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魔法使いは特殊なプレイにハマる

「アレキサンダー様、おはようございます。お目覚めの時間ですよ」


昼も夜も関係なく真っ暗な部屋に、セバスティアーノは容赦なく呼びかけた。暗闇の中、寝台の上で小さな塊が、もぞっと動く。


「もう起きてらっしゃいましたか。おいでください」


セバスティアーノが起こす前から目覚めていたらしい。眠りが浅いとは聞かされていたが、しっかりと起床の時刻に眠りから醒めているのはセバスティアーノにとって都合がいい。


「起きてなぁい……。ねむ……、もうすこし、うとうとする……。おれはおふとんがすきなんだ……」


もう7時半だ。一日を始めるのに適当な時刻。いくら小さな幼児でも、おはようと言わせなければ。セバスティアーノは、アレキサンダーを叩き起こそうと決意を固めた。


アレキサンダーの生活は、不規則極まりないとカールストンに聞かされた。寝る、起きる、食べる、すべてが気まぐれで、したり、しなかったり。本人はそれが気楽でも、幼い身体の発育にとっては悪影響だろうし、何より世話をする周りが苦労する。苦労するのは嫌だったので、セバスティアーノはアレキサンダーをそれなり程度に規則正しく寝起きできるよう矯正することにした。


「おはようございます。こちらのお部屋は暗すぎて身支度には適していないので、俺の部屋にお連れします。朝食もそちらに用意してもらいました」


セバスティアーノは容赦なく幼児から布団を引っ剥がし、小さな体躯をひょいっと抱き上げた。


「……やぁ……、バスティのきちくぅ……おれのおふとん…………」


「俺の本気の鬼畜はすごいですよ。アレク様、ないちゃいますよ?」


しばらくセバスティアーノの腕の中で弱々しく抵抗していたアレキサンダーだったが、真っ暗な自室から廊下へ連れ出されて眩しさに呻き、くったりと身体から力を抜いて大人しくなった。


セバスティアーノの部屋に連行されて、しばらく腕の中でくたぁっとして、うーうー唸っていたが、5分もセバスティアーノが抱いていると、ようやく大人しくなった。


覚醒したらしい子を、セバスティアーノは床に放流した。今からすべきは、身支度、食事、それから散歩あたりだろうか。……小さな子のお世話は、手間がかかる。…………なのに、それを面倒だと、もう思えないのは、セバスティアーノの、脳のエラーだろうか。


眠そうに白い目元を摩っている幼児に、セバスティアーノは、優しく問うた。


「ほら、お顔洗いとお着替え、手伝いますから」


親切心から申し出たのに、アレキサンダーはジトッとした目をセバスティアーノに向けた。


「……バスティは、おれを何歳だと思ってるわけ……?」


「4歳ですが」


「今どきの4歳児は、朝のお支度くらい自分で出来ます…………」


寝起きのしょもしょもした顔で、アレキサンダーはふらふら、バスルームへ歩いて行った。今どきの4歳児は手が掛からなくていいなと思いつつ、着替えくらいは用意してやろうとアレキサンダーの部屋の洋服タンスから適当に衣服を取ってくる。

ファッションセンスなど、セバスティアーノは微塵も持ち合わせないが、あの子なら何でも着こなすだろうという信頼を勝手に寄せて、もっとも端にあったものを雑に選んだ。


「はい。お洋服です。バンザイなさいますか? お着せするのも悪くありませんけど」


「自分で着ますぅ……。お洋服くらぁい、…………着れるもん」


いまだ、ねむねむとした顔つきでアレキサンダーは着替えを済ませた。


そうして、見るからに上等そうな幼児が完成した。改めてセバスティアーノが、明るい場所で見てみると、昨日の服装よりもフリルや装飾が多く華やかで可憐な装いだった。間違いなくアレキサンダーに似合ってはいるが、これがセバスティアーノの趣味だと思われるのはやや決まりが悪い。明日からはちゃんと選ぼうとセバスティアーノは決意する。


「朝食に致しましょう。……お手本みたいな一式を用意してもらいましたが、明日から加えてほしいものはありますか?」


「要らない。お腹、空いてない……」


「昨晩も召し上がらなかったと聞いてますが」


「……気分じゃない……」


セバスティアーノは深くため息を吐いた。


「それなら、アレキサンダー様は食べなくていいから、俺が食べるところを見ていてください」


「…………へ?…………?」


+


行儀悪くテーブルに肘をついて、アレキサンダーは正面で朝食を平らげている執事をジトっと見つめた。


2人分の朝食が用意されたはずなのだが、どう考えても、テーブルに並べられた食事量は、多過ぎるとアレキサンダーは最初思った。大人5人分くらいあったのでは?

しかし、疑問は、セバスティアーノが食べ始めて理解する。彼の一口は大きい。この美男、口に運ぶのが速い。ちゃんと咀嚼はしているようだが、それも速い。所作は決して下品ではないのに、吸い込まれるように、みるみる内に料理が彼のお腹に収まっていくのは、あまりに貴族の食事風景からかけ離れている。


確かにセバスティアーノは長身でがっしりと筋肉の付いた体型をしているが、このたっぷりの栄養をどこで消費するのだろうか。脳みそに詰まってそうな筋肉か、……ご活躍らしい働き者な下半身……?


