価値観の擦り合わせ
二日連続更新!
「理解が出来ませんでした。もう一度聞きましょう」
「イース、世話になった。レンはもう、主と一緒にいる」
「⋯⋯馬刺しにしましょう」
「あそこは嫌。イースやリィリアだけが優しい。みんなレンを魔物だと言って白い目で見る。でも、主は最初からそんなことなかった。イースもリィリアもレンを魔物として扱っている」
やけに真剣な眼差しでイースさんと相対するサイレントホースは感情が抑えきれていないのか、身体から立ち上る魔力で髪がなびいている。対してイースさんは冷静にサイレントホースと相対している。
「そうは言いましても、貴女は魔物です。比較的大人し部類には入りますが、サイレントホースという魔物は本来野性が強く、人には懐きません。ですが、貴女は大人しく、殿下に懐いた。だからしっかりと育て上げたというのに⋯⋯」
「それは、感謝している。でも、魔物にも心はある。サイレントホースは知能が高い。イースは強い。リィリアは優しい。でも、主は最初から魔物としては接していなかった。ただ、普通の生き物として接してくれていた。馬房だって、向こうよりもレンの体格に合わせてある。魔法だったけど、あそこまで精緻なコントロールは難しい。それは主が強いという証左」
「確かに旦那様はお強いです。もしかしたら、現状でこのワタシよりも強いでしょう。ですが、ワタシは貴女よりも強いですよ?」
二人の睨み合いが始まってすぐではあるが、俺はずっと気になる事があった。できればそれは早めに対応したいと思っている。だから勇気を出して二人の間に立とう。
「一旦落ち着いてくれるか?」
「旦那様は黙っていてください」
「主は黙ってて!」
やれやれ。こう同時に黙れと言わんでもいいではないか。普段怒る事は基本的にはない。けれど、今は怒らなければいけない。それはイースの為ではなく、サイレントホースの為だ。
「とりあえず話聞いてくれるとありがた──」
「旦那様はひっこんでいてください!」
「主は引っ込んでて!」
武力介入やむなし、だとは思うがあまり気は乗らない。魔法は攻撃の手段ではなく、生活を豊かにするためのものだ。俺の意に反した使い方になる。
「──やれやれだな」
指を鳴らして発動するのは氷魔法。二人の両手足に氷の枷を嵌める。身動きを封じつつ、溶けない氷によって体温を奪っていく魔法。アイスバインド。完全なる余談だが、アイスバインドを氷縛という魔法名で発動すると枷の強度が跳ね上がる。安心しろ、ただの厨二心で発動したら発動出来た上に、効果が強くなったというだけだ。
「イース、言いたい事は解るがまずは家の中に入れ。サイレントホース、お前もだ。全裸だったから上着を貸したんだ。それにな、ここにはグラスもいる。年頃の少年には刺激が強すぎるんだよ、お前の身体は。イースもサイレントホースが人になったのは俺の責任だが、まずは身なりを整えさせるべきだ。お前等二人は自分の感情を優先しすぎた。だから、はっきり言う。サイレントホースは好きにしろとは言ったが、リィリアかイースの許可を取ってからここに来い。イースはリィリア第一優先なのは構わないが、ブラックランク冒険者だったのなら状況判断が出来ていなさすぎる。見てみろ、グラスが鼻血で溺れて出血多量で死ぬぞ? 貴族の息子がそんな死に方してみろ、語り継がれるだろうが」
俺の言葉に二人とも大人しくなり、反省したのか素直に謝罪してきたので今回はそれで手打ちとした。問題はアホ面でぶっ倒れている友人だが、流石にこのままでは可哀そうだ。
「グラス、起きろ」
魔法で水をぶっかけて意識を取り戻させたあとは、混乱しているのか何故自分が気を失っているのか理解していないのをいいことに、嘘を吹き込んでおく。
「お前はイースさんの気にあてられたんだな。ブラックランク冒険者の本気は俺達には毒だからな」
「お、おぉぅ⋯⋯。そうか。だがまぁ、いい経験だっと思っておこう。あまり記憶はないが⋯⋯」
「思い出すもんでもねぇよ。ほら、家戻るぞ。リィリアとメイはちょっと二人のこと頼むわ。ターニャ、夕飯の量増やしてくれ。リューが戻ってきたら二人で頼む」
「あいさー」
何ともまぁ軽い返事のターニャに気を遣わせてしまったと反省しながらも魔法を解除。二人の事はそれぞれ任せるとして、隣でくしゃみをしているグラスと風呂にでも入ろう。風邪を引かせてしまうのも申し訳ない。
「⋯⋯便利なものだな」
「含みのある言い方すんなよ」
「魔法とは、なんだろうな」
肩まで湯に浸かりながらそんな事を言うグラスではあるが、その表情は完全にリラックスしているのは指摘しない方が良さそうだ。きっと今、彼は価値観というものが変わりつつあるのだろう。
「言ってんだろ。生活を豊かにするもの。かと言って魔法が使えないと生きていけない世の中は間違っている。楽をするための手段だと思えばいいじゃないか」
「幼い頃から剣を握り、魔法に才があるとわかってからは鍛錬をしてきた。内容は、まあ⋯⋯如何に威力の強い魔法を使えるようになり、如何に効率よく魔力が使えるかという事が基本だった。というかそうゆうものだとオレは思っていたんだ。だが、オレはお前をみて考えが変わりつつある事を自覚している。ウィル、お前はどうしてそんな考えに至ったんだ?」
難しい話ではある。元々魔法なんて存在しない科学が発展した場所で生きていた。ラノベやアニメ、ゲームなどでその魔法世界に触れた。そのどれもが戦うためにというわけでは無いが、やはり魔法というのは現代で言えば銃やミサイルのようなものだ。けれど、その技術を生活のための使えば、世界は豊かになる。
