第36話「内部から崩れる」
封鎖から三日。
市場のざわめきは、消えなかった。
だが本当の衝撃は、内側から来た。
「……これは」
エリスの声が低く落ちる。
机の上には、内部報告書。
“ノルディクス商会一部が帝国通貨での決済を開始”
空気が止まる。
「非公式です」
「ですが事実です」
ガルドが舌打ちする。
「裏切りか」
「いいえ」
レオンは、静かに否定した。
「合理的行動です」
「合理的?」
エリスが眉を寄せる。
「航路が止まり、保険料が上がる」
「帝国通貨を受け入れれば、カルディア経由で安定する」
「商人は利益を守る」
円卓が緊急招集される。
ノルディクス代表の顔は硬い。
「一部商会が独断で帝国通貨を採用した」
「統制は?」
「難しい」
沈黙。
東方自治連合代表が、重く言う。
「我が国でも同様の動きが出ている」
信用は、理念で結ばれていた。
だが市場は、恐怖に反応する。
「止める方法は」
ユリウスが問う。
レオンは、ゆっくりと言う。
「止めることはできません」
視線が集まる。
「禁止すれば、地下化します」
「では?」
「対抗通貨を設けます」
ざわめき。
「協議会共通決済証」
ノルディクス代表が、目を見開く。
「通貨戦争か?」
「戦争ではありません」
「保証付き決済枠です」
東方代表が問う。
「帝国通貨より安全だと示せるのか」
レオンは、正直に答える。
「短期では、難しい」
沈黙。
「ですが」
「透明性は示せる」
エリスが小さく息を吐く。
「帝国通貨は、実態が見えません」
「我々は、残高も裏付けも公開する」
ノルディクス代表が、低く言う。
「市場は恐怖に流れる」
「ならば」
レオンの声が少しだけ強くなる。
「恐怖を計算させる」
一瞬、全員が黙る。
「帝国通貨は安全に見える」
「だが帝国に依存する」
「依存は、価格決定権を失う」
ユリウスが、静かに言う。
「帝国は値を操作できる」
「はい」
レオンは頷く。
「恐怖は裏切らない」
「だが恐怖は、自由も与えない」
ノルディクス代表が、目を閉じる。
「……間に合うか?」
七日。
残り三日。
海はまだ封じられている。
内部では、帝国通貨が浸透し始めている。
レオンは、静かに言った。
「間に合わせます」
だがその声は、以前ほど確信に満ちていなかった。
夜。
執務室。
エリスが、ぽつりと問う。
「怖いですか」
レオンは、初めて間を置いた。
「……はい」
短い答え。
「帝国は、力だけでなく速度も持っている」
「我々は?」
「まだ、理念が先行している」
外では、帝国艦隊の灯りが揺れる。
内では、通貨が静かに侵食する。
信用は、削られている。
恐怖は、増幅している。
残り三日。
協議会は、まだ割れていない。
だが、音はしている。
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