第十九話 うどんの国の黒色聊爾
ブックマーク7件あるけど全員忘れてる(確信)。多分読んでくれるのは一人くらいかな?
ハインクフまでの臨時連絡船の中は、喧騒とした雰囲気であった。命からがら逃れてきた乗客も多く、皆どこか落ち着きがない。命の危険を感じて苛立っているのか、近くの乗客の揉めるたりしている乗客もいる。
そんな中、太郎は船の甲板で星々を眺め、潮風を浴びながら回想に耽っていた。ブルーストから帰ってきて、貴族居住区を壊し、収容所を破壊し、親衛隊にピールスリンを追われる。そこで漸く船に乗ることができ一息つけた。海上に点在する島々を眺めていると、太郎の後ろから一人の足音が聞こえた。
「……ん?」
太郎が振り返った先にいたのはアマラだった。一部の乗客が疲れの果てに眠っているため、アマラは彼らに気を使っているのかいつもより穏やかに振る舞っていた。
「今日一日色々ありましたね」
今日の始まりはブルーストからピールスリンに帰港したときから始まった。その後はちょっと収容所を破壊したりと大忙し。あまりの密度の濃さに、太郎はそれらが一日で起きたとは到底思えないほどだった。
「ああ、明日はゆっくりできるといいな……」
「フラグですね。いくら強くても、やっぱり痛いのは嫌ですか?」
「それもあるけどさ……」
太郎は少し間を空けた後、無数の星々が煌めく空に向かって呟いた。
「働きたくないなって」
「……」
甲板での会話はそれが最後となり、二人は支度を終えて眠りについた。
太郎は硬く痛い床に愛想を尽かしながら、体を起きあげた。太郎はしばらく呆然とした後、寝ていた床が石畳であることに気が付き、またアマラとカルラも近くで横になっていることにも気がついた。三人は埠頭で眠っていたのだった。
「二人とも、起きて」
太郎が体を揺さぶり、二人は目をこすりながらもどうにか体を起こした。
「おはよう」
「おはようございます……」
カルラの方はまだ覚醒していないようだが、ここでの衣食住が確保されていない以上早めに行動しなければならなかった。
「じゃ、取り合えず奪還に向けて議論をしようか。じゃ、身支度を……あれ?」
太郎は近くを探してみても、服のポケットを探してみても、何も出てこなかった。もしやと思い、全身が震え上がる。
「もしかして、盗られちゃいました?」
太郎があえて言わなかったが、まだ半覚醒状態のカルラが呟いた一言により、三人の間に重たい空気が流れた。
「まあ、埠頭で寝てりゃそりゃスられるでしょう。時間厳守のあの船長が起こしてくれるわけないですし、で?いくら残ってます?」
アマラは満面の笑顔のまま手のひらを太郎に差し出した。
「いや、ないけど……」
太郎は改めてポケットを探ると、硬貨があることに気づいた。もしやと思いすぐにその硬貨を取り出す。
「あ、1アルゼンチンペソ……。辛うじて胸ポケットに入ってたよ……」
太郎は胸ポケットに入っていた1アルゼンチン・ペソ硬貨をアマラに見せた。しかし、こっちの世界では価値がないというのはわかりきっている。それでも見せたのは、アマラたちの不安を減らそうとしたものであった。
「つまり、無一文なんですね。はぁ~つっかえ。とりあえず、食事にしませんか?そこら辺の貴族捕まえて強盗しましょう」
気軽にとんでもないことを言い出すアマラに、太郎は頭を抱える。
「第一章の時の謙虚さは何処へ?アマラの中の謙虚さん仕事してください」
「目の前にいる無一文のニートさん仕事してください」
太郎はアマラの潜在意識に話しかけるも、アマラの顕在意識が放った言葉が心に直撃する。