「ねぇ〜、おれに朝食シーンを見せてどうするの? これは何かのプレイなの?」


ーー4歳児に食事姿を見せつけることで満たされる特殊性癖って何なのだろう。

思ったが、セバスティアーノは、まあいいかと口に出さず、素知らぬ顔で食事を続けた。


「朝食をご一緒しようと思ったのに、アレキサンダー様が召し上がらないから。俺が寂しくソロプレイで食べてるんですよ」


「イケメンの、もぐもぐタイム、秋の朝。フィンチ・アレキサンダー、一句読みました。……にしても、本当におれの執事はイケメンさんだなぁ。とってもお顔が良い……」


「性格と身体も良いので足しておいてくださいね。私はアレキサンダー様のお好みに合いますか。それは何よりです」


アレキサンダーは、段々と己の執事の性格が掴めてきた気がした。同じように気安い騎士団長よりもだいぶ横柄というか、……この野郎、きっと引っかかったらダメなタイプ。


「こういうプレイがあっても良いかもしれないと思えてきた。いっぱい食べる君を見てるの、わりと楽しい」


それはプレイではなく、子どもが帰省してきたときの実家の食卓である。しかし、アレキサンダーが本当に見ているだけなのはいただけない。少しでいいから食べさせたい。


「それはよかったです。……あ」


パンを口にしたセバスティアーノは、驚いたようにぴたっと動きを止めた。


「ーー!? ど、毒か!? バスティ、ペッてしろっ! おれが診てやるからッ!」


すわ毒殺か!? と焦るアレキサンダーに、セバスティアーノはのん気に微笑んで言った。


「このパン、すごく美味しいですよ。柑橘類の風味がして、夏の名残りを感じる。南部のお味ですね」


「……驚かすなよぉ。む〜。たしかに、そのオレンジパンはおれも好き」


「ーーアレキサンダーさま」


パンを小さく千切り、セバスティアーノは主人の口もとへと差し出した。きょとんと見つめてくるアレキサンダーに、美味しいですよと微笑んで再度言う。数瞬、無言でパンを見つめてから、アレキサンダーは躊躇いがちに口に入れた。もぐもぐと、セバスティアーノの10倍くらい時間をかけて咀嚼し、飲み込む。


「……おいしい」


「でしょう。俺の舌は確かでした。もう一口いかがです?」


どうしてお前が得意げなんだとつっこむ前に、二口目を差し出されていた。期待するような視線を向けられて、仕方なく、アレキサンダーは食べてあげた。さらにもう一口と言われたら首を横に振るつもりだったが、セバスティアーノはそうせず、パンだけでは喉に詰まるでしょうと牛乳の入ったグラスを手渡した。


朝食をとる気はなかったのに、ずいぶんとしっかりとお腹に入れてしまった気がする。


セバスティアーノが片付けをしているのを横目に、アレキサンダーはどこか納得できない気持ちになった。振り回すのはアレキサンダーの得意技なのに、セバスティアーノの巻き込む力だったか、それが強すぎる。これはよくない。


片付けが終わったタイミングでノックが為された。姿を見せたのは伯爵を支える老執事だ。


「アレク様、ゼノン殿、おはようございます。……おや、今日はずいぶんと可愛らしい服装ですなぁ。とてもお似合いです。ゼノン殿のチョイスですか? ……うん、まあ…………」


「はよ〜。じいじ、おれ、朝ごはん食べた〜! パンと牛乳。えらい?」


「なんとまあ! アレク様はたいへん立派です。早起きに朝食まで!これは伯爵様にご報告しなければなりませんなぁ」


「お兄さまの可愛い弟くんは優秀だと伝えてくれよな!」


セバスティアーノは、昨日も何度も感じたが、フィンチ伯爵家はご子息を甘やかしに甘やかしていると判じた。事情も事情だし、甘やかしたくなるような可愛い子なのだと理解できるが、躾の方針について一度話し合うべきかもしれない。


「と、ゼノン殿、執事服です。急ぎで特注の新品を作らせてはおりますが、取り急ぎこちらを。……うーん、どうしても少し窮屈ですかなぁ。肩、腕、胸まわり……、無理そうでしたら、しばらくは私服で勤務ということで」


「ありがとうございます。すみません、この筋肉の付き方が、一番動ける体型でして。変えるのは避けたい。……うん、これなら入りはしますね」


「そうだ。あんなカロリー摂取量で、どうやって、その完璧な体型を維持してるんだ……? 朝だけ、やたらと食べるタイプ……?」


アレキサンダーの疑問はもっともだ。


「3食あんな感じですね。大喰らいでお恥ずかしいが、ゼノンの、多少は使える狼は、あれくらい平らげるんです。動かなくとも、どこかへ消えますね。昼の運動でも夜の運動でも、食べないと力が出ない。食事代の働きくらいはさせていただくと誓いましょう」


そうして、セバスティアーノの執事初日は始まった。

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