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オークごっこ


 廃墟と化した工房の前に黒い巨人がしゃがみこんでいる。全然動かない。ただ顔の赤い宝石だけはきらきらと光っていた。


「ふむ。どうやらこの辺りまでなら魔力感知には引っかからないようね」


 リリス先生とニーナとあたしは草むらからひょっこり顔を出して様子をうかがう。リリス先生はなぜか両手に木の枝を持っている。木への擬態らしい。意味あるのかな。ないね!


「それはそうとどうやってあいつを止めるんだ?」


 ニーナはすでに敬語を使ってない。ミラにだってそう簡単には態度を崩さなかったからリリス先生はある意味すごいかも。その青い髪の先生は「カンタンカンタン」と言った。


「あのゴーレムには弱点が2つある。ここからは見えにくいけど背中にはコアとしての魔鉱石がはめ込んであって、それが魔力源になって動いている、それをなんとかすればどうにかなるわ」


 ……なんとかすればどうにかなる?


 リリス先生はつづける。


「それかあの赤い宝石ね。あそこを通して魔力の感知と索敵をしているから……あの赤い魔石をなんとかできれば……どうにかなる!」


 なんかとかできればどうにかなる????


「ちょ、ちょっと待ってよ、先生。流石に抽象的すぎない!?」

「えー? すごくわかりやすいじゃない。弱点が2つもあるんだからなんとなるって。私はこれ以上近づいたらゴーレムの敵って認識されるから無理だし」

「それにしても作戦とか……」

「わがままねぇ」


 わがまま!?? ここ最近人に迷惑かけているような気がするけど、この状況なら絶対わがままではないよ! に、ニーナどうする。


「マオ……そんな顔で見られても。まあいい。どちらかというと背中にあるとかいう魔鉱石を外せば解決ってことだろう」

「おっ、金髪君。あったまいー」

「……一応言っておくが、君ではない」

「ボーイッシュなんだぁ。あ、そういえば言い忘れたけど、ゴーレムは魔力検知できなくても近寄りすぎると動くものをてきとうに攻撃したりするから気を付けてね」

「先に言え!」


 ということは魔力の少ないあたしが近づいても攻撃を受けるってことじゃん! 


 リリス先生はからから笑った。


「まーそういうことだけど、平気平気。赤い目の視界に入らなければ平気だから、ほらあれだよ。『オークごっこ』とおんなじ」


 オークごっこか……そうかもしれないけどさぁ。


「いや待て、なんだそれ」

「ニーナ遊んだことないの?」

「遊びなのか……」

「簡単だよ。オーク役と人間役を決めて、人間役その子にタッチしたら勝ち。でもオークが見ているときは人間役は動いたらダメってだけ」

「楽しいのかそれ」

「ふふふ、意外と楽しい」


 村では結構遊んだ。だって何にもないから! 


「そうそう、今回はオーク役がゴーレムってだけねぇ。見つかったら襲われるだけだし」


 リリス先生は……気軽に言ってくれるなぁ……まあいいや。とにかく行ってこよう。


「待て! 私も行く」


 ニーナ……でも、ニーナなら近づいただけでばれるかも……。


「いやその心配はない」


 ニーナはその場で両手を少しだけ広げて目を閉じる。


「零の術式、無炎」


 人は常に魔力を帯びている。


 魔力は鍛えても増えるけど才能や血筋による部分が大きい。ニーナやミラはただ立っているだけで魔力を相手に感じさせることができるくらい内に力を秘めている。


 でもその魔力がニーナの中に収束していく。少しだけニーナの体が光った後、彼女はゆっくりと目を開けた。そこにいるのにそこにいないというか、存在感が薄い。


「ふう、久しぶりに使った。これならゴーレムにも見つからないだろう」

「すごいすごい! 影が薄くなった」

「それはほめているのか? まあ、この技は自分でも取得してなんに使うべきなのかさっぱりわからなかったが、今回は使えそうだ」


 ともかくこれでいけそう。あたしとニーナは草むらを出た!



 一歩一歩ゴーレムに近づく。


 あんまり早く動くと見つかるかもしれない。ニーナと一緒に少しずつ近づいていく。


「がんばれー」


 後ろからいらない声援が届くけどむしむし!


 ざっと足を踏み込むとゴーレムが反応した。わずかだけど顔を動かした気がする。警戒している? 