「とりあえず、ピールスリン亡命政府に向かいませんか?」
カルラは、埠頭から見える港の近くにあるピールスリン亡命政府の看板を指差した。
『ピールスリン亡命政府はこちら』
「仮にも一国家の継承団体が、こんな安直な看板でいいんでしょうか」
アマラの言ったことも尤もであろう。戦時中とはいえ国家の威厳を保つべき看板が、巨大な羊皮紙で出来ており書かれている文言も羽ペンで書かれた全く威厳のない文字だったからだ。雨風を凌げるとは到底思えないが、所詮は仮の亡命政府の看板なのだろう。
「所詮、仮の本部だろう。じゃ、向かうとしよう。金がないから徒歩でね」
太郎の導きにより徒歩とはいえ、ハインクフから亡命政府の仮本拠地まではすぐについた。というのも、羊皮紙の裏に小さな地図が書かれていたからだ。文字の読めない太郎でもさすがにこれは理解留守ことが出来る。
「どこかで聞いたことがあるような……」
亡命政府の仮本拠地に近づいた途端、昨日聞いたような声が聞こえてきたからだ。
「我々は、親衛隊の一連の蜂起からの軍事行動に対して、看過することは到底できない。早急に我が故郷を奪還すべきである。そのためにも、故郷を追われしピールスリンの民よ、互いに力を合わせて邪悪なる親衛隊を駆逐しようではないか。まあ、私は広告宣伝部の長だから戦わないがな!」
ハインクフに逃れてきたピールスリン民が、近くの小屋を借りて集会を開いていた。集会では、オットーがピールスリン難民に対して煽動するような言葉を並べて士気を煽っていた。
そんな中、オットーは太郎に気がつく。
「き、君は太郎君じゃないか。君もここに逃れてきたのか」
「ええ、クソ定時野郎のせいで有り金全て失いましたが」
「それは残念だったな。だが、それは我々も同じだ。親衛隊によって、我々が貯めていた銀行残高を差し押さえられた。おかげで、我々亡命政府の活動資金が枯渇しているんだ。まあ、最悪我が故郷にある実家から送金してもらうがな」
「ええ?あなた達もですか?じゃあ、衣食住はどうするんですか?」
無一文なのは自分たちだけではないと知り、頼みの綱がまるで役に立たなくなってしまい当惑するアマラだった。
「野宿は好きじゃないです」
カルラは非正規兵として働いていた頃に野宿をしたようだが、色々と大変だったらしい。
「なら、ハインクフのギルドに登録するといい。我々はピールスリン奪還に向けての会議があるのでな。他人に構っていられないんだ。まあ、私も寝泊まりする場所がないからこの小屋で雑魚寝だろうがな!」
オットーは高らかに笑いながら壇上裏へと戻っていった。
「どうせ1アルゼンチンペソじゃなにも出来ないから、ギルド登録もやむなしですかね」
太郎は心底働きたくはないが、生きるためには仕方ないと割り振った。
「決まりですね」
「そうしましょう」
アマラとカルラの賛同を取り付けて、ギルドまで歩くことにした。
「そういえばギルドの登録か。前にピールスリンのギルドに登録しようとした時、見事にぼったくられちゃったからな。あ、そうだ。字、書けないから代筆頼める?」
移動中、太郎はアマラに代筆を頼むと笑顔になった。
「10ネスでいいですよ?」
アマラはそっと手のひらを太郎に差し出す。
「結局、どこへ行っても金をとられるのか……」
アマラに10ネス支払い、文字を勉強しようと思いつつ街中にあるハインクフギルド本部に到着する。
ピールスリンに比べれば見劣りする四階建ての建物だが、そもそもハインクフ自体規模がかなり小さいためハインクフ内では最大規模の建物である。
