第十話 油断
太郎たちは黙ったまま地下にある奴隷収容所を抜けエントランスホールに戻ろうとした。その途中、二人の男性の貴族が扉から出てくるのを目撃する。二人はどうやら雑談をしているのか賑やかな話し声が聞こえる。
「先日、北方の大地からクール便で頼んだ最高級牛肉を嗜んだが美味なんだ。牧場と使用人、料理人ごと購入してしまったよ」
まるで金を豪快に使うのが貴族の特権とばかりに自慢をする。最高級牛肉を想像したのかもう一人の男性貴族は口元を綻ばせる。
「それは大層な。血税で買う牛肉はさぞ美味しいだろうね」
「まだ余っている。貴様も舌鼓するが良い」
「おお」
余っているのを分けてくれると知り、片方の貴族は感嘆の声を上げる。しかし、太郎たちは牛肉の話に興味など無い。興味があるのは奴隷の居場所と奴隷を弄んでいる大公のことだ。
「すまない。この娘を奴隷として買った大公はどこにいる?」
太郎は貴族たちの前にアマラの顔写真が載った指名手配書を押し付けるように見せた。しかし貴族は指名手配書を見ることなく払い除け、不快そうなな顔をしながら太郎を怪訝の目で見る。
「見ない顔だな。庶民か?貴族に向かってなんたる態度だ。政府の教育大臣の首を撥ねるか」
貴族が警備員を呼びそうだったこと、一刻も早く奴の居場所を見つけようと思ったこと。二つの理由により太郎は壁にグランドブレイクを展開する。勢いよくやったためか力加減が上手く出来ず、金で覆われていた壁から壁の材料である木材が丸見えになる。
太郎はほんの脅しのつもりだったが、繊細な心しか備わっていない貴族たちはショックで一瞬で気絶してしまう。
「あーあ。そんなことで気絶するなんてずっと守られて育ってきたんだな」
「とりあえず貴族居住区全てを捜索しましょう」
「そうだね」
太郎たちは気絶した貴族二人を廊下に放ったらかし、施設内の探索に向かうことにした。すると、太郎がとある方法を思い浮かべる。
その方法は、施設内の部屋を一瞬で確認するためにあらゆる壁を破壊することだった。一応貴族や奴隷に被害が及ばないように手加減するつもりだ。それならば奴隷たちを直ぐに発見できると太郎は踏んだのだ。
太郎は壁にかなり強めのグランドブレイクを展開した。
しかし、企みに気づいたアマラが必死に止めようとする。
「ああっ!止めてください。城が壊れてしまいます」
「え?あっ」
しかし、もう施設は音をたてながら崩れ始めていた。急いでアマラの手を取り逃げる。能力アップのおかげか、今までに経験したことのないような速さで太郎は屋敷の窓に飛び込んだ。直前に防御魔法を張ったので太郎たちには何も影響がなかった。
「きゃー!なんてこと!」
「世話係よ!逃げるでない!」
守られてばかりで自身を守る方法を知らない貴族たちは、相当混乱していた。パニックに陥った貴族たちがただただ喚くしか出来なかったおかげで、僕たちは貴族に見つかることも無くも逃げることができた。
そして数分の後、数百年前からずっとピールスリンの繁栄と徴税の様子を眺めてきた貴族専用居住区は無残にも瓦礫の山となった。
「この世の終わりよ」
「いったい誰がこんな惨いことを」
微かに貴族の声が聞こえる中、太郎たちは瓦礫の山を見つめている。
「やっちゃいましたね」
「まさか、あんなに脆いなんて」
「確かここ、コンセッショネアが民間の不動産会社らしいです。界壁が無かったり、壁が異様に薄かったりして二つ隣の部屋の呼び鈴が聞こえるレベルらしいですよ」
「聞いたことあるな、その話」
元の世界で聞いたことがあるような話をされ太郎は一瞬戸惑ってしまうが、直ぐに近くに居た貴族たちの会話が聞こえた。近くの草むらに隠れ聞き耳を立てた。
「いや~。奴隷の大半をを収容所に移動させといてよかったな」
「脱走したら大変だもんな。さて、居住区の再建をしないとな。勿論、費用は愚民の血税から」
貴族たちは庶民を弄ぶのが常識化のように談笑する。全く気に求めていないような顔である。
「奴隷たちの大半はどこかの収容所にいるようですね。平和的に話を聞いてみましょう」
