第20話「静かな亀裂」
王都。
重厚な会議室の扉が閉まる音は、いつもより重かった。
「東方自治連合にも導入だと?」
老貴族の声が響く。
机の上には、最新の報告書。
“グランデル方式”の国外導入が記されている。
「制度の共有は、王国の威信を損なう」
「いや」
若い文官が、即座に反論する。
「王国発の制度として広まるなら、むしろ威信は高まります」
「だが、主導しているのは王都ではない!」
声が荒れる。
中央は、理解していた。
これは軍事侵攻ではない。
だが、確実に“影響力”が動いている。
「レオン=アルヴェインは、王国の臣下だ」
財務官が静かに言う。
「彼の成功は、王国の成功でもある」
「ならば中央が主導すべきだ!」
「中央が主導すれば、速度が落ちる」
「速度より秩序だ!」
議論は、平行線を辿る。
その端で、アルベルト卿が沈黙していた。
(……彼は、王国を壊そうとしているのではない)
(更新しようとしている)
だが。
更新とは、既存の椅子を揺らすことでもある。
「王太子殿下は、どうお考えか」
視線が集まる。
ユリウスは、しばらく沈黙した後、口を開いた。
「グランデル方式は、有効だ」
ざわめきが広がる。
「だが」
声は低い。
「王国の統制を超えて拡張するなら、問題だ」
「制限を?」
「いや」
ユリウスは首を振る。
「王国側の制度を、同時に刷新する」
室内が静まり返る。
「中央も、同じ透明性を持つ」
「査察制度を拡張する」
老貴族が、声を震わせる。
「それは……中央の特権を削ることになる」
「だからこそだ」
ユリウスは、机を軽く叩いた。
「変わらなければ、置いていかれる」
その言葉は、真実だった。
一方。
グランデル領。
「王国内部で、議論が激化しています」
エリスが、最新の情報をまとめていた。
「改革派が勢いを持ち始めています」
「当然です」
レオンは、静かに答える。
「制度は、成果を出しました」
「止める理由がありません」
「ですが」
エリスの声に、わずかな不安。
「反発も強い」
「ええ」
レオンは頷いた。
「制度は、中立ではありません」
「既得権益を削ります」
それは、数字以上に危険な部分だった。
ガルドが、低く言う。
「内乱にならなければいいがな」
「なりません」
レオンは、即答した。
「王国は、まだ合理的です」
窓の外。
複数の旗が風に揺れている。
王国。
ノルディクス。
自治連合。
「……我々は」
エリスが、ぽつりと呟く。
「どこへ向かっているのですか」
レオンは、少しだけ考えた。
「境界を、薄くしています」
「薄く?」
「国と国の間」
「中央と辺境の間」
一拍。
「線を、設計し直している」
王都で生まれた亀裂は、
まだ小さい。
だが。
制度は、静かに浸透していた。
戦争の音もなく。
旗を翻すこともなく。
国家の形を、内側から揺らしながら。




