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副ギルド長


「副ギルド長のペテルと申します。弊ギルドの科学者(サイエンティスト)様のご家族の方でございますね? 少々、こちらお待ちいただいてもよろしいでしょうか? ただいま確認して参ります」

「おお……?」


 日が暮れてから訪れた科学者ギルド。

 ユーナはもっと冷淡な対応をされると思っていたのだが、クスタヴィの名乗りを受けてドアマンはユーナたちを招き入れ、ギルド員の男性は部屋まで丁重に案内をした。

 ユーナとドラ子を見て若干目を見張りながらも、何も言わずに案内したその男は、以前もユーナたちの対応をした物腰の穏やかな男性だった。副ギルド長だったらしい。


 部屋に残されたユーナ、クスタヴィ、ドラ子の三人のうち、主にユーナとクスタヴィは不安な視線を交わし合った。


「なんだか、普通に調べてくれているみたいですね、ユーナさん?」

「そうだね……?」


 てっきりあの手紙を捏造した科学者ギルドは、一切の対応を突っぱねるのではないかとユーナたちは考えていたのだ。

 そうしてアウリを監禁し、自分たちの意のままに操ろうとしているとさえ考えていた。

 しかしその割りには丁寧に対応されている。


「……あの、ユーナさん。もしかしたら、なんですが……アウリのやつ、俺に迷惑をかけたくないとかバカなことを考えて、自分でこんなことをしたのかもしれません」

「あ、ああー、確かにアウリ、そういうところはあるけど」

「権力のためとか、欲得とかじゃなく、そういう理由でならあいつ、突飛なことでもやらかすところがあるんで……」

「好きな女の子のためなら命かけちゃう系男子だもんなあ……兄弟のためなら将来の夢諦めちゃう系かもしれない……いやでもなんで? お金が必要なら言ってくれれば普通に全部明け渡すのにな……?」


