三話
「……それで?こんなに遅くなった理由は?」
頼まれていたインクを買って急いで寮に戻ると、部屋の前ではマリーさんが仁王立ちして待っていた。
案の定怒のようだ。
「えっと……。その、王太子殿下に会いまして……。それで、その……」
嘘ではないし、とりあえず王太子のせいにしちゃえとは思うけど、マリーさんが怖すぎて言葉が上手く出ない。
「王太子殿下に?なんでまたそんな方がミリに?」
もごもごと言い訳したけど、どうやらマリーさんにはきちんと伝わった様子。
王太子が私に何の用があったのかは気になるみたいだけど、それはそうだよね。
「それは……。お嬢様も交えて話した方が良いかと」
実際にはサーシャと再会して、その場に王太子が居合わせただけだから大した会話はしてないけど、王太子がサーシャに付き纏っていた件に関してはセリーナさんとも話した方がいいと思う。
「王太子殿下のことなら確かにそうね。それに、これ以上お嬢様をお待たせする訳にもいかないし」
マリーさんも同意見みたいで、一先ずはお説教は回避出来た……はず。たぶん。
「あ、ミリおかえり」
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ございません。」
部屋に入ると、セリーナさんはお茶を飲みながら本を読んでいた。きちんと座って。
怒っている様子は全くなかったけど、時間がかかり過ぎたのは事実だから私は平謝り。
「全然いいわよー。お陰様でのんびり出来たし。
でも確かに随分時間かかったわね。何かあったの?」
セリーナさんの言葉にチラリとマリーさんの方を見ると、話しなさいと言うように一つ頷いてくれた。
「実は王太子殿下とお会いしまして。それで少しお話をさせて頂いていたので遅くなってしまいました」
「殿下が?ミリと?」
予想通りマリーさんと同じ反応。
「それが、王太子殿下とお話させて頂いたのはたまたまと言うか……」
買い物に行く途中に偶然サーシャと再会したこと。
サーシャは以前に街の喫茶店で知り合った友人であること。
そのサーシャと一緒に王太子がいたことをセリーナさんに説明する。
「もしかして、そのサーシャさんって亜麻色の髪に水色の瞳のすっごい美少女?」
「はい、仰る通りです」
セリーナさんはサーシャについて思いたる節があるみたいだ。
と言うことはやっぱりサーシャがヒロインなんだろうか。
「そっかぁ……。あのご令嬢がミリの友達だったとわねぇ」
街で友達が出来たことは話していたけど、セリーナさんにサーシャについて詳しく話したことなかったからなぁ。
話しておけばセリーナさんも何か対応出来たかも知れない。
「あの、お嬢様。お話中に申し訳ございません。
そのサーシャ様というご令嬢が例の?」
それまで黙って話を聞いていたマリーさんが、セリーナさんが黙ったタイミングで声をかける。
本来なら主人の会話に許可なく口を挟むとか叱責ものだし、普段のマリーさんなら絶対しない事だけど。
「え?あ、うん、そうなのよ。あ、マリーも面識あったり?」
「ええ。実はミリと一緒に街に行った際にお会いしたことがあります」
あ、そうか。マリーさんもサーシャと会ったことあるんだった。
てか、初めて会った時一緒にいたもんね。
「そう。マリーから見てサーシャ嬢はどう見えた?」
「そうですね……。私はミリ程親しいわけではありませんが、とても明るく気立ての良い方だと思います」
「マリーから見てもそう見えるかぁ。そうよね」
うんうん。サーシャはすごく良い子なんですよ。
少なくとも、婚約者がいる相手に対して自分からどうこうしようとするような子じゃない。
やっぱりセリーナさんが見てきたとおり、王太子が一方的に付き纏ってるんだ。
「どうやら、かのご令嬢は悪い子じゃなさそうね。
何よりミリの友達なんですもの」
一先ずは、セリーナさんの中でサーシャは大丈夫だっていう判断になったみたいだ。
元からセリーナさんがサーシャに何かするとは思ってなかったし、セリーナさん自身もそう言ってはいたけど。
それでも、サーシャは大切な友達だしセリーナさんは大切な主人だ。
そのどちらかが、どちらかを嫌っているような事態にはならなくてすみそうでほっとする。
サーシャも私の話を聞いてセリーナさんにかなり好印象だったしね。
「よし。とりあえず遅くなった理由については良くわかったわ。
何かトラブルに巻き込まれたとかじゃなくて何より」
うむ、と大きく頷くセリーナさん。
しかし、次の瞬間、その口がニヤッと不吉な笑みを浮かべる。
「それでも、主の用事中に話し込んでたことについてはきちんと話しておかないとねぇ?」
「え」
まさか大丈夫だと思ってたセリーナさんからのお説教があるのか……。
助けを求めてマリーさんの方を見ると、目が「諦めて大人しく怒られなさい」と言っている。
「それじゃ、マリーは下がっていいわよ。
私はミリと大切な話があるから。ね?」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
目で助けを求めるも、それをスルーして無情にも去っていくマリーさん。
普段は見蕩れるほど美しいセリーナさんの微笑みが、今はとても恐ろしく感じた。




