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監禁


 長い廊下をできるだけ音を立てずに歩いていく。

 目的地である当ギルドのギルド室から明かりが漏れているのを見て、ペテルは密かに息を吐いた。

 まだギルド長は在室中であるらしい。


 ペテルは扉の前に立ち、己より一回りも二回りも若い科学者(サイエンティスト)ギルドのギルド長に対して投げかけようとしている質問を、まずは胸の内で整理した。

 あまり多くは質問できない。ギルド長は己の時間を奪われることを酷く嫌う。

 できれば質問は一つが望ましく、三つはやめておいた方がいい。


(まず、アウリ様はどこにいるのかを聞かなくては……もしできれば、何故ギルド長直々に手紙を代筆されたのか、も問い質さなくては)


 手紙を見せられた時、すぐにその手紙が誰によって書かれたものなのか、ペテルは理解した。

 だからこそクスタヴィが科学者ギルドにいる科学者の親族だと名乗ったのを、あっさりと信じたのだ。

 あの時点から手紙が偽造された可能性はほとんどないと考えていた。


 クスタヴィたちが帰った後、改めてペテルが調べたところによるとクスタヴィ宅へ手紙を届けた者を見つけることができた。

 しかしあの手紙を見た時からペテルは嫌な予感がしていた通り、どういうわけかアウリという新しい科学者の姿を確認した者がいなかった。

 一年ほど前に、全く科学者としてのスキルを習得できなかったあげくに会費を払えずギルドを放逐されたという少年のことを知る者はいたが、今日、その少年の姿を見た者もいなかった。


(攫うなど、ありえない……ここは科学者様方のためのギルド)


 しかし、親族を名乗る青年や、直截に科学者ギルドを糾弾した女性の顔が頭から離れなかった。

 不安がペテルの胸につかえるようで、夕食はいつもの半分も喉を通らなかった。

 いつギルド長に問い質すかを迷いながら、本日中の問題解決を目指すことに決めたのは、このままでは不安で眠れそうにないからだった。

 呼吸を整えると、ペテルは扉をノックし声をかけた。


「失礼致します、ギルド長」

「ああ?」


 非歓迎的な返事が聞こえたが、これで立ち入りを遠慮していては永遠にギルド長室には入れない。

 ペテルは無言で中に入ると追い出されないうちにと用件を述べた。


「アウリ様は今どちらにいらっしゃいますか?」

「ああ!?」


 ペテルはまだ一つ目の質問をしただけだが、その反応は考えていた以上に強いものだった。


「何の話だ。わかんねえな」

「……本日、アウリ様のご家族の方から問い合わせを受けたのです。アウリ様より手紙を受け取ったが、心配なのでお会いしたいとのことでした」

「それは本当にうちの科学者の話なのか? その家族っていうのは本物なのか? 騙されてるんじゃないのか、お前は?」


 ギルド長は書類を整理する素振りをしながら顔をあげない。

 ペテルは嫌な予感に胃のあたりを押えながら、絞り出すようにして言った。


「彼らが持ってきた手紙は筆跡から察するに、ギルド長のものでしたので……あれが偽造ということになりますと、大変まずいことになります。ギルド長の筆跡に酷似したサインを描ける者がこの世にいるということです。そしてその者は、当ギルドの便せんを使用し、情報を攪乱させているということになりますから、一刻も早く兵士にでも冒険者ギルドにでもかけあって――」

「ああ、ああ悪かったよ俺が書いた。思い出したよ! かけあう必要はねえよ」


 ギルド長は面倒そうに白状した。

 彼は初め、わかっていながらペテルの問いをはぐらかそうとしたが、問題が外に漏れ大きくなりそうだと見るや意見を翻したのだ。

 間違いなく、ギルド長はペテルに知られては問題となるような案件を抱えているに違いない。

 そしてそれは、科学者ギルドの根幹たる科学者至上主義を崩すようなものですらあるのかもしれない――。


「それでは、アウリ様はどちらにいらっしゃいますか?」

「お前はそれしか言えねーのか。なんで気になるんだよ? 迎えに来た家族とやらに頼まれたんじゃねーの? 手紙の内容を見たんだよな? 家族とは縁を切りたいって書いてあっただろ」

「ご本人がご家族との縁切りを望まれるのであれば私はそれを最大限尊重したく思います」

「だよなあ? だったらそいつの所在なんかお前が知る必要はねえだろう」

「科学者様の御世話をしその活動をお支えするのが科学者ギルド副ギルド長の私の務めでございます。科学者ギルドに在籍されている方については把握しておきたく思います」

「俺が知ってりゃあいいだろうが!」

「それではギルド長は今後科学者ギルドに留まり続けてくださるということでしょうか? 副市長の座や商業ギルドの長の座を降りて、科学者ギルドの業務にだけ専念してくださるという――」

「んなことできるわけねーだろ!!」

「――それは、とても残念です」


 心にもない台詞だということが露見しないよう、ペテルは慎重に感想を述べた。


「そういうことでしたらやはり、私もアウリ様の所在を把握しておいた方がよいかと思います。火急の際にギルド長の身柄を拘束するような要素はない方がよいかと考えます」

「……それは、なあ。確かに、俺が出かけてるうちに餓死されてもたまんねえしなぁ」

「――っ!」

「あんだよその顔は? 俺はただ、あのガキにかけられてる洗脳を解いてやろうとしているだけだよ」

「せ、洗脳? というのは、一体……?」

「あのガキ、以前にも科学者ギルドにいたことがある。それだけ科学者になりたかったってことなんだろう。だけどあんまり出来が悪いから会員情報を抹消されたんだが、自力で科学者のスキルを得とくしたらしい。――それだけ科学者ギルドに戻りたかったってことだろ? なのに嫌だっていうんだよ。どう考えてもこれは、洗脳されているよなあ?」