 ちょっとくらいは分けてほしいけれど、やはり弟子が稼いだお金だと思うと弟子のために使いたいなと思ってしまうユーナである。

 結局、現在までに稼いだ金は全て髭もじゃおっさんドワーフに貢いでしまった。

 基本ユーナに貯蓄という概念はない。

 課金に命をかけてきたのでこの世界に来れたことはユーナにとって完全なる僥倖である。


「案外、ユーナさんが優しすぎるとみて、より険しい道に身を投じた可能性も、あります」

「あるぅ? ……あってもおかしくないなあ」


 高潔な修行僧みたいなところのある少年だ。

 元はと言えばヘイディのせいで科学者ギルドにアウリの情報が漏れたのは間違いない。

 その後、科学者ギルドの人間がアウリに接触しただろう。

 その時にアウリにも色々と思うところがあったのかもしれない。


「アウリに直接聞いてみないとわかんないけどね」

「……ユーナさん、ありがとうございます」

「え?」

「アウリのためにこんなことまで心配していただいて、本当にありがとうございます。……俺はあなたを一度は見捨ててさえいるのに」

「それはもう済んだ話でしょ」

「ドラコ様の中ではまだ終わっていないようですがね」


 クスタヴィと一緒になってドラコを見やると、不機嫌そうな赤い目がクスタヴィに向けられていた。


「ま、ドラ子のことは気にしないで!」

「いいんです。俺はそれだけのことをしましたし……あの時追い出される立場にあったのがアウリであったなら、俺だって決して許すことはできなかったと思います」

「私はもう気にしてないんだけど」

「はい。甘いぐらい優しい人ですからね、ユーナさんは」

「褒められてる気がしないんだよなあ……」

「あなたの弱点だと思いますよ。けれど、その弱点に俺は心から感謝しています」

「治した方がいいってこと?」

「そうですね、その方がいいでしょう。でもそれは、アウリの無事を確認した後にしてください」


 ちゃっかりと言うクスタヴィにユーナが笑っているところへ、ペテルが戻ってきた。

 彼の側にはアウリの姿はなく、代わりにワゴンを押すメイドらしき女性が付き従っていた。


「お待たせ致しました、クスタヴィ様。皆様。大変申し上げにくいのですが、クスタヴィ様の弟君であらせられるという、アウリ様について、確認することができませんでした」

「だが確かにこの手紙にはあんたたちの名とマークが!」

「いえいえ、いないと申し上げているわけではないのです。ただ、現在の時間ですと、確認することができないのです」


 いきり立つクスタヴィを宥めるように、ペテルは慇懃な口調で説明した。


「今の時間だと? ……ドラ子? 今何時?」

「閉門の鐘が随分前に鳴っていたように思うが」

「そっか。外も暗いし、まあ夜だね」

「我々科学者ギルドでは科学者様たちの権利を守るため、閉門の鐘が鳴って以降は皆様方の自由な時間を侵害しないよう、翌日の開門の鐘まで接触を禁じられているのです」

「つまり、こんな時間に訪ねるのは非常識だ……と?」


 ペテルの言わんとするところを掬い上げたユーナの言葉に、クスタヴィは声を荒らげた。


「俺の弟ですよ! 兄が訪ねているのに、非常識も何もない!」

「それはもう、ご家族のことですから、クスタヴィ様のおっしゃるとおりだと思います。ですが科学者様方の部屋を一つ一つ訪ねて、ここにアウリ様はいらっしゃいますか? と順番に問うていくことは、我々にはできかねてしまうのです」

「あのー、名簿とか部屋番号表とかないんですか?」

「科学者様の行動を我々はいちいち管理するような立場におりませんので。あくまで我々科学者ギルドは、科学者様の自由な研究を保護するためにサポートの役割を果たしているに過ぎないのです」


 科学者ギルドというのは、科学者の権利を踏みにじってでも確保して、利益を追求する団体だとうっすら想像していたユーナとしては驚きだった。


「あなたたちが科学者たちのいる棟に入れないなら、私たちが訪ねるっていうのは――」

「当然許可できかねます。我々科学者ギルドには科学者様を守る義務がございます。それが私どもの仕事でございます」


 ペテルが嘘を言っているようには見えなかった。

 非常識な時間に訪ねてきたユーナたちから、科学者を守ろうとしている自負さえ感じられた。


「とはいえ、クスタヴィ様のご心配もごもっともです。我々科学者ギルドとしては科学者様の御意志を最優先するのを至上としてはおりますが、皆様のおっしゃるところによるとアウリ様はまだお若いようですね」

「あの、ペテルさん? ペテルさんはアウリに会っていないんですか?」

「ええ。お会いしておりませんし、そのような名前の科学者様が最近入会されたという連絡もまだ受けていません。ですがクスタヴィ様の手紙は間違いなく科学者ギルドで用意している便せんのようですし、私のところまで情報が届くには時間がかかりますから、皆様のお言葉を疑っているわけではございません」


 ハキハキとした筋の通った物言いである。

 ペテルの言う通り、このギルドでは科学者の意志が一番に尊重されているというのなら、アウリは本当に自分の意志で家を出た可能性が強くなってきた。


「我々ギルドとしても、ご家族の関係を裂きたいというわけではないのです。ですが、科学者様の中にはご家族に反対をされながらも、科学者として生きるために、家を捨てて科学者ギルドを頼って下さるような方々もいらっしゃいます。――勿論、クスタヴィ様とアウリ様がそのような関係だとは申し上げておりません。先程もお伝えしましたが、私はアウリ様にまだ会ってすらいないのですから、お二人のご関係など私にはわかりかねます」

「けれど疑っているから、会わせられないと?」

「私どもの使命は、科学者様をお守りすることなのです。ですので、科学者様から直接、お兄様が訪問の際はいかなる時間であっても通すようにと命じられていれば、そのように手配をさせていただきます。ですが我々は現在、いかなる指示も受けてはいないのです」


 あくまでも科学者のため、アウリのためにユーナたちを今すぐ取り次ぐことはできないと、ペテルの態度は一貫している。

 それに、ユーナたち――主にクスタヴィへの対応からも彼の主義はうかがえた。守るべき科学者の兄を名乗っているからこそ、これほど丁寧に接するのだろう。

 町中の人たちが様付けで呼ぶドラ子さえ結構辛辣な口調で追い払ったのに。

 

