第83話「海に立つ塔」
「見に行く」
その一言で、空気が動いた。
迷いはなかった。
準備は早い。
グランデル港。
まだ朝も浅い時間。
外洋連盟の高速船が、すでに帆を張っている。
カイナが甲板で笑う。
「やっと来たね」
レオンは無言で乗り込む。
その後ろに、エリスが続く。
顔色はまだ戻っていない。
だが目は、もう逃げていない。
「位置はここです」
エリスが地図を広げる。
黒海と基準航路の中間。
何もないはずの海域。
「船じゃないのか?」
ガルドが聞く。
エリスは首を振る。
「固定されています」
「同じ座標から発信され続けている」
カイナが低く言う。
「……海上構造物か」
レオンは一言。
「行けば分かる」
船が滑り出す。
波を切る。
速度は速い。
だが沈黙が重い。
エリスは地図を見続けている。
何度も。
何度も。
「……三分」
小さく呟く。
レオンが聞く。
「何だ」
「ズレです」
エリスは答える。
「偽情報のズレ」
「完全じゃない」
「だから見抜けた」
一拍。
「でも」
言葉が詰まる。
「もっと精度が上がったら……」
沈黙。
誰も答えない。
答えは分かっている。
「終わりだ」
カイナが代わりに言う。
「だから潰す」
それだけだった。
数時間後。
見張りが叫ぶ。
「影を確認!」
全員が前を見る。
最初は小さな点。
だが近づくにつれて、形になる。
海の上に――
塔。
「……は?」
ガルドが声を漏らす。
それは、船ではない。
巨大な柱。
海中から突き出している。
周囲には小型船が数隻。
警備。
通信旗が揺れている。
光信号が点滅している。
「……本当に作ったのか」
カイナが呟く。
レオンは目を細める。
「中継点」
エリスの声が震える。
「これで……」
「通信を奪える」
塔は動かない。
だがすべてを見ている。
すべてを繋いでいる。
「どうする?」
ガルドが聞く。
「突っ込むか?」
カイナが笑う。
「それしかないね」
レオンは一瞬だけ考える。
そして。
「近づく」
短い命令。
船が加速する。
敵船が動く。
「迎撃だ!」
矢が飛ぶ。
だが距離がある。
当たらない。
「そのまま行け!」
カイナが叫ぶ。
高速船が波を裂く。
一気に接近。
敵の小型船が割り込む。
衝突。
「排除しろ!」
ガルドの部隊が乗り込む。
短時間の戦闘。
斬る。
倒す。
押し返す。
道が開く。
「塔へ!」
船が横付けされる。
縄が投げられる。
レオンが先に上る。
その後にガルド。
そして――エリス。
塔の上。
狭い。
だが複雑だ。
旗。
鏡。
符号板。
通信装置。
「……これが」
エリスが息を呑む。
「中継装置」
レオンはすぐに動く。
「止めろ」
エリスが装置に触れる。
だが手が止まる。
「……違う」
小さな声。
「これ……」
眉をひそめる。
「単なる中継じゃない」
ガルドが聞く。
「何だ?」
エリスは答える。
「選別してる」
沈黙。
「信号を“選んで”送ってる」
「本物だけじゃない」
「偽物も、ここで作ってる」
空気が凍る。
「ここが源か……」
レオンの声。
エリスが頷く。
「はい」
その時。
背後で音。
足音。
全員が振り向く。
塔の奥。
影が現れる。
一人の男。
黒い外套。
静かな目。
「ようこそ」
低い声。
「我々の塔へ」
エリスの呼吸が止まる。
「……誰」
男は微笑む。
「記録院」
その言葉が落ちる。
「情報は、我々のものだ」
沈黙。
新しい敵。
ラグナーではない。
別の存在。
レオンが一歩前に出る。
「誰の許可だ」
男は肩をすくめる。
「世界は許可で動かない」
その一言で。
戦いの次元が変わる。
剣ではない。
海でもない。
情報そのもの。
エリスの手が震える。
「……これが」
小さな声。
「本当の敵」
塔の上。
海の中心。
そして――
戦争の中心。
ここだった。
ついに“情報の敵”が姿を現しました。
ここから物語はさらに一段上のフェーズに入ります。
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次話、いよいよ本格対峙です。




