20 誕生日と『ルナアリア』
私が快復してから暫く、また勉強……といっても、お喋りやお茶がメインだったのだけれど……を始めて間もないころ、王妃様と二人でお茶にする時間があった。
「私の誕生祭、ですか……?」
「そうよう。誕生日をお祝いしたことは……?」
王妃様に突然言われた言葉に、私は目を丸くした。誕生日というものを知らなかったし、そもそも、誕生したことをお祝いするということは無かった。どちらかといえば、お母さんが私を生んで亡くなった日だ。
それでもお母さんの事は占い札を通して優しい気持ちを感じていたし、寂しくはなかった。この間話す事もできて……その気持ちはより強くなっている。
お祝いするものなのか、と思っても忌避感は湧いてこなかった。
自分の誕生日がいつなのか、私は占い札に聞いてみようと思う。
「今まで、誕生日というものがお祝いする日だとは認識していなくて……誕生日も分からないので、占ってみます」
「それ、私も見ていてもいいものかしら?」
私の特殊性……巫女としての才能があるということは、最初に王妃様たちには説明されている。
だからこそ王妃様は気を遣ってくれているのだろうが、私は微笑んだ。基本、巫女の奇跡は大聖堂の中でのみ行われるものだそうだ。私は、巫女ではない。
「えぇ、かまいませんよ。私は巫女ではありません。ただ、占い札は私に応えてくれるのです。誰でも彼でもの前で行う事ではありませんが、王妃様の前でしたら」
「では、お願いしようかしら」
私は占い札は常に持ち歩いていたので、目の前のテーブルが侍女によって片付けられ、彼女たちが席を外してから札を混ぜ始めた。
私の誕生日を教えて、と願いながら頭の中がその質問だけになるまで札を混ぜる。
こちらに来てからも時に札をめくる事はあったが、天気や明日のドレスに迷ったりしたりなんかを占って、いわば札との対話を途切れさせないようにしていただけだ。
久しぶりの本気の願いに、私の目が仄かに熱を帯びる。後で王妃様から聞いたときには、私の全身は仄かな金色の光、垂らした髪が浮き上がり、目が月の色にかわっていったという。名前の影響は、どうも占いにも影響しているらしい。
札を混ぜ合わせてまとめると、眩しく光る2枚の札があった。……この場合、この札に振られた番号が私の誕生日なのだろう。
5のカードと、15のカードを順番に並べる。同時に、私は不思議な光景を重ね見ていた。
息も絶え絶えに、汗まみれになった私のお母さんが、なんだかとても小さな動物に笑いかけて腕に抱いている。
今にも死にそうなのに、その顔は喜びに満ちていた。そして、愛しているわ、と口が動く。
(愛……? 愛って、何かしら……好きとは違うのかな……?)
その映像はそこで途切れ、私はそのまま発光が止まり、まぁ、と驚いている王妃様に微笑みかけた。
「驚かれました?」
「えぇ、えぇ……これがベルグレインの巫女の力なのね」
「ふふ、そうみたいです。私、お母さんに愛してるわ、と言われていたみたいで……愛って、何なのでしょう?」
「ま、ふふ……、近いうちに分かるわ。それで、ルナアリア、あなたの誕生日は?」
今日がちょうど4月の15日だ。私は、少しタイミングの良さに驚きながら……それももしかしたらベルグレイン母神の導きなのかもしれないが……王妃様に答えた。
「5月15日です、王妃様」
「ちょうど一ヶ月後ね。ちょうどいいわ、貴女がこれまで知り合った人達や、貴女に紹介したい人を招いて夜会を開きましょう。そして、ルナアリア。17歳の誕生日はね、成人の日でもあるの。こっそりお酒が飲めるかどうかも練習しましょうね、飲み過ぎて気持ち悪くなってしまったらいけませんからね」
「お酒……、成人すると、お酒が飲めるのですか? どんな味なのかしら……ジュースの方が好きだったら、ジュースを飲んでもいいのでしょうか?」
私は随分マシにはなった話し言葉で、変わらない好奇心のまま王妃様に聞いた。王妃様はかわいい、と言って私を抱き寄せる。時々、こうして抱かれる王妃様の腕は、とても心地が良くていい匂いがする。……お母さんの腕の中に、いるような気持ちになる。
「もちろん、苦手だったらジュースでいいのよ。それも含めての練習ですからね」
それから、と王妃様はにんまりと笑った。マリアンの意地悪な笑みとは違う、どこか悪戯を思いついた子供のような顔だ。
「当日は、ウィリアムにエスコートさせるわ。うんとおめかしして、二人で会場に入るのよ」
私の胸は、その言葉に久しぶりにドクンと大きな音をたてた。
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