中に入ると、カウンターが並んでおり奥にはギルド直営食堂が併設されておりピールスリンギルドとさして変わらなかった。
太郎たちは受付カウンターへと向かった。
「いらっしゃいませー。新規登録ですか?登録削除ですか?クエストですか?」
ピールスリンの心が腐った公僕とは違い、ハインクフのギルド職員はみんな笑顔で出迎えてくれた。 近くの受付嬢がいる受付カウンターへと太郎は向かう。
「新規登録、三人分お願いします」
「かしこまりました。こちらの用紙に氏名の記入をお願いします。住所の記入は任意です」
冒険者は住所を持たないことも決して少なくはないため、その点では寛容的である。中には、浮浪者取り締まりのために住所の記入を強制している地域もあるようだ。
アマラに代筆をさせてると太郎の思惑は杞憂に終わり、直ぐにクエストボードまで案内された。
だが、そこに掲示されていたクエスト内容は思わず目をみはるものばかりであった。とはいえ、他の冒険者は何食わぬ平然とした様子でクエストを確認しており、このあたりでは普通のものらしい。
『小麦収穫の手伝い』『うどん屋での手伝い』『豚の屠殺』
「……」
太郎たちが固まっていると、受付嬢が不思議に思い優しく話しかけてきた。
「どうかなされましたか?」
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!『僕は冒険者ギルドに向かっていたと思ったらいつのまにか公共職業安定所に来てしまっていた』な…何を言ってるのかわからねーと思うが」
受付嬢は、太郎のクセのありすぎる文言に少々驚いていた様子だが、すぐに正気を取り戻す。
「ハインクフは面積が他の地域と比べてとても小さいです。 また、住民の殆どが平野 に住んでいるので、モンスターが滅多に出ないんです。なので、短期非正規雇用も請け負っているんですよ」
公共職業安定所と冒険者ギルドを統合することで経費削減も兼ねているらしい。
「で、どうなされます?」
太郎は狩猟や採集のクエストを選択しようと企てていたが、それらしきクエストが全く無いためやむをえずに働くことにした。
「とりあえず、うどん屋の手伝いを」
近くのうどん屋で希望する日数分手伝いをするというものだ。比較的給料も良い。
「ありがとうございました。では今から、ショッピングモール にあるうどん店に向かってください。ここから遠くないはずです。詳しいことは直接会って聞いてください。それでは、良い結果になることをお祈りしています。受付はこれで終わりです。それでは、いってらっしゃいませ!」
受付嬢がクエストボードからうどん屋の手伝いのクエストが記載された紙を取ると、正式な受理を行うためカウンターの奥へと入っていく。だが、その行為に太郎たちはただならぬ疑問を感じていた。
「……あれ?保証金、保険、契約手数料は?後ギルド登録料とかは……?」
冒険者から何も取らないことに不審極まりなかったため、太郎はカウンターの奥へ入りかけた受付嬢に声をかける。
「ん?公営ギルドでは保証金、保険、契約手数料は公費が投入されるので労働者や冒険者方の負担は一切ございませんよ」
太郎たちの方へ振り返った受付嬢は、さも常識であるように答えた。
「素晴らしい。ハインクフはよいギルドをお持ちで……」
涙を流して感極まる太郎は、ハインクフではこれが普通であるのだと思った。だが、受付嬢は太郎たちの異常な行為に別のことを考えていた。
(あれ?保証金、保険、契約手数料はどこのギルドでも原則無料じゃ……?)
