第23話「王は、確認に来た」
王太子ユリウスの再訪は、公式ではなかった。
護衛も最小限。
旗も掲げていない。
それは視察ではなく――確認だった。
高台から街を見下ろしながら、ユリウスは口を開いた。
「……前より、人が増えたな」
「はい」
レオン=アルヴェインは、隣に立ったまま答える。
「交易量は三倍。
人口は一・七倍。
犯罪率は横ばいです」
「数字ばかりだな」
「数字が、嘘をつかないからです」
ユリウスは、小さく笑った。
「本当に変わらないな、お前は」
しばらく沈黙が続く。
街道には複数の旗。
王国、ノルディクス、自治連合。
「単刀直入に聞く」
ユリウスは視線を遠くに向けたまま言う。
「お前は、王国を壊す気か?」
風が吹き抜ける。
エリスは少し離れた位置で息を止めていた。
レオンは、迷いなく答える。
「いいえ」
「なら、何をしている」
「壊れない形に直しています」
ユリウスの眉が、わずかに動く。
「壊れていると?」
「中央依存は、速度を失います」
「不透明な財政は、信用を削ります」
「信用を削れば、資本は逃げる」
一拍。
「私は、逃げない形を作っています」
ユリウスは、静かに街を見下ろした。
「……旧守派が動いている」
「承知しています」
「止められない」
「承知しています」
その即答に、ユリウスは振り向く。
「怖くないのか?」
「怖い、とは?」
「敵を作ることだ」
レオンは、少しだけ考えた。
「敵を作っているつもりはありません」
「選択肢を提示しているだけです」
「選択肢?」
「止まるか、進むか」
ユリウスは、長く息を吐いた。
「……王国は、止まれない」
「はい」
「だが、進めば多くを失う」
「はい」
再び沈黙。
やがてユリウスが言う。
「お前は、王になりたいのか?」
その問いは、鋭かった。
レオンは、首を振る。
「いいえ」
「なら、何になりたい」
「仕組みです」
ユリウスが、目を細める。
「仕組み?」
「人が変わっても、回り続ける構造です」
「王が優秀でも、愚かでも、破綻しない形」
ユリウスは、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく笑った。
「……ずるいな」
「何がですか」
「王よりも強い」
その言葉は、冗談ではなかった。
「お前を止める方法がない」
「止める必要はありません」
レオンは、静かに言う。
「利用すればいい」
ユリウスは、初めてはっきりと笑った。
「本当に変わらないな」
そして、真顔に戻る。
「王国内で改革派が多数を取りつつある」
「旧守派は最後の一手を打つだろう」
「金融不安の煽動ですか」
「読んでいるな」
「当然です」
ユリウスは、しばらく空を見上げた。
「……手を貸せ」
その言葉は、かつて婚約を破棄した男のものとは思えなかった。
「王国が完全に割れれば、外が動く」
「それは避けたい」
レオンは、わずかに目を細めた。
「条件があります」
「何だ」
「制度策定の最終決定は、公開会議で行う」
「密室では決めない」
ユリウスは、一瞬考えた。
「王家の権威が削れる」
「削れません」
レオンは言う。
「透明性は、権威を強くします」
長い沈黙。
やがてユリウスは、頷いた。
「……分かった」
それは、王太子としての決断だった。
「公開会議を開く」
「旧守派も、改革派も、全員参加だ」
風が強く吹いた。
グランデル領の灯りが揺れる。
「レオン」
ユリウスは最後に言った。
「お前は、王国を変える」
「いえ」
レオンは、穏やかに答える。
「王国が、自分で変わるだけです」
ユリウスは、それ以上何も言わなかった。
王は、視察ではなく確認に来た。
そして確認した。
止められない、と。




