(15)
Aちゃんのファンの為に、ボクはお菓子と花束を持ってほぼ毎日、総務部に通った。
もちろん総務部の女の子目当て、というのがタテマエ。Aちゃんに会う度に
「お花キレイだから買ってきたよ。このお菓子ミンナで分けてね。」と渡す。
その度にAちゃんは笑顔で「ありがとう」って返事してくれる。カワイイなー。
最初の頃は男性職員の白い目と女性職員の好奇の目が痛かったけど、
3ケ月もするといつもの風景になっていた。
そんな時、ミセス・イシカワからランチに誘われた。ランチといっても職員用の食堂だけど。
そう言えばチーフは北米センターの次長就任が決まって研修中。1週間は留守だった。
「さみしいのかな?」…のワケないか。
クセのない髪を束ね、顔もスッピン。ジーンズパンツにタンクトップ。
短い白衣を羽織って、大股で歩く。あの夜の彼女とは別人だ。カッコイイけどね。
彼女のカツレツセットとボクのコーヒーをトレイに乗せ、彼女についていく。
窓際のスミに彼女が脚を組んで座る。彼女のカツレツをトレイごと彼女の前に置き、
自分のコーヒーを持って正面に座る。
「食事しないの?」
「食欲がないので。」
「そう。では、いただきまーす。」
女性だけど男性よりも男気があって、女性職員のアネゴ的存在。食べっぷりも豪快。見ていて気持ちがイイくらいだ。Aちゃんとは真逆の存在。…そして、やっぱり苦手だ。
自制心が強いのかめったに彼女の思考は読めない。龍の事件から必要以上に他人の心は読まないようにしている。飛び込んでくるのは仕様がないのだが。話題を探してコーヒーを飲みながらアレコレ考えていると。彼女は食事を終えていた。ボクはすかさず「コーヒー持って来ましょうか?」と聞くと「じゃ、お水をお願い。」と言った。
水のはいったグラスを持ってテーブルに向かいながら彼女を見ていて違和感があった。
何だろう?…タバコだ。彼女はタバコをやめたのだろうか?
「タバコやめたんですか?」
「子どもができたの。」驚いた。
「おめでとうございます。チーフ喜んだでしょ」思わず彼女の手を握ってしまった。
「そんなに喜んでくれるなんて意外だわ。ええ、イシカワも喜んでくれたわ」
幸せそうに微笑む。チーフもいよいよお父さんか。
「再来週には、彼とアメリカに行くの」
「寂しくなりますね。壮行会開きましょう。」
「いいえ、入籍パーティしたばかりだから、気がひけるもの」
「それよりね、行く前にアナタに聞きたい事があったの。」
「アナタ、Aの事をどう思っているの?」
何だよイキナリ。
「彼女がT君と暮らしてるのは知ってる?」
「エエ、噂で…。」
「毎日のように、総務に顔出してるわよね。」
「あれは、総務の女の子たちが可愛いからですよ。」笑ってごまかす。
「私の目には、あなたがA目当てで総務に日参しているように見えるわ。
そして彼女の気持ちもアナタの方に傾いている。」
そんな事あるワケ無い。だって彼女は…。
「アナタがチョッカイ出さなければ彼女はT君と入籍してるハズよ。」
「彼女は流され易いから…。彼女の幸せはパートナー次第なの。
そしてT君は彼女を幸せに出来ると思うわ。」
「アナタの存在が彼女を迷わせてるのよ。どうなの、本気なの?」
Tが彼女を幸せに?ふざけるな!
「一緒に暮らしてるから何なんですか!関係ないでしょ!」
思わず大声で答えてた。ボクは何を言ってるんだ?
彼女はチョット驚いたようだが、すぐに笑顔になって
「それがアナタの本気なら応援するわよ。」
「彼女はアナタを待ってるわ。」
気分が悪い。めまいがする。
「すみません。失礼します。」
ボクはあわてて席を立った。
午後は仕事にならなかった。
緊急の件もなかったので早退させてもらった。
マンションのベッドルーム。
ダダを呼ぶ。
「ダダ、Aちゃんがボクを好きだってミセス・イシカワが言うんだ。」
「そんな事、冗談だよな?」
返答が無い。しばらくして、
「知ってたよ。だから彼女のオマエに向けられる笑顔が特別なのもね…。」
知ってたんだ…。
ボクもあの後、考えたよ。
Tは真面目だし、優しいし、優秀だし、イイ奴だよ。
でもアイツの事を考えると腹が立つ。何故か?
アイツが彼女のパートナーだからさ。みっとも無いだろ?嫉妬だよ。
Aちゃんはカワイイ女の子達のひとり。
そりゃ中でも1番可愛いかったけどさ
特別な存在じゃないはずだった。
でもあの日、ボクが彼女を乱暴に扱ったのは特別だったからなんだ。
ボクを利用したから怒ったんじゃない。
嫉妬したからなんだ。
あれが他の女の子ならあやしてご機嫌とって帰してたハズなんだ。
パーティでの騒ぎも彼女の香りがそうさせたんだ。
胸がキリキリ痛んで、切ないんだ。
ボクは自分の気持ちに気がついていなかった。
彼女を本当に好きだったんだ。
彼女がボクを好きだって?
今すぐTから奪い取って力いっぱい抱きしめたい。
でも、それからどうする?
彼女とはいつまでも一緒にいられない。
彼女の望む幸せをあげられない。
Tと暮らしてるクセにボクに思わせぶりな返事をしたって怒ったけど
ボクはもっと酷い。
Aちゃんを幸せに出来ないクセにAちゃんの幸せのジャマをした。
それなのに、Tにまだ嫉妬してるんだ。
ダダ、聞いてる?涙がとまらないんだ。
どうすればイイ?
「うるさいな!チャンネルの接続切ったから思いっきり泣けよ!」
ダダの涙声。
身体を震わせて泣いていると、頭にタオルが降ってきた。
「マスター、御用はありませんか?」“HOS”だ。
前にAちゃんに大泣きされた時、タオルを渡すように言ったっけ。
何だか笑えた。
「“You Are My Sunshine”をさ、テンポ落として 歌って“HOS”」
You Are My Sunshine
My only sunshine.
You make me happy
When skies are grey.
You'll never know, dear,
How much I love you.
Please don't take my sunshine away…。
ボクはいつのまにか眠ってた。
俗にいう、“三角関係”になっちまいました。
SF要素“0”です。スミマセン。
自分でもこんなの書いてるのが不思議です。
正直、コイバナは苦手で避ける方です。
“You Are My Sunshine”は古い曲なので使ってもいいかな?
昔、読んだ三原順「はみだしっ子」終盤あたりのシーンが
浮かんできて書いてしまいました。ファンの皆さんスミマセン。