第98話「それでも選ぶ」
「……それでも、選ぶしかない」
自分の言葉が、どこか遠くに聞こえた。
港の空気は重いまま動かない。
少年はまだ泣いている。
周囲の人間も、誰も声を出さない。
選択の結果。
それが目の前にある。
逃げられない現実。
エリスはゆっくりと立ち上がる。
足が震えている。
だが、止まらない。
「……レオン」
呼ぶ。
レオンは振り向く。
「このまま続けるんですか」
静かな問い。
だが、その奥には揺れがある。
レオンは一瞬だけ考える。
そして答える。
「続ける」
即答だった。
「……どうして」
エリスの声がかすれる。
「また同じことが起きる」
「また誰かが死ぬ」
「それでも?」
レオンは言う。
「それでもだ」
沈黙。
「理由は簡単だ」
一歩、前に出る。
「止めたら、もっと死ぬ」
その言葉。
重い。
だが真っ直ぐだ。
「……そんなの」
エリスは言葉を探す。
見つからない。
「選ばないことも選択だ」
レオンの声。
第91話で言った言葉。
だが今は違う。
「止めるのは楽だ」
一拍。
「責任を放棄できる」
その言葉が刺さる。
エリスの手が震える。
「……私は」
言葉が出ない。
(逃げたい)
一瞬だけ、そう思う。
全部やめてしまえば。
楽になる。
「……でも」
顔を上げる。
涙の跡が残っている。
「やめない」
その一言。
弱い。
だが、確かだ。
レオンはそれを見る。
そして小さく頷く。
「いい」
その瞬間。
何かが繋がる。
完全じゃない。
だが、折れていない。
ガルドが低く言う。
「じゃあどうする」
現実は変わらない。
また同じことが起きる。
エリスは答える。
「……変えます」
沈黙。
「何を」
「“一人で決める構造”を」
全員が彼女を見る。
「どういうことだ」
エリスは言う。
「さっきの少年」
一拍。
「一人で決めた」
「だから壊れた」
空気が動く。
「なら」
強く言う。
「分散させる」
「複数で判断する仕組み」
「確認の重ね合わせ」
「一人の判断で進めない」
ガルドが眉をひそめる。
「遅くなるぞ」
「はい」
エリスは頷く。
「でも」
「壊れにくくなる」
その言葉。
レオンの目が細くなる。
「……冗長化か」
「はい」
エリスは言う。
「速さより安定」
「全部じゃなくていい」
一拍。
「優先航路だけでも」
沈黙。
カイナが笑う。
「いいね」
「現実的だ」
ガルドも頷く。
「確かに」
レオンは少しだけ考える。
そして。
「採用する」
即断。
「優先航路に“二重確認”導入」
「判断は最低三者」
「一人では決めない」
指示が飛ぶ。
動き出す。
その時。
遠くで笑い声。
静かに。
記録院の男が現れる。
「……なるほど」
低い声。
「一人を信用しない仕組みか」
エリスは振り向く。
「違う」
はっきり言う。
「一人に背負わせない」
その言葉。
男の目がわずかに変わる。
「責任の分散」
「脆くなるぞ」
エリスは首を振る。
「違う」
一歩前に出る。
「折れにくくなる」
沈黙。
男はしばらく彼女を見る。
そして。
「面白い」
小さく言う。
「だが」
一歩、下がる。
「それでも壊れる」
その一言。
「人は弱い」
エリスの心が揺れる。
だが。
「知ってます」
静かに言う。
「それでもやる」
その目は、もう逃げていない。
男は笑う。
「……いいだろう」
一歩、影に溶ける。
「なら見せてみろ」
その言葉を残して消える。
沈黙。
だが空気は変わっている。
絶望だけではない。
動き出している。
エリスは空を見る。
(……完璧じゃない)
それでいい。
(……でも)
一歩ずつ。
進む。
それしかない。
そして。
それを選んだ。
自分で。
ここでエリスが「思想として立つ」状態に入りました。
次はいよいよ最終対話と決着です。
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次話、記録院との決着へ。




