ゲオルグ・フォン・ヴォ―ド セレスタス魔法陣の概要 ②
魔法というのは自然に存在する魔力を水や火に変換することが一般的だ。あとは体に魔力を纏わせて身体能力を強化したり、もしくは相手を魅了 したり眠らせたりなんかもできる。
何もないところからお菓子を生み出すとかそんなお話も聞いたことがあるけど、それはあくまでおとぎ話みたいなもの。……うーん。そんなことができるならきっとあたしは頑張って練習してお菓子でお城を作っていたと思う。
そんな感じで意外とやれることには制限がある。あたしが魔王だった時はまあ、戦闘にばかり使っていた。そういう時代だったといえばそうなんだろうけど……。
――あたしを睨みつけるゲオルグ先生が言った。
「お前は確か……入学式の時に妙なことを口走った落ちこぼれだったか」
うわぁ。ひど。
「Fランクの何も役に立たない雑務を積み上げて表面上のポイントを稼いだというが……」
その言葉に周りからくすくすと聞こえてくる。……それはいいんだけど、役に立たない雑務とか言われるのは少し怒ってしまいそうだ。だめだだめだ。落ち着こう。ある意味入学式もそんな感じで言っちゃったからこんなこと言われると思うんだよね。
何も言わずにゲオルグ先生を見ていると彼ははあとため息をついた。
「それで、いきなり質問とはなんだ? 私の言葉を遮るほどの価値があるんだろうな?」
「えっと、魔法と魔法陣に対するお話だったけどさ。今の時代……あ、いや……」
変なことを口走ってしまいそうになる。イライラした顔でゲオルグ先生は見てくる。
「と、とにかくさセレスタス魔方陣はたぶん魔力の変換の効率を良くして魔法の構築を最大化することと高速化することを目指していると思うんだけど、この魔法陣って具体的にどんなことに使われているんですか?」
「……どんなこととはなんだ? 質問を具体化しろ」
「え? 具体化、うーん。そうだな」
実はあたしには好きなことがある。それが分かったのはつい最近のことだ。
「そうだね……例えば王都に来て火の魔法を使ってお風呂を沸かしてもらったりさ、ご飯を作るときに火をぽんと出すのはすごく助かったんだよね。薪に火打石でカンカンするのって結構大変だしさ」
ラナと生活してて思ったんだ。魔法を「そういう風」に使えていること、あたしは好きだ。たぶん昔もできていたんだろうけど……流石に魔王だった時に食事を作ったりお風呂を沸かすことはなかった。でもさ、魔法で敵を攻撃するよりずっといい。
人の焦げる匂い……ああ、いやだ。いやなことを思い出した。今の授業には関係ないことは思い出さないようにしよう。
そうだ。この王都に来るまでも魔鉱石の船で遠い海を越えてきた。
水路でもきれいな水を生み出していた。
……ほんと、「そういう風」なことがいいなって思う。あ、そういえば水人形で掃除もしたね。
「だからさこのセレスタス魔法陣というのも人の役に立つことをしているのかなって。それが知りたくて」
「……」
ゲオルグ先生はあたしを見ている。少し口を開けて無言だった。すぐにその目に侮蔑の色が現れた。
「貴様……バカか? そのような卑俗的なくだらないことに魔法を使うなど……いいか? 貴様は冒険者の見習いという立場でもある。そんなことを言うならば魔物を倒す方法などを尋ねる方がまだずっとましだ」
そのまま嘲笑うように声を上げる。なんだ、ただの攻撃魔法用のものか。
笑う声が少しずつ広がっていく。生徒たちも先生に合わせて笑ってる。確かに少し突飛な質問だったかもしれない。ま、いいか。あたしは腕を組んで目を閉じる。なんとなく座るタイミングを失った気がするけど。
ニーナがあたしの裾をくいくいと引っ張ってくる。みると心配そうな顔をしている。ごめん。
「お前は変人とは聞いていたが……まさかここまでとはな。いいか? 魔法とは深淵なる知識の結晶だ……お前は知らないだろうが数百年前に魔王を打倒した『知の勇者」のはその後に数十冊にわたる魔導書を遺された。これにより魔法の研究は大いなる飛躍を遂げた」
ふーん。あの人そんなことしてたんだ。
「最近平和を乱す魔族がまた跳梁を始めたと聞くが、前の戦争でも奴らは人間をいたぶり虐殺を行った。……そのような輩が現れても全てを打ち払う方法として魔法はある。少なくとも飯炊きのためにあるわけではない」
……。
「そういえばお前は魔族の学生とも仲がいいらしいな。……奴らはその姿かたちは人間と同様だが、その力は遥かに強く、魔力の内包する量も多い。いつ人間に牙をむいたとしてもおかしくはない。忠告をしてやる、即座にそのような関係性は清算するべきだろう」
モニカのこと?
「でもさ、ゲオルグ先生は魔族と話し合ったことあるの?」
あたしはできる限り自分を抑えていった。短く言葉を区切らないと叫んでしまいそうだったから。でも、ゲオルグ先生は心底あきれたという顔をした。
「獣と話し合うなどできるとでも思っているのか? ……これも教えてやろう。戦争後に知の勇者は一つだけ間違いを犯した。魔族と言われる存在を抹消せずに一部の領域で生きることを許されたが……後顧の憂いを断つためにすべてを焼き払うべきだったな」
ぴきん。頭の奥で何かが鳴った。
いろんなことを思い出した。いいことも悪いことも。
頭が痛い、そんな風に錯覚してしまう。足から力が抜けそうになって、片手を机について体を支える。
「お、おい」
ニーナの声が遠くに聞こえる。
私は
それがあまりに耳に入らない。代わりに口から言葉が出る。
「間違っているのはお前だ」
懐かしいとは言うには違う。自分の心の奥にいた「私」が言葉を発した。




