?」
「んー、そうねぇ。それもあるけれど。貴方の使った魔法に興味があるのよ。私達が使う魔法とは違うように思えるし。是非間近で見せて欲しいと思ったの」
「欲望に正直ね。で、後は?」
「貴方が死んだら、死体を回収したいと思って。有意義に使わせてもらうから心配はいらないわ。新鮮な死体を回収するには、常に近くに居る方が良いでしょう? 勇者の死体なんて中々手に入らないだろうし」
エーデルが上機嫌で微笑むと、勇者は疲れたように溜息を吐く。
どこまで本気か分からないが、これからもこういうのが続いていくのだろう。賑やかで良いかもしれないが、マタリとはまた違う疲労が溜まりそうだ。
というわけで、先に迷惑料を頂いておく事にした。
「そうなんだ。じゃあアンタの苺は頂いておくわね。美味しそうなのに、残したりしたらもったいないものね」
へたを素早く取って、勇者は口に入れて咀嚼する。甘酸っぱくて、実に美味しかった。
「ちょ、ちょっと!! それは私が最後に食べようと残しておいた奴よ!」
「うるさいわね。さっさと食べないのが悪いのよ。ばーかばーか!」
勇者は舌を出して挑発する。何故かマタリは額を抑えて疲れた表情をしている。
「こ、この糞餓鬼ッ!」
「怒ると皺が増えるわよ、ピンクの年増婆!」
「今すぐ死体にして、ひん曲がった根性叩きなおしてやるわ!」
面白い顔になったエーデルが掴みかかって来たので、勇者が立ち上がって応戦する。
近くにいるとうるさい事この上ないのだが、酒場の賑わいに掻き消されているので、特に目立ってはいない。
柄の悪い冒険者ばかりなので、騒がしいのは当たり前なのだ。
「だ、誰か、この人達を止めてください。だ、誰か――」
マタリのささやかな願いは、喧騒に掻き消されて誰にも届くことはなかった。
争っている本人たちにも。マタリはうなだれた。
面白い顔のピンキー。あかんべえをする勇者さん。疲れた顔のマタリさん。ズッコケ三人組の完成です。




