エピローグ
パパには信頼し合える仲間がいた。大切に思ってくれる友達がいた。でも…僕は――?
気が付いたとき、僕は家のリビングにいた。僕が生まれ育った家。そして、電話のそばの椅子にはパパが座っていた。さっきまでずっと一緒にいた少年じゃなく、中性的な面影こそあれ、背も高くて体つきもがっちりした大人の男性だった。
「お帰り。」
久しぶりに聞くパパの声は低かった。少年時代のパパは聞きようによっては女の子にも聞こえる声だったけど、目の前のパパの声はまごうことなき大人の男の声だ。でも、いつもより声が重くて低いような…。
「どうだった?少年時代の俺は?」
「あ…もしかして僕がどこ行ってたか気づいてた?」
「お前が行方不明になったって騒ぎになって、もしかしたらって。ちょうど今くらいだったからね。お前が昔の俺に会いに来たのは。」
「え…?僕、行方不明扱いなの?」
パパはムスッとしたまま時計を指差す。日付のデジタル表示付きの時計だ。日付は僕がタイムスリップした正にその日だったけど、時刻は日が変わる手前だった。
僕がタイムスリップしたのは夕方の五時くらい。学校を飛び出してその道中に謎の婆さんに会って、そしてパパの子ども時代に飛ばされて…。向こうでは一週間過ごしたことになるけど、こっちではたったの六時間ほどしか経ってなかったのか。
「こんな夜遅くに行方不明だったらそりゃ騒ぎになるって。おまけに、サッカー部でのゴタゴタもあったらしいから、なおさら。」
「!!」
僕は表情を強張らせた。まさか…パパは“あのこと”を…!
「俺が今どうしてるか分かるか?」
「もしかして…怒ってる?」
「当たり前だ。大事な話を俺にはしてくれなかったんだから。」
ふうとパパは一息。
「玄輝…お前、サッカー部で仲間外れにされてたんだって?」
俺を見るパパの赤い瞳は鋭かった。まるで、獲物を前にした獣のような。十年以上パパと一緒にいるけど、こんな目のパパを今まで一度だって見たことがない。俺は正直に認めるより他なかった。
「うん…。」
僕は誰よりもサッカーが上手かった。気付けば僕は自分の能力に慢心して、仲間を見ることを忘れていた。そうなれば煙たがられるのは当たり前で、一部の部活の仲間から除け者にされるようになった。顧問が厳しい人だったから、露骨な暴力とかがなかったのは不幸中の幸いだった。だから隠し通せると思ってた。パパに部活のことを聞かれても当たり障りのない話だけをして、仲間からの仕打ちは隠し通した。パパやママに余計な心配を掛けたくなかったから。
「お前がいつ帰ってきてもいいように俺は留守番してたんだけど…。まあ、当分帰ってこないだろうなとは思ってた。なんてったって昔にタイムスリップして一週間だもんな。で、一人で家で待ってたら八時ごろ、急にインターホンが鳴ったんだ。サッカー部のこが神妙な面持ちで数人。気になって出てみたら…。正直に話してくれたよ。玄輝をサッカー部で除け者にしていたこと。」
鋭く見おろす視線。僕は意を決して口を開く。
「あのさ、パパ…。」
「なに?」
「僕さ、もう一度みんなとやり直したい。」
「な!?」
驚きに目を見開くパパ。
「サッカー友達紹介してくれたのってパパでしょ?タクちゃんやユキさんたちとサッカーして気付いたんだよ。たとえどんなに優秀なプレイヤーがいたって一人じゃ何もできない。仲間と力を合わせて初めてゲームができるんだって。僕さ、自分が上手いからってみんなのことバカにしてた。頼りにならないって見下してた。そりゃあ嫌われても仕方ないよね。でも、タクちゃんたちとサッカーして気付いたんだ。上手でも下手でも関係ない。みんなと力を合わせて協力する。それが楽しいんだって。僕…もう一度そんなサッカーがしたいんだ。」
女子の怖さを小学校時代に思い知らされた僕は男子とばっかりつるむようになった。男しかいないサッカー部はそういう意味で居心地がよかった。なのに気が付けば部活の中で除け者にされて、仲間でさえ信頼できなくなっていた。パパに呆れられるほど執着するようになったのは、結局そういうことが積み重なって人間不信になったからなんだろうなと他人事のように考えたりもするけど、まあそれは置いておいて…。