「マオ、言っておくがこの技を発動している間は魔力が全くない状況と変わらない。……要するに今の私は戦闘は絶対にできない」

「……うん。そうだよね」


 そう言って二人とも前に足を踏み出そうとしたところでゴーレムがこっちを向いた! その場でニーナと固まる。足を上げたまま、バランスを取るために手を変な方向でストップする。


 …………き、きつい。


「あっひゃひゃ、へんなかっこう」


 後ろから声がするのはむしむし!!


 やっとゴーレムが別の方向を見た。はあ、きつい。また近寄っていく。


 赤い宝石の瞳がこっちを見た! ニーナが足を上げたまま、あたしはなぜか直立不動で固まる。


 ゴーレムがあっちを見た。


 よし! いくぞ!


 ゴーレムがこっちを見た!


 ニーナは鳥みたいな恰好、あたしは前のめりで固まる。


 あの魔法人形ぉ、おちょくってんじゃないかな!? 製作者に似ているんだよきっと。


「……く、くそ、きついぞこれ」


 距離的には50歩つまり……50リーメルくらい……? 全然進まないけど。


 一歩進んで固まるを繰り返す。きついぃ、これ本当にきつい。近寄るたびにゴーレムの動きが少しだけ早くなる気もする。体全体を動かしているんじゃなくて、顔だけだから集中してないとわからない。


 汗でぐっしょりと体が濡れる。一応これミスったらあれから攻撃を受けると考えたら怖い。ニーナも同じようで顎からぽたりと汗が落ちている。


 ごおぉって感じでそびえたつ巨体に近づいていくってことも精神的にはつらい。腕を振り回されると死ぬかもしれない。オークごっことか言ったけど、オークなんてのより絶対怖いよ。


「あっひゃひゃ、おもろー!」


 後ろの声は絶対無視!


 ……一歩づつ近づく……あと少し。


 ゴーレムが振り向く!


「あっ」


 ニーナが前に倒れそうになる、あたしはそれを抱き着いて支えた! 片足が地面についてない! 二人分の体重を支えるのきつい、変な恰好で固まっている。


「わ、悪い」

「……んん」


 返事をする余裕がない。ニーナも両手を横に伸ばしたへんてこなポーズだ。ゴーレムぅ、早くあっちむけぇ。


 ――その時思いついた。もうゴーレムはすぐ近くだ! あたしはその思い付きをニーナに言う。


「わかった」


 短く答えてくれる。あとは赤い瞳があっちを向くのを待つだけ。心臓の音が聞こえてくる、そんな錯覚を覚えるくらい緊張する。


 ゴーレムがあっちを向いた。あたしとニーナは肩を組んで大股でジャンプする! ゴーレムの視界から外れるように背中に回った!! 後ろを見ても黒い巨人はあたしたちを見つけられてない。


「はへー」


 その場でへたり込む。なんとか視界から出たみたいだった。ニーナも膝に手をついている。


「下手な戦闘よりきついな。それよりマオ。ゴーレムの背中を見ろ」


 振り向くとその大きな黒い背中には複雑な文様が描かれていた。おそらく魔力を流す回路だろう。その文様は一点、背中のその中央に収束している。そこには円形の入り口がある。


「魔鉱石なんてどこにもないが、あそこか……」


 ニーナが腕を組んで言う。


「そうだね。とりあえずよじ登ろうか」

「触って気がつかれないか?」

「いや大丈夫と思うよ。先生も言ってけどあくまで魔力を感知したり動いているものを攻撃したりする程度のものだから、人間みたいに感覚があるわけじゃないと思うから。よいしょと」


 背中に上ろうとする。意外と凹凸があるから手はかけられるけど、登れない。純粋にあたしの力が弱い。


「ニーナ。押して」

「押せって……」


 ニーナがあたしの両足を掴んで上に押す。


「ぐぐぐ」


 魔力を抑えているニーナも全然力がない、よいしょ、よいしょ。これも結構大変だ。這いつくばりながらあたしはなだらかな坂みたいになっている背中をよじ登る。


 円形の入り口が目の前にある。取っ手が2つあって同時に回すと開きそう。多分この中に魔鉱石が――


「あーーーだめだって! こっち来たら!!」


 リリス先生の叫び声がする。背中に張り付いたまま見れば人影がぞろぞろやってきてる。学生の服を着ているってことはあたしたちと同じ生徒たちだ。どこかの訓練か授業で迷い込んだのかもしれない!


『なんだあれ!?」

『化物だ!』

『こ、こっち見ているわよ』


 困惑と悲鳴が聞こえる。リリス先生は慌ててどこかに行くように言っている。でも、生徒たちは各々「武器を構えた」り、「魔法を使う」ために魔法書を開いた子もいる!


 ウオオおおおお!!