「ちょっと、聞きたいことがあります」

「あなた様の個人的な質問であれば、お伺いはできかねますが?」


 非常に感じが悪いなと思いつつ、ユーナは気にせず聞いた。


「私たちは、っていうかクスタヴィさんはそもそも、アウリが無理やり科学者ギルドにつれてこられたんじゃないかと疑っていたんですよ。それについて何か釈明はありますか?」

「――非常に、非常に心外な誤解でございます」


 奥歯を噛みしめるようにしてペテルは怒りを堪えた。

 それでも、真剣な顔つきをしているクスタヴィをちらりと見やった後は、それ以上声を荒げることはなかった。


「ですが、家族仲も良好であると考えていたある日、帰宅したところ家に残されていたのがこの代筆の手紙だけだった……という状況を我が身に置き換えて想像してみると、そう考えたくなるのも無理はないかもしれない、とは、思えます」


 言葉の端々にそれでも心外だ! という気持ちをほとばしらせながらも、ペテルはクスタヴィの気持ちに努力して寄り添おうとはしていた。

 嘘を吐いている人間の姿には見えなかった。


「私の方でも、それとなく様子は見るようにしてみます。ですので今夜はお帰り願えますでしょうか?」


 ユーナが判断に迷ってクスタヴィを見やると、彼は俯いていた顔をあげて言った。


「帰る、か」


 彼が納得できてしまったのなら、ユーナにできることはあまりない。

 最悪、荒事になる可能性も考えてレイミを置いてきたのに、その必要はなかったらしい。

 ユーナは最後に一つだけペテルに確認を取った。


「科学者ギルドの便せんを利用して、他の勢力がアウリを誘拐したとか、そういうことはないですよね……?」

「……科学者ギルドにいらっしゃるのは、間違いないとは思います。この筆跡には見覚えがございますので……そういった心配はご無用です」


 筆跡で代筆した人物を特定するという考え方はユーナとしては盲点だった。

 驚くと同時に安心した。ユーナもクスタヴィも、アウリを科学者ギルドのギルド員にするのが嫌でここまで来たわけじゃない。ただ心配だっただけだ。


 ユーナとしてはヤッコブの勢力下に弟子が入ってしまうことに対して忸怩たる思いを感じざるを得なかったけれど……むしろそういうユーナの気持ちを察して、アウリは無理をしていた可能性も考えられた。

 そう思うと、ユーナの心にはアウリの邪魔をしたくないという気持ちさえわいてきた。


「そう、か……アウリが無事ならいいんです、私も」

「あなたは科学者様の姉君か何かですか?」

「私は、師匠です」

「師? あなたも科学者なのですか?」

「私は学者(スクーラー)――色々教えてたんですよ。会えたら伝えてください。もし何か嫌なことがあって私の弟子でいたくなかったらそれでもいいから、義足だけは作らせてって。もうお金はつぎ込んじゃったし」

「――ギソク?」

「アウリ、片足をモンスターによって失ったんです。それで今、職人ギルドの長と一緒に足の代わりになる道具を作ってるところだったんですよ」

「あのギルド長が自ら作成に動くとは珍しい。わかりました。それは貴重な機会に違いありませんので、会えた暁には科学者様にお伝え致します」


 ペテルは話してみると意外とまともで、科学者ギルドの人間は全員ヤバイ、とすら思っていたユーナの考えは覆された。

 ヘイディを責めてしまったのはやはり間違いだったかもしれないと思えてきた。ユーナが直接責めたわけではないけれど、レイミによって殴られるのを止めなかったし、フォローもしなかったのだから同罪だろう。


 ヘイディは結果的に、アウリにチャンスを与えたに過ぎないのかもしれない。


「今度ヘイディに謝ろう……」

「は?」


 ドラ子が理解不能という顔をしていたけれど、ユーナはいつでも自分の非を潔く認める人間でありたいと思っている。

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