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月に告ぐ  作者:
11/12

第十一話 月に告ぐ

「全滅だ、全滅だぞ!」


 研究所に、一人の興奮した男が乗り込んできていた。どうも先日の新作戦で、殿軍を担っていた艦隊に所属していた男らしい。あの作戦には、この研究所で開発された新型機が多数投入されていたと聞いている。自分の所属艦隊が全滅し、そのやり場のない怒りや悲しみが逆恨みとなって、兵器の開発元へと恨みの矛先が向いたようだった。


「お前達が、ちゃんとやつらを殲滅できる兵器を作らないのが悪いんだ!」


 小柄で組み付きやすかったのか、近くにいたからか、私に男は突っかかる。掴まれた肩が痛い。だが、すぐに所長であり、開発責任者である小笠原俊雄が駆け寄ってきて、私を助けてくれる。私を大切な兵器として取り扱う小笠原俊雄。


「砲雷長さん、あなたの気持ちはわかります。我々も多くの職員が、ヴォイドに家族や大切な人間を殺されているんですよ。我々もヴォイドを殲滅したい気持ちは同じです。」


 私には、ヴォイドに対して、そのような感情はなかった。ヴォイド共感派のように、ヴォイドを気にかけているわけではないが、私は父や母の事を知らないし、何よりも人類の都合によって生み出された人工人間だ。


「なぜだ、なぜ俺だけ生き残ってしまったんだ。艦長、なんで俺も連れて行ってくれなかったんですか……。」


 男は泣き崩れていた。彼はどうやら戦闘で自分だけ残されたことが心残りのようだった。残されたものの悲しみや悔しさが積もり積もって今回の行動に出てしまったのだろう。この気持ちは、今の私になら理解することができた。


「砲雷長さん、我々もヴォイドを憎んでいます。あなた方の戦いは無駄ではありません。あなたの経験をここで生かして、ヴォイドを少しでも多く殺しましょう。」


 いつものやり方だ。こうして勧誘された職員は多くいる。遺族を殺された憎しみを利用して自分の研究に貢献させる。その中でも、責任者の小笠原俊雄自身が一番ヴォイドを憎んでいることは知っている。妻をヴォイドに殺されたと風の噂で聞いた。

 だが、それでも私は彼を許すことはできなかった。私だけがこの境遇ならまだ許せたかもしれない。私と同じ遺伝子を持つ、生まれるのが後だっただけの妹。妹達も同じような処置を施されていることに怒りを感じる。


 しかし、私は出会ってしまった。彼の息子、小笠原修司に。最初は、自分の人生を呪い、その人生に陥れた小笠原俊雄の大切なものをどうにかしてやれば、哀れな私も少しは報われるんじゃないかと思っていた。そんな黒い企みを抱きながら、私は彼に接触した。

 だが、彼は私の心は知らずとも、真摯に私の話を信じてくれたのだ。その彼の雰囲気に徐々に取り込まれていったと思う。少しずつ彼と会うことが楽しくなっていた。縛られた人生だったが、幸福というものに触れた気がした。人を好きになるとはこういう感覚だったのかと知る。私同様に、哀れな境遇に生を受けた妹達、彼女らを想う心とは違う。

 少しでも彼と長く共に居たいと思っていたし、彼と会うたびに、自分の任務が怖くなった。新型戦闘機のテストパイロットは、戦闘とは違った恐怖がある。フォースは通常危険極まりない兵器であり、新型ともなればその暴走は頻繁に起こる。フォースは所詮ヴォイドなのだ。そして私は交換可能な兵器の部品だ。戦況が悪くなるにつれ、研究所職員達は、十分な研究成果を得ていないものであっても、戦争に有効と思われるものをテストし始めた。


 本当に恐ろしかった。新型機に乗るたびに、私はもう彼と会えないのではないかと思った。だが、仮に身体に傷を負ったとしても、現代の医療と私の遺伝子はすぐさまに傷を治す。普通の人間であれば、1か月は動けないであろう重傷であっても、私であれば1日も経てば治ってしまう。傷病からパイロット適性がなくなるといった形で、この任務から逃れることはできなかった。消耗部品の私には死ぬか、乗るかの二択しかなかったのだ。

 その恐怖が極致に達した為、私は彼に一緒に逃げてもらうことを頼んだ。彼も私の事を好いていてくれたように思う。この社会で逃亡者は生きていくのが難しい、彼はもちろん悩んだが、すぐに私と逃げることを選んでくれた。人を愛し愛されることがいかに素晴らしいことかを知った。


 だが、その企みはすぐにプロメテウスによって阻止された。一時は、本当にこのまま修司君と一緒にずっと暮らしていけるのかと期待していた。修司君はいつも真面目で、頼りになり、優しかった。このままならどれほど幸せなのかと私は思っていたが、社会がそれを許さなかった。私の我儘で始めたことだから、私が素直に研究所に戻ることで、プロメテウスには、修司君の罪を不問とすることを願った。それは受け入れられ、私は元の任務に復帰した。修司君は大きな研究をしているようだ、お互いが元の状態に戻ることで得られる社会的な利得の方が大きいと、プロメテウスは判断したのだろう。