 わああ。ゴーレムが動き出した! まずいまずいまずい。こいつが突進したらまずい!! 


「ニーナ! このままじゃまずいよ。ゴーレムの気を引いて!」


 ニーナがあたしを見る。金髪と片耳のピアスが光る。魔力を体にまとい、うっすらと光る。


「ああ! 一の術式!!」


 魔力が高まりニーナが炎を纏う。そして飛び出していく。


「こっちだゴーレム! リリス先生! そいつらを避難させろ!」


 ウオオおおぉ!!!


 魔力を纏った咆哮。このまま動かれたらあたしも吹き飛ばされる。ええい、いちかばちかだ! 円形の入り口の取っ手をくるりと回すと引き戸のようになってる。そのまま中に入る!


 明るい。いや、真っ暗中に無数に魔術式が描かれている。その中央には円形の台座がある。そこにはきっちと大きな魔鉱石がはまっている。まばゆい光を放ち強力な魔力をゴーレムに送っている。


 ぱっと目の前に視界が開ける。ええ? なにこれ。外の様子が見える。


 これはゴーレムの視界だ。あの赤い宝石から見える映像がこの狭い空間に映し出されている。すごい! って感心している場合じゃない。


『お前たち早く逃げろ!』


 ニーナが叫んでいる。その瞬間ゴーレムが動き出した。


「わあ」


 あたしはなんとか台座にしがみつく。走ってる! 世界が揺れる。


 どごぉーん! 音がした。ゴーレムの右こぶしがニーナのいたところを抉っている。でもなんとかよけたみたいだ。はあ、はあ心臓に悪い。


「んーー!!」


 魔鉱石は引っ張ってもびくともしない。外れないし、壊すのも無理だ! 

 

 あたしは思わず外の映像を見る。ニーナがこちらを見て構えている。迷い込んだ生徒たちもおびえている。リリス先生は頭を抱えている……何やってんだ! あの人! 一番実力あるくせに!


 でもこのゴーレムの頑丈さはどうしようもないはずだ。生半可な攻撃じゃ意味がない。あーもうこれしかない。失敗したら大変なことになるけど!


「くそぉ。こ、こうなったら」


 両手を前に出す。そう、これしかない。


 魔鉱石の魔力を利用して全部魔法に変換する。


 でもこんな狭い空間でそんなことしたら大変なことになる。だからあたしはあたしを守らないといけない!

 

 左手に攻撃魔法を構築する。手が紅く光る。

 右手に防御魔法を構築する。手が白く輝く。


 ――二重魔法(ダブルマジック)


 魔力の配分を間違えたら死ぬ! ゴーレムを倒すくらいの攻撃魔法とそれを防ぐ防御魔法。使える魔力は上限がある。


『炎の精霊イフリートよ』

『聖なる泉に住む精霊ニンフよ』


 手の中に描くは二つの魔法陣。性質の違う魔法を同時に構築する。


『世を生み出す灼熱の炎を今ここに現出せん!』

『水のごとく清らかな糸をもって護りのゆりかごを織りなせ!」


 世界が揺れる。ゴーレムが動く。あたしはその場で左手を上げる。


「ニーナたちを傷つけさせるかぁ!!ギガ・フレア!!」」


 炎の魔力がゴーレムの回路を通って広がっていく、そして右手を自らに向ける。


「アクア・シールド!!」


 水の壁があたしを包む――




 遠くで轟音がする。水の中にいる。


 光に包み込まれる。ゴーレムの体が吹き飛び、あたしも外に吹き飛ばされる。水の守りはすさまじい勢いで蒸発していく。熱い。上下すらわからない。空が、地上がどっちかもわからない。


「マオ!!」


 飛び込んできた誰かがあたしを抱きとめる。顔を上げたらそこにはニーナがいた。


「お前……何をしたんだ」

「魔鉱石の魔力を暴走させた……ゴーレムは……?」

「あれだ……」


 見ればすさまじい炎と煙が上がっている。灼熱に体を真っ二つにしたゴーレムの残骸がぎぎぎと地面に倒れていく。あれでまだ原型が分かるのだからやっぱりすごい頑丈だった……。


「ああああ、私の給料がぁああ。まだ借金もあるの二ィ」


 ゴーレムの前で泣きわめているリリス先生とぼうぜんとしている迷い込んだ生徒たち。

 

 ぷっ。くくくっ。


 ざまーみろリリス先生! 


 それを見てニーナもおかしそうに笑った。


「あはは。きょうもまた、こんなことばっかりだ」


 あはは。


「ははは」


 二人で笑った。


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