王子が岳パークセンター
出産イベントも無事終わり、僕らは子供を授かった。
そこから数年間は何をしていたか思い出せない。
本能的に一人になることを嫌がって昼夜問わず、特に夜泣きにはかなり手を焼いた。
限界に来たので父母を頼った。
後で聞いたのだが、預けてからずっと泣き止まなかったらしい。
僕とチヅルさんは車を借りて、王子が岳からの眺めを楽しむことにした。
「きれいね」
「きれいだね」
少し雲が浮かんでいて、陽は白くせとうちを穏やかに照らしていた。
ここからの景色が素晴らしいのは、
水平線に見える島々の大きさ、空と海の広さ、
それらのバランスが良いからだと思う。
雲が陽を遮ると光のカーテンが現れた。
何だか神話の世界にいるようで、
国作りの神話はこんな景色を見た人が語り始めたのではないかと少し思った。
自宅に戻った僕らは父母の疲れた姿を見た。
活発な子供を授かると、絵にかいたような家族の風景は見当たらない。
子供が言葉を操れるようになるまで、その苦行は続いた。
本が好きな子で、中学生になる頃には物語を創作するようになっていた。
僕はその手伝いをしてゆく中で、自分も書くようになっていった。
刺激的なコンテンツは巷にあふれているので、
ほのぼのとした内容にしたかった。
SNSでも動物の暮らし、
特に猫を撮影したのが人気なので、
それにしようと思った。
猫といえば青島、相島、祝島、佐柳島、真鍋島が有名らしい。
舞台は坂道にしたかったので尾道にしてみた。
尾道に引っ越ししてきた主人公の女性ハルナを登場させて毎話、猫と対話するというものだ。
タイトルは今風に「私に話しかけてくる、尾道の猫」にしてみた。
尾道では春先に濃い霧がでる。
靄が出た時にだけ芽吹き、育ち、実を落とす不思議な植物、
その実から猫が生まれるというもの。
住んでる人たちは猫がどこから来るのか見当がつかない。
視界が晴れるとまた猫が増えている。
そんなこんなで尾道には猫が多いという世界なのだ。
主人公のハルナは猫が大好きで、
この尾道伝説を信じていた。
伝説は尾道の猫と会話を重ねてゆくと猫に生まれ変われるというものだ。
主人公の女性ハルナの語りから物語は始まる。
* * * * * *
その猫は気づけばここ、尾道に住んでいたらしい。
道行く人に相手してもらっては、
人間の悩みを聞いてあげて、なでてもらっていたんだって。
「あなた、名前はあるの?」
猫はだまったままで、名前はまだないみたい。
「じゃあ、菊之助ね」
尾道の猫というのは名前のない猫に名前を付けると、
人間の言葉でおしゃべりができるらしい。
私はそれを信じていたから、ずっと探していた。
「菊之助、私ね。猫になりたいの」
これが私と菊之助の出会いだった。




