ニーナと芋剥き
シャッシャッ
あたしは路地裏で芋の皮をむく。小さな包丁……うーん小刀みたいなのを渡されたけど結構難しいなぁ。
Fランク依頼名はそのまんま「芋の皮剥き」だ。表にある料理屋さんが依頼主。でもさぁ。これ、冒険者がやることじゃない気がするんだよね……流石Fランクの依頼だ。
ひとつ剥けた。薄茶色の皮をごみ入れとしての木桶にためていく。剥いた芋は別の木桶に入れる。
よし、もうひとつできた。
……
よいしょ。ほい。できた。
「おまえ」
あたしの前に座っているニーナが声をかけてきた。なにさ? みると力の勇者の末裔である彼女の手元で芋がザクザクの形になっている。す、すごい状況だなぁ。
「意外と手先が器用なんだな」
「そりゃあ、あたしは村でお母さんの手伝いをしていたからね」
「…………私はこんなことをほとんどしたことがない」
慣れたらそんなに難しいことじゃないよ。ほら、よっと一つできた。……うーん。元魔王としてはこんなことに手慣れていいのかな。
「手際がいいな」
「ほめたってなにも出ないよ。ニーナも手を動かして」
そう言ってあげるとニーナが芋とにらめっこしてからあぶなっかしい手つきで小刀で切りこむ。
「だめだって。怖い怖い。それじゃあ手を切っちゃいそうだって」
「……………」
ニーナは芋とにらめっこしている……うーん、これはあたしが頑張るしかないかも、2人でやればすぐ終わると思ったんだけど。
「……こんな簡単なこともできないのかって思っていないか?」
ニーナがしゅんとしている。あたしは手を止めずに皮をむく。ただ口は動かせるから。
「ニーナ。よくないよ」
「は?」
「船の上でもそうだったけど、ニーナは自分のことを悪く思いすぎだって。だってたかが芋の皮剥きじゃん。こんなことできても別になんてことないよ」
できた。ぽいっ。投げた芋が木桶に入る。
「……………お前に聞いてみたいことがあった」
「何さ」
「……正直お前には魔力の才能がない。普通はこうやって向かい合えば相手から何かしらの魔力を感じるものだがお前からは全くない」
うーん。ぐさっとくるね。まあ、事実だろうけど。
「それなのに魔族と戦うこともためらわない、それにあの広場でのことも」
広場? モニカとの時のことかな。
「怖くないのか?」
「聞きたいことってそれ?」
ニーナが頷く。
あたしは芋を剝きながら聞く。なんでこんなことをニーナが聞くのかはわからないけど。そうだな。さすがに元魔王様だから、なんて答えはできない。
「そんなに難しい話じゃないよ」
「……」
ニーナの目があたしをまっすぐ見つめている。芋を剥く手を止めて、あたしは見返す。
「先に体が動いちゃうんだからさ」
うわ、自分で言ってたしかに全然「難しい話」じゃないね。言って恥ずかしくなってきた。ニーナもあっけにとられているみたいだけど、いやだな、あんまり見ないで。
芋を剥こ。
シャッシャッ
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、本当になにも考えてないとはな」
ニーナがくっと笑う。その時耳のピアスが揺れた。あたしからも聞いてみよう。
「そういえばニーナのそのピアスってなんでしているの? 確かに力の勇者もしてたけど……あ、あ、力の勇者もしてたって聞いたけど」
「これか。これは私たちの一族の伝統のようなものだ。片方だけにピアスをする」
「なんで?」
「なんで……だから伝統だ。15になると一族はみんなこうする」
「なんか意味あるの?」
「知らん! 始祖がそういう風に決めたんだ」
確かにあいつならわけのわからないこと言いそうだけどさ。うーん。力の勇者かぁ。あいつが一番意味わからないやつだった。いや、またニーナが暗くなっているのはなんでさ!
ニーナは耳飾りを指でつまんでちょっと切なそうな、そんな表情をしている。
「始祖である力の勇者は魔族であろうと魔王であろうと臆することなく戦ったと伝わっている。ある意味ではお前のように考える前に戦うことのできる勇敢さをもっていたのかもしれない……私とは似ても似つかない」
やだなあ。あいつと同じなのは。戦闘狂だよ。あいつは。話が通じないもん。
「お前とミラは会ったと思うがSランク冒険者のヴォルグは一族でも屈指の戦士だ。あいつは私の家とは違う、ガルガンティアの一族の傍流だが聖甲の所有者に選ばれた。本来であれば本家である私は継がなければならないのにな……」
そう聞いたとき、あたしは一瞬だけ昔のことを思い出した。
夢のこと、そして父親のこと。……ニーナはたぶんずっと一族の重責を感じているんだろうって、なんとなくわかった。いや、わかったっていうのはおこがましいかな、わかった気がする。
あたしはニーナに言う。
「じゃあヴォルグをぶっ倒せばいいじゃん」
「おまえ。なにを簡単に」
「簡単じゃないとおもうけどさ。でも、そうだなぁ。例えばあたしとニーナが手を組んで倒すとか」
「……何を言っているんだ」
「相手は聖甲なんて卑怯な武器持っているんだからあたしくらい手伝ってもいいと思うんだよ」
「卑怯っておまえ」
「卑怯だよあんなの!」
聖剣も聖杖も聖甲も! うーーー!! 思い出しただけで腹が立ってくる。
「マオの言っていることはめちゃくちゃだ……」
「いいじゃん。ニーナとあたしは友達なんだから、別に何を協力したって。一人で考え込むことも抱え込むこともないよ」
あたしは芋を剥き始める。あれ? ニーナが固まっている。
「ニーナ?」
「……はっ。い、いや、なんでもない……。いや、変なことを言ってしまったな。私の一族のことはお前には関係ないのにな」
「関係あるよ」
「は?」
「ニーナがそれで悩んでるなら関係あるじゃん」
ふとそう思ったから、言った。
少し踏み込みすぎたかもしれない。でも……でも、ここまで言ったんだ。だからもう少しだけ踏み込んで言おう。きっと「ただの村娘」のあたしが言うには不自然な話だけど。
「ニナレイアにとっては一族の、周りの期待とか、責任とかすごく重たいものだと思うんだ。あたしもそういう覚えがあるから。あの時はわからなかったけど、きっと誰かに聞いたほしかったし、誰かに気が付いてほしかった……たまに、本当にたまにそこに手を差し伸べてくれるような奴がいても」
聖剣をもってなかったころの。
あたしは自分の手を見た。じっとその小さな、魔王だったころより少し小さな手を見る。
「一瞬手をつかんだとしても、つかみ続けることなんてできなかった。別に後悔しているわけじゃないし、たいした話じゃないけど。……そうだな、なんていうか、あたしはニーナの手を掴んであげたいなって思う」
あたしはニーナを見る。この目の前の少女は少し驚いたような、どう答えればいいのかわからないような顔をしている。うーん。あたしなんかが言うには不自然な話だもんね。いや意味不明な話だね。
恥ずかしいなぁ。
「マオ」
「なに?」
「どっか行け」
「え? え??」
お、怒ったのニーナ。いや、ニーナはあたしに柔らかく笑った。一瞬だけど。
「芋剥きくらい一人でできる。時間もないし。お前は次に行け」
「で、でもニーナ」
「いいから! 早くしろ!」
わ、わー。あたしは手元の芋を急いで剥く。それから「じゃあ、後は任せるよ」ってニーナにお願いした。
ニーナはただ、「ああ」って言った。あたしはたったか、走る。その横を魔力の蝶が追いかけてくる。ふと後ろを見ると、ニーナが顔を袖でこすってた。




