エピローグ
我々ヒトの歴史は、幾多の困難の克服の歴史といえるでしょう。
まず初めに、他種の征服です。火を使い、石器を使い、知性により、野生動物の危険を克服し、生息域を広げることで地球生態系での頂点に立ちました。
次には、我々同種での同胞同士の争いです。世界全土を巻き込む大戦を2度経験し、人類同士の戦いにより、人類が危うく滅びかける局面まで達しました。過去の偉人たちによりその決定打は回避され、この人類同士の対立の問題も多くの時間をかけて克服されました。
そして、22世紀における異次元の存在、ヴォイドという敵の登場です。これは人類にとって初めての苦難の戦いでした。異次元存在による侵略、太陽系の外へとまで拡張を続けていた人類が、初めて、その支配領域を手放し、地球にまで侵攻を受けました。また、なによりも、敵は異次元生物といった見聞きしたことも、まして経験したこともない相手だったのです。
しかしながら、こうした幾多の絶滅の危機に瀕しながらも、我々は決して諦めることをせず、人類の不断の努力とその英知をもってして、幾多の障害を乗り越え、この26世紀まで繁栄を繰り返し、無事達することができました。
このような輝かしい栄光の歴史を持つヒトの我々です。此度、再び、異星人による侵略を受け、星系において劣勢に立たされております。敵はヴォイド同様、複素次元を突破し、時空移動を繰り返しながら我々の生息域へと到達したとみられ、我々同様に高い技術力を誇っているものと考えられます。
そう新たな敵なのです。今回は知的な生物である異星人だと思われます。
我々に対し、非常に強い敵意を持ち、我々との交渉を図る余地はないと考えられ、我々もこれに対し、人類の誇りをもって相応の対処で迎え撃つことを銀河連邦政府は決定しました。
今までの歴史通り人類はこの困難を克服できるでしょう、政府の決定は英断であると思います。
人類の英知が集結したとまでいわれる研究チームが、ついに、敵を完全に殲滅する為の新兵器を開発いたしました。
その兵器を支える技術は、長年研究され、つい先日にそのすべてが完成致しました。それは、「次元的障壁を超える生物的変異」(Biotic Yielding over the Dimentional Oblstacle)と名付けられました。この新技術により、今我々が迎えている難題をかならずや解決できることでしょう。
それでは、この新技術で大きな貢献を果たした数々の偉人をご紹介致します。
小笠原修司:ヒトとヴォイドの共通点を解明し、複素次元生物の塩基配列を同定。自身に「次元的障壁を超える生物的変異」処置を施し、ヴォイドとの交信を試みる、研究対象と融合を果たす。その後安定的な様相を示し、この新技術に対して多大な貢献を為す。
これで完結です。長い小説を読んでいただき、本当に有難うございました。もしこの小説に少しでも良さを感じていただけたら、評価、コメント、レビュー等々をお願い致します。
この結末について、読者の皆様それぞれ様々な感想を持つことかと思いますが、著者として私見を述べさせていただくと、一応後に結ばれたという意味でハッピーエンドとしてみなしています。
また、この最後のエピソードは私がインスパイアされた原点を最大限にオマージュ、リスペクトしたものです。
ここまで読んでいただいた方ならば、いろいろな意見を持たれると思うので、思いの丈を感想欄にぶつけていただけると嬉しいです。
ご拝読、有難うございました。
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知っている人が読めばわかるのですが、
この話はあるゲーム作品のオマージュ要素を多く取り込んでいます。
私はそのゲームの設定に大きく感銘を受けました。
そのゲームが素晴らしいことは言うまでもないのですが、
著者の能力不足により原作設定の全てをそのまま使ったうえで、
説得力を保持させることが難しく、多くの改変がなされています。
もちろん、私自身が考え出したオリジナル要素を中心としているつもりですが、
この話の内容について読者の皆様は様々な印象を受けることだと思います。
著者の意図としては、私が影響を受けたゲームの盗作をするつもりでも、
貶す意図もありません。敬意を持って、自分なりの話を作ったつもりです。
自己判断では、この話を二次創作というほどには近しいものではないと思っております。
ただ、その元ネタとなったゲームには多大な尊敬の念を持っています。
こうした経緯を知っていただいたうえで、このお話の印象を判断して頂ければと思います。
「いやパクリだこれ」「盗作だ」とか、著作権の侵害に該当するようであれば、
この小説を取り下げるつもりです。
もし、この拙著に対して、オリジナリティを感じて頂き、
少しでも楽しんでいただけるようであれば、著者としては幸いに思います。
また、この話の中に登場する科学的な考証らしきものに関しては、
大半がそれらしく見せかけただけのものにすぎません。
何らかの文献に基づき、正確性を持ったものではないこともここで述べさせていただきます。