 ペテルは目の前が暗くなった。アウリの兄、クスタヴィたちには誘拐などありえないと伝えたが、ギルド長のこの様子だと――。


「つまり……本人の意思を無視して、連れてこられた、ということですね?」

「本人の内なる意思に耳を傾けたんだよ。そうだろ?」

「ええ、そうなのでしょう――ですが今のところ、まだ、あのような手紙を書くような精神状態にはないのでは?」

「だから俺が代筆したんじゃねえか」


 眩暈を堪えながら、ペテルはギルド長の目的を探るために言葉を絞り出した。


「ギルド長のお考えでえすと……アウリ様の内なる意思は、一体どのようなお考えをお持ちなのでしょう?」

「科学者ギルドの科学者としてポーションを作りまくって、名声も権力も得たいと考えているに決まってんだろ」


 それは一般的な科学者の夢ではあったが、中には例外もいる。


「市井の科学者として生活し、名誉を求めないという生き方もあるとは聞いていますが――」

「そんなのはやせ我慢だよ。男が名誉を求めずに満足できるはずがないんだからな」


 ペテルが何を言おうとギルド長を納得させることはできないだろう。

 もう彼の心は決まっているのだ。その決断を聞き出すだけで、満足しなければならないのだ。

 説き伏せようとして不興を買ってはならない。ペテルは溜め息を堪えて頷いてみせた。


「おっしゃる通りです、ギルド長」

「だろ?」

「それでは、今は己の気持ちを誤魔化しているアウリ様については、どちらかに軟禁されていらっしゃるということですね? そのお世話は私がやらせていただきましょう。何もギルド長直々にされるようなことではありません」

「なんか人聞きが悪いな……だが、お前の言う通りだな。俺の仕事じゃねえよ、任せる」

「かしこまりました。どちらにいらっしゃいますか?」

「こっちだ」


 ペテルが連れてこられたのは、ギルド長の部屋の一室だった。


「気をつけろよペテル。ガキとは思えないほど力が強い。俺じゃなきゃここまで連れて来られなかっただろう」

「そ、そこまでですか……?」

「ああ。入れ」

「失礼致します」


 薄暗い室内に入ってまずペテルの目についたのは、アウリのものと思しい義足だった。

 それは真っ二つに折られた状態で扉の近くに転がっていた。


「ん~っ! んんーっ! んーーーー!!」


 アウリは椅子に縛られた状態で、口に詰め物をされている。

 それを見た瞬間、ペテルは自分のやるべきことをはっきりと理解した。


(私は――科学者ギルドの副ギルド長。ギルド長の命令を聞くためにいるのではない)


 科学者のために存在している。科学者のためであれば、相手が貴族であろうと、長命種であろうと守る義務がある。

 彼を逃がそう。だが、ギルド長に邪魔をされてはかなわないから、ギルド長がいなくなった後で――そう、ペテルが考えていた時だった。


「居留民の小娘が教えてくれたんだよ。科学者ギルドに所属していない科学者なのに、自由にポーションを作れるガキがいるってな」

「……そうなのです。それは僥倖でございましたね」

「だろう? だから褒美として居留民の小娘に市民権の権利書を与えたら小躍りするほど喜んでいたよ。まああれには市長の押印がないから、何の効力もないただの紙切れでしかないんだけどよ」

「それは何やら……気の毒な」

「ああ、俺も多少は可哀想に思ったよ、そんだけ喜んでいたからな。……だからもしもこのガキが逃げたら、お前の娘から市民権を引っぺがしてあの小娘に与えてやろうと思ってる」

「ッ、ギルド長!?」

「居留民の人生っていうのは大変らしいぜ……? 気の毒なんだろう? 俺も新しい市民にしてやりたかったが、俺の権限じゃできることが限られているんでな。元あるところから持ってくるしかないってわけだ」

「何故私の娘からなのですか!?」

「このガキが逃げるとしたら、お前のせいだからだよ。……逃がそうって思っただろ、お前?」


 ペテルはぞっとしてギルド長の顔を見上げた。

 彼はうっすらとした笑みを口元に張り付けて、楽しげな目でペテルを見下ろしていた。


「逃がさなきゃいいだけだよ、ペテル」

「に、逃がしたくなくとも……逃げてしまうこともあるではないですか……? ち、力が……彼は、強いのでしょう?」

「そうだとしてもお前の責任だ」

「わ、私にはとても荷が重い……! 彼の世話はできません!!」

「それが科学者ギルドの副ギルド長の仕事なんだろう? 大層な啖呵を切ったんだから最後までやり通せよ。ここから出していいのは、科学者ギルドのギルド員となるってそのガキが決めた時だけだ。この書類にサインさせるためならどんな手段を使ってもいい。頑張れよ、ペテル」


 ギルド長はペテルの肩を叩いて出ていった。大した力ではなかったはずなのに、ペテルはその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「す……すまない……! 私にはあなた様を逃がしてさしあげることはできない……!」


 いつしか、唸り声をあげて暴れていたアウリは、静かに椅子に座り直していた。

 その目はペテルへの深い同情と労わりがにじんでいた。

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