戦争というものは技術発展にはうってつけなのだろう。そうでもしなければ現代日本の生活はもっと遅れていたと思う。必要悪というには戦争行為は大きすぎるが、その恩恵があるのも事実だ。
「⋯⋯例えばさ、戦争でどんどん才ある魔法使いが台頭したとしてさ、全員が全員敵を殺すためだけにいたら、魔法使いなんてただの殺戮兵器と変わらないんだよ。勿論俺も有事の際は躊躇う事なく魔法を攻撃に使う。でも、普段からそうだったら人類は速攻死滅するよな?」
「ああ、言いたいことはわからんでもない」
「だから普段は便利な手段としておかないと魔法は、人の命を簡単に奪うけど、助けることもできるものだってみんな忘れそうじゃん。現にグラスの鍛錬もそう言った攻性魔法に傾倒してたわけだし。血を流さずに、争いを止められるならそれに越した事はない。理想論だけどさ」
「力無き理想では何者も救えない、か」
「理想なき力は暴力だからな。ま、難しく考えんなよ。今入ってる風呂だって魔法で入れたんだ。便利だろう?」
「ああ。そうだな。少し囚われすぎていたのかもしれないな」
そう語った彼の顔は幾分かスッキリしていた。
⭐︎
「遅くなりました」
メイの家から戻ったリューは既にターニャと二人で夕飯の準備を終えていたようだ。
「いや、構わないよ。風呂の湯は張り替えておいたから。それでリューは経緯は?」
イースとサイレントホースの事を聞くと既に把握していたようで、どうにか折り合いが付いたので報告したいと二人が待っている食堂へと向かう。
食堂へと入るとイースとサイレントホースが揃って腰を折る。
「ここ度はご迷惑をお掛け致しましたこと、旦那様への暴挙な振る舞い、誠に申し訳ございませんでした」
「ごめんなさい」
怒ったふりをした方がいいのかなんなのか。
そんな逡巡を察したグラスが肩を竦めて首を振った。
「お前には似合わんよ」
どうやら普段通りで良いらしい。
「それで、結局どうなった?」
「レンがここへ来る時は事前にイースに許可を取ってもらう。リィリアにも伝える。その上で主の許可がでたら来る。有事の際は即リィリアのところへと戻る」
「ん。二人がそれで納得してるならそれでいい。イース、コイツも言ってたけど、知能の高い魔物は心がある。動物と一緒だ。冒険者をしていた以上魔物を警戒するのは正しいが、過剰になってはいけない。魔物の中にも人の言語を理解するもの、それを扱えるものもいる。それは俺よりも先輩冒険者のイースなら知っているし、理解もしているだろう? 勿論危険性もだけどさ」
「はい。重々承知しております」
「だったら、コイツは害なす魔物か、そうで無いのかは判断できるな? 害があるか無いかじゃ無い、成すかなさないかだ」
「ええ。この子はそんな事しません」
「そうだな。だったら話は終わりだ。飯にしよう」
サイレントホースの頭を撫でて、その手を引いて隣に座らせる。今日はみんな一緒だ。
ちなみに我が家ではリューもターニャも一緒に食事を摂ることにしている。おかわりが必要であれば俺は勝手に取りに行くし、そんなことで二人の食事を中断させるのも忍びない。あとは正直好きな量を自分でやった方が早いからなのだが⋯⋯。
「お前はいつもこうなのか?」
「ん? ああ、リューターニャも一緒だよ。一人で飯食って楽しい事なんてないだろ。それに二人が折角作ってくれたのに先に俺が食って、二人は冷えたの温め直して食べるとか二人に失礼だろ。」
「貴族の世界で見たらズレているんだけど、ウィルの感覚は恐らく普通の家庭の感覚なのよね」
グラスとメイはそういうが、リィリアは我が家の食事方式には賛成派である。普段あまり誰かと食事を摂る機会がないから楽しいといった側面もあるだろうが、反対でないのならそれでいい。
「貴族だなんだと言ってるが、俺達は人間だ。理性も感情もある。価値観だって違う。普段一緒に居れないからこそ、飯時に話をして価値観だったりの擦り合わせとか、今日あった事を互いに話せば円滑なコミュニケーションが取れる。そうしたら人間関係も悪いものにならんだろ。そうゆうわけだからイースさんも座って一緒に食べようね。そこで突っ立ってるだけなんて勿体無い」
「そうですよ。ウィルフィードが言うのですから、ここは家主に従うべきです」
「かしこまりました。それでは、失礼ながらご一緒させていただきます」
ようやく全員席に座ったところで俺は手を合わる。
「いただきます」
その言葉にリューとターニャも続くが、他はポカンとしているのを見て苦笑を一つ。
「それはなんの儀式だ?」
「んー食事の前の挨拶というかなんというか。俺達はさ、ほかの命を消費して生きてるんだよ。だからその命を食事としていただくわけだからな」
「ああ、なるほど。うん、それはいい考えだな」
「食肉は基本食用に育てられた家畜達の命を消費しているものね」
「ウィルフィードの考えは、色々と気付かされることが多いです。王家だ貴族だとか言う前に、一つの命として考えることが多いですね」
「ま、そうゆうわけだからさ。これも価値観の擦り合わせの一つだよ。さて、冷める前に食べよう」
その言葉に今度は全員が「いただきます」をして食事を開始する光景を見て、なんか良いなと思った日だった。
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