「……それでは、いってらっしゃいませ!」
受付嬢は改めてカウンターの奥へと入っていく。太郎たちはそのうどん屋へと向かうことにした。ハインクフは面積こそ小さいが、人口は少なくないため人口密度が高い。太郎たちがギルドを出てショッピングモールへと向かうが、没個性的な家が長く続いていた。住宅密集地を抜けると農村地帯になり、そこでようやく巨大なショッピングモールが姿を表す。
巨大なショッピングモールということもあり、アマラとカルラは驚いた様子で眺めているが前世のショッピングモールに比べたらかなり規模が劣るものだった。
中に入ると、多くの人が集まっている。大きな街の近くにあるためであろう。フードコートへと向かうが、そろそろ昼時ということもあり続々と人が集まり始めていた。
「失礼します」
フードコートにある目的のうどん屋へと向かい、太郎は挨拶をする。
「おいでんよ、依頼の人かいね?」
うどん屋の店主は、50代後半と取れる女性店主だった。軽く話し合った後、太郎たちは制服に着替える。
「とりあえず、麺の注文が入ったらこの湯掻いてる麺を器によそって。足りなくなったらこの魔法冷蔵庫に入っている麺を新たに湯掻いて。やけばたに注意してな」
「わかりました」
聞き慣れない言葉は気にしないことにし、太郎たちは無事に仕事をこなしていった。
だが、途中で見たことのある顔が来た。
「かけうどん。汁抜きで」
「かしこまり……」
レジ業務を担当していたアマラは、来店していたウィズイン・ウィスタリアを見て衝動的に殴りたくなるがなんとか踏みとどまった。引きつった笑顔のまま接客を続ける。
「か、かしこまりました。3ネスからの1ネス引きなので2ネスです。天かす等の薬味は好きなだけおかけください」
「言ったな?」
彼はアマラの言ったことを念押しして確認すると、薬味である『葱』『天かす』『紅生姜』を箱全て。『七味唐辛子』を瓶すべてを汁抜きかけうどんにぶっかけた。
「お客様?他の方のご迷惑になりますので、そういった行為は慎んでいただきたく──」
衝動的に殴り始めてしまう右手を抑えつつ、アマラはウィズインに諭そうとした。
「は?迷惑?何を仰るのですか?あなたは確かに『天かす等の薬味は好きなだけおかけください』と仰ったはずですけどね?無料のサービスを利用しただけで迷惑扱いされる。まさか貴店がこんな接客だったとは。残念極まりない。これは本部に苦情を入れるしかありませんね。大体──」
ウィズインの説教はかなり長い時間続き、彼の後ろに並んでいた客は全員呆れて別の店へと移ってしまった。全ての元凶であるウィズインは、説教が終わるとすぐに食べ終えて去っていった。
また、騒ぎを起こしたということで若干減給されて仕事は終わった。
「機会があったらまた」
かくして、短期バイトは終わった。何かすることもないので、本部に戻ることになる。
「減給されちゃいましたね。その分太郎さんの臍繰りから補填しましょう」
アマラが店長から貰った封筒の中に入っている給料明細を見ながら言った。
「あれ?騒ぎ起こしたって君じゃ?というか臍繰りって何?お金ないよ?」
謎の臍繰りの所在を不思議に思う太郎に、さらなる追い打ちがカルラから来る。
「百貨店寄っていいですか」
「僕の話聞いてた?」
すぐにカルラから突っ込みをしても、アマラもカルラも何も言わない。太郎は少しだけ、いつも言葉のサンドバッグになってくれるステフィーを思い偲んだ。
「寄りましょうか。太郎さんの外貨を売れば多少の金額にはなるでしょうし」
ついにアマラから賛同が出てしまいハインクフにある百貨店によることに。おまけに異世界出身を示す唯一の物が無くなると思うと、太郎は心の底から落胆した。
こうして、太郎たちは百貨店へ向かった。ついでに、1アルゼンチンペソを換金した。2ネスだった。
「良い眺めですね。狙撃場所にはぴったりです。さすが、ラピドア内海式気候です」
カルラは、百貨店の六階から街を見渡していた。ラピドア内海式気候というのは、このあたりの気候である。この気候は二つの島、特に山に囲まれているため降雨量が少ない。
「下にいるゴミのような人々がなんか賑やかですね!」
「懐が寂しい僕のことは置いてけぼりかい?それにしても、まさか2ネスにしかならないとは」
太郎は泣きながら1アルゼンチン・ペソを換金して手に入れた2ネスを大切に握りしめる。
「2ネスじゃさすがに何もならないし亡命政府に戻ろう、諦めて本部に戻ろうか」
「そうですね。ところで、ステフィーさんは大丈夫でしょうか?捕まってないといいですね」
「大丈夫ですよ。捕まえたとしても、延々と続くあまりにもしつこい供託で看守の精神が崩壊するでしょう」
皆ステフィーをほんのちょっとだけ心配していたが、アマラの一言により確信した。ステフィーは絶対に死なないと。
この話って、少し前に書いた駄文を元に書いてるんですよ。
で、その駄文がそろそろストック切れるんですわ。まだまだ話は続きますが、ただでさえ遅い投稿ペースが更に遅くなるかもしれませんね。