 私は再び、この研究所に戻り、新型の開発に関わることになった。やはりここの狂気の沙汰は止まらない。でも、この男の乱入でわかった。私は、心から修司君を失いたくない。たとえ、自分が死ぬことになっても、彼に生きてほしかった。この研究で、地球が救われ、修司君が生きていられるなら、自分の苦しみなど軽いものだ。


 助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。いくら修司君でも、まさかこの研究所に忍び込んでまで助けに来てくれるとは思わなかった。でも、私は自分の任務を果たして、修司君の生きるこの地球を守りたかった。一緒に行くことはできなかった。


 ごめんなさい、ごめんなさい、あなたの気持ちを裏切ってごめんなさい。それでも、あなたがくれたものはもっと大きなものでした。ありがとう。


 私にプロメテウスが与えた任務は、はっきり言って、達成可能性が1パーセントでもあったか怪しいものだった。地球を包囲する膨大なヴォイドを突破し、ヴォイドの巣と思しき場所に突入、マザーヴォイドを撃破せよというものだった。プロメテウスもなんと無責任なのか。この結果を導いておいて、結局は個人の能力頼みとは。


 地球を囲むヴォイド達は凄まじい数で、到底太刀打ちできないと思ったが、私の遺伝子なのか、才能なのか、私はがむしゃらに戦闘機を操り、ヴォイドを殺して殺して殺して、殺し尽くした。そして数限りない殺戮の末に、何とかヴォイドの地球包囲網を突破することができた。

 だが、その後、ヴォイドの巣らしき場所に突入した以降の記憶はあいまいだ。被弾したようにも思うし、何かに衝突したようにも思う。無我夢中で、どこへどのように機体を飛行させたかすらわからなかった。


 命からがら別の空域に脱出したかと思うと、今度は統和軍らしき機体から誤射を受けた。ずっと戦闘を続けていた私は消耗しきっていたが、ここで死ぬわけにはいかなかった。せっかく脱出できたのだ。修司君にまた会えるかもと期待していた。

 人類の勢力圏内に逃げ切ったと思っていたのに、どうも彼らは既にヴォイドに侵食されていたらしい。その相手も元々は人間だったのだろうが、撃墜せざるを得なかった。元同胞を撃ち落とすのは気が滅入る。でも、地球に帰るためだ。敵を発見するたびに、狙いをつけ、引き金を引く。ここでも殺戮を繰り返す。


 私はただ帰りたかっただけなのだ。そレなのニ、チキュウのひとタちがワたしをコウげきをする。きおクがコンだくしているヨうだ。こんナニ、ガんばっタのに。


 シュウじクんに、また会イたい。


 私のヒトとしての意識はここで終わった。……でも、長い長い、本当に永遠かと思うほどの時間のあと、数々の星々の舞う、美しい星の海で修司君にまた会えた気がする。



――――そして彼女は出撃から3年後に帰ってきた。変わり果てた姿で。


「あああああああああああああああ、瑠奈瑠奈るなるな・・・」


 瑠奈の搭乗する複素次元戦闘機は、ヴォイドの侵食を受けていた。瑠奈の出撃時、地球に迫るヴォイドの数は膨大な数であり、地球は既に包囲されていたという。その危機を救うため、地球の包囲を突破し、ヴォイドの巣と思われる先に向かったのだ。


 その作戦は人類にとって本当にやぶれかぶれの後がない作戦だった。たった、二機。たった二機の複素次元戦闘機に託されていた。


 その一機の搭乗者が瑠奈であり、彼女はヴォイドになった。ヴォイドと戦い、戦死するならばまだ救いがある。戦闘機が破壊されることなく、ヴォイドに捕獲され、その搭乗者ごとヴォイドの侵食を受けたのだ。もう一機が人類の危機を救い、ヴォイドの巣を破壊したと聞いている。

 瑠奈の存在は記録からは抹消されていた。侵食を受けたことと、試作機による出撃という極秘の任務だったからだ。そこまで追い詰められていたことを一般市民に伝えればパニックは免れないと判断されたらしい。


「ファイφは優秀な戦果を残した。そのために、実戦データはどうしても回収したかった。ヴォイドに侵食されたのは非常に手痛かったが、撃墜されなかったのは幸いだ。危険はあったが、凍結処理により捕縛し、データの回収ができた。」


 私は悲嘆に暮れた、ヴォイドになって地球へと帰ってきた彼女。ここは彼女の愛した地球であり、私がいるのだ。それなのに、お互いなんと距離の遠いことだろうか。


 私は、自分の持てるすべてを使い、彼女を何とか人に戻せないかと、あらゆる研究、実験を試みた。だが、侵食を受けた物体をもとに戻す方法など、その手掛かりすらつかめなかった。

 その中には、他人から誹りを受けることを免れないほどの、非人道的な方法も含まれていた。例えば、パイロットを消耗品として、その脳の力をフォースコントロールに利用する技術。ヴォイドのコントロールが可能となれば、瑠奈から侵食ヴォイドのみを引きはがすこともできるかもしれないと考えた。数多くの実験を繰り返した。コクピットがまるで交換可能な試験管のようだった。


