12 着せ替え人形『ルナアリア』
「さぁ、次はこれを着てみましょうね」
王妃様は朝から侍女と共に私の寝室に乗り込んでくると、後ろに更に侍女を連れて、私を見た感覚からサイズを測るという離れ技で山の様なドレスを運びこませた。
そして、今、10着目のドレスの試着が終わった所である。正直全ての違いが分からない。形は全部スカートが膨らんでいるもので、最初にコルセットというもので思い切りお腹を締め付けられた。むりむりむり、と思いながらも、朝食の後だったらたぶんもっと悲惨だったろうから、朝ご飯前でよかったのかもしれない。
髪色が白っぽく変化したせいか、様々な色のドレスが私には似合うようだった。特に王妃様のお気に入りは薄くて白っぽい緑と、同じく薄くて白っぽい紫がお気に入りのようだ。
前者はピーコックグリーン、後者はライラック、という色らしい。あまり色には詳しくないが、王妃様は遠目で見ても近くて見てもとってもきれいなので、審美眼に間違いは無いだろう。
いちいち侍女たちも着替えさせられて疲れていないか心配だが、むしろ楽しんでいる節がある。長い髪は、今日は幾つかのみつあみに編んで王冠のように頭の後ろに結い上げられた。
「そ、そろそろ、今日はやめませんか……?」
ライラック色のドレスは肩が開いていて、少し大人っぽいデザインに見える。私は16歳だから大胆なくらいがいいのよ、と王妃様は言って、大きく膨らんだ肩口のドレスから、こういった襟ぐりも開いて肩も出しながら袖のあるドレスまで色々と着せてくれた。
とはいえ、もうそろそろ疲れたのも本当だ。常識を学ぶはずが、着替えだけで2時間以上かかっている。昼食の時間の方が近い気がする。
「あら、そうね。さすがに1日で全部試着は無茶があったわ。ごめんなさいね、お腹が空いたでしょう? ブランチにしましょう」
「ブランチ……?」
「朝食と昼食を兼ねたお食事よ。お腹がすいたら、おやつにしましょうね」
今迄は、決まった時間に起きて緩いワンピースを着て(それでも上等なものだった)決まった時間にご飯を食べて、後は好きに過ごしていた。ので、ブランチという単語も初めて聞いた。
「淑女はね、夜会があるからお寝坊なのよ。だから、朝ご飯とお昼ご飯を一緒にすることが多いの。これから教育が進んだら、一緒に夜会に出ましょうね」
「夜会……ですか」
一体それはどんな催し物なのだろう。ドレスを着ていくのは間違いないのだろうが、これは普段着のドレスだと言う。充分すぎる程煌びやかで華々しいと思うのだけれど、夜会はもっと着飾って行くところだそうだ。
疲れた私を気遣って、私に宛がわれた部屋に料理を運ばせた王妃様と、私は一緒にご飯を食べた。
食べ物の好き嫌いは無いが、誰かと一緒に食べるというのは新鮮だ。今日はパンケーキにスクランブルエッグ、サラダとウインナー、果物、リンゴのジュースにミルクもある。食後には紅茶だそうだけど、お腹がたぷたぷにならないだろうか。
服の脱ぎ着は意外と疲れるもので、殆ど立っていただけの私でも、一口食べたら大分お腹が空いていたことに気が付いた。王妃様とお話しながら(一応、口に物を入れたまま喋ってはいけない、とは教わっている)食べたけれど、食べ方が綺麗ね、と言われたのは嬉しい。
床に零すとマリアンが煩かったので、自然と少しずつ口に運ぶようになっただけだ。マリアンのお陰で恥はかかなくて済んだようだ。
午後は何をするのかと思ったけれど、コルセットを締めてドレスを何度も着ては脱いでを繰り返した後の、お腹いっぱいの食事で私は眠気に襲われた。
王妃様が、今日はゆっくり休んで、明日またドレス選びから慣れましょうね、と言って去って行った。
私の着せ替え人形な日々はまだまだ続くようだ。