だからパパにサッカー友達を紹介されたとき、始めは少し怖かった。ここでもそうやってやっかみを受けるんじゃないかって。でも、違った。上手も下手も関係ない。ただ純粋にサッカーを楽しむ。それがこの上なく幸せなことなんだって気付かされたから。それに、パパと演劇部の仲間のやり取りを見てると、僕にもああいう仲間がいればなと思わずにはいられなかった。僕にそんな資格があるのかどうか分からないけど、それでも――
一から、やり直したい。
ふう…とパパは溜息を吐きながら目をつむる。そして、ゆっくりと目を開く。普段は垂れ目で穏やかな印象を受ける目が、今はとてつもなく鋭く感じた。
「そこまで言うなら玄輝のやりたいようにやっていいよ。その代わり、これからは嫌なことされたら隠したりしないこと。次破ったら部活辞めさせる。いいね?」
僕は無言で首を縦に振った。
「…あのな、どんなに大変なことに巻き込まれてようが、子どもと一緒に向き合って、戦いたいって思うのが親なんだ。苦しいことや辛いことがあったら一緒に俺も戦わせてくれよ。」
「ありがとう、パパ。約束する。」
僕が頷くと、鋭かった目がウソのように穏やかになる。その目は少年時代のパパとなんら変わらない。なんだかんだ言いながら僕のことを大切に想ってくれたあの目だ。
「お帰り、玄輝。」
いつも僕を出迎えてくれる、優しい言葉。これでやっと、無事に家まで帰ってこれたわけだ。
「ねえパパ、横座っていい?」
「どうぞ。」
ぽんぽんと隣の椅子を叩いて、こっちに来いと促すパパ。僕は跳ねるように席を移す。
「そうそうパパ。」
「なんだ?」
パパの左腕にしがみつきながら、ふと気になったことを尋ねる。
「僕の名前の由来って…聞いたことなかったよね。ねえ、教えて。」
「ああ。それは――」
パパが話してくれたのは、僕が生まれた日のこと。病院で調べた結果、アルビノは遺伝してないと聞いてホッとしたそうだ。そのときにパパはこう思ったらしい。自分にはできなかったことをいっぱいいっぱいしてほしい。そしてキラキラ眩しく輝いてほしい、と。
「白亜椿――白い肌と髪に赤い目。俺にはなかった玄色。俺にはなかった色までも輝かせてほしい。そう思って『玄輝』って名前にした。…まあ、この名前で正解だったよ。艶やかで綺麗な黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳。まさに輝く玄だもんな。お前が母親似でよかったよ。だからこんな美少年になれたんだぞ。」
悪戯っぽく笑いながら頭をわしわしと撫でるパパ。
「そう言えば子ども時代のママも見てきたけど、すっごく可愛かったよね~。あれはパパも惚れて当然だよ。」
「なっ!?だ、誰が惚れたって!?」
「パパ顔真っ赤だよ~。」
「う、うるさいっ!!」
肌が白い分、赤く染まると分かりやすい。赤く染まったパパの横顔は可愛くて綺麗だ。パパはママ似だって言うけど、絶対僕の顔がいいのってパパの遺伝子のおかげもあると思う。パパは頬を掻きながら受話器を取る。
「どこに電話するの?」
「お前が無事に帰ってきたこと、ちゃんと言っとかないとマズいだろ。」
「ああ、ママね。…どうしよ。どこに行ってたのって怒られるよね…。」
「安心しろ。ちゃんと俺も言い訳考えてやるから。…さすがにタイムスリップしてたとは言えないからな。」
「ハハッ。だね。」
口を動かしながら番号を押してたみたいで、パパは受話器を持ち上げた。どうやら十秒と待たずにママの携帯に繋がったようで、気分良さそうに受話器に語りかけている。
「ああ俺。椿だよ。今玄輝が帰ってきたとこ………うん。大丈夫。特に怪我はないみたい。じゃあ気をつけて帰ってきてね、花音。」
これにて「アルビノ少年と息子くん」は終わりです。行き当たりばったり出始めたお話でしたが、どうにかここまでたどり着けました。今まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。