 しかし、それでも瑠奈は戻らない。



 瑠奈の出撃後、私は当局に捕縛されたが、父の計らいと今までの私の研究を買われ、即時に軍属の研究者となることでその罪を免れた。瑠奈が出撃し、絶望の淵にあった私は、瑠奈の重荷を少しでも共有できたらと、その立場を望んですらいた。


 私は軍属の研究者としてほぼ軟禁状態であったが、外出を許可されている父から、私の協力者だった友人たちの近況も聞けた。大は診療所の閉鎖を決定され、圭子と共に前線の野戦病院へと更迭された。貴彦は行方が知れない。教授はいったん捕縛され社会への服従を要請されたが拒否、今までの功績から条件付きの自由は保証された。その能力こそ惜しまれたものの、自ら辞職願を出し、今では田舎で教師をやっているそうだ。私の研究に目を付け、私に瑠奈救出作戦の協力を申し出た共感派の人々は、教授の捕縛から芋蔓式に、根こそぎ処罰された。


 今思えば、プロメテウスは決して甘い存在ではなく、この結果を計算していたのではないだろうか。

私の能力を生かす為に、この執念を生むために描いたシナリオだったのではないか。私の周囲の人間への処理が、異常なまでに迅速であった。これがプロメテウスの描いた人類の為の世界だったのだろう。AIに統治を預けきらず、人類が選択してきたことは何だったのか。いや種の存続の為に、人類が選択した進化の形だったのかもしれない。


 私に関わったことで多くの人が、その人生を異にした。私は父を友人を師を、そして瑠奈のいる世界を愛していたが、この結末となってしまった。


―――――――――――――――――――


世界は私を裏切った。……いや、裏切られたのではない。

もともとこの世界は歪んだものだった、溢れんばかりの幸福に目が眩み、

いつしかそれを忘れていたのだ。


―――――――――――――――――――


 私の周囲の人間の不幸は心苦しいものであったが、私にそれをどうにかする自由はなかった。いや、私は望んで今の立場にあったのだ。今の状況は、これまでの私の幾多の選択の結果だった。


 戦線が少し落ち着いた頃であっても、瑠奈から通信はなく、私は調査や探査を目的とした戦闘機開発にも携わった。だが、瑠奈は見つからなかった。瑠奈は戻らなかった。

 あれから3年後に帰ってきた瑠奈は私が愛していた瑠奈とは見た目こそ変化しており、ヒトではないものとなっているものの、瑠奈は瑠奈だ。


 私はこれから、人類の禁忌に触れる。これは当然、人として許されることではないとわかっている。だが、瑠奈への愛が、私の感情を止められない。


 ヴォイドとヒトの障壁を取り払い、

『よりヴォイドらしいヒト、よりヒトらしいヴォイド』

 これに近づけば、瑠奈と再び一緒になれるかもしれない。


 ヴォイドとなって帰ってきた瑠奈はまだ生きていた。私の呼び掛けには反応を示したのだ。交信の素数のパターンさえ解析できれば良かったのだが、プロメテウスにすら無理なのだ。ならば、ヒトがよりヴォイドに近づけば交信を理解できるかもしれない。幸いにして、政府はこの計画の軍事利用に興味を示しており、予算は潤沢におりることになった。


―――――――――――――――――――


父の後を継げた心持ちがする。

道は正反対だが、愛しき人をお互い求め続けているのだ。


―――――――――――――――――――


 だが、私が死ねば、この考えを継承するものがいなくなるだろう。ゆえに、私で試すことはまだできない。この計画の成就のために、多くの罪なき人々が犠牲になるだろう。


―――――――――――――――――――


友ならば、今の私を諫めるだろうか。

いや、彼らもきっと理解してくれる。


―――――――――――――――――――


 決して公に出ることはないが、教授に匹敵するほどの分子生物学の業績を挙げた。


―――――――――――――――――――


師は弟子の成長を喜ぶという。

師は弟子の決断と行動を見守ると言ってくれた。

今も見守っていてくれているだろうか。

師から学んだことを役立てることができて幸せです。


―――――――――――――――――――


 犠牲となる人達、まだ見ぬ哀れな彼らに、憐憫の気持ちはある。だが、彼らにも理解してもらいたい。この計画は、人類にとっての幸せな日々と甘い思い出のためであると。


―――――――――――――――――――


この世界が歪んでいるというのならば、私もその歪みを受け入れることは自然だ。


―――――――――――――――――――


 その理解の一助になればと、私はこの報告書とも日記ともいえる文章をここに記す。


 分子生物学博士 生体工学博士 Rプロジェクト所属:小笠原修司



―――――――――――――――――――


……ああ、どうか願わくば、この悲劇にカーテンコールを。

瑠奈は私の行動を喜んでくれるだろうか、いや、彼女は私の行動を決して許さないだろう。

月の光がいつも私を苛む。だから、卑怯にもここで告解する。

月に、私の罪を告げるのだ。


―――――――――――――――――――


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