「そうだね」
太郎は話をしていた貴族の背後に回り込み、首元に額縁を圧縮した剣をを突き付ける。もう片方の貴族派大変驚いた様子で束の間失神した。
「ひっ、ひぃ!な、な、なんだんだ……。君たちは」
幸いにも、平和的に会談している貴族は肝が座っているようで並大抵の貴族なら失神する所、意識を繋ぎ止めている。とは言え、恐怖であることには何の変わりもなく剣に怯え震えていた。太郎は更に剣先を首元に近づけ平和的に聞き出そうとした。
「収容所はどこにある?言わないと首元を──」
「ああああ!わかった。わかった。すいません許してください!何でもしますから!」
「ん?今なんでもするって言ったよね?」
貴族は全身から冷や汗を撒き散らし、気が動転している。
「言った。言った。収容所の場所話すから、放して」
「で?どこにある?」
「ウェ、ウェステスのや、山奥にある」
恐怖により口が動かないのかなんとも太郎とからして聞きづらかった。
「ウェステス?」
「ピールスリンから直ぐ近くにあるベッドタウンだ」
「そうか。なら案内しろ」
「そ、そこまで?」
嫌そうな顔をしてしまう貴族だったが、太郎はアマラに手に握っている剣を渡した。彼女は目と鼻の先(物理)に近づけた。
「それと、──大公。私を奴隷として扱ったかの大公はどこにいる?」
太郎とは比べ物にならない殺気を感じた貴族は瞳に涙を浮かばせ、本能的に全てを曝け出そうとしている。
「多分。そこにいる。本当だ。奴隷を玩具として扱っているから、ウェステスにずっといる。本当だ。じゃあ、案内するからナイフを下げてくれ。交通費も全額出そう」
「わかった。」
アマラが納得し貴族が安堵の溜息をしている間、アマラは鞄から犬用の首輪を取り出す。それを見た貴族は再び恐怖に怯えた顔に戻る。
「な、何をするつもりだ?」
「これですることといえば……ね」
可愛らしい声と、正反対の行動に貴族は絶望した。貴族から生気が全て吸い取られてしまったかのように。太郎は貴族が藻掻き続ける様子をただただ笑顔で眺めていた。
「あり金あるよね?馬車で行くから支払いよろしく?」
「は、はい」
気の抜けた顔をしている貴族は恐る恐る懐から札束を取り出し馬車に向かって振る。バブル宛らの光景に、札束に気づいた馬車が直ぐに駆けつけてきた。中々に装飾に凝った馬車であり、おしゃれな街として有名なピールスリンらしいものである。
「ご利用ですか?」
「ええ。さん……二人と一匹です」
「一匹……?ああ、そうですか。ではお二人は後部座席へ。お犬様は後ろの貨物入れにお願いできますか?あと、当車両では乗り逃げを防ぐため前払いとさせていただきます」
前払いは問題ないが貨物入れと後部座席は繋がっていない。移動中に容易に抜け出せられる可能性があり、太郎は固定する方法を思いついた。
「鎖で固定することってできますか」
すると運転手は笑顔で答える。気味が悪いくらい良い笑顔だった。
「大丈夫ですよ。どんな未舗装道でも何一つとして落としたことがありません。お犬様の固定は私が行います。お二人は後部座席へ先に」
札束を運転手に渡し、二人は後部座席に乗り込む。
「安全のためベルトを締めていただけますか?」
「わかりました」
そうして、僕たちがベルトを締めた瞬間、運転手の顔色が変わる。まるで、この時を待っていたかのように。運転手は懐から刃物を取り出し貴族につけられている首輪を破壊する。
「どういうことだ?」
運転手の行動に疑問を懐き、様子を見ようとしてベルトを外そうとするもベルトが外れない。固く締め疲れているせいで身動きも取れなかった。
一方、外では運転手が貴族の首輪を破壊していた。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?今すぐこの愚か者どもを排除いたします」
「ああ、ありがとう。君は親衛隊かい?」
貴族は長い間不当に拘束されて解放されたかの様な安堵の声で運転手にお礼を言った。そして所属を尋ねた。
「ええ、私ピールスリン貴族親衛隊中尉です」




